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柴崎しょうじ
柴崎しょうじ

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ツイッター的行為

読者に向けて描くっていうのが長いこと全く理解できませんでした。

俺が描くんだから俺のためのものだろうと。


ところで最近は自分の空っぽな脳みそをそ少しでも補強したくて活字を読むようにしています。その中でたまたま見つけた森見登美彦先生のエッセイ集を今日読み終えました。(ピンとこない人のために、森見登美彦先生とは「有頂天家族」や「四畳半神話大系」の作者さんです)


内容を反芻していると、森見登美彦先生が「ルパン三世は仲間とバカやってそれを追いかける銭形がいる構図が好きだ」とか「東京は坂が多くて面白い」とか、先生が感じたことを「俺もそう思う!」となることが多々あって、大好きな作家さんと同じものを自分も好きだと分かってすごく嬉しくなりました。

自分が好きなものが他人も好きだと嬉しいと言うのは、誰でも実感できることだと思います。そういえばゴールデンカムイでアシリパさんが杉本にいちいち動物の脳みそ食べさせるのもそういう理由でしたね。


そして、僕が普段ツイッターでゲームの感想とか映画の感想とかばかり発信してるのは「俺、これめっちゃ面白いと思った」というのを誰かに共感してもらえたら嬉しいと思っているからなんじゃないかと思い至りました。

誰かに向けて発信しているその「誰か」とは漫画であれば読者のことであり、「俺が面白いと思ったことを誰かに共感して欲しい」ということはまさに読者に向けて発信をしているということなんじゃないかと。


つまり、読者に向けて描くということは「俺はこういうことを面白いと思うが誰か同じことを思う人はいないか?」というツイッター的行為なんだと理解しました。


「何を描くか」ということでずっと悩んでいた毎日ですが、そうではなく「何が面白いと思ったか」を探れば道が拓けるのかも知れない。

ここでいう何を描くかと言うのは「世界を股にかける大泥棒」とか「地方高校のバレー部」とか「変身するヒーロー」とかのことです。

僕が最近どハマりしているペルソナ5を「ドラえもんとは猫型ロボットの話である」くらいざっくり説明をすると「超能力を持った高校生が世界を救う話」なんですが、その設定のみに惹かれたわけではなく、自分があの作品にハマった理由はもっと色々あります。

それなのに「超能力を持った高校生の話にすれば面白くなるんだな」と上っ面の要素ありきで話を組み立てようとすると、自分が感じた面白さが全く乗っていませんよね。つまりそれは読者に向けられていないわけです。


分かっている人には当たり前のことなのかも知れませんが、自分の中では稲妻が走るような発見だったので、この気持ちを忘れないようにここにメモとして残した次第です。

これからは「ツイッター的行為」を胸に漫画を作っていきたいと思います


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