銀河鉄道の夜
Added 2023-12-28 16:11:46 +0000 UTC銀河鉄道の夜を初めて読みました。
銀河鉄道といえば『999』と『ジョバンニ』と『カムパネルラ』の3つのワードしか知らずに生きてきたので、人生の謎を一つ解決できました。
まず驚いたのが、銀河鉄道というのが死んだ人を乗せて天上に運ぶものだったということ。999やドラえもんの映画だと宇宙を冒険する乗り物だったので、オリジナルもそういう話なんだと勝手に思っていました。
「銀河鉄道」というアイコンがオシャレだからガワだけ使っちゃえという思い切りの良さは僕も見習いたいです。
とても短い話だったのでストーリーはとてもシンプルだったんですが、作中の情景描写が色んな比喩で表現されていて、僕のイメージ力では全く景色が浮かばないまま話が進んでいきました。
人の感想を見たりするとそれを「美しい」と評するものばかりでしたが、僕にはただただ苦痛でした。
昔から比喩表現というのが生理的に無理な気質なんですが、他にも同じような人っていないんでしょうか。夜空を「宝石のように綺麗」と言われると「星は星だろ」と思ってしまうんですよね。我ながら創作者に向いてない性格です。
その中でも特に意味不明というか謎が深かったのが鳥捕りでした。何を言っているのか要領を得ないし、捕っている鳥は鳥のようで鳥じゃなかったり急に現れたと思ったら急に車内から消えたり、ここで読むのを諦めようか悩むくらい理解不能でした。
宮崎駿監督は宮沢賢治が大好きらしいですが、なんだかこの鳥捕りのパートを読んでいる間は「君たちはどう生きるか」を観ている時の気分に近いものがありました。
そんな風に読んでる最中は全く意味不明な鳥捕りでしたが、銀河鉄道が天上に向かう汽車という設定が分かって思い返すと、切符を持っているはずなのに途中下車をしてよく分からない鳥を捕り続けるのはなぜなんだろうと、なんとなく切ない気持ちになりました。
元々人間じゃない「ただのそういう存在」なのか、死ぬこともまともに出来なかった人なのか。不思議なキャラです。
ラストでカムパネルラが死んでいたというのはショッキングな出来ことでしたが、それより僕はジョバンニだけが特別な切符を持っていたというのが強く心に残りました。
死んでいる他の乗客は降りる駅が決まっている中で、生きているジョバンニだけはどこまでも行ける権利があるということなんでしょうが、権利があっても実際に自分は手の届く範囲でしか生きていけない現実を思うとまた切ない気持ちになります。
なんだか切ない気持ちになってばかりの話ですね。
当のジョバンニも貧乏で母親は病気で未来に全く希望を感じられない子どもだったのがまた切なさを増している気がします。
ラストでジョバンニはどうやら心を強く持ち直したようですが、確かに銀河鉄道のようななにか神的な存在に「君はどこまでも行ける切符を持っているよ」と言われたらなんでもやってやれるような気になるんでしょうか。
作中で出てきた子どもと青年の3人組は天上に行けばいい服を来て美味しいものが食べ放題ということで安心して?下車しました。
生きてどこまでも行ける切符を持っているのが幸せなのか、死んで安心できる駅で降りられるのが幸せなのか、宮沢賢治はどういう考えだったのか解説を残しておいてほしかったです。