僕の”床下の”世界
Added 2020-02-07 13:01:59 +0000 UTC僕はみつる。12歳。 小学校高学年の時、心臓を悪くしてからは親戚の田舎で暮らしている。 山奥の別荘。 空気は綺麗でお水も美味しい。 けど、僕には不満があった。 親戚のおばさんが僕の身体を心配してくれるのは良い。 けど、心配してくれるあまり、僕を外に出してはくれないのだ。 たまには外に出て、散歩して遊びたい。 でも僕は毎日部屋の中から外を見つめることしか出来なかった。 いつも変わらぬ窓の外。 風に揺られ陽に照らされ、家の中では味わえない幻想的な時間が流れてる。 僕はそんな景色を眺めてはため息をつくのだった。 僕は茶髪で、茶色がかった瞳をしている。 今は亡き母の遺伝だ。 おばさんは僕のことをとっても可愛くイケメンなんだから生きなければバチが当たるといつも言っている。 くりくりとした目とはっきりとした鼻筋が良いのだとか。 毎回言われると、親バカのようでむず痒い。 僕は長生きするよりも楽しくいきたいのに。 引っ越した当時は沢山の手紙やお土産をもらっていたのだけれど、今では月に1度、5人の男女友人と手紙のやり取りをしているだけ。 寂しいし、暇な時間が流れている。 今日もクッキーを食べながら紅茶を飲んだ。 本ももう読み飽きてしまった。 外に出たいなぁ。 外に出たらどんなに楽しいのだろう。 そう思いながら、僕は紅茶のお代わりをもらいに、台所へと赴いた。 古い別荘の床は歩くたびにギシギシと軋んで音がなる。 手を壁に沿わせながらゆっくりとしっかりと歩んだ。 あれ? 台所がいつもよりも明るい。 まるで床が光っているような… ぼやっと光る床。 床下収納の扉が開いていた。 収納の中に光る何かがあるようだ。 僕は誘われるように近付いて、床を覗き込んでみた。 「え?」 なんだろうこの景色。 床下とは思えない暖かい光。 その下には灰色の地面が見えていた。 なんか見覚えのあるような景色。 僕はどこかで…… そうだ。 飛行機から見た景色。 そう、それは前にテレビで見た空からの景色だった。 よく見ると小さなつぶつぶも見える。 これは建物。 精巧に作られたジオラマのようだ。 そう言えばここのおじさんが昔ジオラマにはまっていたとか…… こんな所にしまい込んでいたなんて。 しかし、床下収納とは思えない程に深く広い。 手は…… 届かない。 1m以上の深さがあるみたい。 もっと近くで見たいけど、これ以上は近付けない。 飛び降りれそうだけれども、そうしたら一面に敷き詰められているジオラマを踏んづけてしまう。 それにしてもおじさんはこれをどうやって作ったのだろう。 ……ちょっとくらい……良いよね? 僕はゆっくりと足先を突っ込んでみた。 深さがイマイチ分からないから、一気に行く勇気はない。 足指をもぞもぞと動かして、地面に触れるのが今か今かと伸ばしていく。 ズン…… 指になにかが触れる感触があった。ようやく地面に触れたようだ。 地面は思っていたのとは違った。 想像以上に柔らかかったのだ。 硬いプラスチック製を想像していたけれど、まるで砂浜のように指が地面にめり込んだ。 え!?っとちょっとびっくりしたけれど、なんとなく安心して、僕はそのままの勢いで飛び降りてしまった。 ズシーン…… 本当に砂浜の上に降り立ったようだ。 何年も前の記憶が呼び覚まされた。 お母さんとお父さんと海に行った記憶。 ズンと足が深々とめり込み、周りの地面が盛り上がり、円を描くように衝撃が伝わって一面に敷き詰められていた建物らしきミニチュアが崩れ去ってしまった。 どんなに大きな建物も、自分のくるぶし程度の大きさしかない。 「あ、やっちゃった……」 こんなに脆い作りになっているだなんて思いもしなかった。 多少足で踏んづけたところが壊れちゃう程度かなと。 砂を一粒一粒積み上げて作ったのかと思うほどに惰弱な構造物だったのである。 「おじさんに怒られちゃうかな…… でも、やってしまったものはしょうがないか」 僕は特に考えなしに一歩歩いてみた。 サクサクっと足の裏で崩れてめり込んでいく感覚。 おじさんの物を壊してしまってる罪悪感も相まって、なんだか気持ちが高ぶってきた。 それにしても良くできたミニチュアだ。 ドアも窓も、建物のデザインも非常に細かく精巧に作られているのだ。 1つ1つを顕微鏡を使って何日もかけて作ったのか? いや、それにしては数が多過ぎる。 趣味で作った物とは思えない。 本物そっくりなリアルさが感じとられる。 さらに、不思議なことに床下収納の扉以外はまるで外にいるかのように明るく、太陽のようなものまであるのだ。 どういう作りになっているのか分からないけれども、拘りを感じる。 まるで2000メートル近くの高さの飛行機に乗っているような感覚だ。 あれ? よく見たら電車の模型が動いているように見える。 この車も…… もっと近くで見たいと思って、駅がある方に1歩、2歩。 足裏の下で潰れる建物や衝撃で崩れる建物よりも、電車がとにかく気になるのだ。 駅の近くまで歩みを進めると、しゃがんでみた。 近くで見るとこのリアルさがより伝わってくる。 ゆっくり動いている電車も、塗装の剥げ具合まで再現されているみたい………… そこまで思って僕はある事に気が付いた。 電車の中にも外にも沢山のチリのような粒々がひしめき合っている事に。 よく見るとこの粒々はあちこちに散りばめられている。 なんとなく気になって、僕は広場に点在する粒々の上を人差し指で優しくなぞってみた。 すると、なんと指先に小さく赤いポツポツが浮き上がってきたのだった。 なんだろう? もう一度別の所をなぞってみる。 やっぱり赤いシミのようなものが指先に付着する。 指をこすったので擦った方向に伸びている。 親指と人差し指で指先を擦り合わせてみると、その赤いポツポツはなくなってしまった。 もしかして…… 僕は顔を目一杯近づけてみた。 やっぱり…… 予想は当たっていた。 このミニチュアには人間のモデルも設置されていたのだ。 しかも100や200程度ではない。 何万、下手したら何十万? なんだかワクワクしてきた。 僕は凄いものを見つけてしまった。 何せここまで精巧に細かく作られたものなんて、テレビやネットで調べたって見たことがなかったのどから。 そんなものがうちにあるなんて。 まるで世界旅行でもしている気分だ! 気分良く鼻歌を歌いながら散歩してみる。 ズン……ズン……ズン…… こんなに楽しい気分、軽やかな足取り。 いつぶりだろう? 僕は時間も忘れてミニチュア観光を楽しんだ。 「ふう。 そろそろ家に戻らないと」 街のあちこちに出来た僕の足跡。 大きな建物も、車も何もかもが足の下で押し潰されてしまっていた。 なんとなく悪いことをしたような気持ちもあったけれども、僕は久々の外の世界に満足して、床下収納の扉に手をかけて、足をかけて抜け出した。 「足が汚れてしまったよ」 足には沢山の砂がこびりついていた。 綺麗に拭かないと怒られちゃうかも。 近くにあったタオルで足裏を拭いて、ついでに床も拭いて、扉を閉じて証拠を隠滅した。 あれ?そういえば僕はなんでここに来たんだっけ? まぁ、良いか。 なんだか疲れたな。 ちょっとだけ休もう…… 僕はゆっくりと階段をあがって、布団に潜り込んだ。 なんだか夢みたいだ。 とても楽しかったなぁ。 そんな事を思っていたら、いつのまにか寝入ってしまっていた。 夜、僕はおばさんに起こされた。 随分ぐっすり眠っていたねと。 あれ、やっぱり夢だったのかな? イマイチ記憶が混同している。 何かを取りに下に行って…… とても楽しかった気がする。 床下に…… そうか! 僕は勢いよく階段を跳ね降りて、床下収納の扉を開けてみた。 が あれ? 収納の中には何もない。 薄暗い空間があるだけだった。 やっぱり夢だったのか…… 残念に思いつつも、沢山踏み壊してしまった事に対して安堵の気持ちもあった。 またあの夢に行きたいなぁ。 今度は小さくなって、ミニチュアの世界を旅したいな。 そう思いながら、夕食のスープをすするのだった。 沢山眠ってしまって、もう眠れないかなって思ったけど、夜もぐっすり眠ってしまった。 朝起きるともう太陽は登っていた。 こんなに眠ってしまうなんて珍しい。 おばさんももう出かけているのかな。 僕は朝ごはんを求めてキッチンへと向かった。 「あ!」 床下収納の扉がまた開いていた。 昨日と同じく暖かな光を漏れさせて。 僕は思わずその中へと飛び込んでしまった。 だってとても嬉しかったから。 しかし、今度はすぐに地面に足がつく事はなかった。 ずるっと滑って身体が落ちる。 「うわああああ!!」 そして僕はそのまま気を失ってしまった。 「おい、大丈夫か?」 そんな声が聞こえて目を覚ました。 知らないお兄さんが心配そうにこちらを覗き込んでいるのが見える。 僕は道路のど真ん中に寝転んでいたようだ。 周りに家々が連なっている。 あれ?これは夢? 僕が外にいるはずがない。 それは自分が一番わかっていた。 それならここは夢の世界。 そうわかったらなんだか力が湧いてきた。 なんだか何処かに落ちた気がしたけれども特に痛みもないし怪我もしてない。 「あの、僕みつると言います! お兄さんは?」 「俺はひろし。 怪我とかないのか? 救急車呼ぼうか? それにしても昨日に引き続き何が起きてるんだ……」 「いえ! 大丈夫です! それよりここはどこですか?」 「救急車呼ぼうか?」 「大丈夫ですって!」 「……ここは首都春日部だけど」 (かすかべ? 聞いたことがないな……)「僕春日和って所から来たんですけど」 「はるびより? 聞いたことないな。 どこか遠くから来たのか?」 「いえ! 大丈夫です! ありがとうございました!」 「ええ!? 本当に大丈夫かよ?」 「はい!」 本当にここは夢なんだ。 だって急に遠くに行ってしまうだなんて現実ではあり得ないもの。 僕の願いがかなったんだね! 僕はウキウキして、歩き出した。 「おい! ちょっと待てって! そっちは!」 声が聞こえたけれど、なんて言ったか聞こえない。 僕のテンションは上がりっぱなしなんだもん! 夢の中なら僕は無敵! 大きな建物や塔、その他色々、僕がみたことのない景色が僕を待ち受けていた。 しかし、周りを行き交う人々は大きな荷物を持って慌ただしく、妙に苛立つ空気を放っているようにも思えた。 こんなに美しい景色なのに…… その瞬間、僕の腕がガッと誰かに掴まれた。 「うわぁ!」 思わず声を出してしまったが、掴んだのはさっきあったひろしさんであった。 「そっちはまずい。 こっちに来るんだ」 「え、え、え、」 「お前本当に知らないんだな? 昨日都市部で大災害が起きたんだよ。 あちこちでまるで隕石が落ちてきたようなクレーターが出来たんだ。 けど、現場を調べる限り隕石が原因ではないみたいで、まるでとてつもない重力で押し潰されたようだって話だ」 「???」 正直話がよく分からない。 「クレーターが出来た方向にとてつもなく巨大な塔のようなものを見たという人もいるが、さっぱり分からないんだ。 建物も人も何もかも地中にめり込んじまった」 「そんな災害が……」 「その周りの地域もな、衝撃波で吹き飛ばされて…… 死者数百万人を超えるってさ。 神の裁きだの巨人の襲来とか言う奴もいるけどな。 ははッ笑えねえぜ……」 「数百万人も……」 どんなに凄い災害だったのだろうか。 数百万人も死んでしまうだなんて尋常じゃない。 「こんな大災害を知らないだなんて。 本当に遠くからやってきたみたいだな。 とにかく、そっちは災害地域だ。 瓦礫の山だからな。 危ないから行くんじゃねぇぞ。 さっきは救急車呼ぼうとしたが、救急車も病院ももう対応仕切れねえ状態だ。 怪我とかしないように気を付けろよ」 「……ありがとうございます」 なんとも複雑な気持ちになる。 せっかく夢の世界に来たと言うのに、こんな悲惨な災害が起こってるところだなんて。 こんな綺麗な建物が壊れ、人が死ぬだなんてなんて悲しい事だろう。 数百万人も亡くなったのか…… 可愛そう…… 物思いにふけていたら、いつのまにか周りには誰もいなくなっていた。 さっきの人たちはみんな避難しようとしていたんだ。 ひろしさんは自分の事で必死なはずだったのに、声をかけてくれたんだなぁ。 僕はひろしさんの優しさになんとなく暖かな気分になれた。 けれども、僕はなんとなくそこへ行かなくてはならない気がしていた。 なんでだろう。 そこに行けば何かが分かりそうな気がするんだ。 僕は誰もいなくなった街中を1人、足早に歩いていった。 するとどうだろう。さっきまでの美しい街並みから一転、荒地に突入したのだ。 見渡す限り瓦礫の山。 全てが竜巻によって吹き飛ばされてしまったような景色だった。 見える範囲全てが瓦礫。 こんな巨大な竜巻なんて聞いたこともない。 僕はそれでも先に進む。 中心部は謎のクレーターがあるとのこと。 学術的な知識もないのに、何故か僕にはその謎が分かる気がするんだ。 瓦礫の中をすり抜けながら歩いていく。 もう疲れた。 息が切れる。 心臓が痛い。 行けども行けども瓦礫は続く。 こんな先にクレーターなんてあるのだろうか。 そう思った時だった。 「あれ?」 遠くに壁のようなものが見えてきた。 万里の長城のように横にずっと広がっているが、そんな人工的なものではなく、崖のような見た目だった。 僕ははちきれそうな胸を手で押さえながら駆けていく。 するとどうだろう。 何十メートルもあるかという崖の下にたどり着いた。 つい最近出来たかのように地面はしっとりと湿っていた。 隆起したのか、とにかく強い力が加えられて出来た事には違いない。 僕はその崖を登り始めた。 本能の赴くままに。 高い高い壁面を登る。 不思議とツラいとは思わなかった。 ようやく頂上にたどり着いた僕は息を飲んだ。 「なんて景色だ……」 崖の向こう側は崖だった。 今度は降り。 あまりにも巨大なクレーターだった。 つまりはこの山は本当に壁を形成するかのように成り立っていたのだ。 そしてこの壁はこのクレーターを囲うように出来ていた。 この巨大な壁はクレーターと同じ原因で形成されたものと考えるのが自然だ。 下を見下ろすと、確かに車や家の瓦礫が押し潰されたように地面にめり込んでいるのが見えた。 本当に凄まじい重力がかかったかのような…… あれ? これ…… 見たことがある気がする…… 僕の…… 足跡……? そうだ。 自分が巨大化した時に付けた足跡に似ていたのだ。 クレーターの形はよく見たら歪だし、まるで人の足跡のようだった。 周りが盛り上がったのも、体重をかけたせい。 全てのものが地面にめり込んでいるのは足で踏み潰したせい。その周りの地帯が崩れ去っているのは足をついた衝撃のせい。 そう考えたら合点がいく。 そうだ。 この世界は昨日の世界と同じなんだ。 そんな…… そしたら僕は、まさか…… 数百万人の人を踏み潰してしまった……? そうすると、もしかして、指をなぞって出来たシミは…… ゾゾっとして僕は自分の指先を見つめた。 無意識のうちにこの指で人をすり潰してしまったのか。 気づかぬうちにこの足で沢山の人を踏み潰してしまっていたのか。 僕が何気なく歩いただけで数百万人の人を殺してしまったのか。 僕は罪悪感とともに、僕の心の中にはもう一つの感情が芽生えていた。 こんなに強大な自然災害を引き起こしたのが自分。 しかも、そんなことをするつもりもなかったのに。 ロクに外にも出られなかったひ弱な自分の神にも匹敵する影響力の強さに謎の高揚感を感じてしまったのだった。 もう一度、自分の足跡を一望してみる。 深々と刻み込まれた足跡を見て満足し、上を見上げてみた。 すると、自分の真上に床下収納の出口ができていた。 僕はそれに這い上がって、自室へと戻った。 なんて楽しい一日だったのだろう。 とても疲れたけれども、それ以上に僕は楽しかった。 そのまま僕はぐっすりと眠ってしまった。 「みつるくん! みつるくん!!」 そんな声に目を覚ます。 「みつるくん! 大丈夫!? 体調悪いの!?」 「え?」 「もう朝だよ? 昨日は何も食べなかったの? 夜も全然起きないし。 何かあったの? 大丈夫?」 いつのまにか朝なのか。 正直今が何日なのか何時なのかもよくわからない。 夢のせいで混乱してしまっているようだ。 「僕は1日起きなかったのかな?」 「分からないけど、朝ご飯もそのまま置いてあったよ」 そうだ。 昨日の夢は朝食を取りに行こうとした時に入ったのだった。 すると、僕は丸一日眠り続けていたと言う事なのか。 とても楽しい夢だった。 楽し過ぎて眠りから覚めることが出来なかったのかもしれない。 「大丈夫だよ。 ありがとう」 僕はおばさんに連れられてリビングへと向かった。 食卓を前にすると、急にお腹が減ってきた。 何せ1日食べていないからね。 目玉焼きにハム、となりのとろろ、ひときれのパン。 胃に詰め込んで。 父さんが残した熱いストーブ、母さんがくれたあの湯たんぽを温め直して自室へと向かった。 「ふう」 お腹が膨れて僕はベッドに横たわった。 目を瞑って耳をすませば聞こえてくる。 夢の中でおかした僕の行為。自分の力。 想像も出来ない程のことをしてしまっていた事実。 夢の中だからこそ許される背徳感。 今度はまた大きくなって、彼らと一緒に遊びたいな。 僕はまた夢の中に入ろうと寝入ってしまった。 そしてふと目が覚めた。 ここは夢の中? それとも現実? 僕にはもう区別が付かない。 僕の世界を教えてくれるのは唯一、あの床の下の世界だけなのだ。 僕は確かめる為に痛む身体を無理矢理起こし1階へと駆け下りた。 ポワッと光る床。 「やった! ここは夢の中なんだ!」 僕は躊躇う事を知らない。 楽しい事しか待ち受けていないのだから。 吸い込まれるように光の中へと飛び込むと、僕は明るい外に立っていた。 早速辺りを見渡すと、高層ビルが腰の高さくらいまで伸びていた。 足元を見下ろすと、蟻程の大きさの人がまるで怪獣でも現れたかのようなとぼけた表情で見上げてきていた。 指の間から赤い液体が滲み出てきた。 思わず足を上げてみたら、6.7人は踏み潰してしまっていたようだ。 「あ、ごめん」 悪い事をしてしまったとは思う。 けれども、人を殺したという感覚にはなれなかった。 「僕、みつるって言うんだ。 心臓の病気でずっと家の中に篭りっきりで…… 長くは生きられないかもしれないんだ。 だから、みんな一緒に遊んで欲しいな。 家の中に閉じ込められたまま死ぬなんて嫌なんだ」 優しく問いかけたつもりだったけど、町の住民に反応はない。 ただただおかしな表情で僕を見上げてくる。 そんなに怖かったかな? 僕がおっきいから怖がっているんだね。 「ちょっと数人踏み潰しちゃったけど、僕は君たちを殺したりするつもりはないんだよ? ただ遊びたいだけなんだ。 外で遊んだり楽しむことができずに死ぬなんて、辛すぎるんだ。 遊んでくれるかい?」 そう問いかけて彼らはようやく頷いた。 さて、どうやって遊ぼうか。 まずはこの街を一緒に散歩してみよう。 「ほら、みんな僕の手の上に乗って! 足元にいたら踏んじゃうからさ!」 小人たちは我先にと手に登ってきた。 指の上に必死になって乗ろうとぴょんぴょこしてる小人たちの姿はなんだか愛おしい。 指の太さでさえ、彼らにとっては身長以上にあるのだ。 さわさわとくすぐったい。 手のひらには続々と小人が集結していった。 「さて、もういいかな」 まだ乗ろうと頑張ってる人たちがいっぱいいたけれど、僕は街を歩きたい興奮が抑えきれずに手を持ち上げて立ち上がってしまった。 何人かが急上昇する手の指に吹き飛ばされてしまい、また、手のひらに乗っていた数人の小人は体勢を崩してしまったみたいで落ちていってしまった。 が、そんな事よりも散歩だ。 手を胸の高さにまで上昇させると、早速1歩、2歩と歩き始めた。 なんだか不思議な感じだ。 せんべいの上でも歩いているかのように、道路がバリバリと割れて足が沈み込む。 車だってほんのちょっとの抵抗感しか与えずにぺちゃんこに潰れてしまう。 身体が大きいから遠くまで眺められる。 昨日と同じ街を歩いているとは思えない新鮮さだった。 「どうだいみんな? 景色は良い?」 思い出したかのように手のひらにいるであろう小人たちを見下ろした。 けど、みんな景色なんて楽しんではいなかった。 200メートルを超える高さと振動、突風に、落ちずに耐える事で精一杯だったのだ。 なんだかやるせない。 せっかくみんなとこの感動を共有しようと思って手に乗せたのに。 「意味がないならいいや」 僕は小人を乗せていた手をその場で振り払った。 自分なりに気を使って揺らさないようにしていたつもりだったのに、虚しさを感じてしまったんだもの。 さて、散歩の続きをしよう。 足元を見下ろすと道路が想像以上に沢山の人でごった返していた。 ぎゅうぎゅう詰めにされていた。 ということはつまり…… 何百人踏み潰したのだろうか。 想像も付かないや。 「どいてどいて。 僕は散歩したいんだよ。 そんなところにいたら踏んじゃうよ? 君たちは僕に踏まれたいの?」 正直足の踏み場が見当たらなかった。 どこも小人でいっぱい。 いると分かるとなんとなく踏み出しづらい。 「う〜ん……」 僕は困って頭をかいた。 30秒くらい待ったけど、状況は何も変わらない。 このままでは動けやしない。 よし。 「ごめんね。 僕行くよ。 踏み潰しちゃうけどごめんね」 ズンッと一歩踏み出した。 さっきまで気にもしなかったけれども、意識をしたら足裏にムチュッと潰れる小人の感覚がした。 なんとなく気持ちが悪い。 けれど気持ちいい。 もう一歩踏み出した。 やっぱりムチュッと足の下で潰れる人々。 悪いことなのに。 足の裏に伝わる感触が気持ちいい。 そうだ。 僕のせいじゃない。 この人たちがいつまでも逃げないのが悪いんだ。 僕は悪くない。 ただ、歩いているだけなんだ。僕に罪はない。 潰されたくなければ離れるように忠告したのだから。 僕は顔を上げて歩み続けた。 ムチュッムチュッ。 かすかに慄け悲鳴を上げているのが聞こえてくる。 けれども僕の歩みは止まらない。 こんなに楽しいんだもの。 なんだか支配者にでもなった気分だ。 足元なんて気にすることもなく、軽やかな足取りで散歩する。 少しずつ変わる景色が美しい。 「おや?」 前方に荒地が見えてきた。 あそこは僕が最初に所。 荒地を踏み荒らして進んでいくと、あっという間に崖へとたどり着いた。 小さかった時とは大違い。 膝くらいの高さまでしかなかった。 そして、この高さからならこれが人の足跡なのだという事がなんとなくわかった。 それでもなお、自分の体なんてすっぽり収まってしまうほど大きなクレーター。 最初の自分があまりにも大きい事を実感できる。 今の僕ですら一歩で踏み潰されてしまうもの。 僕は満足して街へと引き返した。 街中には未だにチョロチョロと逃げ回ってる人たちがたくさんいた。 あれだけ踏み潰されたのに、懲りない人たちだなぁ。 やっぱり踏み潰されたいおかしな人たちなのかな? 小人たちは自分の足の爪ほどしかない。 ありんこと何が違うのか、よく分からない程に似ている。 喋り声だってザワザワとしか聞こえないし、思考がある同じ人間だなんて思えやしなかった。 そんなひ弱なものたちが、ただ見下ろしてるだけの僕を恐れて右往左往としていると思うと愛おしい。 「がおー! 僕は怪獣だぞー! ドシンドシン! なんちゃって♪」 その場で足踏みしただけで足元の小人たちは転げ回る。 今になって、怪獣のフリをしてふざけた事が恥ずかしくなってきた。 「ん…… ごめん!」 僕は顔から火が出そうになって、辺りの小人を残らず踏み潰してしまった。 「はぁ、やらなきゃ良かった」 恥ずかしくて顔が熱い。 ちょっと可哀想だったけど、咄嗟に足が出てしまった。 さて、ここからさっさと離れたい。 僕は街を一気に駆け抜けていった。 今度はだいぶ田舎に着いた。 木々が生い茂り、田畑が広がる。 牧場もあるみたいでこれまた指先にも満たない豚や牛が放牧されているのが見える。 なんとなくお腹も空いてきた。 そうだ。 僕はこの世界の支配者。 僕は足元にいた小人を一人つまみあげてみた。 「ねえ。 僕はこの世界の神さまなんだけど、何かくれないの? 豚とか牛とか、お腹空いちゃったんだ!」 ……反応がない。 「ねえってば!」 ……やっぱり反応がない。 と、よく見たら赤い液体が滲み出てきていた。 つまみ上げた時に潰れてしまっていたようだ。 「うわぁ! 気持ち悪い!!」 僕はパッパと手を払うと、次の小人をつまみあげた。 今度は潰れないように慎重に。 「君は何をくれるの?」 「ひぃ!! た、助けてください!!!」 「お腹空いてるんだ。 何か食べさせておくれよ」 「は、はい!! なんでも!! この牧場の生き物は全てあなた様に差し上げます!!」 「全部くれるの!? やったー!」 「は、はい!! だから、だから……」 「じゃあ、まずは君からもらうよ。 いただきまーす♪」 「え!?」 僕は摘んでいた指を口の上へと持っていって、ゆっくりと離した。 小人は僕の指にしがみつこうとしていたけれども、僕の指が太すぎてしがみつく事が出来なかったみたい。 あっけなく口の中に落ちていった。 下の上でコロコロと転がしてみる。 せいぜい歯に詰まった食べカス程度しかない小人。 噛んでみたけど、ほとんど味もしないし、よく分からないうちに唾液の中に溶け込んでしまった。 お腹も当然膨れない。 今度は牛をつまみあげてみた。 「食中毒とか大丈夫かな?」 少し悩んだけれども、口に入れてみた。 なんとなく味がする。 ミルクのような味だ。 母牛だったのかな。 それでもお腹は膨れない。 もう! みんなちっちゃ過ぎ!! 僕はドスンドスンと都市部へと引き返していった。 到着すると、小人たちはまだうじゃうじゃといた。 逃げる気あるのかないのかよく分からない。 とりあえずサクッとまとめてつまみあげて口の中に放り込んだ。 とても柔らかく弱いけれど、ぽりぽりとした感覚も少しある。 もう一度つまみあげて口に入れた。 物足りない。 物足りない。 「みんな整列!!」 ビリビリと震える程の大声で叫んだ。 あまりにも大きな声だったようで、辺りの小人たちはみな倒れて気絶してしまったようだった。 なんだかうまくいかないなぁ。 仕方なく、気絶した人たちを摘んでぽりぽりと食べる。 苦いような甘いような。 やっぱり美味しくはないや。 もっと美味しかったら良かったなぁ。 さて、そろそろ疲れてきた。 あっちこっちに行ったのだもの。 戻りたい。 そう願うとボヤッと目の前で扉が開いた床下収納の扉だ。 僕はそれに足をかけて這い上がって、足を洗い自室へと戻った。 また夢の中に戻るように目を閉じて休んだ。 「また、遊びに行くよ」