DJラミィターイム!!
※えっちな差分はありません※
高画質・ウォーターマークなしの表情差分は支援者全員に共有しております
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※5月分のパスワードは現時点で支援プランに加入している方におたより機能にて共有しております。
今月以前の投稿はプラン説明と月初めの【ご支援開始しましたら必読】の投稿にもあります通り非公開になっており、再公開時期は未定です。
過去の支援の有無に関わらずご指定の月の再アップのリクエストも転載防止の為、受け付けておりません。
度重なる無断転載を受け、正当にご支援してくださっている方を守る為の苦肉の策です。何卒ご理解いただければ幸いです。
本投稿より後にご支援を開始してくださった方で次の更新のおたより配信まで待たずに一刻も早く閲覧したい方はお手数ですがご自身のFANBOXで使用しているユーザー名か登録カードのスクリーンショット等の画像を
こちらのコメントではなく、
Pixivダイレクトメッセージにて教えていただけましたら幸いです。
支援者証明カードのスクリーンショットがありますとスムーズです。
支援開始時期と照らし合わせて現在公開中の最新データのパスワードを共有させていただきます!
更新は毎月25日までとし、
月末になりましたらあらためて全支援者にパスワードを共有いたします!
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コラムのみのお試し全体公開期間は先月の4月のみとなっております。
個展で展示するならとにかく周りをびかびかに光らせる
4つ打ちのテクノ系の曲を大音量で流す
アクリルプレートで後ろから光を当てる
でしょうか。思わず一緒に踊りたくなるような、そんなイメージです!
◆プチメイキング
大ラフ
パターン①
vsパターン②
を対決させた結果、アグレッシブでダイナミックで動きのある元気なラミィちゃんが
描きたい!と思い、パターン②に決定しました。
カラーラフ
設計図が完成しました!
これがいわゆる道しるべ、ゴールです。
別ファイルで保存し、画面左に表示させ、
後はひたすらゴールに向かって突っ走ります。
ポージング再考という迷うという行為は全てここで完結させるようになりました。
今までは清書してから
「あーーーー…ピースじゃなくて手は広げてる方がいいな…」
「ぬあああああもう清書しちゃってるよぉっぉぉっぉ」
「二度手間だぁぁぁぁぁぁ」
というパターンがよくありましたせいで時間が余計にかかっておりました。
分からなくなったらもうとにかく自撮りしか勝たんです
カシャッ📷
あれっ…意外とこの手の角度キツイな…とか分かる事が沢山あります。
「まるでそこにいるような」
「ライブ感のあるように」
そんな世界観を描く為にはとにかく自身が没入していないと描けません。
世界観を強くイメージする必要がある為には一番いいのは体験してくる事です。
大型DJイベントの動画をとにかく流しながら楽しく描いておりました。
こんなに光るんだ!とか
クラブイベントよりも更に箱が大きいと
レーザービームの量が通常のライブよりとにかく多くて煙も多くて美しいな!とか
こんな光量じゃ足りないな!とか
色々こうしたいという欲がどんどん出てきます。
◆シュポガキ
えっち絵描きたい(切実)
◆絵師100人展に行ってきました!
うわああああスターレットだあああああ渋ぃぃぃぃぃとテンション爆上がりしました
図録に収録されている作家陣達のコメントを読みながら飲むビールが進む進む
その後、もはや実家のようなドイツビール屋に行って痛車のデザイン打ち合わせ
酔ってフラフラしていても
「作画に使えるな」とか「自分ならどう撮って作品に昇華させるか」
センサーはずっとアンテナ三本立っています
◆表層表現と深層表現
今回のテーマは「晴れ」
・天気の晴れ
・晴れとケ
・天晴!
分かりやすくいうと
表層表現(雨が止んで日差しが出ていて晴れている・太陽光が眩しい)
深層表現(気持ちが晴れている感情・心・内なるもの・人生感を表現)
全体の傾向は共通しているモチーフをざっくりグループ化してメモしたところ
表層表現:42
深層表現:5
のような数でした。
圧倒的に晴れてます!とか虹が出ています!とか傘です!とか天使です!といった
分かりやすい表現が多いです。
タイパと呼ばれている現代社会、分かりやすい=食べやすい絵は人々に親しみを与えます。クイックドーパミンのような効果を与える事ができると思います。
一方、分かりにくくて1枚を深掘りするような高カロリーな絵はあまり時代感にも合っていないなと感じました。
気持ち的には軍手をして汗をかいて芋掘り体験をする!女子高生!のような
見ているだけで汗が出てくるような泥臭い作品が欲しいなとは一方で思いました。
現代はさあ!じっくり腰を据えてこの絵を見るぞ!!という姿勢ではありません。
18世紀のような1枚の絵画を咀嚼していたのは今でいうところのテレビ、映画、新聞、本、聖書、ニュースの役割も担っていた為、1つの作品に対する咀嚼の時間がとにかく無限にありました。立ち位置が活動写真館です。
ところが今は違います。
スマホでTLを追っている時に絵が流れてくるシチュエーションがまさに現代社会だと
感じます。そう、コンテンツ消化は一瞬です。
そういう現実がある中で自分だったらどうするか?
それでも高カロリーな表現がしたい。
しかし完成までに時間がかかるので費用対効果を考えてしまうと
地獄ルートに入るので評価されなくても気にしない、表現する事を何よりも楽しむ完全アーティスト路線なのだと自覚する必要があります。
自分が表現するとしたら
背景は一つの人生のターニングポイントである誰しもが経験した事のある青春時代に
フォーカスを当てます。
多感な10代、友達関係もよろしくなく、
受験シーズンを控えている中で気持ちも大人になろうとしている中での反抗期、
親からあれしなさいこれしなさいと圧力を受けているこの状況を
私は『曇りの時期』と捉えます。
そしてそこからの解放が『晴れ』と捉え、
自分だったら人の感情という深層表現をすると考えました。
・陽の表現:受験に受かったぞーーー!涙を流しながら笑顔
自由だーーーーー!!という背景は誰しも経験した事のあるシーンである故に
共感性を与え、こちらも嬉しくなってしまいます。
元気を与えてくれます。
・陰の表現:「もうどうでもいいや」=飛び降りて、全てから解放されたような晴れ晴れとした表情。だが涙を流している。そこに人生に未練がある事を示唆している
この子はどうして泣いているんだろう…あれっなんか髪が重力に引っ張られているな…ん?涙も上に登っている…という事は落ちてる…?え?なんで?
背景のモチーフには受験、友達、家庭が描かれている…
深読みが始まるという共感性。
そんなモチーフ被りがしているのではないかと思って観覧しましたが
そのような作品はありませんでした。
いい悪い、己の発想が唯一だとかそういう話ではなく、
社会と思考が若干ズレているのかもと思いました。
同じ価値観の作家はいないかと探していて、上記のような
タイパで表層的で分かりやすい方が今の現代社会に受け入れられるものなのだと実感しました。
◆個展でつくづく自覚したのが
・女の子を泣かす
・絵のどこかに猫を出す
・背中
以上をメインで描いている作家はチーターです(暴論)
もう全体的に見てもそんな作品の前で皆足を止めています。
そんな人たちを見て
ほらあ~!だから言ったじゃん!もう見てる人深掘り始まってるじゃないか~!と
思いました
・女の子を泣かす
彼女をここまでさせたバックボーンは何なのか想像を掻き立てられる。
仮に道を歩いていて女の子が座ってスンスン泣いていたら
「ど、どうしました大丈夫ですか?」って声をかけたくなります
・猫を出す
馴染みのある動物がいる事で想像を掻き立てられる。
道端で猫ちゃんを見つけたら「あ…猫だ…」「あらあ~どしたん?」って
ほにゃあってなりながら話しかけちゃいます。
・背中
顔が見えないので想像を掻き立てられる。
寒空の中、崖のフチで佇んでいる一人の人間の背中なんて見ようものなら
「おーい!一旦ちょっと待とうか!どしたん?話聞こうか!」
と心配になりますし、声をかけたくなります。
余談ですが冬の男のシンボルであるロングコートもよく仕立てが命ではなく、
とにかく背中で語れ!コートは背中が命だ!と言われています。
となる事から上記の3つ
もう観ている側を強制的にえっ…どうしました…?とさせてしまうので
もう現代社会におけるチート行為です。
絵画に対して「この人はどうしたんだろう?」と思った時点で
作品の深掘りがスタートしてしまっているという証左です。
もう観覧者をこうさせたら表現者の勝ちです。
もはやずるい。
ですのでこの3つのどれかをメインに描いている作家を見たら
「あっチーターだ」と警戒しています。
半分冗談で半分は一つの表現方法として飛び道具だと思うようになりました。
そういえばこの3つは今まで描いてこなかったな…
よしっじゃあ自分も明日からチート行為をしよう!そう強く思ったのでした笑
つまり夜目遠目傘の下がいい絵の条件となるのか…?
◆個展は自分の「好き」を確認するところ
自分は光より闇が好き
人には様々な闇を抱えている事があるからこそ共感性が高い。
共感性が強ければ強いほど闇に惹きつけられてしまう。
時にその光は眩しすぎる。びかびかして痛い白色灯の蛍光灯より暖かく包みこんでくれる暖色のグロー球くらいの暗さが丁度いい。
そんな絵の中に吸い込まれそうになる。そんな作品が本当に大好きなんだ。
つくづくそう思いました。
でも暗い時には自分は明るい歌を聴きたくなるように
観ているだけで気分が落ち込むような作品は描きたくない。
できれば絵を見て元気になって欲しい。
・去年思わず涙を流した作品は一言でいうと「背中」
・そして好きな構図「宗教画によくある後光。ゴッドレイ」
・日の丸構図
・遠距離からの視点
・廃墟
・闇の中からさしこむ一筋の光は生きる中での「希望」
合体させた結果こうなりました
描きてぇ…こんな作品描きてえ~~~~~
荒廃した教会
背中
一筋の光
ああ、見たことある…なんだっけなあ…
なんでこのような作品が好きなんだろうとよーーーーーーく考えた結果
「あっ!!!!あの時見た絵だ!!」とピンと来ました。
結局原点ってあの時の凄まじい感動が基本なんだなとよくわかりました。
私は学生時代から闇夜が好きでした。(目に優しい)
一番大好きな作品で好きな作家が
結構昔に上野美術館で開催されていたドイツ-ドレスデン展で展示されていた
1819年カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ作『月を眺める二人の男』
ゴツゴツした荒い岩は人生
枯れ木は死
月は生・希望
のメタファー
と捉えた時鳥肌が立ちました。
死生観、人生を描いている作品が自分は大好きなんだと思いました。
この時強く自覚したのが自分はシュールレアリズムでも印象派でもない、写実派が
好きなんだ。
写真の代わりになっていたあの時代が好きなんだ。そう自覚しました。
この作家はとにかく背中大好き人間です。
背中縛り連作しかやらないのではというくらいとにかく背中。
後、人物がやたらと画面から遠いのが特徴です。
そうするとよく目を凝らして作品を見るようになる。
このような感動がやはり今でも自分を象るベースとして生きていて
だからこそ似た構図の作品を見つけるとその時の感動とリンクして「キュンッ」となるのだなとつくづく思いました。
この感性は誰の物でもなく、否定することのできない、自分だけの、自分しか持ち得ない感性であり、
大切にしようと強く思いました。
自分の好きの原点を自覚する事は
クリエイトの方向性、道しるべを作る事において
最も大切な事なのだと思いました。
ここまで自分の好きの原型だったとは思わなかったので
カスパーの作品集を持っていない事に少し恥ずかしさを感じてきました
欲しい…カスパーの作品集欲しいぞ!
自分の眼で観てきた美しいなと思った自然の風景、写真、絵画、ゲーム、作品、料理
なんでもいいです。
これが好きなんだと思う気持ちはあなた自身を形成する為の感性の基礎となり得ます。
それは誰にも否定できない自分だけの物。
その感性は絶対に大切にしてくださいね!
◆行きたい個展
necömi展~luminous~(5/9~5/14)
去年思わず泣いてしまった作品を描いた先生。
この方もまた「あっ!necömi先生の絵だ!」と一発でわかります。
自分もそんな絵が描きたい…!と強く思いましたので何か自分の作品にも転用できるヒントがないか掴んできます!楽しみ~!!
水乃くらげ
2025-05-09 09:13:14 +0000 UTC水乃くらげ
2025-05-09 09:01:21 +0000 UTCPercyy
2025-05-07 21:26:29 +0000 UTCホーリータイム
2025-05-07 11:44:58 +0000 UTC水乃くらげ
2025-05-05 20:39:13 +0000 UTC水乃くらげ
2025-05-05 20:37:50 +0000 UTCqfeuille3
2025-05-04 09:58:35 +0000 UTCp.t.
2025-05-04 07:44:38 +0000 UTC