Fleur
カラーラフ
完成
インスタレーション展なら
同じく、スポットライト、カーテン、窓枠
鳥のさえずり
画の中央に花びらと天使の羽根を置き、スポットライトを当てて意味付けをする。
今回のテーマは
ミュシャ×対になる連作(ゴリレバ)
でした。
2人の女神が鳥籠の中で寛ぐ事で
自由のない雁字搦めの世界、ではなく
もはやその籠はまるでヴァルハラ神殿の柱のメタファー、
彼女達ははたまた神殿へ導く女神ワルキューレか。
とすら考えました。
課題はリン☆ユウ先生らしさの卓越した髪の配色再現。
ゴリレバのプロレス会話が生み出すわちゃわちゃした楽しい世界…
ではなく、真逆であるおしとやかで静寂を狙いました。
口を閉じれば女神、しかし開けば二人の楽しいトークが始まる―!
そんなイメージで壁紙依頼、ないしはギャップを狙ったドラマCDのジャケットも
強くイメージしながら描きました。
これは自分の為ではない、人の為だと強く意識するロールプレイが引き起こしてくれる様々な副産物に気が付きました。
自分一人だったらここで完結するはずが相手の事を考えるだけで
もっとその先へ行ける!表現する事ができる!そう強く感じました。
人の事を想えば想う程、画はパワーを与えてくれるのだなと
実感し、驚いております。
ミュシャの個展に行った事で明確に表現したいコンセプトが具現化され、
自分にとってとても価値のある展示会でした。
◆髪の塗り方
カグラナナ先生の引き算画法を取り入れてから
陰影の奥行きをより表現できるようになり、気持ちよく感覚的にどんどん奥深くを塗れる感じになり、時間を忘れて塗りに徹底する事が出来てきました
目指したいのはももこ先生の髪の塗り、リン☆ユウ先生の髪の塗りの解明であり
全ては応用、応用、そして応用と思っております。
全ての技術は無関係ではなく、今修得しようとしている技法も
遠回りだとしても目的地を見失わなければいずれは到着する事ができる
そう信じております。
今まではももこ先生の塗りを見てもわからん…わからん…となっていたのですが
最近は「あれ?こうすれば塗れるのでは?」と明確な答えが
自分の中に宿っている事に気が付きました。
◆問題が分からなかったら一旦その問題は先送りにしよう。遠回りしよう。
今ある技術と知識ではどう頑張っても解決できない。
一旦、落ち着いてスルーしよう。
そして遠回りした結果、気が付いたら自分の周りには様々な問いと向き合って手に入れてきた心強い答え達という仲間達がくっついてきており、
再び先の解決できなかった難題に挑む事で
その答えの仲間達が「こうすればいいんじゃね?」と助言をくれる。
螺旋階段状にぐるぐると登っていて、小さな問題を解決し続けていたら
気が付いたら高みに登れている…
そんな事象を数多く乗り越えてきたので問題に直面した時の先送り、遠回りの大切さ
を実感しております。
もちろん、問題解決法が分かったところで表現できる、できない、
その表現法が自分の今の絵の全体の表現との調和が取れているか、最適解なのかは
全くの別問題です。
これが普段のアンテナの高さと全てに対して好奇心旺盛で
貪欲に自分事化して考える事による賜物だと思いました!
昔、ゲーム会社にいた頃、
グラフィッカーの先輩に
「水乃くんってさ何も考えてないよねロボットみたいだよね」
と今思えば皆の前でよくそんなひでえ頃吐き捨てる事できるよな
〇っ〇すぞとすら思いますが
今思うとそんなぼーっと生きていた自分が見透かされていたんだと思います。
今となっては考える事の大切さを教えてくれてありがとうとすら思っております。
そんな昔の自分と比べて1聞いたら100答える事が出来る位
頭の中は何故?何故?のオンパレードでまさに考える事が楽しいです!
何故なら解決方法を探る楽しさ、問題を解決した時のカタルシスの大きさ、
ドーパミンが出た方が生きている実感を得て気持ちいい事を知っているからです!
◆自分にとって個展とは
あるあるだと思うのですが
家でやるシューティングよりゲーセンでやるシューティングの方が被弾率も低いし、
クリア率が上がる。
何故なんだろう?と思ったところ、
そこの背景にはワンコイン、つまり50円の命があるかどうかでした。
家では無限にコンテニューをする事ができ、ついだらだらとプレイしがちです。
いわば集中力が切れている状態。その状態なのでとにかくミスるミスる。
しかし、ゲーセンでやるとどうでしょう。家と状況が全く違います。
連コは憚られるようなシチュかもしれません。後ろにギャラリーが立っているかもしれません。
残機1?!だめだ…!死ねねえ…!あともう少しでクリアなんだ…!
もっとやっていたい!5分…いや10分…!耐えろ…!
そう強く集中すると脳がフル回転して次のパターンを思い出し脳が指に的確な信号を送ってクリアへと導きます。
この状態が自分にとって個展巡りです。
家でスマホ越しでだらだらと神絵を眺めていても得る物は少なく、発見も殆どありませんが、そこで
「わざわざ外に出て」「交通費を出して」「入館料を払い」
「歩きながら(指でスクロールはなく体を動かしながら)絵を見ていく」
と脳が
「ここまで来たのだから、お金を払ったのだから絶対に何か一つ掴んで帰るぞ!!」というモードに強制的に入ります。
そう強く意識して回ると絵達から様々な情報をキャッチしようとするサーチモードに
なっている為、強烈に脳裏に焼き付き、自分だけの価値観で情報を言葉として残し、
引き出しに入れる事が可能です。
そのおかげで
2~3年前に行った〇〇先生の絵、あの人の特徴の隠し味は〇〇だよねと
的確にスッと出す事ができます。
だから個展に行くという事は自分にとってゲーセンシューティングと同じなんだと
最近気が付きました。
自分と他者との価値観の擦り合わせ、ボールの投げ合い、これもいわば作業です。
この作業はどんなに忙しくてもこの作業は驕らずサボらず続けていきたい。
絵描きがやるべき義務的な仕事の一つであり
この仕事をサボるとアップデートが止まり、表現者として堕落し、
腐っていく恐怖感すら抱いております。
自分にとってボールの投げ合いが出来る場所が個展です。
人によっては違うと思います。
コミケやbooth等で作品を出展し続ける事、画集を買う事、漫画を買う事、
コンテストや作品持ち込みでフィードバックを貰う事
これらをボールの投げ合いと感じる人もいるかもしれません。
自分にとっては個展がそんな場所なのだと思いました。
自分だけボールを投げていてもフォームもスピードもテクニックもわからない。
他者のボールを時々顔面で受けないと分からない事もある。
価値観をアップデートして自分の絵にどんどん昇華させて進化させていきたいな。
水乃くらげ
2025-06-25 06:09:26 +0000 UTCPercyy
2025-06-13 18:40:09 +0000 UTC水乃くらげ
2025-06-13 02:40:12 +0000 UTCホーリータイム
2025-06-12 15:58:23 +0000 UTCqfeuille3
2025-06-11 12:15:16 +0000 UTC水乃くらげ
2025-06-11 03:45:10 +0000 UTC水乃くらげ
2025-06-11 03:41:33 +0000 UTCqfeuille3
2025-06-10 16:08:25 +0000 UTCREC
2025-06-10 10:59:42 +0000 UTC