人生詰みかかってて真面目にどうしようか悩みつつも結局漫画を描いている七星です。
どう人生が詰みかかってるか、という話ですが…
そういえば身内以外に話したこと無いなぁと思いつつ、自分を支援し続けて下さる方もいらっしゃいますし、多分このブログを見てる人は数少ないであろうですので、今回は全体公開で僕の身の上の話をしようと思います。
結構シビアで、内容的には閲覧注意なお話です。
人の不幸話とか聞きたくねぇよって方はブラウザバックをお願いします。。
もし聞いてくださるなら、あまり神妙にならず「ほぇ~」ぐらいの面持ちでよろしくお願いします。
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僕は、両親を共にがんで亡くしており、今は祖母の家で暮らしています。祖母と2人暮らしです。つい最近まで祖父もいたんですがね。
まず、僕が14歳の頃に母親を肺がんで亡くしました。
僕は当時、自分の命より家族の方が大事、と即答出来るほど家族大好きっ子でした。
母は厳しく僕を叱る時は多いですが、あまりに優しく、息子である僕が胸焼けするくらいの親バカでした。
末っ子だから愛されていたのもあると思いますけどね。
僕が生まれた時の話、小さい頃はこんなことがあった、こんなに可愛かった、今も可愛いよ、大好きだよ、と毎日のように聞かされていました。
叱られて僕が逆ギレして、喧嘩になった時も、僕が謝りに行ったら、「私もごめんね。おいで」と抱きしめてくれたのをよく覚えています。
僕はそれが照れ臭くも本当に嬉しく思っていました。大好きでした。
僕はまだ幼くて、家族から病気のこともあまり聞かされていませんでした。
最初の方は入院したりしたこともありましたが、最終的にはずっと自宅療養でした。(僕は母がまさかもう余命宣告されているなんて知らず、入院しなくて大丈夫なのかな?ぐらいの気持ちでした。)
毎日のように、痛い、痛いと苦しそうにする背中をさすってあげました。
でも、僕はまさか母が亡くなるなんて思いもしませんでした。
数年経ってやっと気が付いたのですが、家族は僕が母の事が大好きなのを知っているので、気を遣って真実を伝えまいとしてくれていたのでしょう。
母の治療は絶望的だったと聞きます。
余命宣告をされ、最後の時間を苦しまずに病院で過ごすのを勧められたが、寂しくて逆に死ぬから、と母は自宅療養の道を取ったそうです。
母は歩く体力が無くなって、家族でお出かけする時は車椅子を押してあげていました。(あれらのお出かけが母の最期の思い出作りだなんて知らなかったんですがね。)
母はまだ当時40代だったと思います。背中をさすっている時もですが、母は「ごめんね、迷惑かけて」とよく言っていました。何言ってんの、迷惑なわけないやん、と返しますが、母は時々泣きながら、何度も何度も僕にそう言っていました。
そして、母は、意識をはっきり保つ事が少なくなっていきました。
ある日の朝、普段温厚でぼけーっとしている穏やかな父の「七星!お母さん死んだ!」という焦りが混じった緊迫した声で一気に目が覚めました。
飛び起きて母の寝室に行くと、ぐったりして動かない真っ白な母がおり、父が母の名前を呼びながら、必死に心臓マッサージをしていました。
父はいつもふざけたりよく冗談を言う人で、僕の小・中学校のど~でもいい話を「ふーん」とずっと聞いてくれる、本当に穏やかな人です。
本気で怒っているところを僕は見たことがありません。
そんな父が泣きそうになりながら母の名前を呼び、心臓マッサージをしている様子は7年ほど経った今でも鮮明に覚えています。
後で聞くに、父が見つける推定2時間ほど前には心臓が止まっていたそうです。
僕が当時覚えている限りで、人生で初めての家族の葬儀でした。僕は未だに状況が信じられず、涙が出ませんでした。
ですが、死化粧?って言うんでしょうか?
それを見せられ、母の綺麗になった、眉ひとつ動かない顔を見た途端
「あぁ、これは現実なんだ。本当に母は死んだんだ。もうこっちに話しかけてくれないし、笑いかけてもくれないんだ」
と完全に理解し、そこでようやく僕は泣き崩れました。
多分人生で一番泣きました。
母は口が少し開いていました。下唇を噛むような形をしていたので、祖母が「痛かったんやろか」と呟き、(痛かったんだろうなぁ)と思い更に泣きわめいたのを、これも鮮明に覚えています。
……と、ここまで書いて思いますが、7年経っても未だに納得いってませんね。
何故こんなに辛い思いをしないといけないのか。1番辛かったのは母でしょうが。
誰のせいだ?誰のせいでもない。悪い運命を引き寄せた、ただそれだけの事なのです。
具体的な当たり散らす先が無い、だからこそ、タチが悪いのです。
当たり先は、強いて言うなら母でしょうか。
母は、小さい頃僕が"母が死ぬ夢"を見て泣きついた時に、その度にこう言っていました。
「お母さんは死なんよ。少なくともあんたが大人になるまでは絶対に死なん。約束。」
天国のお母さんにそう怒りたいです。針千本飲ましたりたい。
ついでに、俺は元気にやってるぜ、とも直接伝えたい。
貧乏不健康な生活してるので、もしかしたらあと数年でそっち行くかもね。
そんなことしたらずっと僕の夢を応援してくれていた母に対する超親不孝なので、頑張って長生きしようとしてみますが。
まぁ、結果的にこれが1番良かったのかもしれません。
これがもし犯罪や他者の関与する事故によるものだったりしたら、僕はもっと荒んだ人間になっていたと思います。
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さて、母の話はこんなところでしょうか。
細かく言い出したらキリないので、この辺で母編は切り上げます。いやまぁだいぶ細かく言いましたが。
凄いですね、7年経った今でも鮮明に覚えてる。
というか、たまにフラッシュバックするから忘れられないだけなんですけどね。
このまま父編に…と行きたいのですが、思ったより気持ちが入って、長くなってしまいました。
また、気が向いたらやります。
ここまで見てくださった方、ありがとうございます!
こんな、しがない漫画家志望の不幸話を聞いてくださって…。
世の中には、僕より辛い思いをしている人が沢山いると思います。
僕はこの不幸のどん底から夢掴んで、這い上がったろう!!と意気込んでいます。
不幸のままで終わってたまるか!
……
…………………
……………………………終わりそう、金が無さすぎて。
世の中、意気込みだけじゃやってけんのですよ。
はー、現世は地獄、現世は地獄。
―――――七星じろう―――――