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さかいワカ
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最近の読書#31

みなさんどうもです!さかいです!

今回も僕が最近読んだ本の紹介をしていきたいと思います!

例によって個人の感想なのでご了承ください…!

では、どうぞ~!



・人生を変える80対20の法則(リチャード・コッチ)

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ビジネス書。

「パレートの法則」として知られる、世の中では色々な物事が80対20の不均衡さに収斂していくことを解説した本。

例えば売り上げの80%は上位20%の商品が生み出している、会社の業績の80%は上位20%の社員によってつくられている、世界の富の80%は上位20%の人間が持っている、など実例は数え上げるのにいとまがない。

こういった原因と結果、あるいは投入と産出のアンバランスさをどうやって実生活に活かしていくのか、というところまで踏み込んで説明していた。

一言でまとめれば「自分が熱中できるものに注力しろ。そうすれば成果は最大になる」ということだった。

世の中にはやるべきこと、やらなければならないことが沢山ある。

そのほとんどはどれだけ頑張っても成果に結びつきにくい、いわゆる「80%側」の物事であるため、自分が夢中で取り組んでしまう、特に頑張ってる意識がなくても熱中してしまうような「20%側」の物事に集中して時間を使った方が効果的である、ということだった。

「エッセンシャル思考」や「シンプルに考える」などのビジネス本でも同様のことが書かれていたが、やはり物事を単純化し、全力を注ぐべき事をシンプルにして取り組んでいくというのは成果を出すうえではこれ以上ない本質という事なのだろう。

物事は放っておけば勝手に複雑になっていくので、自分にとって重要な20%を単純化して考えることを習慣化していきたい。

本書の一文「複雑性と民主主義が結婚すると、無駄と怠惰が生まれる」は、耳が痛いけれど重要な言葉だなと思った。



・七回死んだ男(西澤保彦)

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ミステリ小説。

高校生の大庭久太郎は同じ日を9回繰り返すことができる力を持っている。

しかしどの日を繰り返すかは選べず発現はランダムであるため、能力というより体質に近い。

そんな主人公が資産家の祖父の家で行われる、親族の新年会に参加。

遺産相続問題でギスギスとした雰囲気の中、なんと祖父が何者かに殺されてしまう。

祖父の殺害を防ぐため、久太郎はループの中で相続問題と事件の解決を図る――というストーリー。

いわゆるループもののミステリーで、主人公が同じ一日を何回も繰り返して、少しずつ最適解に近づいていくというもの。

試行錯誤の過程も楽しめるし、ロジックパズルの部分もしっかりあるので、エンタメとして取っ付きやすい。

やや時代を感じるが、文章も軽快で読みやすいのであまり普段読書しない人にも手に取りやすそう。

ただセリフで読点をあまり使わずに句点を多用するのは珍しい書き方だなー、と思った。良し悪しというか、純粋に珍しい。

ミステリーだけどあまり重くない作品が好きならおすすめ。



・「感動ポルノ」と向き合う:障害者像にひそむ差別と排除(好井裕明)

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障害者が頑張っている姿をメディアで取り上げ、感動の道具にすることを「感動ポルノ」と揶揄することがある。

そういった感動ポルノを読み解き、考えていくヒントにする本。

近年ではパラスポーツなどを企業CMに使う例も増えてきたが、障害者や障害児をテーマにした映像作品は実は昔から作られてきた。

過去には障害を抱える人々の生き様を剥き身で伝えるドキュメンタリーなども多く、それらは感動ポルノと批判されることは少なかった。

ではなぜ近年の作品が批判されるのかと言えば、障害者・または障害児をことさら聖化し、そこに絆やつながりを持つことを特別でかけがえのないもの、そしてそのためには愛情や深遠な配慮が必須であると、見る側に押し付けて感動を強いた結果ではないかと指摘。

これに対する解決として、障害者を表現していく上で大事なのは「障害者である前に人間」ということ、そして「障害者である前に他者である」という事を理解し意識することだという。

他者とは基本的に自分とは「違う」個体であり、それは健常の人々であってもそれぞれの「違い」はある。

つまり障害もそういった「違い」の一つであり、お互いが異なる存在、異なる世界を持つ別の人間であることを理解できれば、障害を葛藤し克服する視点からしか障害者の人間性や他者性を測れない「感動ポルノ」と呼ばれるような価値観とは一線を画すことができる。

障害者を差別したり憐憫を掛けたりせず、さりとて華美に称賛したり持ち上げたりもせず。

あくまで障害をパーソナルな一側面として捉え、過剰に意味づけせず、ステレオタイプな分かりやすさに拘泥せず、新たな表象を創造していく事の必要性を説いて結びとしていた。

ナイーブな問題だと思うけれど、僕が人付き合いで大事にしている価値観として「性別も年齢も国籍も関係ない。大事なのは一緒にいて幸せかどうかだけ」というものがある。

もちろん障害の有無もこれと同様で、ぶっちゃけ言ってしまえば「僕が一緒にいて楽しい人なら付加されている属性は重要ではない」と思っている。

そういった意味では本書の思想は自分の価値観に近い考え方なのかもな、と思ったりもした。

大事なのは違いを認め合うこと。



・〈必要〉から始める仕事おこし:  「協同労働」の可能性(日本労働者協同組合連合会)

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共同労働の本。

労働者とは基本的に雇われる側、つまり主従で言う「従」の側となりやすい。

しかし、そのような状態で本当に良い雇用と言えるのであろうか?という問いかけと共に、労働者が主人公となれるような労働環境づくり、そしてそれを地域貢献まで繋げることのできるコミュニティづくりが今の社会には必要ではないかと問題提起していた。

市場原理に基づかない事業とコミュニティづくり、例えば学童クラブやコミュニティセンター、地域の困窮者の自立支援や放課後デイサービスなどの運営がイメージしやすいかと思う。

そういった互助的なシステムでの取り組みなどを通じて、労働者が主役になり、また地域社会に根差した就労を実現していっていると紹介されていた。

組合員がお金を出し合い、フラットに意見を言い合う。

そして新規事業を立ち上げていく様はなんだかオンラインサロンみたいだな、と率直に思った。

そう考えるとやはりこういったコミュニティの作り方は現代では最適解に近いのかもしれない。

それと本の中でも書かれていたけれど、仕事には金銭的な意味と社会的な意味がある。

「人の役に立てている」という充足感は正に仕事を自分ごとに捉え、社会的な価値を感じて働く良いきっかけになると思う。

あとは金銭的な部分でも労働者を主役にするために、たとえば従業員に会社の株を持ってもらって業績が上がったら還元されるような仕組みがあればより直接的にやる気につながるのかな、とか考えたりもした。

アメリカとかだと見かける制度だけど、日本とかでも普及したら面白そう。



・フォト・ルポルタージュ 福島 人なき「復興」の10年(豊田直巳)

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2011年の震災と、原発事故。

あれから10年以上が経過しているが、本当に被災地は「復興」しているのか。

東京オリンピックでは復興を強調され、じわじわと世間からも「過去の出来事」と思われていっているが、発令された「原子力緊急事態宣言」は現在でもいまだ解除されてはいない。

本書はそんな被災地のリアルな声を写真と共に伝えるルポタージュとなっている。

復興の名のもとに集められたお金は湯水のごとく既得権益の懐に流れ、また実態と乖離した安全さと人々の姿がプロモーションされる。

そんな震災復興の「影」の部分にスポットを当てた内容になっていた。

本書は「復興、および支援がまだまだ足りていない、国が不甲斐ない」という立場のみで書かれていたので、一方の言い分のみを鵜呑みにはできないけれど、間違いなく東北における復興事業の一側面をとらえているのだと思う。

悲惨な事故も、時間が経てば経つほど人々の意識から抜け落ち、薄れていく。

そこを上手く利用して殊更にアピールする人たちのことを「本当はどうなのか」という目線でとらえ考えるのも大事であると考えさせられた。

物事は多面的にとらえるのが、とても大事。



以上になります!

今回もお付き合いいただき、ありがとうございました!

なにかの参考になれるなら幸いです!

それでは!

最近の読書#31

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