みなさんどうもです!さかいです!
今回も僕が最近読んだ本の紹介をしていきたいと思います!
例によって個人の感想なのでご了承ください…!
では、どうぞ~!
・廃炉とは何か: もう一つの核廃絶に向けて(尾松亮)
東日本の震災での事故以降、廃炉を進めている福島第一原発。
その廃炉とは具体的にどういう状況を指すのか、またその過程で国民を欺くまやかしがあるのではないのか、といった趣旨の本。
一言で言えば「東電と政府はもっとしっかりしろ、市井の人々に寄り添え」という主張の本だった。
40年で廃炉を目指すという計画であるが、その計画の雑な部分や穴となっているところや根拠の薄い箇所を指摘し、本当に40年で廃炉を完了させられるとは思えない、と筆者は語っていた。
個人的には歴史的にも稀な大事故である以上、予想外のトラブルや遅延は絶対に発生するし、ノウハウの少ない取り組みならばある程度は場当たり的になっても仕方ないんじゃないかな…という感想。
最初からすべてわかっていて、完璧に計画を立てられればみんな安心できるのは分かるけれど、それはあまりにも完璧を求め過ぎているんじゃないかな、と思う。
とはいえ被災した方々や地域住民の「安心させてほしい」という想いに寄り添う必要があるのも事実なので、東電や政府には可能な限り誠実に廃炉作業に取り組まれてほしいな、と感じた。
そして起きてほしくはないけれど、同じような事故が再び起きてしまった時の備えとしても。
ブルーカーボンとは何か: 温暖化を防ぐ「海の森」 (枝廣淳子)
気候問題の本。
SDGsが話題になり、もはやトレンドと言ってもいい盛り上がりを見せている脱炭素。
主に重要なのは「これから排出される二酸化炭素の量を減らすこと」と「すでに排出された二酸化炭素を回収・貯留する」の二点。
この後者の二酸化炭素の回収・貯留に対して注目が高まってきているのが、ブルーカーボンというもの。
ブルーカーボンとは海洋生態系による炭素吸収に注目したもので、マングローブ林、塩性湿地、海草藻場による二酸化炭素回収で脱炭素への一助にしようという考え方。
ちなみに陸上生物に炭素吸収をしてもらうのを「グリーンカーボン」と呼んで区別するが、グリーンカーボンに比べブルーカーボンは長期的に炭素を貯留でき二酸化炭素への回帰もしにくい(炭素が深海や土壌に隔離されるため)ということで、そのポテンシャルに期待が集まっている。
とかいえまだまだ発展途上の取り組みであり、人々への周知も進んでいるとは言い難い状況な為、課題も多い。
地球環境を守るためにも、今一度「母なる海」へと関心を寄せる必要があるのかもしれない。
・危機の中の学問の自由: 世界の動向と日本の課題(羽田貴史、広渡清吾、水島朝穂、宮田由紀夫、栗島智明)
民主主義国家ではその根幹に「学問の自由」があり、国民がそれぞれ広く学ぶ自由が保障されている。
社会的、政治的な圧力や権力からも独立した自由で意義のある真理の追及こそが学問の本質であり、現在の社会、そして日本における学問の在り方を問う一冊になっている。
一言で言うと「研究者の自由に研究させて」ということを述べている本だった。
科学研究には高尚な目的があれど、様々な思惑が入り乱れその純粋性が保たれなくなることもままある。
そしてそれは学問の本質をゆがめる結果になるのではないか、という主張。
資金源に忖度していては正しい研究にならない場合もある、という意見は理解できるが、であれば「それなら公金を使わず研究をすればいいのでは?」と個人的には思わずにいられない。
スポンサーを得たらそのスポンサーの意見を反映させる必要がある、というのは資本主義の基本だと思う。株式会社の株主然り、テレビ番組の広告主然り。
それがイヤなのであれば自己資本で行うべきだと思うし、お金をもらっておいて「俺達の好きにさせろ!」はちょっとワガママが過ぎるのではないかな…と感じてしまった。
どうしても自由に研究できるお金が欲しいのであればそういう意見の賛同者を募って資金援助をしてもらうとか、理解あるパトロンを見つける努力をするべきであって「国や企業は学問に理解がない!」と嘆く姿には少し疑問が残った。
とはいえ学問の重要性には賛同できるので、未来への投資として先端科学に資金注入をしていって欲しいとは思う。
人類の進歩は未来を創るのだから。
・佐渡鉱山と朝鮮人労働(竹内康人)
世界遺産登録への声も大きい佐渡鉱山。
しかし歴史的に朝鮮人を強制的に奴隷労働させてきた、という負の側面も持っている。
そういった歴史の光と闇を見つめるための資料としての本になる。
世の中も人間も多面的であり、正の部分もあれば、当然このような負の部分もある。
そういった事実を受け止め、そして未来に向けて今の取り組みに活かしていくというのが肝要だと感じた。
この本に限らずだけど、岩波ブックレットは全体的に左派思想というかリベラルな意見が強めなのでどうしてもそれに対して懐疑的になってしまう。
僕自身は右でも左でもないけれど、政治的に偏った意見を見るとどうしても一歩引いてしまうというか…。
なのでこれも「歴史の一つである」という風に受け入れていく事にした。
人類の歴史は栄光と愚行の連続。
・うたに刻まれたハンセン病隔離の歴史: 園歌はうたう(沢知恵)
かつて存在したハンセン病隔離療養所。
そこではまるで学校の校歌のように、療養所の「園歌」がある。
この歌はいったいだれが何の目的で作ったのか。
謎の多いハンセン病療養所の園歌の歴史を追った一冊になっている。
現在ではほぼ発症しない病気となったハンセン病だが、100年ほど前は隔離施設も全国にあり、そして患者は差別されていた。
そんな患者を不憫に思ったのが当時大正天皇の妃であった貞明皇后。
慈善事業への関心も高かった皇后(正確には皇太后)はハンセン病患者のために下賜金として出資、そしてそのお金を元に資本主義の父として有名な渋沢栄一が「らい予防協会」を作り、支援に大きく貢献したという経緯がある。
この皇后陛下の計らいに感謝と敬意を表すために園歌が歌われるようになった、というのが大まかな歴史で、歌一つを取ってもこうして歴史に深く紐づいているんだなぁ、と感慨深くなった。
国の思惑や当時の価値観など、さまざまなものが入り混じって生まれた療養所の園歌。
こういった文化があったことを知るのも、現代を生きる我々の役目の一つなのかもしれない。
以上になります!
今回もお付き合いいただき、ありがとうございました!
なにかの参考になれるなら幸いです!
それでは!
さかいワカ
2023-03-31 13:43:48 +0000 UTCaoki1249588
2023-03-31 13:22:25 +0000 UTC