こんにちは、お世話になります、チキコです。
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なんで、男性のヒモって"差別用語的なニュアンス"感があって
女性が「養われている」のは批判されないんですかね。
配偶子が誕生した場合、子育て環境の充実が乏しい国では、所得の高い側が稼ぎ、低い側がサポートするのは合理的なんですけどね。
今回はそんな社会学関連の話です。
ちなみに、ヒモっていうのは…
海女さんの旦那さんが船で、奥さん(海女さん)の命綱(紐)を持っていたことから
女性に養われる男性のことを転じて「ヒモ」と呼ぶ事になったという
説があります。(諸説あり)
海女さんが女性が多かったのはウエットスーツがない時代、皮下脂肪の厚い
女性のほうが潜水に適していたからでそうです。
現在ではウエットスーツの普及で男性も活躍しておりますし
寒くない海(たとえば伊豆諸島)ではウエットスーツなしでも
男性が活躍しています。
ですので「ヒモ」というのは形骸的に差別用語的なニュアンスで
残っているという状況になります。もちろん差別用語ではありません。
ではなぜ"差別用語的なニュアンス"かというと
上方結婚、下方結婚というものがありまして
★ シンデレラは上方結婚
★ ヒモは下方結婚
と表現するとわかりやすいですかね。
男性は稼ぐものというジェンダー観による結婚の見方で
一般的には…
★上方結婚「玉の輿」
★下方結婚「逆玉の輿(逆輿)」
と呼ばれます。
ん〜〜〜??ヒモねぇ。
専業主夫なら、ヒモで。
専業主婦は、ヒモとは呼ばれないわけです。
ここにもジェンダー観というものが出てきます。
創作の物語って上方結婚が王道ですし
例えばシンデレラもコレです。
貧しい少年が、実は王子である童話は多くても(貴種流離譚のパターン)
貧しい少年が、王女にみそめられて王になる童話はあまりありません。
(あってもマイノリティかと思います。私は好きですけど)
※ただ、後者はラノベとかでは結構あるエピソードの1つかと思うので、中学生から20代前半にかけての、思春期青年期の発達段階における、空想世界の夢の1つであると思います。高校の男性教員(イケメン)と冴えない(という設定)の女子校生が…みたいな映画が毎年沢山作られると同じです。
さて、ヒモといえば、『ヒモザイル』という作品をみなさん覚えてらっしゃいますでしょうか?
この作品は2015年にwebで批判され、炎上し連載停止となった作品です。
批判理由を今一度考えてみました。
ちなみにこの炎上。
社会学の研究者も記事にもしていますが
そこであまり触れてない点にも指摘します。※下記の3と4になります
[4つのミスと、その理由]
1,古いジェンダー観がミスの原因である
ここ数年は、ジェンダー観の変化期です。
色々な理由で専業主夫が増えています。
マジョリティ(大衆)からも「それもありだよね、だって、うちも旦那が病気とかしたら、そうなるかもしれないし」という、容認されている時代です。(この変化は進行形)
タイトルの一部に「ヒモ」をつけ、古いジェンダー観のままにしてしまったというミスです。
内容を読まず、タイトルだけで批判されかねません。
「ヒモ」を命綱としている描写もありますが、多くの閲覧者の心には響かなかったようです。
(「ヒモ」って表現、…昭和後期ならよかったかも??)
2,人権を無視したパワハラがミスの原因である
やとってるアシスタントになら、同意してれば何をしても(斬新な社会学の実験)いいというミスです。
ジェンナーの天然痘ワクチンの話があります。
18世紀、天然痘ワクチンを開発する段階で、ジェンナーは使用人の息子らで実験しました。
今じゃコレ、倫理的にどう??って思いますが、18世紀ですからね(仕方ないね)。
倫理的に疑問視され、被験者に同意をとるのはその後、約100年後となります。
ただ、今回は実録漫画ですし、人体実験ではありません。
しかし、ジェンナーの天然痘ワクチンの実験に対し使用人の息子が断れないように、雇用者と被雇用者の間において、こうした人権無視の行為は許されないところです。
仮にアシスタント本人が「面白い!許可します!」となっても、アシスタントさんのご家族の心理負担まで考える必要があったと考えます。
3,業務&待遇=価値=人格という認識のミスが原因である
漫画の中の描写で、雇用主の子どもの面倒を見させているシーンがあります。
これは業務範囲といえるか?という問題がでてきます。
雇用段階で「保育業務もありますが、問題ないですね」と同意をとっていたとしても
アシスタントが「売れっ子漫画家になれるかどうか?」が、雇用主は関係ないとしても
(逆に、育てるのが上手な先生もいますよね)
それを見た第三者が「(保育もして)あの男性たちは、プロになれるの?」と疑問をもつ描写が出てきます。
第三者が「我が子があんなふうになったらどうしよう…」という訝しがりは人格否定に続きます。
その時点で雇用主が低待遇にしている&手技修練外のことをさせていることに対し、疑問をもちたいところです。(もちろん疑問はもたれたと思います)
この疑問がないと、アシスタントが低待遇なのは、誰のせいなのかが不透明になります。
アシスタントが低待遇なのはデビューできない本人の才能?
アシスタントを出版社からの出向にできない業界?
時間拘束に対し、賃金をまともに払えない雇用主?
さて「俺は社長だ!会社の社員に俺の子守りさせてる。あの社員は業務もやってるけどワーキングプアなのは、才能がないからかもな!社長の俺が、富裕層とマッチングするぞ!」
これが、TV番組の企画として仮に通ってしまったら、どうなると思いますか?
「それは酷いよ!給料あげてあげなよ!」って思うところです。
これと同じ事をしてしまったのではないでしょうか。
4,公開場所と漫画村(違法コンテンツ)
この作品を有料コンテンツで展開していれば、こんな騒ぎにならなかったと思います。
有料コンテンツであれば、ここまで膨大な人が「無料」で読み、批判されることも少なかったと思います。
宣伝として、webメディアで先行話数を無料公開することは効果的です。
膨大な閲覧数を稼ぐ(稼ぐ事ができる)ことは費用対効果としては最高だと考えます。
しかし、炎上し、連載停止ではすべてが水の泡です。
この連載にどれだけの時間と手間がかかり、またこの先の話も製作されていたとしたら費用対効果はマイナスです。
連載漫画というものは最終商品は"オチのつくパッケージ販売"です。
1-2話で問題提起しても(シンデレラが継母からいじめられいたとしても)…
話が展開すると、希望(カボチャの馬車とか)を提示したり!
意外な結末(ガラスのくつとか)が待っていたり!
連載漫画といものは、最後は"オチのつくパッケージ販売"なのです。
"オチのつくパッケージ販売"を作る過程で、作者や編集部に作品の文句を言って連載停止したわけです。
webでの宣伝としての無料公開と費用対効果として、エポックメイキングの事象ではあります。
細かくはもっと論点がありそうですが、当時の批判の分類と4年程度たったあとの考察はこのようになります。
「なんか不快だ、なんかムカつく」という感想でもいいと思うんですけど(そりゃ自由だし)
自分がそう思った根底には、何の背景があるのか?というものを確認する習慣を身につけると
瑣末なことにいちいち不快にならなくても良いのかもしれません。
連載の炎上当時は「え?中止までしちゃう??紙面で連載(読者数を絞る)でよくない?」と思ったんですけど
どうなんでしょうね。
何話かつづく予定でしたので、漫画的には色々な表現は、今後の展開の伏線の1つだと思うんですよね。
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