ものづくりする人間がものを作ることを馬鹿にするな、という話。
Added 2020-11-06 21:10:48 +0000 UTCとある日、絵描き仲間との通話中のこと。
絵描き仲間の生放送中に訪ねてきたリスナーが絵を描く人で自分に絵を見て欲しいと言ってきたとのことで、僕にもその絵を見せてくれた。
「72時間かけてこんな絵しか描けないらしいですよ、ひどくないですか?」
と、その人はおかしそうに言った。
確かにその人からはそう映ったのかもしれないし、イラストコンテストに出して最優秀をとるような作品かと言われればそうではなかったかもしれない。
僕はこう返事をした。
「でも、72時間もずっと一枚の絵に取り組めるって、ものすごいことだと思いますよ」
素晴らしい絵だ、と太鼓判を押すような絵ではなかったかもしれないが、実際その絵は細部はとても丁寧に描かれていたし、世界観もあってとてもこだわって描いただろう事は伝わってきた。
そもそも、一枚の絵を完成させることも、それに長い時間を費やすということも実はとてもとてもむずかしい。
普通の人は、興味のないことにそれだけの長い時間机の上で取り組むというのは相当な苦痛を強いられるだろうし、
何度もやっていたら体か心のどこかに支障をきたしてもおかしくないだろう。
でも彼はそれをやってのけている。それだけ自分の作品作りに熱い思いがあるということだろうと思った。
だからそれは評価されて然るべきだろうと思った。
返事を聞いたその人は、不服そうな態度を取っていた。
過去に僕は、小学校の発表会の映像をビデオで撮られ、それを家で鑑賞して大笑いされたことがあった。
はっきり言ってショックだった。今でも覚えている。ものすごく怒った。悲しかった。
自分は自分なりに、自分を表現したつもりだったし周りに馬鹿にしてくるような人もいなかった。一生懸命にやっていたのだ。
それをわざわざ映像に撮ってまで、皆で大笑いされたのがとても許せなかった。
それからあまり、自分を出さなくなった。
自分の表現を人に見せることがなかった。
ただ美術室に飾られた美術部員の作品を、ぼーっと眺めていた。
買った月刊誌の気に入った絵を、誰にも見られないように紙や机に描いたりした。
描いては消した。
ようやくそれを少し外に出せるようになったのはもう大人になってからだった。
自分を認めてくれる人たちが増えてからだった。
だから僕は、今でももの作りをする人を馬鹿にする人間が許せない。
でも、ものづくりしない人間ならしょうがないなと思うようにもなった。
わからないだろうな、と思ったから。
でもものづくりする人間が、ものづくりする人間をばかにするのは許せない。
自分ははじめから上手く絵を描けたのか?
上手く演奏をできたのか?
上手く演技をできたのか?
上手く小説を書けたのか?
誰だって最初は不安に思うはずだ。
でもそれを認めてくれる人がいたから頑張れるだろうし、
必要としてくれる人がいるから続けられる。
最初の出発点は誰でも一緒なのに、なんで自分と同じ道を歩んでいる人を馬鹿にするのかが
自分にはわからない。
わかりたくもないし、許せない。
あんなに馬鹿にされて、やめろと言われて、普通に生きろと言われ、何度も絵描きへの道は閉ざされる可能性はあった。そもそも別に絵描きを目指そうとは思っていなかった。
でも僕は、ずっとずっと絵を描いていた。
どこかに居場所を探すように。
初めは広告の裏だったのが、教科書に描いては消して、机に描いては消してを繰り返すようになり、
今はたくさんの人が、癒されるとか、可愛いとか、そうやって言ってくれる。
当たり前の事じゃないとわかっている。
人それぞれ絵との向き合い方は違うと思うけど、
自分は回り道してようやくたどり着いたところに、他の人はなるべくなら同じ思いをしてほしくないなと、たぶんこれからも思い続けるだろうし
そうなりそうな人がいたら少しでも救ってやりたいなと思う。