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放課後サンドバッグ(第七話)


放課後サンドバッグ(第六話)

【月曜日の放課後】 ここは研究棟の裏庭・・・ 「久しぶりに二人っきりの練習だね!」 そう言うのは、同じクラスの能勢紗華(のせすずか) ボクシンググローブをはめてやる気満々といった表情をしている。 元々は彼女が『ダイエットをしたい』と言ったのがきっかけで、ボクシングの練習パートナーとなり、殴られ屋みたい...


もう一度、文化祭の出し物である『殴られ屋ボクシングチャレンジ』について思い返す・・・。


・・・挑戦者(女子生徒)がボクシングで1分間サンドバッグ役(俺)を殴って殴って殴りまくる・・・挑戦者のパンチがヒットしたら1pt、クリーンヒットしたら3pt、ノックダウンで10pt、KOで20pt・・・この合計値を競い合って、一番高かった挑戦者が優勝となる。相手のパンチが当たってもこちらがしっかりガードしていればヒットしたことにはならない。有効打を受けないことが重要なのだ。


挑戦者は生徒会長の独断と偏見で選抜された5名・・・優勝者にはペア旅行券が贈られるが、俺は優勝者と強制的に温泉旅行に連れていかれることになっている。

拒否権はなく、拒否したいなら挑戦者全員を完封して優勝者不在とさせる他ない。


まさに選り取り見取りのハーレム状態であるが、挑戦者の5名はいずれも一癖も二癖もある女生徒達ばかりで、いずれの相手も思い入れは強い・・・八方美人でフラグを建てようとしてきた結果が今日の受難を引き起こした訳で自業自得だったが、優柔不断な俺は今なおこの状況を逃れようとしている。

つまりは、挑戦者全員を完封して優勝者不在とさせ、のらりくらりと女子達との関係性を保留し続けようとする魂胆だ。

自分でも最低な人間だと思う。誰を選ぶとか決めきれない俺は、体を動かすしかなかった。

「殴られ屋ボクシングチャレンジで挑戦者5人相手にパンチを一発もあたらずに完封すること」・・・そのために体を徹底的に鍛えて準備し、その結果、もし全員を完封できたら万々歳だし、出来なかったとしても、その結果を受け入れられるほど、体を鍛えて自分自身を追い込んで準備しようと決意した。


ひたすら身体を動かし、トレーニングに打ち込むつもりだが、俺をバックアップしたいという男子生徒がたくさんいる。


□クラスメイトや同級生の男子生徒(能勢や大倉のことが好きなファン連中)

休み時間を利用して、実践トレーニング!!

毎日違う男子生徒相手に殴られ屋ボクシング模擬試合を開催!!

実戦練習を通じて様々なタイプの対戦相手に対する防御スキルを強化!!

「よしっ!平見!今日は俺が相手だ!」「平見くん、隣高校からボクシング部を連れてきました!」「頼むから彼女を完封してくださいよ〜(彼女がフリーになれば俺もワンチャンあるかも)そのためには全力で平見くんを応援するから!!」


□体育会系クラブに所属する部員達(葛西のことが好きなファン連中)

速いフットワークやディフェンス技術を習得する!!

バスケ部のフットワークトレーニングに参加させてもらったり、サッカー部のGK練習に参加したり、体育会系クラブ練習を通して基礎技術の強化!!

「今からスパイクを打ち込むので、かわすかガードしてください!」「今からショットを打ち込むので、かわすかガードしてください!」「今から打球を打ち込むので、かわすかガードしてください!」


□男子生徒会役員一同(中院会長のことが好きなファン連中)

科学的、心理学的な認知トレーニングを取り入れる!!

なぜかその筋の技術に秀でた人材が多い生徒会役員の特性をフルに活かした練習方法を実施!!

「冷静さを保ちながら、ストレスや緊張を和らげるため、深呼吸やリラクゼーション法の練習です!」「これはセンサー付グローブです!これで平見くんのモーションキャプチャを記録し、データを分析していきます!」「スプリット・アテンショントレーニングと言って、多くの情報を同時に処理するために複数のタスクを同時に行うトレーニングです!」


□学内の少しチャラチャラした男子生徒(彩香のことが好きなファン連中)

スタミナトレーニングのために場所や時間に応じた協力!!

自宅から高校の校舎まで約20km・・・これから文化祭まで毎日走って通学することにしたが、学校隣のマンション住みのチャラ男くんの家に毎朝寄せてもらえることになった!!

「いいよ、いいよ!俺の家を使え!俺の部屋で着替えればいいよ!」「おう、いいぞ!!週末先輩の車で軽井沢まで行くからそこでおろせばいいんだな?えっ?そこから走って都内まで帰るのかよ!?ズゲェな!!」


□自宅でも強力なトレーニン相手(平見優香:三つ年上の姉ちゃん)

異性(女性)対策!!

実践形式やフリースタイルやその方法は様々!!

「あーくん、お姉ちゃんの攻撃に当たったら罰としてチューするからね!!」「いやっなんで!?ふざけんな!!おいっ、こらっ!!」


これだけ多くの人間に支えながら、文化祭まで一ヶ月間、俺は全てをトレーニングに捧げた!!協力してくれる人には、最初は打算があったかもしれないが、文化祭が近づくに連れ、本気で応援してくれた。

「もうとにかく全力を尽くして、出し切ってくれ!!」

「平見がこんなに頑張ってること、彼女等に話したいんだけど・・・絶対に泣くぞ!!」

「いやいや、いいって・・・実際に対戦したらわかることだから!」

そんな言葉を交わしながらトレーニングを続けていると、あっという間に日々は過ぎ去り、いよいよ文化祭が間近に迫ってきた。そんなある日のこと・・・


「大変です!!平見くん!!」

生徒会書記の犬伏くんが青ざめた表情で走ってきた。


「惨劇です!!平見くん!!」

「えっ!?意味わかんないだけど・・・落ち着け!!」

犬伏くんは息を整えて、ようやく何が起きたのかを語る。


「さっき、ステージのリハーサルで、例のボクシングチャレンジもしてたんですが、そこで地獄的な惨劇が起こったんです!!」

「?????」


いまいち状況が掴めなかったので、犬伏くんに詳しく状況を教えてもらうことにした・・・



・・・・・・・・・・・・・・・



文化祭中、体育館ステージ上で催されるイベントの数々…それを実際の文化祭と同じ流れで進行し、タイムスケジュールに誤差がないか確認するためのリハーサルが行われていた。

各催し物は滞りなく行われ、ステージをトリを務める『殴られ屋ボクシングチャレンジ』の順番が回ってきた。今日のリハーサルに俺は呼ばれなかったが、挑戦者の女子5人はステージ上の流れを把握するため呼ばれていた。


「まずは、5人でクジを引いて順番を決めます!それからクジ順に1分間のチャレンジを行ってもらいます!5人全員のチャレンジが終わったら、まずは1順目のチャレンジが終了となります!ここで、またクジを引いてもらって、2順目の順番を決めて、そしてまた5人全員にチャレンジをしてもらい、結果の合計ポイントが一番高い方が勝者となります・・・」

振り返るようにルールの説明を聞きながら、本番を想定したイメージで進行しようとしていた時、体育館の大扉を激しく開けながら乱入者が入ってきた。


「今日、対戦相手がいないんだろ!?じゃあ、俺等が対戦相手になってやるよ!!」

やってきたのは3年生の男子生徒5人・・・

いわゆる学内でも”問題児”と噂される生徒達で、リーダー格である冬木貴之(ふゆきたかゆき)は学内外での迷惑行為を繰り返してきたが、処分するだけの証拠を揃えることは出来なかった。彼の父親が大手企業の社長であったことも理由の一つであり、問題行動を上手く隠蔽し、横暴な振る舞いを今日まで続けていた。


中院会長や生徒会にも他生徒から彼等の嫌がらせなど悩み相談を受けて、調査したこともあったが、決定的な証拠を押さえることが出来ないでいたが、同時に生徒会が自分達に対して調査に動いているということも認知することになり、彼等と生徒会の間には軋轢が生まれ・・・そして、このタインミングで彼等が仕掛けてきたという訳である。


「生徒会長さんよ・・・俺等になんか言うことがあるんじゃねぇのか!?・・・なのに、文化祭で2年の男をみんなで取り合う・・・とか、腑抜けたイベントしてる場合じゃねぇっつうの!!頭、お花畑かよ!!」

冬木の言葉に周りの男子生徒がドッと笑う。


「・・・まぁ、本番前に俺等が手伝ってやろうって話だよ!!挑戦者5人なんだろ?じゃあ、俺等と数が合うじゃん!!5対5で勝負出来るって訳じゃん!!」

要するに、『殴られ屋ボクシングチャレンジ』を実践的にリハーサルしようという提案だ。学内でこのイベントを告知していたこともあって、彼等もルールなど何をしようとしていることは把握しているようだった。


「・・・それで、もう一つ提案なんだが、俺等相手に1分間でノックアウトを取ることが出来なかった場合、そいつは俺等の女になるってルールを追加でいいよなぁ?」

「おぉ、それいいじゃん!!ナイス冬木!!」

「やる気してきた〜!!」

「お前、彼女いるじゃねぇかよ!?」

「・・・いいんだよ!!それはそれ!これはこれ!」

「サイテーかよ!!」

彼等は大盛り上がりである。

しかし、そんな無茶な提案を受け入れるわけがないと生徒会や文化祭委員は彼等の言動にストップをかけようとしたが、中院生徒会長がそれを静止した。


「・・・。君達は彼等の提案をどう思う?」

中院会長は他の挑戦者4人に振り返りながら質問する。


「別に構いませんよ!」

「私も!!」

「1分以内にノックアウトすればいいだけですからね!」

「体動かしたいです!」

彼女達は周りとは真逆の反応だった。何も動じておらず、逆に提案をふっかけた彼等の方が「はっ!?」「本気?」「なめてんのか!?」少し逆上していた。


「よしッ!!じゃあその提案を受けよう!!」


・・・こうして、挑戦者女子5人 VS 問題児男子3年生徒5人の殴られ屋ボクシングチャレンジ対決が行われることになった。


「会長〜!!どうしてこんな無茶な提案を受けたんですか!?」

生徒会役員の一人が動揺した声で聞く。

「彼等のおこなってきたことは知ってるよね?・・・だから、少しここで反省してもらおうかなって・・・ね!」

「で、でも大丈夫なんですか・・・??」

「うん、そこは大丈夫だと思うよ!」

彼等をノックアウトできなければ強制的に彼女にさせられるのにもかかわらず、会長も他の女子達も悲壮感は全く漂っていない。





1戦目:能勢紗華(2年) VS 阪木(3年)


「デカイな〜背も乳も!!」

「よろしくお願いします!」

3年の阪木、彼は長い手足と経験のある顔つきで、余裕を感じさせ、セクハラまがいの言葉を投げかけるが、能勢は何事もなかったかのようにポワポワとした感じで前に出る。


ボクシングチャレンジ開始前、リハーサルに立ち会っている周りのギャラリーのほとんどは3年の阪木を1分以内にノックアウトされるのは難しいだろうと予想していた。「女子相手だろ?余裕だろ?」と冬木は周りに聞こえるように大きな声で囁いたが、能勢はその声を聞き流した。彼女の瞳は冷静で、決意に満ちている。


ゴングが鳴り響き、ボクシングチャレンジが始まった。


能勢は素早く前に出る。阪木は軽くステップを踏みながら距離を取ろうとしたが、その瞬間、能勢の目が鋭く光るように、足元のバネを使い、鋭い一撃を放った。


・・・ズバァァァッァッァァァァァ!!!!・・・

彼女の拳は阪木のガードをすり抜け、左顎にクリティカルヒット。まさかの速さに、ギャラリーは目を見張った。


阪木は痛みと驚きで仰け反りながら後ずさろうとするが、彼女はその隙を逃さない。


右のジャブ、左のストレート、さらにボディへのフック。力強く、的確に撃ち込まれるその一発一発・・・まるで練習でサンドバッグ打ちをしているかのようだった。

阪木の動きが鈍くなり、防御が乱れたその瞬間・・・最後は必殺の右フックで顔面を追い討ちし、彼は意識を失くして倒れこむように崩れ落ちた。本番もレフェリーを務めるボクシング部部長がすぐに試合を止め、能勢の勝利を宣言した。


・・・能勢紗華が圧倒的な力を見せつけ、阪木をノックアウトした。

顔面が赤く腫れ、鼻血を吹き出す彼が30秒前まではニヤニヤと鼻の下を伸ばしていた人物とは思えない程の状態の変化を遂げている。


周りは驚きに満ち、静まり返っていたが、次第に歓声が湧き上がる。

「すごい!」体育館中に驚きの声が響き渡る。


「やった!」

彼女は舞台上で拳を軽く掲げ、微笑んでいた。その笑顔は、謙遜しつつ、恥ずかしながらも、自信と誇りをギャラリーに向けてアピールしていた。





2戦目:大倉美優(2年) VS 日野(3年)


「・・・あ、ありえねぇ。」

文化祭委員二人で左右から抱えながら保健室へ搬送される阪木。

仲間の一人が女子相手に何も出来ず、ボコボコにされるという現実を見た問題児達は明らかに動揺していた。

しかも、ボクシングチャレンジ中・・・能勢が激しい動きをする度、彼女のスカートがめくり上がり、白いパンツがチラチラと目に飛び込んでくる・・・その様が彼等の被虐感をさらに加速させていた。


「ふざけんな!たまたまボクシング経験者だけだったんだろよ!!ホラッ、次はあの地味で陰キャっぽい女だから俺がやってやるぜ!!」

傾きかけた悪い流れを断ち切るように日野が前に躍り出る。


「・・・弱そうだなぁ!?」

「どもッ!」

大倉はゆっくりと控えめに前に出る。彼女の体格は日野に比べて小柄だが、その眼差しには冷静さと自信があふれていた。その所作が日野にとっては癪に触るようで「わからせてやる!!」と彼の鼻息を荒くさせる。


チャレンジ開始のゴングが鳴った。


日野は圧倒的な体格差を武器に、大倉を懐に飛び込ませないようリーチを活かしながらガードして、「オラッ、来いよ!!」と挑発する。


そんな彼のステップを、大倉は冷静に見極め、左右への動きと素早いジャブで均衡を崩そうとしていた。彼女の軽やかな動きは一定のリズムに縛られず、ランダムな動きをする。その違和感が日野の集中力を削り取り、彼が焦りを感じ始めるまで、わずか数秒しかかからなかった。


「どうなってんだ!?」


日野はタイミングをずらされ、大倉の接近を許してしまう。その光景にギャラリーの中にはざわめきが広がる。大倉はその一瞬を待っていた。そして、その瞬間が訪れる。


日野が慌ててガードしようとした瞬間、それよりも速く大倉の右ストレートが彼の左顎を砕く。「グヒッッ!!」と事態を飲み込めない彼の腕がだらんとなり・・・彼の脇腹には完全な隙が生まれる。

彼女は鋭い眼光とともに、前に踏み込み、拳を鋭く日野のレバー(肝臓)へ突き刺した。


・・・ドゴゴゴゴゴゴゴォォォォーーーーーーンッ!・・・


鈍い音が響いた瞬間、時が止まったかのように日野の体が硬直する。

少しして日野はその場に崩れ落ちた。彼の顔は苦痛に歪み、立ち上がろうとするも、体は言うことを聞かない。周りは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。しかし、彼女はすでに舞台中央で冷静に手を下ろし、審判の判定を待っていた。


真っ青な顔で床に手をついて倒れ込む日野・・・体内の液体が全て逆流するかのように苦痛に歪み、涙と鼻水・・・そして、とうとうその場に嘔吐してしまった。


レフェリーストップ!!ノックアウト!!

試合開始からわずか数秒、日野は倒れ、大倉が勝利を収めた。


その場は騒然としていたが、その後、驚きと賞賛の声が沸き上がる。

「美優すごい!!強かったよ〜!!」

先程の勝者・・・能勢紗華から祝福されると、少し恥ずかしそうにただ一言、冷静に呟いた。


「コソ練してるから!」


彼女にとって、体格や力の差など関係ない。頭脳と技術が差を埋めることを、この一戦で証明して見せたのだった。





3戦目:葛西奈穂(1年) VS 土持(3年)


「嘘だ!!」

「2年の女子相手に何してんだよ!!??」

問題児達は完全に混乱していた。5人中2人が殴られ屋ボクシングチャレンジ後に保健室へ直行する・・・その対戦相手・・・舞台上、彼等と対角線にいる、ほんのりと汗をかきながら談笑しているミニスカートから見える健康的な太ももがまぶしい2年生の女子生徒2人だったからだ。


「次は私ですね!先輩達に負けないように頑張ります!」

元気な声で前に出る葛西のその表情はやる気十分といった所。


「い、1年の女じゃねぇか・・・よ、余裕だぜ!!」

そういう土持の言葉に全く余裕は感じられない。


学内でも運動部から一目置かれる葛西・・・驚異的なスピードと反射神経を持つ「運動神経の天才」・・・その情報も少しは土持の耳に入ってきていたが、ボクシングにおいてもその才能は発揮されるかどうかはわからない。いや、むしろ全く関係ないはずだと彼は自分に言い聞かせるように前に出る。


3年生の土持・・・身長はさほどなかったが、格闘技経験もあるそうで、フットワークは様になっていた。これまで完全に女子側に流れはきていたが、一筋縄ではいかないような雰囲気を彼は放っていた。


試合開始のゴングが鳴り響くと、土持はとにかく距離を取ろうと素早いフットワークで舞台上を旋回するように移動する。

しかし、葛西も積極的に前に出ていき、徐々に距離を詰める・・・逃げるスペースを埋めながら距離を詰めてくる彼女に「厄介な奴…!」と、かわしながらも土持の額には汗が浮かび、動揺が見え始める・・・

土持は腕を前に突き出しガードするが、その突き出し方がガードではなく、パンチで反撃するような動きだった。

この殴られ屋ボクシングチャレンジのルールでは、男子側はガードするのはOKだが、反撃するのはNGである。まして、彼は葛西の顔に目掛けて腕を突き出ような動きを見せ、反則すれすれの行為を繰り返していた。


しかし、葛西は相手の動きを冷静に見極めていた。土持が腕を突き出しパンチするような『反則すれすれガード』を、繰り出し終えて腕が下がる隙を、彼女は逃さなかった。


次の瞬間、葛西が飛び込む・・・


その動きは、まるで稲妻が走るかのようだった。鋭いジャブが土持の顔に炸裂し、そのままの流れで右ストレートが顎にクリーンヒット。土持の体がグラついた。


「まだ、終わらないわ!!」

葛西は素早く後退し、さらに一歩踏み込んでからの高速左フック・・・土持は大きく揺れ、目の焦点が定まらない・・・完璧な角度で彼の顎を捉えた彼女の拳は、よだれと涙と鼻血まみれの彼の顔ごと床に沈めてしまった。


流れるような展開で葛西の圧倒的な勝利・・・彼女は軽く息を整えながら、満足そうな笑みを浮かべている。


「ごめんなさい、先輩!顔を狙われたから、ちょっと本気になっちゃった!」


土持は気絶したまま、彼女の言葉を聞くことはなかった。





4戦目:中院箕月(3年) VS 冬木貴之(3年)


「・・・お、おい冬木・・・どうなってんだよ・・・これ!?」

「・・・知らねぇよ・・・こっちが聞きてぇよ・・・」

残ったのは二人、完全に意気消沈していた。


「それじゃあ、行ってくる!」

ここで前に出たのは生徒会長の中院会長だった。彼女はいつもの冷静な表情のままゆっくりと舞台中央まで歩く・・・

「冬木くん、、、」

「ふ、ふざけんな!!」

彼との対戦を呼びかけるような中院会長の一言に、冬木も男としてのプライドからか前に躍り出る・・・この一戦は『生徒会』と『問題児達』との直接対決という様相を見せていた。


「へっ、生徒会長が俺に説教するってか?笑わせるな!!」

冬木は中院会長を見下すように睨みつける。


「冬木くん、この勝負はただのボクシングじゃないわ。あなたには反省してもらいたい・・・あなたの行いを特定できなかった私達生徒会にも責任があるから、ここであなたを指導させてもらうわ。」

「馬鹿か!?俺の女にしてぐちゃぐちゃにしてやる!!」


試合開始のゴングが鳴ると、冬木はすぐに攻めにかかった。先程の勝負で土持が見せたガードするに見せかけての相手への反則すれすれの行為・・・彼の腕は空を切るが、この行動にレフェリーから注意が入る・・・しかし、彼は上の空といった表情をしている。

一方、中院会長は微動だにせず、冷静にその動きを見極め、冬木の反則ガードを回避し、無駄に彼の体力を消耗させていた。

「自分の強さを誇示するために他人を貶めるのは弱さの裏返し。」

中院会長は冬木の反則ガードをひらりと避けながら、淡々と語る。


そして突然、彼女の動きが変わった。軽やかにリングを駆け、素早く冬木の懐に入り込む・・・「バシバシッ!」と、鋭いジャブが彼の顔に正確に命中し、彼は一瞬、視界がぼやけてしまう。


「反省するなら、今よ!!」中院会長はさらに続ける・・・「本当の強さは、相手を理解し、思いやってこそ・・・だと思わない?」

ペースを握られ、このままでまずいと冬木が身構えた瞬間・・・中院会長の強烈な左ストレートが彼の顔面を捉えた。

・・・グシャァァァァッッッッッッッッ!!!・・・


彼女の拳は冬木の顔面にめり込むかのように、誰の目から見てもその威力は凄まじいものだった。彼は顔面ごと宙に浮いたように見える。


「わかった?」


・・・そして、時間が止まったかのように、冬木の身体がゆっくりと崩れ落ちていく。彼が床に倒れた瞬間、体育館内は静まり返っていた。


試合開始から45秒・・・冬木にとっては超がつくほどの過酷なレッスンだった。


「冬木くん・・・次に目が覚める時は、違う自分になっていることを願っています・・・」


周りのギャラリーは息を呑んでいた。

中院会長は、一度も感情を露わにすることなく、冬木を完全に圧倒した。

しかし、彼女の本当の目的はこのチャレンジで勝つことではなく、冬木に人としての在り方を考え直させることだった。


果たして舞台上で静かに横たわりながら失神している彼の心には、少しでも変化が芽生えているのだろうか・・・?





5戦目:波島彩香(1年) VS 多田野(3年)


「ぅぅ・・・やっぱり会長は強敵かも!」

「うん!また、一緒に練習してください!!」

「ああ・・・わかった!!」

4戦目が終わって舞台袖に戻ってきた中院会長に笑顔がようやく戻り、他の女子達とじゃれ合う・・・本番ではこのイベントで競い合うライバル同士だが、どうやら中院会長中心に全員が集まり、お互いに練習をしあっているようだった。彼女達の異様なまでの強さの理由がそこにあった。


「・・・ぃぃぃぃ・・・・ぃぃ・・・・!!!」

問題児達の中で残っているのは多田野一人だけ。

もう大勢は決している。これ以上続けても無意味であることは誰の目から見ても明らかだったが、残された多田野は目が充血し、完全に自暴自棄になっていた。


「勝負・・・できるのかなぁ・・・?」

と、最後の相手を務める波島彩香がしなやかな体をほぐしながら前に出るが、その表情は戸惑っている。


「・・・ぁ・・・ぁ、ァァァ・・・ぁああああああ!!!!」

身長180センチを超える体格を持つ3年生の多田野・・・そんな大柄な彼が自暴自棄になり、まだゴングが鳴らされてもいないのにも関わらず、波島に向かって突進してきた。


「ちょっ!!ストップ!!」

レフェリーや文化祭委員が慌てて止めに入ろうとするが・・・


「大丈夫!!始めてください!!」

と彼等を制するように、波島は前に躍り出る・・・少し遅れてのゴングが鳴り響いた。


「ふじゃけろぅッッッ!!!」

言葉にならない雄叫びを発しながら、多田野は殴りかかる・・・もう、ルールなど関係なく、暴走列車状態になっていた。

彼は自暴自棄になりながらも、力強いステップインで右ストレートを放つ。しかし、彼女はそれをまるで風のように軽々と避ける。しなやかで柔軟な体が、まるでスローモーションで流れるかのように動いた。


「な…なんじゃァァァ!!??」

多田野はすぐに次の攻撃を仕掛けた。フック、ジャブ、ストレートを連続で繰り出すが、すべてが空を切る。彼の拳は彼女にまったく届かない。


「これが、1年生だって?」

焦りが顔に現れ始める・・・この殴れ屋ボクシングチャレンジが始まる前、誰と誰が勝負をするのか話し合いをし、『あのギャル!バチクソ好みなんだが!俺はあいつと勝負するからな!』と多田野は話していたが、今は”殴れ屋”ではなく、完全に”殴り合い”をしている状況だった。


しかし、その時・・・


「私の番だね。」


波島が一言呟いた瞬間、彼女の動きが一変した。ゆるりとしなやかだった動きが一気に鋭さを帯び、彼女はステップインすると、多田野の懐に入る・・・誰も予想していなかった素早さ。右のボディブローが多田野の腹部に突き刺さる。


「ごぉぉおおおおおッ!!!!」

多田野は痛みに顔を歪めるが、その瞬間、さらに衝撃的な連打が始まる。彩香はほとんど息をつかせぬスピードで、多田野の顎とボディを狙って的確に拳を打ち込んだ。


「的だらけだよ、先輩!!これで終わり!!」


最後の一撃が、多田野の顔面にクリーンヒットした。彩香の小さな拳が、まるで雷のような威力で多田野を捉えたのだ。重い音が響き、彼の体が倒れ込む…。

ボコボコになった彼は完全にノックアウトされていた。


「ふぅ、殴り合いになっても勝てるくらいは私も成長したかな?」

彼女は軽く息を吐き、リングの上で涼しげに笑った。


ギャラリーはただ驚愕し、口を開けたまま立ち尽くしていた。”殴られ屋チャレンジ”でも”殴り合い”でも結果は変わらないことは明らかだった。


自暴自棄となり、暴れ回るが簡単に鎮圧され、床に沈んでいる多田野・・・彼の下半身は興奮状態なのか、何故か大きく膨らんでいた。

そんな彼を見下ろすボクシンググローブをはめたギャル・・・そのコントラストはその場に居合わせた者の心中に大きく印象付けた。





それからの話・・・


文化祭ステージのリハーサルで、保健室送りとなった3年男子生徒5人・・・


「いてぇぇ・・・」

「うぅぅ・・・」

うなだれたり、放心状態となっていた彼等の所に、中院生徒会長と生徒会の面々がやってきた。


「先程はやり過ぎたかもしれない・・・それに他のみんなからも謝罪の言葉を預かって来たから私が代表して皆さんに謝罪します。」

中院会長は改めて彼等に謝罪した。


「でも、さっきの勝負を見た生徒達の中から、これまで君達が行ってきた迷惑行動を捉えた動画をリークしてくれた者が現れたんだ・・・君達の報復が怖くて言い出せなかったそうだけど、勇気を出して教えてくれたんだ・・・」

そう言いながら、彼女は彼等にスマホで動画を見せる。学外での迷惑行為をばっちり捉えた動画で顔もはっきり映っており、言い逃れできない動画だった。


「普通なら停学処分になるかもしれない・・・でも、今日君達はしっかりと痛みを受けた・・・だからその点も考慮して下さいと先生達には報告しました・・・」

他生徒に迷惑や圧力をかけた行為も含め、これから色々と浮き彫りになるかもしれない。

「これから先生達を納得させるくらいの反省文や謝罪の行動をしてもらい、できれば文化祭に参加して欲しいです。生徒会からの言葉は以上です。」

言い方は形式張ったものだったが、中院会長は穏やかな表情で彼等に伝え終えると保健室を出た。


・・・壁越しに保健室から号泣する彼等の声が溢れ出して聞こえてくるのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・




「・・・ということが起きたんですよ!平見くん!」

生徒会書記の犬伏くんから文化祭リハーサルで起こった全容を俺は聞いた。


「そ、そんなことがあったんだ・・・!!??」

事細かに聞いた俺はというと、下半身を押さえながら前かがみになっいる。


「うらや・・・いやっ、じゃなくて3年の先輩方の心中ご察しします・・・」

女子達に公開でボコボコにされ、保健室送りにされたのはもうトラウマものである。


「リハーサル終了後、男子連中は、みんな全部出し切って賢者タイムのような状態になってました。」

「でしょーね!!・・・なんで、俺も呼んでくれなかったんだよ〜〜!!!」

犬伏くんが話してくれたような地獄空間に居合わせたかったと俺は血の涙を流す。


「いやいや、平見くん!!今日はリハーサルで本番ではあなたが彼女達と対戦するんですよ!まごうことなき当事者ですよ!!」

犬伏くんの言うことはごもっともなことである。

「生徒会長だけでなく、他の女子達も全員鬼のように強いです!!男子が束になってかかっても血の海になるだけです!!今日は5対5の勝負でしたが、本番は平見くん一人に対して彼女達5人・・・1対5ですよ!!絶対に無理です!!」

今日の惨状を察するに犬伏くんが言うことも理解できる。


「・・・それでも勝負は受けるよ!俺の背中には生徒会男子のみんなや色んな男子達の付いてるからね!そのための準備もしっかりしてるし!!」

「・・・平見くん・・・わかりました!今日のリハーサルで参考になるかわかりませんが彼女達のボクシングスタイルや分析ができるかもしれない!しっかりと対策を立てましょう!!」

「そうだな!!」


・・・こうして、彼女達を分析し、さらに集中力を高めるトレーニングに打ち込み・・・とうとう、文化祭がやってきた・・・


文化祭1日目の体育館メインステージのイベントのトリを務める『殴られ屋ボクシングチャレンジ』・・・タイムテーブルで言えば、16時頃から開始予定だ。


当日、俺は開始時間に間に合うように登校するつもりで、先に戦勝祈願のため成田山へやってきていた。

参拝を終え、ウォーミングアップをしながら学校へ向かう・・・長いようで短い一ヶ月だった・・・もう何も言い残すことはない。


「平見だ!!」「おおっ!!遅いぞ!!」「待ってだぞ!!」「頑張れ!!」

ともに歩んできたみんなから激励してもらう。


・・・今日の挑戦者5人・・・能勢紗華、大倉美優、葛西奈穂、中院箕月、波島彩香・・・この一ヶ月、挨拶するくらいでしっかりと面と向かい合うのは久々だ。

彼女達も今日のイベントに向けて相当なトレーニングを積んできたことは聞いている。


・・・それでも、

今 の 俺 は 負 け る 気 が し な い

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