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悪い魔女のお話③

 その少女は修道院より派遣された修道女にして、子供ながら稀代の大天才と謳われる魔法使いでもあった。

 ただの修道女見習いでしかなかった少女が魔法を学び始めたきっかけは聖典に記された魔法を習得したことからだった。魔力の扱い方も知らなかった少女が術式を見ただけで魔法の構造を理解し、意のままに力を操ることができたのだ。

 その持って生まれた才能を活かし、世のため人のために働いては祈りを捧げる充実した日々を送っている。

 そんな中、少女の目にある手配書が映った。

 人攫いを繰り返す最悪の魔女。それを討伐、又は拘束した者に賞金を与える──少女は金銭には関心を示さなかったが、同じ魔法使いとして魔法を悪用する者の存在が許せなかった。

 もし出会うことがあれば自慢の魔法で必ず魔女を捕らえてみせる。誰にも話したことはないが、少女は常日頃からそのようなことを考えていた。

 そしてそんな少女の誓いを後押しするかのように、町外れの開けた場所で偶然魔女を見つけた。


「あの人が……!」


 少女の目線の先には黒装束の魔女らしき人物。おそらく空を飛ぶ魔法を使っているのだろう、杖に腰掛けて宙を漂うように進んでいた。

 その魔女は人攫いを繰り返す極悪人だ。魔女を捕えようと腕に覚えのある者が挑んでは敗北し、人生の全てを奪われてしまうことが何度も続いているという。

 それも無事に帰ってこられなかった者を数えた方が早いらしい。

 少女はこの遭遇を運命と感じ、使命感に燃えた。

 自分には何のために人並み以上の才能と魔力を持たされたのか。全てはあの魔女を捕まえるために違いない──!

 少女は声を張り上げて魔女を呼び止めた。


「た、たのもぉ!!」


 一度で声は届いたようで、魔女は上空から緩やかに降りてきたかと思うと少女の目の前に着地した。


「あら? 可愛らしい女の子ね。何の用かしら?」

「えっと……あなたは悪い魔女さん、ですよね?」

「フフッ。そうね、悪いことばかりしてる自覚はあるわ」


 人を値踏みするようないやらしい視線に若干恐怖を覚えたが、少女は怯むわけに行かないと気持ちを立ち向かわせる。


「あなたは指名手配中の極悪人です。これからあなたを捕まえます」

「……へぇ。面白いわ、受けて立とうじゃない」


 少女は聖典を開き、記された術式に魔力を込めていく。


「行きます────はぁっ!!」


 青白く光る魔力の帯が魔女に飛びつき、上から下まで全身にグルグルと巻きついていった。



「うぐッ!?」


 魔力の帯は猿轡のように魔女の口をも封じ、言葉を話すこともできなくなる。

 魔法のぶつかり合いは魔力の大きさで勝負が決まる。魔女が抵抗もできず縛られているということは、少女の魔力が魔女を大きく上回っていたことの証拠に他ならない。


「や、やった……」


 戦闘開始からたった数秒にして少女の勝利が確定した。

 緊張の糸が解け、肩の力を抜いていく。


「あうっッ……うぅ~~~ッ!」


 体をよじらせて何とか拘束から抜けようとする魔女に、少女は言い聞かせるように語りかけた。


「こ、この魔法は聖典に記された聖なるものです。あなたの心の邪悪さに応じて、締めつける強さがどんどん増していきます」


 魔法の効果を説明している間にも、光の帯は魔女をどんどん締め上げていく。


「ぐ……ぁ……ッ!?」

「解放されたかったらもう悪さはしないと誓ってください。するとあなたから全ての魔力が失われ、二度と魔法を使うことはできなくなるでしょう」


 話を聞いた魔女は目を細めて少女を睨みつける。

 少女は焦っていた。魔女の睨みに怯んだ訳ではない。その邪悪な心が想定よりも深いものだったことで、魔法の帯が魔女の命を脅かしかねないほど締めつける力を増していったからだ。


「ウウウウウッ!!!!」


 ついに倒れ込んだ魔女は暴れるように体を揺するが、魔法の帯は彼女を決して離さない。


「は、早く誓ってください。心の中で思うだけでいいんです! さもないと全身が捻じ切れてしまいますよ……!?」


 それでも魔女は駄々をこねる子供のように首を振り、抵抗の意思を見せてくる。

 このままでは本当に魔女が死んでしまう。いくら極悪人が相手といえど、その命を奪う覚悟まで少女は持ち合わせていなかった。

 もう十分懲らしめただろう……そう考えた少女は拘束の魔法を解除し、魔女を光の帯から解放する。


「だ、大丈夫ですか!」


 少女は魔女の元へ駆け寄り、その安否を確認する。

 もしかしたらいくつか骨が折れているかもしれないと回復魔法を掛けようとした時だった。

 どこからともなく現れた縄が少女の体に絡みつき、息をつく間も無く後ろ手に縛り上げてしまった。


「なっ!?」


 これは魔法だ。しかしどうして? 魔女は力尽きかけているはず……。

 見ると地面に突っ伏したままの魔女は不気味な笑みを浮かべて少女を見上げていた。


「フフフ……今の、とても凄い魔法だったわ。私としたことがあなたの実力を見誤ってた。本当に……死ぬかと思ったわ……!」


 魔女の全身を光が包み込む。おそらく自分で自分に回復魔法を掛けているのだろう。

 少女は後ずさった。ここは一旦距離を取り、今自分を縛り上げている縄を解くことに集中しなければならない。

 大丈夫、実力差は圧倒的だ。魔女の拘束魔法など簡単に外せるはず。

 少女は冷静さを保つことに努めて縄抜けを試みるが、なかなか縛めを解くことができずに少しずつ焦りを覚え始めていた。


「な、なんで……解けない……!? 私の魔力の方が大きいのに……!」


 その疑問に魔女は立ち上がり、服の汚れを払いながら答える。


「そその縄には私が術式を書き込んであるの。対象を自動で縛り上げる魔法と……動けなくした獲物から魔力を吸い取る魔法のね」

「な……っ」


 先ほどから何度も有用そうな魔法を試みているが全て不発に終わってしまう。

 魔法の勝負は魔力の大きさで決まる。縄に魔力を吸い取られている以上、少女にはもう魔女を圧倒していたほどの魔力を発揮できなくなっていた。


「フフフ。残念でした……その縄に縛られている限り、あなたは魔法が使えないただの女の子なのよ。さぁて、どう料理してあげようかしら」

「い、いや……!」


 ふと魔女の手が少女の胸元に伸ばされる。

 首に提げていたロザリオを引っ張られ、紐を引き千切って奪われてしまった。


「これを使いましょう」


 魔女はロザリオを宙に投げ、いつの間にか拾い上げていた杖の先を向けた。

 魔力の光が辺りを包み込む。するとロザリオは巨大化して地面に突き刺さった。


「うんうん、良い十字架ができたわ。仕上げに……こうよ!」


 新たな縄が現れて少女の足に絡みつく。次の瞬間には凄い力で体を吊り上げられてしまっていた。


「ひゃっ!?」


 逆さ吊り状態にされた少女は咄嗟に脚に力を入れ、ずり落ちようとしていたスカートの裾を何とか挟み込む。


「あら、なかなかの反射神経ね」

「お、降ろして~……!」



 少女は身を捩らせるが、生身の力などではとても縄を解けそうにない。

 魔女は機嫌良さそうに笑顔を浮かべて少女に話しかけた。


「いつもならこのままお客さんの所に持って行っちゃうところなんだけど、私を一回でも追い詰めたご褒美に見逃してあげる。大きくなったらまた相手してあげるわ。またね~♡」


 手をヒラヒラと振ってから、魔女は杖に乗って飛び去ってしまった。


「いやぁ! お願い、せめて下ろしてぇ!」


 ここはひと気の少ない町外れの場所。帰りが遅いことを心配した修道院の者が探しに駆けつけるまで、少女の声は誰にも届かずただ吊るされたままでいるしかなかった。

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