「悪いわね、お願い聞いてもらっちゃって、【志乃(しの)】」 「いえいえ、【沙耶(さや)さん】のお願いだったら、なんでも聞いちゃいますよ」 私は、沙耶さんのスタジオへと来ていた。 沙耶さんは、私の大学の先輩、そして、映像クリエーターの仕事をしている。 彼女の作る映像作品は一部のマニア向けなコアな作品なのは知っている。 しかしながら、それは聞いた話で、実際に見た事はなかった。 そんな沙耶さんから、今回の映像作品に出演してもらいたいというオファーを受けた。 昔から、色々とお世話になっている先輩の頼み、断る訳にはいかない。 というか、私も演劇部であったのもあり、【出演】という言葉に弱いところもある。 「それで、その作品に出演するの、本当に私でいいんですか?ルックスが良い訳でも無いですし…まあ、多少演劇はかじってますけど…」 オファーを頂いたものの、実際、自分自身の容姿に自身がある訳でもない。 スタイルは…まあまあだと思うが…。 だから、何故、私に白羽の矢が立ったのか、少し理解できなかった。 「いいのいいの。志乃みたいな子が今回撮りたい映像には必要でさ」 「私みたい…って…、平凡な子って事ですか??」 「違う違う!見た目とかそう言うのじゃなくて、リアクションというか反応というか、そう言うところ。まあ…正直、見た目の所で言えば、私からすると志乃はかなり可愛いほうだと思うから、作品としてはもったいないな…と思うくらいよ」 「そ…そんな…言われるほどの見た目は持ってませんよ…」 お世辞とはいえ、そう言われて気分は悪くない。 「本当に私で良ければ、全力で協力させてもらいます!」 「そう言ってくれると嬉しいわ」 そうして私はその後も、コーヒーを片手に、沙耶さんと取り留めもない話を交わしていた。 「それで、今回の作品というのはどういう作品なんですか?」 私はそろそろ本題を聞こうと話を切り出した。 「そうね、簡単にいうと、志乃に着ぐるみを着てもらって、演じて貰う事になるわ」 「き…着ぐるみ!?」 まさか、着ぐるみを着る事になるとは思ってもいなかった。 「ど…どんな着ぐるみなんですか…?」 「そうね…口で説明する事は難しいわね…実際に着てもらうのが早いかしら…。まあ…寝て起きれば、全て分かるわよ」 「寝て…起きれば!?」 そう言われると、先程から妙な眠気が襲い始めていた。 「ん…ど…どういう事…ですか??」 言葉を発するものの、頭が一気にあやふやになり始めた。 「だから、起きた時には全てが分かるわよ。後は流れの中で、自然に反応してくれればいいわ」 「…流れの…中で…自然に…」 (だ…ダメだ…眠すぎる…これ…もしかして…睡眠…薬…) 急激に襲い来る眠気が私を包み込み、意識を保っていられなくなる。 「そうそう、自然に。【志乃らしさ】が映像として欲しいのよ」 (…な…な…なに…私…らし…さ………) 「それじゃ、映像の主役、よろしくね」 その沙耶さんの一言を耳にしながら、私は完全に眠りに落ちていった。 ・・・ (ん…あ…あれ…私…寝ちゃって…) 目を覚ましたものの、未だ頭がはっきりしない。 (えっ…っと…私…なんで…寝ちゃってたんだっけ…?ん…あっ!?そうだ!?沙耶さんと話をしていて…) 思考がはっきりし始めて、記憶が戻ってきた。 (え?…ここ…どこ…??) 自らが置かれている状況が飲み込めず、辺りをキョロキョロと目で追う。 しかし、何故だか異様に視界が悪い。 真っ暗ではないが、何かに閉ざされているような不思議な視界だった。 (な…なに…?) 状況が分からず、とにかく体を起こそうとした。 (え!?) 体を起こそうと、腕を付こうとしたのだが、両腕の自由が全く利かなかったのだ。 両腕が体の前面で交差していて、全く動かす事が出来ない。 何かに縛られているかのようにがっちりと固定され、自由を奪われている。 「ううぅっ…うぅぅうぅ…」 (!?あれ!?…しゃ…喋れない!?) 【どういう事なの?】と声を発しようとしたが、何故か顎が動かず言葉を発する事が出来なかった。 顎が動かせないという所で気が付いたが、確かに、頭部を何かに覆われている感覚がある。 (な…何かで…頭が覆われてる…) それに伴い気が付いた事。 それは呼吸が鼻からしか出来ていない事。 恐らく頭部を覆う何かによって、口の周りも塞がれているという事だろう。 全くもって自らの状況が理解できない。 喋れない…両腕が動かない…それは理解できたが、何故そうなっているのかが分からない。 とにかく、私は必死に体を横にしたりして、上半身を起こしてみた。 「あら?お目覚めのようね」 どこからともなく聞こえて来た沙耶さんの声。 「ううぅぅう!うぅぅぅ!」 (さ…沙耶さん!助けて!動けないんです!!) 声が聞こえて来た事で近くに沙耶さんがいる事が分かり、助けを求めてみた。 しかし、聞こえて来た沙耶さんの言葉は、予想を覆すものだった。 「志乃…これで、撮影の準備は完了よ。あなたが主役だから」 (え!?撮影の…準備???) 「それじゃ、立たせてあげるわね」 (え!?…) 沙耶さんがそうい言うと、誰かに体を掴まれ、その場に立ち上がらされた。 すると、周りに電気が付けられ、周囲に明るさが戻った。 そして、その時点で分かった事があった。 私の視界は小さな穴のようなものから見える範囲だけ、その周りは壁で覆われている。 その小さな穴はかなり狭く、限られた範囲しか見えない。 「今の志乃の状況を理解するには、見たほうが早いわ。振り返ってごらんなさい、鏡があるから」 (え…!?見る?自分の姿を??) 沙耶さんが何を言っているか分からなかったが、とにかく言われた通り、私はゆっくりと後ろに振り返った。 「ううぅっ!!」 (きゃあぁぁっ!!) 振り返った瞬間、私は驚き後ずさりをしてしまった。 そこには、鳥の化け物が立っていたのだ。 (ば…化け物!!!) あまりにも非現実的な光景だが、振り返ったその場に化け物がいるのだ。 驚かない方がおかしい。 (いや…こ…こないで…) 私はその化け物に警戒しながら、ゆっくりと後ずさりを始めた。 すると、その化け物も同時に後ずさりして行く。 「なにビビってるのよ…。それ…あなたよ、志乃」 (え!?) 沙耶さんから放たれた衝撃の一言。 「さっき言ったでしょ、それ鏡だから」 (え!?鏡??え…何…?え…じゃ…じゃぁ…この化け物…え!?) そう言われ、私は右足を軽く上げてみた。 すると、そこにいる鳥の化け物が左足を同じように上げた。 (えっ…鏡…!?って事は…これは…私なの…!?) 「今回の作品のタイトルは【鳥人観察記録】なの。そしてあなたが演じるのが、主役の鳥人という事よ」 (ちょ…鳥人…わ…私が…) ようやく事態が飲み込め始めて来た。 つまり、私はこの鳥人の着ぐるみを着て、映像に撮られるという事なのだ。 まじまじと鏡に映る自らの姿を観察した。 上半身は鳥、そして腰から下が人間という造り。 足首付近から下は鳥の足のようになっている。 上半身は毛に覆われた着ぐるみ、両腕は前で組んで拘束され、その着ぐるみの内部に包み込まれている。 そして下半身はタイツで包まれているようだが、ほぼ私の足を曝しているようなものだ。 そして、じっくりと見る事で気が付いた事があった。 (あれっ!?) 下半身がタイツに覆われているのにも関わらず、股蔵にワレメが存在しているのだ。 そう言われてみれば、全身を着ぐるみに覆われているのに、陰部だけ外の空気の流れを感じる。 つまり、私の陰部は曝け出されているという事なのだ。 「ううううぅぅぅ!!!」 (いやぁぁぁぁぁ!!そんなのぉぉぉ!!) その事実に気付いてしまい、咄嗟に陰部を隠そうとする。 しかし、両腕は自由を奪われ、手で隠す事は出来ない。 必死に股を閉じてモジモジとするが、どうやっても隠すことは出来なかった。 「恥ずかしがらなくてもいいわ。誰も中身があなただとは分からないし」 沙耶さんがサラッと言う。 「うぅぅぅうぅっ!!」 (そう言われても…感覚的に恥ずかしいんです!!) 確かに、これだけ着ぐるみに覆われていれば、中身が誰かは分からない。 しかし、やはり陰部を表に曝すというのは、中身が分かる分からないは別として、本能的に恥ずかしいのだ。 「まあ、今更という所だし。とにかく状況が把握できたなら、撮影を始めるわよ」 「うぅぅぅぅ…」 (こんな事になるなんて…聞いてないよぉぉ…) 沙耶さんに文句を言いたいところだが、受けてしまった以上、やるしかない。 そして、何より私の知っている沙耶さんは、そんな抗議なんて、全く耳を傾けてくれないだろう。 私は諦めて、撮影に望むしかなかったのだ。 すると大きなアクリルケースが運ばれてきた。 背面側が扉になっており、そこから中へ入れるようだ。 「さて、志乃…まずはこのケースに入ってくれるかしら?」 「ううぅ…」 抵抗も無意味だと思い、とにかく沙耶さんのいう通り、アクリルケースの中に入る。 そして後ろの扉が閉められたと思うと、固定カメラと私の間に沙耶さんが入り込んできた。 なにやらカメラに向かって喋っている沙耶さん。 その言葉はアクリルケースのせいで、こちらには伝わってこない。 (ん…も…もしかして…もう撮影が始まってるの…??) 何も伝えられていない私にとって、何が起こっているのか見当も付かなかった。 仮に撮影が始まっていたとしても、手も動かせない、狭いアクリルケースの中だから、動くことも出来ない、つまり、私は流れに任せて、このケースの中に立っている他ないのだ。 そして、暫くすると再び、ケースの扉が開かれ、私はケースの外に出された。 「さて、移動するわ…袋を…」 (へっ?袋??) その瞬間であった。 【バサッ!】 (きゃあぁぁっ!!) 突然、私に袋が覆いかぶせられた。 一気に私の全身を袋が包み込んでいく。 すると、体が倒され、どうやら袋の口が閉じられたようだった。 (うぅ…なに…なんで…こんな…) すると、誰かに体が持ち上げられる感覚があった。 「素のリアクションが欲しいから、移動中、外の景色が見えないように袋で包むからね」 (そ…そんな…) そして、私は着ぐるみを着たまま、袋に包まれ、撮影現場へと運ばれていくのだった。 どこかへ運ばれた感覚が伝わり、ようやく移動が終わった。 (な…なんか…ちょっと寒くない…?) 鳥の着ぐるみに包まれた上半身は特に何も感じないが、下半身のタイツ部分に寒さを感じる。 すると、ようやく私を包み込んでいた袋の口が開けられた。 そして、その袋が一気に取り除かれる。 【バサッ】 (さ…寒っ…!?) 袋を取り除かれ視界を取り戻すと、そこは何やら薄暗い部屋の中だった。 そして、袋を取り除かれた事により、足のタイツ部に寒さがグッと伝わってくる。 すると、すぐ横に沙耶さんと黒服の男が二人立っていた。 「まずは、寒さへの耐性を実証する映像をとるわ」 (さ…寒さへの耐性??どういう事??) 沙耶さんの言っている内容が理解できない。 「志乃は、素直なリアクションを取ってくれればいいから。じゃあ、暫くこのままカメラを回すからよろしく」 (えっ!?な…何??どういう事??) 全く意図が分からず、困惑する私を他所に、沙耶さんと二人の男性は部屋の外へと出て行ってしまった。 「ううぅっうっ!!」 (ちょっと待って!!) 【ガチャ】 出ていく沙耶さん達を追おうとしたが、足首から下の鳥の足が邪魔をして、素早く動けない。 扉は閉められ、私は一人、この部屋の中に取り残されたのだった。 (な…なんなの…一体…?…って…この部屋…めちゃくちゃ寒い…) すぐに部屋の本当の寒さに気が付く。 タイツ一枚の足が、かなり冷え始め、その寒さが体に刺さり込んでくる。 先程、沙耶さんは【寒さへの耐性の実証】とい言っていた…。 そして、今、私は【鳥人】の着ぐるみを着せられている。 今回のタイトルを思い出す…。 【鳥人観察記録】 そう、つまり、私は鳥人として、今、寒さへの耐性を実証実験されているという事なのだ。 そして、その映像が、観察記録として収められているという事だ。 (じゃ…じゃあ…今の私の姿をカメラで録画してるって事だよね…) ようやくおおよその内容を理解した。 という事は、私は鳥人として、この実証実験をこなせばいいという事なのだ。 (よし…分かった…頑張ろう…。…にしても…この部屋、寒すぎない??) とにかく、やり遂げる決意を固めた私は、この寒さをどうにかしようとする。 しかし、両腕は拘束され何も出来ない。 頭を動かす事が出来るが、やはり寒さを紛らわすには、足を動かす他ないだろう。 そして私は、小刻みに足を動かし始めた。 (寒い…寒い…寒い…) 時間が経つにつれ、体の芯が冷え始め、寒さがかなり厳しく感じ始める。 (寒い…寒い…寒い…) なんとか足を必死に動かして、少しでも体温を上げようとする。 下半身のタイツのみの部分が、一番、寒さを顕著に感じるが、もう既に、上半身もかなりの冷え込みを感じていた。 どのくらいの時間、この状態に放置されているだろうか…。 私は、とにかく足を動かし、寒さを紛らわすしかないのだった。 (寒い…寒い…足の指が…うぅ…寒さが…痛い…痛い…よぉ…) 【ガチャ】 その寒さに限界を感じ始めた頃、再び部屋の扉が開いた。 そして、沙耶さんと黒服の男たちが、部屋へと入ってきた。 (あ…お…終わり…なの…寒くて…いろいろ痛い…よぉ…) 「よし、このシーンの撮影は完了したわ。次の場所へ移動するわ」 撮影の完了という言葉を聞いて、少しホッとする。 ようやく、この刺すような寒さから解放されるのだ。 体の節々に痛みを感じ始める程、冷えた体。 少し、限界を感じ始めていた…。 なので、その言葉に、助かったという感覚が芽生えていた。 【バサッ】 (あぁぁぁっっ!!) そして再び、容赦なく袋を被せられる。 寒くて固まり切った体…その行動に抵抗する力もなくなっていた。 そして、私は再び袋に入れられて、どこかに運ばれていく。 移動中も、まだ体の冷えが残っており、私は袋の中で体をぶるぶると震わせているのだった。 暫くまた移動があったと思うと、再びどこかに降ろされた。 そこに着くころには、体の冷えも無くなり、むしろ着ぐるみに包まれた上半身は、少し暑さを感じるくらいになっていた。 【バサッ】 また袋が取り除かれ、視界が回復する。 するとそこは、太陽光の降り注ぐ、広い庭のような場所だった。 (うん…さっきよりだいぶ温かい…よかった…) そこには先程と同じような透明のアクリルケースがあった。 「さて、次はこれに入ってもらうわ」 そう促され、私は言われるままに、そのケースの中に入って行った。 (一体…何をするの…) その疑問に答えるように、沙耶さんが扉を閉める直前に言葉を放った。 「次は【暑さへの耐性】の実証よ」 【ガチャ】 そう言い放った沙耶さんは直ぐに扉を閉め、鍵を掛けた。 (え!?あ…暑さへの??) その言葉の意味…それは、鳥人が暑さに耐えられるかという実験という事。 先程は、体の芯まで冷えるような極寒の状況に置かれ続けた。 つまり、今度はその反対という事。 そして、その実験の真意は直ぐに分かり始めた。 (うぅ…そういう事か…。だんだん暑くなってきた…) ただでさえ外気温が低いという訳ではない。 そして降り注ぐ太陽の光。 その光は透明なアクリルケースを通過して内部を温める。 さらには私の入れられているアクリルケースは、私一人が入るのが精一杯の広さ。 内部の空気が温められるのは容易な事だ。 まるで、野菜を育てる温室のハウス内にいる状態、しかもかなり狭い…。 あっという間に、私を包み込む空気が温められていく。 上半身は羽毛に覆われた着ぐるみに包まれているため、温度が籠り、すぐに暑さを感じ始めた。 更に言うなら、両手を前で組んだ部分、私の胸の下の辺りは体からの体温と腕の体温が籠り、かなりの熱を持ち始めていた。 恐らく、この様子もカメラに収められているだろう。 私はただひたすら、直立しながら、その暑さに耐えた。 (あ…暑い…暑いよぉ…) 着ぐるみの中で額から汗が流れ落ちてくるのが分かる。 その汗が目に入り、少し沁みるくらいの汗の量だ。 きっと着ぐるみに包み込まれた体も、至るところから汗が噴き出ているだろう。 (うぅ…暑いし…息苦しい…) そして、着ぐるみのマスクの空気穴から吸い込む空気…。 太陽光により温められたその空気は、どこかどんよりとしていて、吸い込んでも、息苦しさを感じる。 (…ふぅぅぅぅ…暑い…暑い…暑い…) ここに閉じ込められてからどのくらい経っただろうか…。 ただ立って、この暑さに耐えるしかない私には、恐ろしく長く感じる…。 しかし、その時間を知る術は、私にはない。 しかも、この実証の終わりすら分からない。 ゴールが見えないまま、私はひたすら耐え続けるしかないのだ。 (うぅ…暑い…暑い…ぅ…暑い…よ…ぅぅ…き…きつい…) だんだんと私の体を蝕んでいく暑さ。 体を真っ直ぐ保っている事が出来なくなり、フラフラとし始める。 呼吸も激しくなり始め、肩で息をするようになってきた。 (うぅ…きつい…もうムリだ…出して…ここから…) 私の視界には、私を永遠と撮り続けるカメラ、そして沙耶さんとスタッフらしき人達がいる。 私がこんなに暑い思いをして、苦しくなっているのに、皆、何食わぬ顔でこちらを観察しているのだ。 (うぅ…暑い…苦しい…もうムリだよぉ…) そして、私はついに、まともに立っている事が出来ずに壁にもたれ掛かった。 立っていることが困難なほど、暑さにやられている。 しかし、沙耶さん含め、周りのスタッフ達は一向に動きが無い。 暑さの限界を超え、段々と意識が朦朧とし始めた。 (も…もうムリぃぃ…暑い…苦しい…) 「うぅぅぅっ!!ううっ!!!うぅうっ!!」 【ドンッ!ドンッ!ドンッ!】 私は外の人達に限界だという事を伝えるため、体をアクリルケースの壁にぶつけながら、必死にアピールをした。 両手を拘束され着ぐるみに包み込まれた私にとって、これが唯一アピールできる行動。 (暑いよぉ…もうムリぃぃ…お願い…ここから出してぇぇ…) 必死にアピールをするも、周りが動く気配は一切無い。 「うぅうっ!!うぅ…ううぅぅ!!」 【ドンッ!ドンッ!】 (お願い…出して…もう…ムリ…本当に死んじゃうよぉぉ…) 段々と頭が朦朧とする中、私は必死に体を壁にぶつける。 しかし、そう必死に体を動かしたせいで、体温は更に上がり、呼吸も乱れていく。 着ぐるみの中が熱いのか、それとも自分の体が熱いのか分からないくらい、内部に熱が籠る。 (ホントに…死んじゃう…もう…もう…むりぃぃぃぃ…) 心からの懇願…本当に限界を迎え、一刻も早く出して欲しいという懇願。 しかし、その必死さとは裏腹に、一向に動きのないスタッフ達。 この扉を開けてくれる素振りは微塵もない。 そのスタッフ達の光景、その表情は、どれだけ懇願しても助けてはくれないという事を私に突きつけるのだ。 (そ…そんな…いや…助けて…ここから出して…) そして、今も尚、襲い続けている暑さ…。 その暑さは私の限界を超え、体中が麻痺したような感覚をもたらす。 そこに打ち付けられた、【出してもらえない】という事実。 本当に死んでしまうという感覚が芽生える。 (いや…いや…いや…死んじゃう…死んじゃう…死ぬのはいやぁぁぁ!!) 「ううううぅっ!!うぅうううっ!!ううううぅぅ!!!」 【ドンッ!!!ドンッ!!!ドンッ!!!】 私は少し頭の中がパニックとなり、今までに無いくらいの勢いで、壁に体を打ち付け始めた。 (ムリィィィ!!ホントにムリィィ!!!出してぇぇぇ!!死んじゃうぅぅ!!) しかし、どれだけ激しく動いて、どれだけ必死に叫んでも、スタッフは動きをみせない。 「ううううぅっ!!うぅうううっ!!ううううぅぅ!!!」 【ドンッ!!!ドンッ!!!ドンッ!!!】 (いやぁぁぁぁ!!もうムリィィ!!お願い!出して!出して!出して!!いやぁぁぁ!!) 私は必死にお願いした。 体が暑さの限界を迎え、もう頭がおかしくなりそうな程になっている。 しかし、どれだけ懇願しても、私を出してはくれない。 皆、私を実験対象としてしか見ず、とても着ぐるみを着た人間とは思っていないかのような様子だった。 (い…いや…ぁ…ぁ…) 暫く懇願を続けたが、既にアピールする力すら無くなっていた。 「うぅぅ…うぅ…うぅぅ…」 【…ドンッ………ドンッ………】 壁に打ち付ける力もなくなり、膝が折れる。 (も…もう…ムリ…あ…暑い…く…苦しい…) そして私はついに立っている事が出来ずに、その場に崩れ落ちて行った。 「うぅぅ…うぅう…うぅぅ…」 自然と漏れ出る呻き声。 それはもう、出して欲しいと懇願する声ではない。 ただただ、意識が朦朧とし、暑さと苦しさの中、自然と漏れ出た声。 (うぅ…む…り…死んじゃ…う…死んじゃ…う…助けて…だれか…助けて…) そしてその場にうずくまった私は、段々と動きを失っていった。 「…ぅ…ぅ………」 自然と漏れ出た呻き声も止まる。 暑さで頭も朦朧とし、体の力は一切入らなくなっていた。 (…ぁ…も…う……だ……め………) そして、私はそのまま意識を失った。 ・・・ (…ん…ん!?…えっ…ここ…どこ!?) 次に意識を取り戻した時、私はどこかの人工的建造物内に横たわっていた。 それはまるで、体育館のような天井を持つ建物。 唯一言える事は、ここは屋外ではない。 つまり、先程の暑さに苦しめられた炎天下のアクリルケース内ではないという事。 (うぅ…何…ここは…!?え!?) すると、体が掴まれたかと思うと、急に引っ張り上げられ、立たされた。 「うぅ…」 そして、その場に立たされた事で、自らがどこにいるかを知らしめられた。 (え!?ここ…も…もしかして…プール!?) 私の眼下に広がる光景…それは屋内プールだったのだ。 そして、そのプールは私の視点よりも遥か下のほうに見える。 つまり、私はそのプールのかなり上の方に立たされているという事なのだ。 その事実から想像される、今いる場所…。 (ここ…プールの飛び込み台…なの??) 状況が理解出来た。 どうやら私は、プールの飛び込み台の上に立たされている。 後ろを振り返ると、そこには黒服の男性が二人控えていた。 その後ろには【5m】の表記がある。 つまり、ここは5mの高さの飛び込み台の上…。 ようやく状況を理解し、改めてプールの水面に目を配らせた。 (うぅ…た…高い…こ…怖いよ…) 改めて自分がいる高さを実感し、恐怖で自然と足が震え始めた。 しかも、私の視界は着ぐるみより制限された視界。 この見にくい視界が、一層、この高さの恐怖を煽る。 すると、黒服の男性の一人が口を開いた。 「次は飛翔するかの実証だ。この飛び込み台から、前方に飛び立て」 (え!?飛翔!?) その黒服の男は小さな声ではあるが、確実に今、【飛翔】と言った。 しかし、私の手は体の前面で交差し拘束されている。 羽ばたく羽などない…この着ぐるみ自体、羽は体に一体化していて開くこともない。 仮に開く作りとなっていたとしても、中身は人間。 着ぐるみの人間が【飛翔】出来るはずはないのだ。 (そんな…そんな…ムリな…。実験でもなんでもない…。私は飛べる訳ない…。やだ…怖い…怖いよぉ…) 「ううぅぅ…ううぅ…」 (無理ぃ…こんな高いとこから…飛び降りるなんて…無理だよぉぉ!!) 高さの恐怖に包まれながら、私は首を横に振り、無理だとアピールした。 色々な意味で無理なことだ。 もちろん飛翔出来るはずは無いし、飛翔できないという事は、ここからただ飛び降りるという事になる。 この高さから飛び降りる勇気など、私には無い。 足が竦み、膝がガクガクと震える。 「ううぅう…うぅぅぅ…」 (怖い…怖い…こんなの無理ぃぃぃ…やだぁぁ…) 怖すぎて、声に嗚咽が交じり始めてしまう。 あまりの恐怖に、足が後退を始めた。 【ドンッ】 すると、体が黒服の男たちに遮られてしまった。 そう…それは、私が引き下がることを許さないという意思表示だ。 後ろへ逃げ出すことは出来ない、しかし、前方に待ちま構える高さは、不可能なくらいの恐怖。 私はどちらにも進めずに、ただ恐怖に怯えながら、膝を震わせていた。 (むり…むり…むり…こんなの…むりに決まってる…怖い…怖い…) 私が飛び出せずに、体を硬直させていると、黒服の男が呟いた。 「早く飛び出せ。これ以上待たせるな」 その低いトーンに恐怖を感じる。 そしてゆっくりと私の方に距離を詰めてくる黒服の男性たち。 私は段々と飛び込み台の先の方へと追い詰められて行った。 そして、ついに先端に辿り着いた私の視界が、再び水面を捉える。 (うぅっ!高い…怖い怖い怖い!こんなのムリィィィ!!) 「ううぅぅぅぅっ!!ううぅっ!!ううぅぅ!!」 (こんなのムリだよぉぉ!!こわい!怖すぎるよぉぉぉ!!) 私は今までにないくらい、首を大きく横に振り、無理だという事を必死にアピールした。 その瞬間であった…。 【ドンッ!!】 (え!?) 私の体が、飛び込み台から離れ、宙を舞った。 恐らく、後ろから黒服の男に押されたのだろう。 今、私は確実に宙を舞っている…つまり、飛び込み台から落下しているのだ 「うううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」 (いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!) もちろん羽ばたく事など出来はしない。 羽ばたいた所で、着ぐるみを着た人間である私に飛ぶことは出来ない。 ただただ、想定通りに私は、水面へと落下していくしかないのだった。 5mの高さからの落下…。 時間にすれば一瞬のことだが、私にはスローモーションのように映り、かなり長い時間に感じる。 頭の中を様々なことが駆け巡る…。 何故、こんなことになっているのか…。 何故、私はこんな不思議な着ぐるみを着せられているのか…。 何故、あんな寒い思いをしなければならないのか…。 何故、あんな暑さにくるしめられ、死ぬ思いをしなければらななかったのか…。 そして何故、私は今、落下させられているのか…。 そして私の体は水面へと到達する。 【ザブーン!!!】 (ぐふぅっ!!) 激しい水音と共に、私の体はプールへと沈み込んでいった。 水面に打ち付ける衝撃…それが、私の体へと伝わる。 そして、そのまま私の周りを包み込む、プールの水。 空気穴となっている、着ぐるみのマスクの穴から、水が一気に着ぐるみ内に侵入して来た。 (やばい!浮かないと!息が!息が!!) 唯一動かせる足を動かし、必死に水面に体を浮かせようとする。 手は使えない…なんとか足で浮き上がるしかない。 しかし、思いのほか、体自体はすぐに浮上を始めた。 着ぐるみ内にまだ空気があったからだろうか?なんとか水面に浮上することは出来た。 浮上をすることが出来たが、着ぐるみ内に水は侵入してくる。 【バシャ!バシャ!バシャ!】 (な…なんとかして…息を…息をしないと…) 必死に藻掻きながら、マスクを水面の上へと浮上させようする。 しかし、状況は好転しない。 どんどんとマスクの中に水が侵入し、私の顔を水が覆い始めた。 「うううううぅぅっ!!!」 (いやぁぁぁっ!!息がっ!!息がっ!!死んじゃう!!死んじゃうよぉぉ!!) やがて侵入した水は、着ぐるみ内を完全に浸し、私から呼吸を奪った。 (息がっ!息がっ!苦しい!苦しい!苦しい!) 着ぐるみ内で必死に頭を動かし藻掻き続けるも、私の周りから水は無くなりはしない。 呼吸を止めていられるのも、そう長続きはしない。 「ぶふっ!!」 最後に溜めていた私の中の空気が、鼻から外に抜けて行った。 (息がっ!息がっ!息が…出来ない!苦しい苦しい苦しい…苦しいぃぃぃぃぃぃ!!) どれだけ必死に藻掻こうが、誰も助けてくれない。 私は今、着ぐるみの中で溺死しようとしている…。 呼吸が出来なくなり、意識が朦朧とし始めた。 (苦しい…苦しい…いや…いやぁ…死に…死にたくない…いや…いやぁぁ…) もう体も動かない。 本当に死んでしまうという恐怖が私を包み込んでいった。 【ザバッ!!】 もう諦めかけたその時だった。 ふいに体が水中から持ち上げられ、着ぐるみ内の水が抜け始めた。 (…え…!?…) そして激しく体が揺さぶられ始めた。 「んふぅっ!!!」 ボーっとした意識の中、私の呼吸が再び戻ったのだった。 (…え…ぁ…い…息が…出来て…る…) どうやら私はプールサイドに引き上げられ、再び呼吸を取り戻したようだ。 (あ…た…助かった…私…生きている…生きてるよぉ…) 死を覚悟した後の、自らが生きている実感…。 その実感に安堵してしまう。 拘束された状態で、飛び込み台から落とされ、さらには溺死させられそうになったという、酷い仕打ちを受けた。 しかし、その仕打ちを受けた事よりも、自らが助かったという安堵感の方が上回っていた。 (よかった…よかった…よかったよぉぉ…) そして、私はその安堵感に浸りながら、力なくそこに横たわっていた。 しかし次の瞬間である。 (え!?なに!?) 私の体が、黒服の男たちにより、再び持ち上げられたのだった。 突然持ち上げられ、何をされるか分からない。 しかし、今の私には、その男たちに抵抗をする力も残っていない。 (いやっ…やめて…降ろして!!) 頭の中では、そう訴えるものの、体はされるがままされるしかない。 そして、男たちは移動を始めた。 その移動先…それは、あの飛び込み台、そう…先程、私が落とされた飛び込み台の階段を再び登り始めたのだった。 それが意味することは一つ。 私は再び、あの台から落とされる…。 (いやぁぁ!!やめてぇぇ!!もうムリィィ!!あんな怖いの!!いやぁぁぁ!!) 心ではその恐怖に怯え、必死にやめて欲しいと懇願する。 しかし、力の入らない体は、激しい抵抗は出来ない。 仮に、この場で激しく抵抗して、男たちの手から離れれば、私はそのまま階段を転がり落ちる事にもなる。 つまり、私は恐ろしくとも、このまま運ばれるしかないのだった。 そして、目的の場所へと到達した。 その台の付近には、【7.5m】という表示があった。 (う…うそ…さっきより高い…) 今度は、先程の5mよりも高い所へと連れてこられたのだった。 そして、私は台の先端の方へと降ろされた。 着ぐるみの除き穴から見える視界。 それは先程の5mよりも遥かに高く、私に与える恐怖も倍以上のものであった。 (うぅ…高い…怖い…怖いよぉ…) あまりの高さに立っていることが出来ず、しゃがみ込んでしまう。 それは怖さから来るものもあるし、もう既に体に力が入らないという事もあった。 とにかく私は、その場にしゃがみ込み、体をブルブルと震わせる。 「うううぅぅっ!ううぅっ!!うううぅぅっっ!!」 私はしゃがみ込みながら、頭を必死に横に振って、やめて欲しいと懇願する。 (いやぁぁ!!こんな高いところ…怖すぎる!それに…落ちたら…落ちたら…また…息が…いやぁぁぁぁぁぁ!!) 高所という恐怖、そして落ちたら溺死するかもしれないという恐怖。 先程の落下する時の恐怖と、水面に落ちた時の痛み、そして呼吸を閉ざされた苦しみが込み上げてくる。 (いやぁぁ!怖いのも…痛いのも…苦しいのも…もういやあぁぁ!!もういやぁぁぁ!!) しかし私がどれだけ首を振っても、誰も反応はしてくれない。 むしろ、訪れた事態は逆のものであった。 (え!?) 黒服の男たちが私を両側から掴み上げ、強制的に立たされたのだった。 それは死刑執行の始まりという事。 「うううぅっ!!ううぅっ!!うううっ!!」 (いやぁぁぁ!!やめてぇぇぇ!!お願い!お願いだからぁぁ!!やめてぇぇぇ!!) 必死に頭を振り、やめて欲しいと懇願する。 しかし、体に力は入らず、本能に訴えかける恐怖が、足をガクガクと震わせる。 もう自分で立っている力はなく、男たちに持ち上げられているに近かった。 「ううううっ!!うぅうっ!!うううううぅぅぅ!!!!」 (やめてぇ!やめて!もういやぁっ!怖いのも痛いのも苦しいのも…いやぁぁぁ!!!) 体に力は入らなくても、首だけは必死に動かす。 私が出来る意思表示は、今やこれしかないのだ。 しかし、黒服の男たちの歩みは止まらなかった。 「うううぅぅぅっ!!ううぅぅ!」 (お願い…お願い…やめてえぇぇぇぇぇぇ!!) 台の先まで運ばれても尚、私は最後まで、必死にやめて欲しいと懇願する。 しかし、私の懇願は聞き入れられることはなかった。 【ドンッ…】 再び私は背中を押され、7.5mの高さから突き落とされたのだった。 「ううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…」 (いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!) そして、私は再び、落下の恐怖…水面へ打ち付けられる痛み…襲い来る水の恐怖に包まれた。 意識が朦朧としていく中、私は死の恐怖に包まれる。 溢れ出る涙と鼻水…そして股間からは、尿も漏れだしてしまっていた。 恐怖に心を占領され、自然とそれらが溢れ出て来たのだ。 (…ぃ…ぃ…ぃや…ぁ……ぁ……………) そして私はその苦しみの中、意識を手放したのだった。 ◆魚人観察記録 Sub Story ~志乃 Side 2nd ~ へ続く・・・