物語への感情移入の話【トラップヒロイン】
Added 2020-06-22 00:44:15 +0000 UTC所謂「泣ける」や「感動」系の作品の話をするときに、私は「苦手だ」と答えることが多いのですが、それは何故かと言うと、あまりにもその手の作品に感情移入してしまうからです。
学生時代、まだ自分で物語の創作等を頻繁にしていなかった頃は、作品に対してさして感情移入できない質だったのですが、物語を自分で創るようになってから…自分の生み出すキャラクターを持ってからというもの、作品に対して感情移入してしまい、主人公の感じていることをまるで自分も感じているような、自分も主人公と同じ境遇になっているような感覚を得られるようになってしまったのです。
では、何故その手の作品が「苦手」なのか、感情移入できるようになって「しまった」と思うのかですが、それは軽い気持ちで作品に触れられなくなってしまったからです。
たった一つの作品によって精神を揺さぶられ、しばらくの間気分が沈んだり、逆に嬉しくなりウッキウキのまま一日を過ごせたりと、とにかく漫画やアニメ等の「視覚的効果」の強い作品で、妙にリアリティのあるもので「青春」系作品に出会ったとき、私は簡単にのめり込んでしまうのです。
実写映像の作品なんかは特にその効果が大きく、作品によっては怖くて見ることができません。
しかし実写でも、アニメや漫画でもそうなのですが、あまりにも現実味の無いもの、登場人物の精神が安定もしくは強いものに関してはそんなに抵抗無く、むしろ楽しく見ることができます。
例を上げると、ヒーローものやギャグもの等、主人公が人間離れした精神を持ち合わせている、まとめてしまうと私の脳が「これはフィクションである」と確信しきれるような…そんな作品のことです。
ここまで、まるで感情移入できることで損しているかのようにも取れる文章を書いてきましたが、私はこの性格のお陰で作品をより楽しむことができ、損どころか得していると考えています。
確かに昔と今では作品の好みが、主にハッピーエンドかバッドエンドかで逆になってしまいましたが、その分ハッピーエンドの作品を心から好きになることができるのです。
バッドエンドの作品や、主人公やその他登場人物が手酷い目に合う作品は気分が沈み、少し苦手です。しかしそれは作品をある意味正しい形で楽しめているということでもあり、「損した」と思うことはなくそれらは必ず何か自分のためになる筈だと思うことができます。
ハッピーエンドの作品は癒し、つまりは心の平穏となり、モチベーションの回復や大きなインスピレーションを得ることにも繋がり、こちらもこれからのためになる筈です。
今回十三木 考先生作「トラップヒロイン」という素敵な作品と出会い、読み進めていく程その展開に胸を押さえて呼吸を荒くし、時には「はっ」と息を吸い、ため息をつき、涙を流すことができました。
「トラップヒロイン」がどんな終わりを迎えるかはわかりません。
ひょっとしたら終わりは永遠に来ない、なんてこともあり得なくはありません。
どんな最後を控えていようと私はこの作品の続きを、先生の復帰を心待ちにしております。
長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。
是非「トラップヒロイン」、読んでください。