土曜の昼下がり。
僕は今、地元の商店街に立たされている。
服装はロリィタファッション。女の子が着ても目立つ服を、男の僕が着るなんて……。
フリルのついたワンピースに、パニエで膨らんだスカートがガサガサと擦れ、白いタイツはじっとりと汗を吸って脚にぴたりと張りついていた。
茶髪ロングのウィッグの中は、恥ずかしさで跳ね上がる体温のせいで、むわっとした熱を帯びている。
頭に着けた大きなリボンが、幼さと恥ずかしさをより一層際立出せる。
「うん、いいね。こういう服、ずっと着たかったんでしょ?」
「ほら、歩きなよ」
背中を軽く押され、ストラップシューズがアーケードの床をコツンと鳴らした。
(いやだ……ここ、本当に顔見知りばっかりなのに……!)
一歩進むたびに、商店街を行き交う人々の視線が突き刺さる。
すれ違った若者がひそひそと笑い、老夫婦が眉をひそめる。
それだけで心臓が締め付けられ、足先までゾクゾクと震えが走った。
「ねえ、あの子見て」
「すごく目立つ服ねえ」
「あれってゴスロリだっけ?ロリィタ?」
耳に届く断片的な声。
褒めているのか、嘲っているのか分からない。
けれどどちらにせよ、僕の羞恥心をこれでもかと煽り立てる。
「いいじゃん、映えてる映えてる」
陽菜がスマホを向け、連写音がパシャパシャと響く。
「ほら、笑ってよ。動画も撮ってるんだから」
笑えるわけがない。
顔が赤くなりすぎて、むしろ泣き出しそうだ。
◆
「蒼、ちょっとあそこの店でジュース買ってきなよ」
美咲が指さしたのは、商店街の角にある小さなカフェスタンド。
人通りの多い場所で、注文すれば必ず声を出さなければならない。
「えっ……無理、無理だって!」
「無理じゃない。ほら、女子っぽい声で注文してみせてよ、蒼ちゃん」
沙羅がさらりと告げ、僕の肩を押す。
喉が乾いているのに、息がうまく吸えない。
それでも逆らえず、カツン、カツンとストラップシューズを鳴らしてカウンターに進む。
「い、いちごミルク……ひとつください……」
声は震え、裏返りそうになった。
店員の女性は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっこり笑って「はい、ありがとうございます」と答えた。
(バレた……?いや、どうなんだ……?)
頭が真っ白になる。
背後では、女子たちの抑えきれない笑い声が響いていた。
「やるじゃん蒼!めっちゃ女の子に聞こえたよ」
「うんうん、全然違和感なかった」
褒められたはずなのに、胸が苦しい。
けれど、どこか奥でほんのわずかに、安堵に似た温かさが芽生えてしまった。
カップを受け取ったその瞬間。
小さな子どもの声が弾んだ。
「ママ、あのお姉ちゃんかわいい!」
振り返ると、小さな男の子が僕を指差して笑っていた。
母親らしき女性は軽く会釈をして通り過ぎていく。
(……お姉ちゃん……僕のこと……か……?)
胸の奥がずしんと重くなる。
本当は否定したいのに、言葉が出ない。
頬が熱くなり、視界がにじむ。
――それなのに。
他人に「かわいい」と言われた事実が、ほんのひとかけらだけ、心をくすぐった。
(違う違う……嬉しくなんてない……!)
羞恥と混じり合った小さな感情が、余計に僕を追い詰めた。
そんな僕のあいまいな表情を悟ったのか、美咲が口角を上げる。
「蒼、もう女の子に目覚めちゃったんじゃない?」
「そ、そんな事ないよ!」
すぐさま否定する。……今は……まだ……。
◆
「次はあっちの雑貨屋ね。蒼、その服に似合うヘアアクセ買おうよ」
美咲が笑い、僕の手を強引に引く。
店に入ると、周囲の客が一斉にこちらを振り向いた。
ガラスのショーケースに映った自分の姿は、フリルのドレスに赤いグロスを光らせた“女の子”。
逃げ出したいのに、足は動かない。
「これつけてみなよ」
陽菜がヘッドドレスを差し出し、沙羅が容赦なく頭につける。
「いい感じじゃん。店員さんに似合ってるか聞いてみてよ」
「えっ……」
「ほら、早く行って」
心臓が暴れて、喉が焼けつく。
それでも僕は笑顔を作る。
「あ、あの……このヘッドドレス……どうですか?」
小さな声で言った。
店員は驚いたように目を丸くし、次の瞬間「とっても似合ってますよ」と柔らかく微笑んだ。
羞恥で息が詰まる。
でも、ほんの少しだけ、体が軽くなったような錯覚を覚えた。
◆
ヘッドドレスを購入して店を出る。
美咲が何かに気付き、声をひそめる。
「じゃあ最後のチャレンジいこうか。せっかくだし、あの子たちに挨拶してきなよ」
目の前には、笑いながら歩いてくる数人の男子。
同じクラスの顔ぶれ。
声まで聞き慣れた連中だった。
(えっ!?……嘘だろ……やめて……!もしバレたら……)
足がすくんで動かない。
背中を押され、視界がぐらりと揺れた。
「行ってきな。蒼ちゃん」
「もしバレても……私らのことは出さないでよ?」
沙羅がささやき、陽菜のスマホがきらりと光る。
僕の心臓は、爆発しそうなほど高鳴っていた。
(このままじゃ……このままじゃ……!)
ストラップシューズが地面をカツンと鳴らし、男子たちに近づいていく。
――逃げ場は、もうどこにもなかった。
【3章へつづく…】