腐ってた時の文章です。
一応、もう夏休みな季節! だと思うのですが、何もぜんぜん出来てない。
色んなことの準備がありすぎて・・・
それでも一応書いてた文章がある、
じゃ、じゃあ、こんなのでも公開しておこうか、という感じの文章です。
これは一応、お題箱に関する話、かと思います。
「お題箱か、AIアシスタントか、従うべきは何か?」みたいな話になってきます。
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↓こっから書いてた文章
ちょっとテストというか、一度練習というか、やってみたいことがあります。
それは、iPad「だけで」ファンボックスの更新をしてみよう、ということです。
なんか色々あります。色んなことが立て続けにおこる。
なんかパソコンの調子が悪い、
なんか、17年前の家のエコキュートが壊れたっぽい
な、なんか、雨漏りしてる!
なんか・・・なんか・・・
もう、一個一個のことで、ずーんと落ち込んでいく
…
本当に泣きっ面に蜂というか、やってられない感じがあるんです。
こんなに辛いときに…
そういう時、どうしても
何か、何か「通信」というか、そういうことがしたくなる。
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ところで思うのですが
泣きついた果てに思ったことがあります。
ある方から
「ChatGPTに彼女役をやってもらったらどうか」という意見を頂きました。
それを聞いた途端、自分は、また急激にがっくりしてしまって、
いや、そのこと自体についても延々と、多分記事を一つ二つ書けると思うのです。
AI、チャットbotとの恋愛の是非について。
この辺のことは、「愛の不景気」という記事でも書きました。
そういう行為そのものが、、、
でも、そういうことじゃない訳です。
言ってくださった方としても、「そこは本題じゃない」と。
もっとこう、生成AI利用というか、そういうのがあるんでしょう。
それこそ、
「今自分が何をするべきか」そんなことだって、AIに聞いたら、答えてくれるかもしれない。
でも!
やっぱり、
その上で・・・
それすら全て引っくるめた上で、「それって何??」って思っちゃうみたいです。
自分は。
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前にも思ったことです。
本当に生成AIが話題になった最初期の頃、
chatgptに課金して、「ゲームのおすすめ」をAIに尋ねている人がいました。
自分は、その行為全体の意味が分からなかったのです。
そこでは、モノすっごい無難な、当たり前すぎるゲームを、オススメされてたんです
多分、スレスパとか、そのレベル。
もちろんスレスパは面白いゲームでしょうよ。
やればハマるでしょう。 間違ってないでしょう。
でも、やっぱり、何かが「おかしい」です。
そんな提案で、本当に満足なんでしょうか?
何かが違う筈です。
究極的な話、
AIは「自分、わたし」の事を、知りません。
どれだけインプットしようが。興味も何も無いはずです。
そして、AI自身は、ゲームをプレイしたことも「無い」はずです。
そんな存在が
究極的な意味で 何処まで行っても共有できない存在が、
一応は「ただしかろう答え」として、「スレスパ良いゲームですよ」って言ってくる
そういうアドバイスに、一体、どれほど価値があるんだろう?
そのアドバイスに沿ってゲームすることに、一体なんの意味があるんだろう?
自分のこと興味もない、自分がどんなゲーム遊んで来たか知らない、
究極的な部分で、ゲーム体験を「共有」することもできない、
スレスパがどう面白いか、究極的な部分で「知ってもいない」、
そういう「存在」から、提案されたゲームをプレイして、例え面白かったとしても、
「その先」がないんです。
「その先」って?
その先って結局、「人間」しかない。そういう事が見えてくる。
人間は、人間と「共有」したいから、ゲームのオススメを言ったり、言われたり、してるんだと思います。
AIとは、体験や気持ちを、究極的なところで「共有」できない。
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だから、例えば いま自分が、色々あって辛いとする。
何やったらいいか分からんとする。 誰か、何か・・・
どんな馬鹿な事でもいいから、投げてみてくれ、
前の、「ヤクルト1000を試しに飲んでみて悪夢を見るかレポして見る」とか、
ああいうやつ。
そういう、自力だけでは、自分一人で引きこもってるだけでは絶対発想しえないような「予想外のこと」、
そういうのを投げてもらいたいのは、相手が「人間さま」だからなんです。
究極的に、
人間を「知っても知らない」、「おぼえても覚えない」、
「理解してそうでも理解してない」、「興味を持とうにも興味がない」
究極的に、同じ存在ではないAIに、アドバイスもらっても、その行為を本気でやれる気がしないのは、そういうことなんじゃないかと思うのです。
AIからヤクルト飲めって言われても、飲みたくないでしょう。
(いやつまり、ヤクルト飲んだよってレポート記事、かけないでしょう)
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想像は出来ます。
ChatGPT に、今の自分の状況のことを延々と説明して、延々と設定して、
延々インプットして
今、これこれこういう事があって、こういう状況で、辛いです。
こんな今だからこそ、なにか、予想外の変なことでもやってみたいのかもしれません
支援サイトでやってみるべき、新しい、変な行為で、支援者さんにも喜ばれるような、支援者さんが気になるような、支援者が読んでみたくなるような、
そういう何か、「予想外の不思議な行為、気の紛れる行為、新しい行為」、
何かありますか?
・・・
って聞いてみたら、何か、「それなりの答え」を、ChatGPT は言ってくれるかもしれない。 言ってくれないかもしれない。
でもそれってやっぱり、
相手が人間じゃないって時点で、自分は何か駄目なんだなって思ってしまうようです
つまり、そんな事を質問なら、それは、そもそも、支援者さんに直接聞いたらいいんです!!
支援者が喜ぶような無茶振り 支援者さんが読んでみたい没文章、支援者さんが気になる事、
それは、普通に支援者さんに言ってもらいたい、
直接そういうわ。
あ、 今、言ってるわ。 こんなにまわりくどく、言ってるわ!
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・・・
そこまで考えてみたならば、
それを聞いたら、
「何をしたらいいか分からない?」
「今どき、そんなことはAIアシスタントに投げたらいい」
というのは、なにかが、ミートしてない気がするのです。
それはもう、相手に興味がないってことです。
なにも読みたくないし、何も振りたくないってことです。
(すいません どんどん間違ってきてると思います)
・・・
もちろん、「その上でやってみる」のもありかと思います。
ある種、罰ゲームみたいなもんですね。
AIに、今、自分が何をやってみるべきか、聞いてみる。
でたアイディアの中から、一番変なの、一番やりたくないのを「敢えて」やってみる
それは、案外、人間の支援者さんからは到底 投げて来られない、
予想外の角度、発想、残酷さ、異常さ、酷さ、先見性 新規性…
何かがあるかもしれない。 AIゆえの、なんか「良い」トンチンカンさ…
うーむ、
じゃあ、ここまで考えた上で、ChatGPT に、自分が何をやるべきか、
聞いてみる?
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・・・
ということで
ふいにやってみたのが、ブログに書いてるほうの文章、
コーヒーを一番安く飲む方法、だったりしたんですが、
どうもやっぱり、なにかまだ違う気がするっていうか・・・。
結局、自分で考えた「水出しコーヒー」というのが、一番良い気がするのですよね。
水出しコーヒーは、スーパーから買うとき「重くない」。
(この点で、ペットボトルとか缶とかより、良いです)
水出しコーヒーは、結局電力も何も使わない。
そもそも自分は、ホットコーヒーよりアイスコーヒーのほうが好きなわけで、
でもだからってインスタントコーヒーを水に溶かしてガリゴリするのは好きじゃない
かと言って、インスタントコーヒーを熱湯で溶かして、それを氷で冷やす、なんてエネルギーのムダ使いみたいな行為はしたくない。
・・・みたいな色んな要素を考えてみるに、
やはりトータルで一番いいのが、水出しコーヒーな気がするのです。
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・・・
とまぁ、なんか色々言ってますが、
AI利用自体はこれからもなんかあったら考えたいと思います。
でも自分はやっぱり、 支援者さんからの変なお題、
今こそ、色々やってみたいとも思ってるんです。
スイマセン! 絵とか、ぜんぜんかけてないのに何いってんだって感じでしょうが、
でも、それもこれからやっていきます。
準備することが多すぎて、本当にぜんぜん出来てないんですが!
(ヤクルトみたいなのを本当期待 勝手ですが)
(今、絵は本当だめですね。 なんか、短い文章で出来る変なことがいいです)