西暦2100年のホームレスたち(後編)
Added 2026-01-02 06:48:36 +0000 UTC巨大な靴の中に入ったホームレスたちに気を取られていたその時。 「ガッチャ!!ギー!」という大地をつんざくような大きな音が聞こえた。 近くに雷が落ちたかのような大きな音だ。 同時に「ゴゴゴゴゴ、、」と地面が揺れているのを感じる。 驚いた私は、思わずよろめいて尻もちをついてしまった。 齢79歳になるとはいえ、何とも情けない。 だが、こうしてはいられない。 こんなに大きな音がするということは、自分の身に危機的な状況が迫っているに違いない。 私の長年の勘がそう訴えてくる。 車が突っ込んできたのだろうか、ガスボンベが爆発したのだろうか、はたまた地震か、、? いずれにせよ、頭を守らねばならない。 そう思った私は、無意識に腕で頭を抱える体勢をとった。 …だが、いくら待っても何も起こらない。 拍子抜けした私は、ゆっくりと顔を上げた。 すると、目の前に2本の肌色の柱がそびえたっているのが見えた。 直径1m近くはあろうかという巨大な柱だ。 はて?さっきはこんな柱があったかな、、? さらにその柱は、上に行くにつれてどんどん太くなっていき、高さ5m付近にこれまた巨大な節が設置されている。 そして、その上にもっと太い柱が続いていき、高さ10m付近がデニム生地で覆われているのだ。 デニム生地…? さすがに、建築物には相応しくない気がする。 ということは、、 このとき私は、目の前にある柱が、この家に住む女巨人の生足であることに気が付いたのだ。 そう、さっきの雷鳴のような音は、この巨人が玄関の扉を開ける音だったのである。 私は老眼で見えにくくなった目をこらし、その巨人に関する情報を得ようと試みた。 身長は20m以上あるだろうか? この家も高さ30m近く、扉の高さ20mと桁違いに巨大だが、その家ですらも小さく見えてしまうほどの巨体だ。 補足すると、奈良の大仏の高さが15mだそうだ。 それより5m以上も大きいと言えば、彼女の巨大さを理解できるのではないだろうか。 体重も、この重厚感から推測したするに、数トンではすまないだろう。 10トン、下手したら20トンくらいあるのかもしれない。 そして服装は、アルファベットがデカデカと書かれたノースリーブのトップスにデニムのショートパンツというものだ。 ショートパンツも、ボクサーパンツのような丈の極端に短いものだ。 私のような高齢爺さんには眩しいくらい若さ溢れる格好だ。 とはいえ、こんな寒い日にノースリーブとショートパンツとは寒くないのだろうか? そういえば、巨人たちは寒さに強いという話を聞いたことがある。 いわゆるベルクマンの法則というものだ。 身体が大きくなるほど、体の体積に対する表面積が小さくなるため、熱が逃げにくいという説だ。 さらに、成長ホルモン食品で巨大化した巨人たちは、筋肉量も多くなるため、より体温を生み出しやすいのだ。 ましてや彼女は、巨人の中でも飛びぬけて体が大きい部類だろうから、特にその傾向が強いのだろう。 その証拠に、目の前で露出している彼女の生足には、うっすらと汗がにじんでいるように見える。 この寒い朝の気温ですら、彼女にとっては暑いくらいなのだろう。 その汗によって色白の素肌がテカっているのは、何とも魅惑的だ。 次に、思いっきり顔を真上に向けて、彼女の顔に目を向ける。 何とも可愛らしい顔立ちだ。 「可愛い」や「美しい」ではなく、「可愛らしい」と表現したのは、その表情にかなりのあどけなさが残っていたからだ。 例えが古くて申し訳ないが、私の子どもの頃に本田紗来ちゃんという子役のタレントがいた。 彼女の小学生時代に似ている気がする。 こんな幼い顔つきで、身長20m越え、体重10トン以上の巨体を持っているのだ。 何とも、恐ろしいというかおぞましいというか。。 まあ、それにしても彼女は何歳なんだろうか? この巨体を考えると中学生や高校生くらいだろうか? いや、あの幼い顔つきなら小学生くらいの可能性もありえる。。 そんなことを考えていると、また大きな音が私の耳を襲ってきた。 あまりの音の大きさに、私は思わず耳をふさぐ。 だが今度は、ドアを開けた音ではなく、彼女が発した声であった。 女巨人「ママー、また小人さんがうちの靴に入ってるんだけど!」 可愛らしい顔からは想像もつかないほど重厚感のある低い声だ。 あれだけの巨人になれば、声もここまで低い音になってしまうのだろう。 だが、その重厚感のある声には似つかないほどの子どもっぽい喋り口に、私の頭は混乱していた。 女巨人「マジきもいんだけど!シッ、シッ!」 ホームレスたちに占拠された自分の靴を見下ろしながら彼女はそう言った。 そして腕を大きく振って彼らを追い払おうとしているようだ。 高さ15mあたりで振られる腕は、まるで巨大なショベルカーが動いているかのような迫力がある。 「ブオン、ブオン、、」という重い風切り音が聞こえてくるくらいだ。 だが、ホームレスたちは全く逃げる気配がない。 私だったら、恐怖のあまり一目散に逃げだしそうなもんだが。。 女巨人「もー、きもいって!!」 彼女はイライラが溜まってきたようで、声のトーンがどんどん大きくなる。 その声に合わせて、彼女は足を軽く踏み鳴らした。 彼女にとっては軽く踏み鳴らした程度だろうが、私たちにとっては「ドオン、、ドオン、、」と地震のような地響きが感じられる。 その迫力に、離れた場所で見ている私の方が冷や汗が出てくるくらいだ。 またよく見ると、彼女は裸足のようだ。 それにしても、巨大な足だ。。 あの巨大な運動靴に収まるのだから当然なのだが、昔の軽自動車くらいなら簡単に踏みつぶしてしまえることだろう。 全長3m50cmくらいあるのではなかろうか? 長いだけでなく、足の甲の厚みも半端ではない。 厚み1mくらいありそうだ。 こんな足で踏みつぶされてしまったら、自分のような身長2m以下の小人はひとたまりもないだろう。 足指も異様なほど長い。 一番長い人差し指は、長さ70-80cmあるだろうか。 その上に乗っている小さな爪でさえ、25cm四方くらいあって、まるでまな板のようだ。 彼女が動くたび、その足指1本1本が別の生き物のように地面をギュッと踏みしめる。 大型犬サイズの足指たちが一斉に動くのだから、これはこれですごい迫力だ。 その様子を見ていると、何とも言えない気分になってくる。 彼女にとってはとるに足りない部位の動きだけで、私のような小人は迫力を感じてしまうのだ。 そんなことより、あのホームレスたちは彼女のことが怖くないのだろうか。 おそらく彼らは常習犯で、このようなシチュエーションに慣れっこなのだろう。 だから、こんな風に巨人に威嚇されても、物怖じしないのだ。 それはまさしく、人間とネズミやゴキブリの関係のようだ。 もちろん、彼女がその気になれば、あのホームレスたちを一瞬で殺すことができるだろう。 あの巨大な足で踏みつぶしてしまえば、彼らは一瞬でペッチャンコのミンチになってしまうはずだ。 まあ、私も他人ごとではないのだが。 そこまでしなくても、あの巨大な足指でホームレスの体をつまみさえすれば、一瞬で内臓が破裂しそのまま死んでしまうことだろう。 だが、彼女はあのホームレスが気持ち悪いあまり、そのように簡単に手出しできないのだ。 私が、「人間とネズミやゴキブリの関係」と表現するのはまさにそのためだ。 今や彼女のような巨人とホームレスたちは、そこまで隔たれた存在なのだ。 女巨人「ねえー!ママー!早く来てー!小人さん追い払ってよ!」 彼女はそう続けた。 自分の母親を呼び、ホームレスたちを退治してもらおうと考えているのだろう。 すると部屋の奥からこの女巨人に引けを取らないほどの、巨人特有の低い女性の声が聞こえてきた。 おそらく、彼女の母親の声だ。 女巨人の母「琴里(コトリ)ちゃん、もうお姉ちゃんでしょ!自分でやりなさい!」 彼女は、琴里ちゃんと言うらしい。 何とも今時で、可愛らしい名前だ。 だが同時に「琴里ちゃん」なんて言う可愛らしい名前の女の子が、身長20m越えに成長していることに底知れぬ恐怖も感じる。 おそらく、小鳥のように可愛らしい子に育つように命名されたのだろうが、恐竜よりも大きく育っているのだ。 それどころか、彼女が「もうお姉ちゃんでしょ」と言われるような年齢なのも恐ろしい。 そんな言い方をされるのは、せいぜい小学生低学年までではなかろうか。 琴里ちゃん「えー!ママのいじわる!!」 琴里ちゃんの母「ほら、前も自分でできたでしょ。」 琴里ちゃん「まあ、そうだけど。。」 彼女は何か納得したような様子で、自分の靴の方へとゆっくり歩み始めた。 彼女が歩を進めるたびに、「ミチミチミチ、、ミチミチミチ、、」と地面が沈み込む音が聞こえる。 その迫力のあまり、離れた場所で見守っている俺ですら後ずさりしてしまう。 そして、彼女はホームレスたちに占拠された自分の靴の前に立ち止まり、腰に手を当ててじっとそれを見下ろしている。 仁王立ちになった彼女は、とんでもない迫力だ。 荘厳さがあるといった方が適切かもしれない。 これから、何が始まるのだろう? 私は固唾を飲んで見守っていた。 すると、彼女が意を決したようにこう口を開いた。 琴里ちゃん「小人さんたち、どっか行って!じゃないと、殺しちゃうよ。」 その話し声は、これまでとは比べ物にならないほど低く響き渡った。 彼女が自分で退治するという決心が言葉の響きに表れているのだろう。 それもまさしく、我々がゴキブリやネズミを退治すると決心した時と同じように感じる。 この言葉を聞いて、数人のホームレスがその靴中でゴソゴゾ動いているのが分かる。 そして、幅1m、高さ1.5mほどあるその靴の履き口から、彼らが一斉に飛び出してきた。 飛び出してきた身長170cmほどの彼らは、彼女の巨体との対比で可哀そうなくらい小さく見える。 身長もさることながら、彼女の直径1mを超える大木の幹のようなふくらはぎと比べると、ヒョロヒョロに見えるのだ。 「ちっちゃ、、」と私も思わず声に出してしまったくらいだ。 まあ、私も彼らと同じような体格なのだが。 琴里ちゃん「うわ!きっも!!」 ホームレスたちが一気に飛び出してくる様子を見て、彼女は我慢できず大声で叫んだ。 彼女の視点からは、まさしく殺虫剤を撒いて大量のゴキブリが逃げ出てくるような光景に見えたのだろう。 だが、これで終わりではなかった。 というのも、その靴の中に1人のホームレスが残っていたからだ。 逃げ遅れたのか、眠っていたのか、はたまた恐怖で気絶してしまったのか、私には想像もつかない。 だが、その靴の広大な空間の中に、まだ1人の男の影が残っていた。 琴里ちゃん「えっ!まだいるじゃん!もうこうなったら、こうしてやる!」 彼女は、半分自暴自棄になっているようだ。 そう声を張り上げると、自分の片足を持ち上げ、その靴の中に入れ始めたではないか。 もちろん、その靴の中にはさっきのホームレスの男が取り残されているのである。 このままでは、彼は確実につぶされてしまう。 だが、彼女は完全に足を靴の中に入れるのではなく、足の甲だけを入れて止めた。 おそらく、彼はぎりぎりつぶされずに持ちこたえているはずだ。 彼女にとってみても、彼を完全に踏みつぶしてしまって、彼のミンチが靴の中にこびりついたり、自分の足の裏につくのが嫌だったのだろう。 その状態で5秒ほどが経つと、「死、死ぬ、、助けてくれ。。」というような苦しそうな男性の叫び声が聞こえてきた。 もちろん、靴の中に閉じ込められているホームレスの男から発せられる声だ。 多分、彼のいる空間は相当な高温多湿になっているのだろう。 さっきも触れたように巨人たちは筋肉量も多く、非常に多くの熱を発している。 聞くところによると、平熱が60℃を超える巨人もいるのだそうだ。 彼女もこれだけの巨体なのだから、そのくらい高い体温を有していてもおかしくない。 よく見ると、彼女の生足の表面からは湯気のようなものが漂っているのが分かる。 彼女の体表から発生した高温の蒸気が、冷えて湯気になっているのだ。 彼は、そんな高温の裸足の足の裏と靴の中敷きのサンドイッチになっている。。 想像を絶する過酷な環境に違いない。 もちろん、彼がその足の裏を押し返して、自分で脱出することは絶対に不可能だろう。 まさしく、死の空間に彼は閉じ込められてしまっているのだ。 無情にもそのまま時間は経過していく。 1分ほどすると、彼の声は聞こえなくなっていた。 それを確認した琴里ちゃんは、ゆっくりと足を取り出しその靴を片手で軽々と持ち上げた。 そして、その靴を高さ10mくらい(彼女にとっては足の付け根くらい)の位置でひっくり返した。 すると、彼の身体がポトっと地面に落ちる。 もちろん170cmの身体が落下するのだからかなりの衝撃があるのだが、彼女の巨体との対比で「ポトっ」くらいにしか見えない。 地面に落ちた彼はピクリとも動かない。 もしかするとまだ息があったかもしれないが、最後10mの高さから落とされた衝撃だけでも、致命傷になりえそうだ。 琴里ちゃん「はー、きもかった!」 彼女はそう言うと、「ノッシ、ノッシ、、」と何事もなく家の中へと戻っていった。 彼女にとっては、文字通りゴキブリを退治したのと同じ感覚なのだろう。 しかも、彼女は自分の体温だけで、この男を屍にしてしまったのだ。 彼女の巨体やその筋肉に秘められた力は何も使っていない。 その事実に私はただただ茫然としていた。 私は、あまりに気の毒になり、彼の元へ駆け寄った。 駆け寄る途中、彼の周りの地面に琴里ちゃんの足跡が刻まれていることに気づいた。 幅1m以上、長さ3.5mに及ぶ足跡。 ここまでのサイズになると、大きいというより広大と表現した方が適切だ。 何平方メートルあるんだ?と感心してしまう。 だがそれと同時に、彼が最期に見たのはこの広大な足の裏だったのだという事実に胸が痛くなる。 弱肉強食の時代に仕方のないことだが、なぜか琴里ちゃんの足跡に対して怒りの感情が生まれていた。 私は、彼の亡骸に近づく。 思いのほか若く、無精ひげが伸びているが整った顔立ちに見える。 私の若いころなら、彼もこんな悲劇に会うことはなかったはずだ。 そう思うと、さらに胸が痛くなる。 私は思わず手を合わせる。 だがその時、私の周りに強烈な匂いが立ち込めていることに気づいた。 納豆のような腐った酢のような生ぬるい悪臭だ。 私「う、うっ、、やばい。。」 私は我慢できずその場を離れた。 その場にとどまっていたら、私も動けなくなってしまいそうだったからだ。 私は、その匂いのせいで満足に彼に手を合わせることもできなかったのだ。 その匂いは言うまでもなく、琴里ちゃんの足から発せられたものに違いない。 それによって、彼の屍は汚染されてしまったのだ。 彼の仲間のホームレスたちも、この匂いによって近づけないようだ。 おそらく、彼はここに置き去りにされるだろう。 なんと悲惨なことだろうか。 それと同時に、彼が最期に嗅いだのはこの悪臭だったのだという事実にも何とも言えない気持ちになる。 本当に彼の冥福を祈る限りだ。 --- これにて私は筆を置きたいと思う。 私が若い世代の伝えたいことはただ一つ。 それは、「格差は不幸をもたらす」ということだ。 今回のエピソードが、そのことを考える一助になれば幸いである。 2100年1月25日 安田陽翔