射精後の虚脱感の中、俺は急に不安になった。精を放った後、ついさっきまで熱く情を交わしていた男が、冷淡になるのはよくあることだ。
俺は、親方の顔になかなか目を向けられなかった。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、親方だった。
「おい…テツよお…」
親方の言葉に、俺は身構えた。
しかし、次の瞬間、親方は大きな口を開けてガハハと笑い始めた。
「おまえ…なかなかやるじゃねえか。なあ」
親方は、湿った手を俺の坊主頭に乗せたかと思うと、犬ころにするようにわしゃわしゃと撫で回し始めた。
「わっ、きったねェ! ザーメン! ザーメンついてるっすよ」
「気にすんなって。俺もおまえも、もとはといえば、ここから生まれたんだからよ。な?」
親方は濃厚な精液の付着した人差し指を、嗅がせるように俺の鼻の前に持ってきて笑った。
「ちょ! くっせぇ! おっさんのザーメン、マジ勘弁!」
俺と親方は、そんなじゃれあいをしばらく続けた後、大声で笑い合った。
*
ようやく萎んだマラをチャックにおさめ、俺たちはトラックに戻り、当初の目的地だった資材置き場へと急いだ。
開け放した窓から吹く風が、心地よかった。俺の頭に残った親方のザーメンがパリパリに乾いていくのもご愛嬌だ。
時間がたつにつれ、射精後の虚脱感は、不思議な満足感へと変わっていった。俺の隣で、呑気に口笛なんか吹いている親方も、もしかしたら俺と同じ気持ちなのだろうか。
「テツよお…さっきの勝負、もし勝ったら、何がほしかった?」
親方は、窓の外に目を向けながらぶっきらぼうに言った。
「……何も。ま、親方の財布の中身ぐらい承知っすからね」
俺は、いつもの調子で答える。
「ったく、こいつ、かわいくねえなァ」
親方は俺の頭に軽くゲンコツを食らわす。
(そう、何も…。だって、俺の願いはもうかなってるんだしな…)
ゲンコツを食らってもニヤニヤとハンドルを握る俺を、親方はちょっと不思議そうな顔で見た。
「おまえ、時々分かんねえよな」
「分からなくてもいいすよ。それが親方のいいとこなんすから」
「何だそりゃ。おまえ、絶対、俺のこと馬鹿にしてんな?」
「んなことねえっすよ、尊敬してますよ。心から」
「どーだか!」
そんな他愛のない言葉を交わすうちに、俺たちを乗せた軽トラは深い緑の中を縫うように進み、いつしかあの谷間は遠ざかっていくのだった。
(おわり)
あんどん丸
2022-08-11 03:54:00 +0000 UTC