1
「おっ、山里。今日は早いな。当番か?」
低い声に振り返ると、学校の廊下に、俺たちの柔道部の顧問・照屋先生が全裸で立っていた。
俺は口をただあんぐり開いて立ち尽くすことしかできなかった。
骨太な骨格に、競技で鍛えた筋肉と年相応の(いや、それ以上の)脂肪がたっぷり乗っかった体躯。深い皺が刻まれた岩のような厳つい顔とは対照的に、先生の肉体はなめらかな曲線で構成されている。分厚い胸、太い腕、出っ張った腹―。男臭さむんむんのパーツは、一様に獣毛にびっしりと覆われている。
健全な男子なら、ボッキと鼻血は免れ得ない状況だ。
だが、俺は違う。俺をなめてもらっては困る。なんといっても、俺は夜な夜な先生の熟れた裸体を脳内でシミュレートしているのだ。あらゆる角度、あらゆる姿態において、先生の裸体は検証済みだ。
そうだ。これは夢だ。淫夢だ。だとすれば、俺のやるべきことはただ一つ。淫夢というものは、イイところで終わってしまうものだ。過度に興奮すると覚めてしまうこともよくある。俺のやるべきことは、できるだけ冷静な状態を保ち、この夢を長続きさせることだ。
俺は心を決めて、この状況に果敢に立ち向かうことにした。
2
「おはようございます、先生。寒くないんすか?」
俺は、つとめて冷静に返した。まだ秋口とはいえ、朝晩の風は冷たい。よしよし、自然な応答だ。
しかし、ついつい俺の目は、先生の肉体を覆う獣毛を目で追ってしまう。高原のような胸から続く毛の流れは、蟻が這うように腹の大草原を通過し、黒々と茂る陰毛の密林へとなだれ込んでいく。
「なあに、鍛えてるから平気だぞ。ホレッ!」
先生は力こぶしを作り、漲る精力をアピールする。先生が「ふんっ」とポーズを取ると、密林にたわわに実る果実がぶるんと揺れる。実は熟れきって果皮が裏返り、赤黒い実が剥き出しになっている。
(ぐふっ・・・)
先生の果実は、俺が予想したよりはるかに立派なモノだった。もしかしたら、朝の猛々しい充血の余韻がまだ残っているかもしれない。・・・これは予想外だ。やばい。でも、こんなことぐらいで膝を屈する俺ではない。
「俺、今朝、道場の掃除当番なんすよ。にしても、先生、いつもこんな時間に来てるんすか?」
教室の中の時計は6時半を指している。校舎にはまだ人影がない。先生の禿げ上がった頭は、「照屋」の名の通り、朝のさわやかな光を反射してまぶしい。
「ああ、先生は健康のために、朝7時までは、全裸で過ごすことにしてるんだ」
ごましおの無精髭に覆われた先生の顔は、笑うとクシャクシャになる。教師にあるまじき、青少年をたぶらかす笑顔だ。けしからん。
それにしても・・・。いくら夢でも安直な設定だ、と俺は思ったが、澄んだ瞳で爽やかに話す先生の笑顔に、俺も「まあ、そういうもんなのかもな。裸体健康法ってやつかな」と思えてきたのだった。
3
「先生、おかしな健康法、好きっすもんね。そのサンダルとか」
俺は普段どおりの態度を崩すまいと、いつもの調子で軽口を叩く。
「おかしな、とは何だ。ちゃあんと効き目あるんだぞ!」
先生は太く短い足をガニ股に開き、茶色いゴムサンダルを俺に見せる。昔、父の日だかにもらったのが自慢なのだ。
「このイボイボがいいんだよ。わかるか?」
先生は足をずらし、ゴムサンダルの表面を俺に見せようとする。
ゴムサンダルをのぞきこもうとすると、先生の禁断の果実が丸見えだ。この淫魔め、どこまで俺をたぶらかそうとしやがるんだ。
「ふ、ふーん・・・」
俺は先生の股間に気を取られて、サンダルどころではない。
「なんだよ、気のない返事だな」
先生はそういってサンダルを履き直し、黒い出席簿で俺の頭をはたく。
その時、俺は、先生が竿の位置を片手でさりげなく整えるのを見逃さなかった。巨大で重たいふぐりと竿のバランスを取るのが案外難しいのだろう。その手付きは茶道の師範のように手慣れていた。
俺は、先生のいかにも不器用そうに見える指が、意外にも繊細かつ機敏に動くことに驚いた。連想はおのずと、夜ごと猛りきった性欲を持て余し(先生は奥さんを早くに亡くしシングルファザーとして頑張っているのだ)、己の屹立を一心不乱に慰める先生の指技に及んだ。
(だ、だめだ・・・)
その妄想に、俺の砦は決壊した。股間に血液が激しくなだれ込む。サーモメーターで見たら、その瞬間、俺の股間が真っ赤に染まるのが見えたはずだ。
4
「ん? 顔赤くしてどうしたんだ。風邪でもひいたか?」
先生は、俺の額に手をあたたかい手を当てた。俺の頭ははますます火照っていく。
「だ、大丈夫っすよッ!」
俺は先生の手を乱暴に振り払う。
「ちょっと熱い気もしたが・・・。ま、その元気なら心配ねーか。さっさと道場行かねえと遅刻するぞ」
先生は、俺に背を向け、廊下を歩き始めた。出席簿を脇に抱えて。俺は、出席簿が先生の腋臭で臭くなりはしないだろうかと心配した。
だが、それよりも俺の心を奪ったのは、先生のでっけえ尻たぶだった。両の尻をびっしりと覆う獣毛は、菊門に向かう流れを描いていた。
「あぐっ・・・」
その淫猥極まりない尻は、俺に鼻頭を撲るような衝撃をあたえた。次の瞬間、俺は鼻血を出していた。
声にならない声を挙げ、両手で鼻を覆った俺を、先生は振り返った。
「なんだ、鼻血か・・・大丈夫か?」
先生は心配そうに俺の顔を覗き込んだが、その時、俺の股間の突っ張りに気付いたらしく、ニヤニヤと下卑た笑顔を浮かべた。
「おうおう青少年、元気だなァ。ま、お前らぐらいの年頃はな」
先生は笑って、制服ごしに俺の突っ張り棒をギュッと握った。
「ちょっと待ってな。いまチリ紙もってきてやっから」
先生はパッと俺の股間から手を放し、小走りでトイレからトイレットペーパーを持ってきて、俺の鼻につめてくれた。
うっすら汗をかいた先生の体からは、獣のようなニオイがむわっと漂って、俺はクラクラした。
「鼻血はしばらくしたらおさまるだろ」
先生は柄になく優しく声でそういった。
「はい・・・ありがとうございます」
「なに、いいってことよ」
先生は再び、俺に背を向け、廊下を歩き始めた。かと思うと、次の瞬間、くるっと振り返ってこう言った。
「あ、そのチリ紙な、トイレに戻しとけよ。そのついでに、そっちの充血もなんとかしたほうがいいぞ」
「なっ…」
真っ赤になった俺を横目に、先生はカカカと豪快に笑いながら、職員室のほうに向かった。サンダルの音を響かせて。
5
そのあと俺がどうしたかは、読者の想像におまかせする。
(夢・・・だったのか・・・?)
8時半、俺はぼんやりした頭でホームルームを受けていた。
(そうだよな、先生が早朝に全裸で校内を徘徊しているなんて、ありえないよな・・・)
今、目の前で古臭い訓示を垂れている照屋先生は、いつも通りのジャージ姿だ。
(あれは俺の妄想が作り上げた幻覚だったのか・・・。俺って奴は・・・)
その時、俺の頭にゴツンと出席簿の角が当たった。
「おい、山里。なに朝からぼんやりしてんだ」
「あ、すんません・・・」
俺は先生の顔をまじまじと見たが、いつもと変わった様子はない。
「おまえ、寝不足か? 深夜ラジオでも聞いてたんだろう」
「今の高校生、深夜ラジオなんて聞かねっすよ・・・」
言うことがいちいち古いが、それもいつもの先生だ。
「ま、ほどほどにしとけよ。あっ、そうだ。この出席簿、休み時間に職員室に戻しておいてくれ。俺はこのあと、体育実技だからな」
「ほーい」
俺はぼんやりした頭で答えた。
*
出席簿を職員室に持っていく時、俺はふと、黒い出席簿の表紙を嗅いでみた。
出席簿からは、獣のような雄の腋臭が薫った。
俺がまた勃起したのは、言うまでもない。
(終わり)
あんどん丸
2022-08-21 08:56:28 +0000 UTCごわんど
2022-08-20 12:43:34 +0000 UTC