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【絵画結界】
文字通り絵の中に相手を閉じ込め、
絵の世界の物語の一部として支配する。
絵に取り込まれると
創造者に「瞬間」を切り取られ、
紙に描かれた通りに、動くことはできなくなる。
しかし絵は「瞬間」を切り取ったものであるとともに
「状況」を記述したものでもある。
くすぐる手が創造者に描き加えられると
それは静物ではなく
「手にくすぐられている状況」を表すことになる。
自身は「瞬間」が適用され動けないにもかかわらず
手には「状況」が適用され
確かな動きをもって絵の中の世界でくすぐられてしまう。
そしてその手には創造主の意志が込められている。
腋の下を徹底的に責め立てるのか?
それとも腋からはじまり全身を撫でまわすのか?
創造者の想定により、あらゆる責め方が一つの手から成立する。
意味が込められた手や道具が一つ一つ描き加えられ
正比例してくすぐったさが増大していく。
それなのに体は「くすぐったい瞬間」から進むことはできない。
くすぐりに慣れることも、紛らわすこともできない。
胸などに責め手が描きこまれれば当然、
くすぐったさだけでなく快感も体に注ぎ込まれる。
しかし、快感を感じても体はそれを受け止めることはできない。
「快感に対する反応」が描写されない限り、
気持ちよくなることはできないのだ。
止まらぬくすぐりに悶える中、
下着の隙間から流れ出る一筋の汁が描きこまれる。
その瞬間、お腹の奥にゾクゾクする快感が走り、止まらなくなる。
意識も我慢も全く関係なしに「快感」が描き加えられてゆく。
塗れる下着が少しずつ描きこまれるほどに
快感も少しずつ増してゆき、
引きずられるようにくすぐったさにも敏感になっていく。
ひたすら激しく責められているのに、焦らされる。
溢れる愛液が止まらないのに、
創造者が満足するまで絶頂させてはもらえない……。
心が耐え切れなくなったころ
最後に「絶頂」が描かれる。
限界を超えるくすぐり快楽焦らし責めという、
現実では味わえない快感に貫かれる。
しかし、絵としてはこれで「完成」である。
限界を超えたくすぐりで絶頂した瞬間、つまり、
絶頂したまま限界を超えたくすぐったさを浴びている、
その状態で固定されてしまうのだ。
身体の内から、外から、襲い来る快感の波。
最も強烈な一瞬がいつまでも終わらない。
結界が解けるまで――。
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……という感じで。
瞬間と状況のトリックでした。
みなさんも創造者になったつもりで
「それぞれの責め手はどんな動きをしているか」
「どんな感じ方を味わっている状態で静止させられているか」
想像しながら絵を眺めてみてください。
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元絵
どシンプル。
こういうのでいいんだよ、こういうので(?)
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