身も心も染められるまで 1話先行公開版
Added 2019-11-10 16:09:30 +0000 UTC人間とアンドロイドが共存し、社会を形成するようになった時代。 人間が社会の中心ではあるものの、人間と機械が恋人同士になるということも増え始め、世間の風潮は機械の身体を持っていることがかっこいい、オシャレ、可愛い、便利などと、一種のステータスを持つような風潮へと傾き始めていた。 その裏側には、一般に機械化技術が浸透し始めたことも一つの要因となっている。 専門機関での機械化手術や、ナノマシン投与による部分的な機械化等、その変化への道筋は多岐に渡った。 理由も個人によって千差万別であり、愛する人と同じ身体になりたい、若さや美貌を保ちたい、人間とは全く違う体験を得たいなど、細かく分類すればきりがない。 当然ながら、その価値観は長い間を経て根付いた物ではなく、少しずつ世間の価値観が変わり始めている間に発生した、一つの肌に感じやすい変化である。 感覚的感情的な理由や、経済的な理由などによって、機械化を敬遠している人物の方が多数派となっている。 これは、そんな時代のある人間の女性と、擬似人格にバグを抱えた女性型アンドロイドの話である。 * * * 「おはようございます」 「おはよう茉莉花さん。今日も相変わらずですね」 「ちょっと遥、それどういう意味で言ってるのよ?」 「悪い意味は無いですよ。純然たる褒め言葉です」 とある会社にて働いている、OLの西野茉莉花。 彼女は仕事をきっちりとこなし評価も高い上、男性はもちろん女性も虜にするような両性を惹き付ける美貌で、社内ではよく注目されていた。 スーツの下からでもわかる程に盛り上がった大きな胸の山に、はっきりと浮き出る美術品の如き綺麗なボディライン。見るもの魅了する美しい黒のセミロング。 顔立ちも二十代相応の大人っぽさを帯びつつも非常に整っており、薄めのメイクでもその素材の良さが際立つ程のパーツの端正さを持っていた。 今にも女優やアイドル、動画投稿者として売り出しても確実に名の売れるだろう茉莉花の姿は、さながら皆の憧れであった。 「はいどうぞ。ひとまず昼休憩中までにはこれ済ませしょう」 「うわあ……いけなくは無さそうだけど結構骨折れそうですね」 隣のデスクから本日の業務内容を差し出す、仲の良い後輩の遥。 PCの隣に置かれたいくつかの書類。その内容をちらっと見るだけでも、気の滅入るような文字列が並んでいる。 茉莉花は溜息をつきながらPCを立ち上げ、改めて一通り目を通す。 「まあ、無駄なこと考えないでとっとと終わらせちゃいましょ。これ終わったら、一緒にお昼買いに行かない?」 「いいですね、そうしましょう。最近来てるあのフードトラックですか?」 「よくわかったわね。最初はあまり気にかけてなかったんだけど、なんだか品揃え見てるうちに食べたくなっちゃって……」 「茉莉花さん、アボカドチーズチキンサンドとか好きそうですよね」 「あっ、よくわかったわね。それとビーフサルササンドも気になってるの。品揃えすごい豊富だし、あまり見ないから是非ともって」 「それをちゃんと食べられるように、早く最初の作業を終わらせましょうよ」 「そうね。しっかり終わらせてから食べた方が絶対美味しいもの」 ちょっとした気分的余裕を作る意味合いもある雑談を交わした後、二人はそれぞれの仕事へと集中し始めた。 ミスも少なく、作業も早い。茉莉花は美貌を鼻にかけずしっかりと業務をこなし、時には二人で、そして同僚や部下のアシストもたまに行いながら、きっちりとその日の昼前までに詰まれた作業を終了した。 それからの昼休み。会社付近の自然公園にて、茉莉花と遥は二人並んで購入したサンドを美味しそうに食べていた。 「美味しい……アボカドチーズ正解だったわね。遥の方はどう?」 「おいしいですね。直感で選んでみてよかったです」 仕事の疲れを忘れんとばかりに、茉莉花は自販機の冷たいミルクティーを、遥は自販機の野菜ジュースを飲みながら、新鮮な気分にさせてくれるご機嫌なランチに舌鼓を打った。 ここで話題は、フードトラックの店員へと切り替わる。 「そういえば、あのフードトラックの店員、アンドロイドでしたよね」 「やっぱりそうよね。すごく可愛かった……もうじっと見ていたくなるくらい」 「茉莉花さんの方が美人だと思いますけど」 「もう遥ったらさすがにアンドロイドには負けるわよ。容姿褒められるのは嬉しいけど、機械に勝てる気はしないわ」 「そういえば、茉莉花さんは機械化とかしないんですか? 先輩くらいの人だったら、機械化したらもっとすごい完璧超人になれそうなのに」 「うーん、やろうとは考えてないわね。なんとなくだけどあんまり気が進まないし。このままでもいいかなーって思ってるわ。そういう遥は?」 「少しだけ興味あるんですけど、色々カタログとか体験談とか見てから決めようかなって思ってます」 会話の中で、それぞれの機械化へのスタンスが現れる。 はっきりと拒絶する程の嫌悪感はないが、なんとなくやる気は無いからこれからもしようとは考えていない茉莉花と、スキルアップやこれからの自分へのアプローチも兼ねてまずは電脳化から始めてみようかなどとやんわり考えている遥。 対局の結論こそ出ているが、二人は互いに尊重し合う言葉を向けた。 「そう、もしそうなったら……あたしの仕事任せるからやってちょうだい、ね?」 「そこまではできないですよもう。むしろまだ助けられる側にいそうですし」 「むしろ立場逆転しそうだけどね……そろそろ行きましょうか」 食事を終え、しばらく談笑をしていた二人は、簡単にゴミを袋にまとめて仲良くオフィスへと戻っていった。 うっすらとでも気にならないわけではないが、産まれた生身が無くなるということになんとも言えない避けたくなるような感覚が胸の中に湧き出てくる。 遥の現状での感情も含め、よくみんな何の抵抗も無く機械になれるなあと思いながら、茉莉花は遥としばらく考え事を平行させながら歩いた。 * * * その日の夕方。仕事を終えた茉莉花は、途中の酒類の多い高品質スーパー以外の寄り道を考えずほぼ真っすぐに帰ろうと考えていた。 なぜなら今日は、彼女が楽しみにしていたネット配信限定ドラマの次話配信日。 一刻も早く楽しむ為にどこかイートインのある場所で視聴することも考えるが、せっかくならば邪魔の入らない自宅で、じっくりと優雅にかつ自由に時を過ごしつつ視ておきたい。 そのような心構えの元、道中に見受けられるショッピングやテイクアウトの誘惑を我慢しながれ帰宅していった。 「今回の話の予告はちょっと地味だったけど、絶対本編で何かありそうなのよね……誰かが話す前に見ておかなくちゃ」 茉莉花の内心の楽しみが漏れ出しているような独り言。歩くごとにスーツ越しの色香に溢れる魅力的な肢体が都会の道で揺れ動く。 そんな姿を、見かけた瞬間に感情値が激しく変動したとあるアンドロイドが、じっと遠くから見つめていた。 「何あれ……あんな私の理想を体現したような人間がいるなんて……!」 彼女の名前は高村花蓮。 20歳前後の容姿設定を施された女性型アンドロイドである。 ふわふわとしたミディアムのブラウンヘアに、計算されたバランスとパーツ費で造られた可愛らしくも美しさも感じさせる顔と色白の人工皮膚。 綺麗なブラウンの瞳を持つ眼球ユニットが、動く度に相手の鼓動を揺らすような仕草を見せる。 電子頭脳に無線から直接繋がるネットによってダウンロードされるファッションデータから導き出される洒落た服装からは、程よく大きく主張する乳房と人工の脚線美が、彼女の魅力をさらに色濃く作り出す。 グラビアモデルやファッションモデルの理想をかけ合わせて造られたような花蓮。 そんな彼女は、現在擬似人格に異常を抱えていた。 「彼女のことをもっと知りたい……私の物にしたい……ふふ……情報が必要ね……」 完璧な造形の身体を活かしたモデル業を行っている花蓮は、仕事を終えて脳内ネットサービスを行いながら自宅へと帰宅している途中、不注意によってウィルスに感染してしまっていた。 即座に対応を行うとするも間に合わず、自覚が出来ないように記憶改竄の後に人格改竄が行われ、通常時はそれまでと同じように振る舞うことが出来ながらも、プライベートでは常に同性相手に発情し肉体関係を持ちたいと思考する色情魔へと変貌していた。 人間とアンドロイド両方に性欲を抱きながら、機械的な快楽を両者に求める花蓮。 これまでは性玩具扱いの簡易セクサロイド相手に自宅で乱れあって性を発散していたが、彼女の欲望は留まることを知らず、街を歩いている時でも視線で女性を追いかけ、脳内メモリに画像を保存し、誰を自分の物にしようかと過激な妄想を繰り広げていた。 そして今日この時、花蓮はこれまでで最も擬似人格に突き刺さる相手を見つけ出したのだった。 「どうしようかな……彼女に近づいて……でも、じっくりと私の物にしたいな……まずは彼女の情報を……まずはどの方向から歩いて来たかを観察して、そこから大まかな絞り込みを……」 眼球ユニットから取り込んだ画像と動画情報をメモリに溜め込みながら、一旦建物の影に移動してこれからの行動を思案する花蓮。 その間にも茉莉花は、後方で目をつけられていることなど気づくこともなく、楽しみにしていた作品を想いながら帰宅していった。 「…………近日中にでもこのプランで探して、計画を開始しようかな。タスクに保存して……さてと、早く追いかけ……あっ、もういない」 大まかな計画を立案し最重要スケジュールとして保存した後、再び尾行しようと姿を表した花蓮。 しかし彼女の姿は既になく、2,3秒程発情しているような柔らかく赤らめた笑顔のまま動作を止めた花蓮は、熱くなった電子頭脳で現状を処理し、ようやく動き出した。 「見失っちゃった……でもいいわ。見つけ出して私の物にするの。私と同じになって、ずっと私の家で愛して、愛される関係を作り上げるわ」 外部要因によって歪な変化を遂げた花蓮の擬似人格が、初対面の赤の他人に対して異常なまでの情欲を湧き立たせる。 この先、自身の身にどんな事象が降り掛かってくるのか。茉莉花は一切知る由もなかった。 * * * それから数日後の正午。昼休みの茉莉花はすっかり気に入ったフードトラックのサンドを食べに、一人の時でも自然公園へと足を向けていた。 サーモンチーズサンドの入った紙箱とペットボトルのミルクティーを手にベンチに座り、気を抜きつつ早く味わいたいと思いながら、ボトルの蓋を開けた後で箱に手を付ける。 と、その時、茉莉花の隣に見知らぬ女性が座り込んだ。 服装からして遥や同僚ではないと思いつつちらっと姿を確認すると、思わず息を飲んでしまった。 (やだ……すっごくかわいい……!) 相席になったその女性は、画面の中から飛び出してきたかのような女性的魅力を詰め込んだ美人だった。 所作の一つ一つが人を引きつけるような雰囲気に溢れており、蓋の開かれたハムサンド入りの箱を乗せるだけでも非常に絵になるその姿。 とんでもない人が訪れたと思っていると、その女性が茉莉花に話しかけてきた。 「あの、何かありましたか?」 「えっ!? いやぁ……すっごく可愛かったから思わず見惚れちゃって」 「ありがとうございます。私ってそういう風にデザインされたので、そう言ってもらえるのはとっても嬉しいです」 「デザイン……ということは、アンドロイドなの?」 今回も店員アンドロイドかわいいなあと思っていたところに、その隣にそれ以上と思える人工の麗人が現れ驚く茉莉花。 相手方から宣言をされてからじっくりと姿を眺めてみると、限りなく人間に近い容姿でありながら僅かに見られる人工物感と、瞳の奥で動作するレンズが確認できた。 「はい。でも、貴女もとっても綺麗じゃないですか。スーツ姿も似合っていて、私と同じモデル業かと」 「えっ! あはは……アンドロイドに褒められるなんて……ち、ちょっとどころかすごく嬉しいかも…………」 明らかに自分より容姿の良い相手に、しかもアンドロイドに褒められたことに、思わず顔を赤面させて内心に湧き出した感情を漏れ出させる茉莉花。 つい恥ずかしくなって彼女から視線を丸ごと真横を向いて反らした瞬間、花蓮は僅かな隙をついてミルクティーに一粒の水溶性カプセルを投入した。 「謙遜しなくても大丈夫ですよ。私から見ても、努力して自分を磨いてることがわかりますから」 「そ、そこまで言われちゃうなんてね……ありがとね。あなたの名前は?」 「私は高村花蓮って言います。貴女の名前は?」 「あたしは西野茉莉花って言うの。よろしくね」 「こちらこそ」 短い間に、すっかりと打ち解け名前を明かしあった二人。 小さなベンチの周囲には、女神の戯れの如き見た目麗しい華やかな空間が広がっている。 「ねえ、もう少し昼休みの時間あるし……少し話し相手になってもらってもいい?」 「もちろんですよ。私は今日休みなので、時間はありますし」 「ありがとう花蓮さん。モデルって言ってたけど、絶対その仕事似合うわよね……ちょっと今でもドキドキしてるもの。どこのモデルやってるの?」 昼休み終了の直前まで、茉莉花と花蓮は初対面ながら趣味や仕事、人間の体型維持や美容話と、濃密かつ非常に楽しい会話の時間を過ごしていた。 度々二人は、購入した食事を口に運んでいく。茉莉花が口をつけたミルクティーからは既にカプセルの姿形も現れず、一切の異物感もないままに体内へと流し込まれていった。 「そろそろ時間ね……ありがとう花蓮さん、とっても楽しかったわ」 「私こそ、また会うときがあったらその時はよろしくお願いしますね」 「ええ、こちらこそ。それじゃあね!」 雲の上の存在にも感じられた相手との交流を楽しみ、ちょっとふわふわとしたような気分を味わう茉莉花。 そういえば連絡先も交換していなかったと去っていった後で思い出し、またこんな食事の機会でと訪れなければ会うことはないんだろうなと思いながら、茉莉花は笑顔でサンドの最後の一口を入れ、ミルクティーを飲み干し、きちんとゴミを捨ててからオフィスへと戻っていった。 そんな彼女の姿を、花蓮は影から見つめていた。 「置換が完了するのはおおよそ一週間程……そうすれば、一歩私に近づいてくれる……その時が楽しみね」 既に服用された分のナノマシンは、花蓮の電子頭脳に随時進捗情報を送信しながら生体脳へと移動していく。 あとはじっくりと日をかけて無機物へと変換し、機械化の下地を作るだけ。 いきなり大きく人体を変えてしまうと、人格や記憶データに齟齬が発生し、そこから予期せぬ大事に至る可能性も発生するため、ここから少しずつ、少しずつ変えていきたいと考えていた花蓮。 あとは進捗情報を基準に、彼女の人格や記憶に小さく改竄を加えて自分の物になるよう誘導していく。 強引なやり方ではなく、そんな積み重ねの手段の方が、彼女個人の擬似人格も燃えるというもの。 いつか自分の元に茉莉花がやってきてくれるその時を待ち遠しく思いながら、花蓮は一旦その場を離れていった。 オフィスに戻り、改めて仕事を再開した茉莉花。隣の遥が、どこかご機嫌そうな先輩の様子を見て軽く話しかける。 「茉莉花さん、何かあったんですか? 機嫌良いみたいですけど」 「それがね、すっごい可愛いアンドロイドと話してたのよ。ああもう間近で見てるだけでドキドキしちゃった……」 「へえー! それはちょっと気になりますね! どんな方でした?」 花蓮に仕込まれたナノマシンのことなど全く気づくこともなく、彼女の非常に整った魅力的な容姿や、盛り上がった会話を遥と共有する茉莉花。 話の最中でも、体内で何かしらの違和感が生じたということもなく、今までの日常と何ら変わりなく過ごしている。 そうして、この日も茉莉花はいつもと同じ一日を経過させたのだった。 * * * そして、さらにそれからしばらく経った金曜日。次の日は休みだということもあって、早く休みを摂取したいと精を出す茉莉花。 そんな中、遥がとんとんと肩を叩き話しかけてきた。 「そういえば茉莉花さん、聞きました?」 「ん? 何が?」 「来海さんいるじゃないですか、私達の先輩の。あの人、つい最近機械化手術受けたらしいんですよ」 「本当に? さっき見かけたけど、そんな風には見えなかったわね……」 身近な職員が一人機械化したと聞いて、思わずへぇ……といった首の動作とリアクションを見せた茉莉花。 このままどんどんそんな流れがきちゃうのかなあと考えたその時、茉莉花の脳内から機械化という単語が離れなくなった。 「なんでも前から考えてたーみたいなことは言ってたらしいですよ。そしたら仕事効率どんどん上がって、一週間も経たずに作業自慢してるらしくて。どう思います茉莉花さん?」 「…………」 「茉莉花さん?」 その時の遥から見た茉莉花は、一瞬女性型アンドロイドに見えてしまいそうな、まるでどこか虚空を見つめているかのような姿だった。 名前を呼ばれた茉莉花は、はっとして慌てて遥の方へとリアクションを返す。 「ごめん、ちょっとボーッとしてたわ。まあ、あんまりそういうこと言い散らかすのは感心しないわよね……先輩な分、こっちにもそういうの降り掛かってきそうだし」 「茉莉花さんは機械化とか考えてないんですよね」 「ええそ……そうよ」 自分は機械化しようとは思っていない。ずっとそういうスタンスのはずだった。つい最近もそう思っていたはずだった。 しかしほんの一瞬、茉莉花の内心に機械化したいという感情が湧き上がってきた。 その思考の出どころがどこなのかわからない。だが、今まで覚えていた抵抗感が全く感じられない。 頭上がハテナで埋め尽くされながら、茉莉花はひとまず今までの言動との統一性を作るために、遥の言葉からの流れに乗った。 「このまま機械化する人どんどん増えるんですかねー。まあ、私はあまり気にしてはいないんですけど」 「ええ、あ、あたしもそう思うわ」 自分の体調に何かあったのだろうか。それにしては何の不快感も無く、むしろスッキリしているようにさえ感じる。 機械化のことを考えると、まるで自分が解放されていくみたい。あれだけやろうとは思っていなかったのに、だんだん自分の身体を作り変えたくなってきた。 そんな感情を隠しつつ、再び仕事に戻った茉莉花。 彼女の脳は既に、花蓮が仕込んだナノマシンによって電子頭脳へと置換されており、西野茉莉花という人間の人格や記憶などは全て電子情報へ変わっていた。 今までよりも明らかに思考能力も処理速度も上昇しているが、それを大きな異変として自覚することはなく、せいぜい調子が良い程度。 同時に、花蓮がナノマシンに対して施した細工として、彼女自ら機械化に赴くようにという思考操作が行われていた。 それが今まさに実行されており、花蓮の目的第一段階は、もうすぐ完遂されようとしていた。 「えっと、家に帰る前にいかないと」 その日の勤務が終了し、自宅へと帰る道中。 茉莉花は電子頭脳に組み込まれた優先タスクから、完全な機械化手術を受ける為の行動に移った。 今までと同じ帰路から大きく外れ、一旦自身の口座から改造費用を捻出し、自身が一度も行ったことのないルートへと足を向けていく。 「あれ、あたしこの道行ったことないのに……」 アンドロイドに対しての興味はあっても、機械化手術には本当に興味の無かった茉莉花は、当然ながら公共の改造施設への道程や場所を調べたことなど一度もない。 にも関わらず、なぜかそれまでの道を理解している上に、足取りも迷いがない。 自身の知らない記憶に一瞬疑問を抱いたが、茉莉花の意識はすぐに自動的に反らされた。 「そうだったわね。わ、たし機械化したかったんだから知ってて当然よね」 自身の状態に疑問を抱くような反応が発生した瞬間、人格データとなった彼女の自我に小さな改変が加えられる。 茉莉花の知らないルートや施設の情報は、花蓮の使用したナノマシンに予め組み込まれ、置換完了と共にインストールされたものである、 スーツ姿のまま歩みを少しずつ進め、機械化への希望を一歩ごとに高めていく。 そして気がつけば、茉莉花は民営の機械化施設へと到着していた。 出入り口では、若者を中心に様々な年代の人々が中へと入っているが、去っていく人物の姿は例外なく若い人々ばかりであり、その誰もがとても楽しそうな充実した表情を浮かべていた。 「みんなここで新しい身体に生まれ変わってるのね……あら、なんであたしここに…………そうだったわね。あたしもアンドロイドと同じになるためだったわ。あたしがそうしたいから」 人間だった頃の自意識とは違う考えが過る度、微妙な齟齬が人格データとの間に発生する。 それを口にする度に思考の補正が行われ、茉莉花という人格に噛み合わせた、外部から組み込まれた言葉を紡ぎ出す。 早く機械になりたい。今まで考えたこともなかった以前からの願望が、生体の身体を高揚させていく。 生まれ変わったら、どんなあたしになるのだろう。そんな期待を生きた心臓と無機物の脳に抱きながら、茉莉花は機械化施設に足を踏み入れ、知らないはずの手続きを予習してきたかのようにトントン拍子に進めていった。 「茉莉花さんは既に電脳化されているようですが、どちらでそれを行いましたか?」 事前検査を受けた後、アンドロイドのスタッフからの問診が行われる。 電子記録化された記憶データに脳改造の過去など存在しないはずの茉莉花は、それを聞かされた瞬間に理解が追いつかず困惑の思考を浮かべたが、彼女の肉体の表情は、何も不安がないような笑顔の形を勝手に作り出した (えっ、あたし電脳化なんてした覚えなんて無いわ……一体どういうこと? そんなの初み…………初耳だけど、気にすることじゃないわね。あ、そうだったわ。ナノマシンを服用して電脳化したんじゃない…………いつ? そんなお……自分で飲んだんだったわね) 「ナノマシンを使いました。早く機械化したかったので、その中でもすぐに手を出せそうな所から始めておこうかなと思って」 当然この理由も彼女が考え出したものではなく、この質問を想定して花蓮がナノマシン内にプログラミングし、人格のフィルターを通して発せられたもの。 「かしこまりました。では、今から案内致しますので、私についてきてください」 無難かつ怪しまれることのない受け答えを続け、問題無しと判断された茉莉花は、その日のうちに早速改造手術を受けることとなった。 何の知識も無いこともあって、重苦しさも何も無い気軽さで人間の身体から生まれ変われることに内心驚く茉莉花は、言われた通りにアンドロイドの背中についていき、手術室付近の待機ルームへと移動した。 随時口頭で伝えられるスタッフの指示に従い、全ての衣服を脱ぎ捨て、ストレッチャーの上で全裸の仰向け状態となる。 普段ならば、人前で一糸まとわぬ姿を見せるなど顔を赤面させる程に恥ずかしい行為だが、不思議と今はそんな感情が発生しない。むしろ誇らしいとすら思える。 体表面に僅かに浮かぶ産毛に、いくつもの毛穴、興奮しているのかぷっくりと膨れている大きな乳房の先端、処理をしていながらもうっすらと処理跡が見えるアンダーヘア、小さくひくひくと動く肉肉しい生きた女性器。 20数年の人生を共にしてきた肉体とも、この日を持ってお別れとなる。 子を産むための卵子採取、血液の採取準備、遺伝子情報の保存等、人体情報を保障するための手順も終了し、いよいよ機械化の本番へと入る。 手術室へと移動させられる茉莉花。周辺には、肉体から一旦電子頭脳を取り外す為の大量の機器が用意されていた。 「なんだか、今になってどきどきし………………」 電脳化された茉莉花の脳を、外部操作から最低限の生命維持機能以外の動作を強制的に停止させる。 実質的なスリープモードへと移行させられると、全身の筋肉が弛緩し始め、ゆっくりと無表情へと移り変わりながらぐったりと背中を下にくっつける。 人格データをいきなり停止させられた茉莉花にとっては、まるで意識が突然闇に落ちたような感覚を味わっているはず。 だがそんなことも、もうじき関係なくなっていく。 「西野茉莉花さんの電子頭脳の稼働レベル低下を確認。最低限の基準に抑えられています」 「了解しました。これより、全身置換作業を開始します」 人間の肉体から解放するため、ただ淡々と切り刻まれていく茉莉花の肉体。 芸術品のようだったその有機物の全身は、一つ残らず機械に生まれ変わるための糧となるのであった。 * * * 「ん……うう…………えっと、ここは…………そうだ、機械化……」 全ての工程が終了し、スリープモードから復帰した茉莉花は、ゆっくりと目を開けて周囲を確認する。 突然意識が落ちたような記憶があるが、それまでよりもなんだか思考がクリアになり、身体と軽いような気がする。 脳内に流れる自分ではない何かのメッセージ。だけどなぜだか不快ではない。 軽く首を横に動かそうとすると、つい先程見たような気がする女性スタッフが顔を覗かせて来た。 「お待たせ致しました。茉莉花さんの機械化手術は無事全て終了しました。現在に至るまで、不具合の報告はありません。どうぞ、新しい身体を動かし、自分の手で触れてみてください」 言われるがままに、まずは両手で顔に触れてみる。なんだか人間だった頃よりもつるつるしており、心地よい感触を指先から感じる、 一度起き上がって全身を確認する。 「すごい…………これが、あたしの身体……?」 茉莉花は驚きを隠せなかった。 光を弾くような美しい人工皮膚に覆われた自身の女体、アンダーヘアや産毛の存在はどこにも確認できず、毛穴すらもどこにも見当たらない。 それでいて生物的な肉感は損なわれておらず、現代技術の発展ぶりを実感させられる。 自慢の乳房も大きさは相変わらずのまま色気を帯びて張っており、軽く触れてみると人間だった頃と変わらないような、むしろさらに気持ちよくなっているような手触りを覚える。 さらさらした髪も、くびれのある艶めかしい身体と、造形美という言葉の似合う美脚もほぼそのまま。 なんだか電子頭脳が熱くなりそうな感情が湧き上がった。 「ご満足いただけましたでしょうか?」 「もちろんです! こんなに綺麗に機械になれるなんて、むしろ想像以上というか……」 本来一切機械化する気のなかった茉莉花が、己に施された先端技術に心を躍らせている。 この身体で浴びる外の空気は一体どんな感じなんだろうか。あふれる期待が胸を染めていく。 「ありがとうございます。茉莉花さんの衣服、及び荷物はこちらにございます。全て着用した後、そのまま待合室へ向かい料金のお支払いをお願いします。本日はお疲れさまでした。もし身体に違和感や不具合が発生した場合は、遠慮なく当施設をお尋ねください」 非常に親切な対応を見せ、プログラムされた綺麗な会釈を行うスタッフ。 不安こそあったが、これだけ手厚いサポートをしてくれるならおそらくこれからも大丈夫だろう。 茉莉花は冷たいままのストレッチャーから降り、歩く度に乳房を小さく揺らしながら着替え、そして最後に軽く会釈をして待合室へと向かった。 「これが機械になってから浴びる空気かぁ…………いつもと同じだけどなんだか新鮮」 会計を済ませ生まれ変わってから初めての外に出た茉莉花。 既に空は深夜を超えて朝日が差し始めており、まさしくこれからの新しい一日を迎えるに相応しい景色となった。 「でも、もうこんな時間かぁ……どれだけかかるかとか調べずに来ちゃったから、それは完全に失敗ねだったわね。早く帰らないと」 だが、無計画に機械化しに向かったために、その後の予定がややぐちゃぐちゃになってしまった。 本来ならもうすぐ起床の時間だが、眠気や気だるさは一切感じていない。 電子頭脳内からバッテリー残量も確認できる。一々手元の携帯端末を見なくても、頭の中に現在地から自宅までの道程も表示される。 なんと便利な身体なんだろうか、機械化してよかったと思いながら、茉莉花は足早に自宅を目指して歩き出した。 そんな彼女の姿を、遠くからじっと見つめる一人のアンドロイドの姿があった。 「全身からの電気信号を感じる……ついに私と同じになったのね…………」 茉莉花を機械化へと半強制的に導いた張本人である、高村花蓮である。 彼女は脳内に送信された茉莉花の行動報告と、施術時間の情報から予測を立て、施設をさる一時間以上前から影で待機していた。 そして、悠々とした茉莉花の姿を確認すると、全身から電子頭脳に性感を感じながら、自身と同じ金属部品で構成された存在になってくれたことに歓喜した。 「ここから少しずつ、少しずつ変えてあげるからね茉莉花。私の物になって、ずっと繋がって、愛し合えるくらいに……ふふ、ふふふふ…………」 やろうと思えば、すぐにでも無理矢理人格データを改竄し、自分だけの愛玩人形にすることも可能である。 だがそれでは、人格や記憶データ、社会的関係の面などで齟齬が発生し、面倒な問題が起きるリスクが存在する。 何より、茉莉花という人間が少しずつ機械的な感覚に染まっていく姿を見ていたい、それから一つになりたい、信号を共有したいという花蓮の擬似人格が作り出す趣向が、即座に手を出すことを拒んでいた。 時間はまだまだこれからある。茉莉花がどれだけ乱れてくれるだろうか。 これからの未来を思い描きながら、花蓮は服の下から人工愛液を小さく滲ませた。