SamSuka
土装番
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素行不良はどこまで改良できるのか 1話先行公開版

 人間社会の中では、どうしても「普通」の道から外れてしまうものが現れる。  社会に馴染めず足を踏み外した者、自らそちらの世界へ憧れを持って歩み進んだ者、いつからか自然と堕ちるように渡った者、その世界に行くしか無かった者。  そんな人間には、得てして普通の生活では遭遇しないような、裏の存在と出会うようになる。この予期せぬ遭遇がどのような影響を及ぼすのかには関係なく。  それと同じくして、そんな道を外れた者をうの世界へと戻そうと努力する者もいる。それそのものは、非常に尊い行いと言えるだろう。  だが「裏でしか相まみえない存在」でありながら「普通の世界へ更生させようとする存在」がいたならば、それはどのような影響をもたらすのか。  これは、そんな表の世界にはまだ出ることのないはずだった存在が行った、極秘実験の記録である。 * * * 「全職員へ、RM007AFがテストルームから姿を消しました。室内の痕跡から脱走を試みたと推測されます。RM007AF側の発信装置からは信号が無く、現在地も不明。至急、捜索にあたってください」  某所、木々に姿を隠す山中のある研究所内で、オペレーターの淡々とした警告音声が放送された。  職員達は音声をキッカケに施設中を走り回り、目標を捜索して回った。  しかし、そのRM007AFは、既に研究所から姿を消していた。  人の足が入らないような無数の草木と枯葉が地面を埋め尽くす山中を、全裸の美少女が胸を揺らしながら走っていた。 「アナウンスが放送された。ということは、ようやく捜査に入ったと言うことだよね。現在地点ならばまだ発見される可能性は薄いけど、ここで止まれば確実に見つかるかな」  RM007AF。それは、秘密裏に稼働する機械技術研究所、通称M&HTにて製造された、治安管理機能を組み込まれた女性型アンドロイドである。  容姿の雰囲気は20歳程。顔立ちは人間基準としてはアイドル顔負けの非常に整った美貌で、成長した女性の魅力と、少女的な可愛らしさがそれぞれ最高の塩梅でデザインされている。  体型は鍛え上げられたかのように細くすらっとしており、それに付属した、想定された年齢の平均よりも一段階は大きな乳房が、彼女の魅力をさらに引き上げている。  身長は普通の女性よりも高く、それでいて人工の美しさを体現するような艷やかで綺麗な脚。  目から下には体毛が一切存在しない、汚れ一つない柔く雪のように美しい人工皮膚に覆われたその機械人形は、進行方向のルートをリアルタイムで計算しつつ、まるでエルフのように鮮やかに走っていた。   「森の中を走り回るだけじゃ、確実に発見、拘束される。それなら、人間達の街へ向かったほうが安全だよね。だけど、この周辺にはそんな街もないし、バッテリー残量も怪しくなる」  だが、このまま逃げ続けてもいずれは自分が倒れることになる。  人間と違い、森の中の資源を口にしての糧にすることのできない彼女は、いずれは人間達の設備のお世話にならなければならない。  早急に人間の住む街へと移動するのが最重要。  そう行動指針を設定していたその時、彼女が駆け下りた山道の先に、一本の道路が見えた。  それは、研究所から大きく外れた一般道。車両の通りは山道の中ではやや多い方で、様々な種類の車両が利用していた。   「………よし、アレに掴まろう」  一台一台をスキャンし、移動方向や構造、ナンバープレートを確認していく。  その中の一台のトラックへと目をつけた。  RM007AFは、まるで野生児のように飛びかかり、余計な衝撃を与えないように、同時に運転手にバレないように掴まり、車両の下へと即座に器用な身のこなして移動した。  後方の車両との距離はかなり遠く、バレることはまずない。  まるでスタントマンのような動作で掴まると、ようやくCPUを落ち着かせた。 「ひとまずこれで脱出は成功かな。私の使命、どれだけ実行できるのかまだ予測できないけど、早急に治安の良化に努めないとね」  RM007AFは、人間社会の治安管理を目的して製造されたアンドロイド。  彼女は研究所で様々なデータを得て、開発が進められていくごとに、自律的な思考によって、自ら動き出し少しずつ人間社会の矯正を行うことを判断した。  と同時に、彼女には知的好奇心も湧き出していた。  それには何が必要か、どのようなデータが必要か、どのような行動が求められるか、何をすべきか。  彼女はそれら全てを、職員達にバレぬように秘密裏に動き、取得。  そして、自身に組み込まれた発信装置を破壊した上で信号を偽装。他のアンドロイドの身体を代わり身に使いつつ脱走したのだった。  こうして、現在に至る。  彼女は人類の為、人々が安心して暮らせる世界を造る為、その人間が無数に集まる都市へと向かうのだった。   「取得したこのテクノロジーも使って」  研究所にて並行して進められていた、人類にとって革新的な技術と共に。 * * *  研究所から遠く離れた、首都京東。  人間が長い時を経て組み上げた、人間にとって最も住みやすい人工の領域。  数え切れない程のコンクリートの建造物が立ち並ぶ街の一つに、RM007AFは降り立っていた。 「まあ、こんなところだろう」  くっついた車両がちょうど人通りの非常に少ないエリアへと通ったタイミングで、RM007AFは地面へと降り立った。  速度の乗った上で、全裸のまま道路に落ちたことで擦れ転がったが、彼女は痛がる様子もなく、背中の人工皮膚が剥がれたまま移動を開始。  付近で発見した廃ビルの中に足を踏み入れ、そこを拠点とした。  人の気配のない、まるで倉庫のようになった場所で、赤外線センサーで室内を確認しつつ丹念に整理を行う。  電源を確保し、明かりを点け、ようやく拠点らしい最低限の様相は整えられた。  しかし、移動スペースが確保されただけて、そこに人間どころか生物的な気配は欠片もなかった。 「必要となるものは適宜揃えていこう。まずは…………」  RM007AFは、人間社会の中で活動するにあたって何が必要かを演算する。 「…………名前かな。シリアルナンバーのみでは、仮に何者かと対面した際に面倒が生じるだろうし」  人間の容姿を持っていながら、電化製品のような番号しかないとなれば、何者かと対面した際に怪しまれるのは必定。  どのような名前がいいか。ネットワークに接続し、名前のデータベースを漁り、目立ち過ぎない程度の名称を決定した。 「…………よし、佐藤優子でいいかな」     佐藤優子。いたって普通の名前。  彼女自身に名前に対しての思い入れは何もない。これから行う、プログラムによって設定された目的を実行する為の道具でしかない。   「他には、プロフィールの設定や外出時の服装、それと……」  人工物溢れる街に密かに降り立った、人間の世界に平静をもたらす為に造られたアンドロイド。  彼女の求められた目的、そして、それを行う歪んだ指針は、この日から人間達の世界を少しずつ染めていくのだった。 * * *  満月の明かりと街の沈まぬ光が交わる、都内のある日の夜。  本来ならば人々の賑わいは夜になると収まるものだが、中には夜になればこそ盛り上がる場所も存在する。   「ねーえ裕二、次にペファミール入ってくるのいつ頃なのー? 私もうそろそろ欲しくなってきたんだけどー?」 「まー待てよ。来週には入ってくるからよ。なんせ最近警戒厳しいから動きにくいんだって」 「えーーもう面倒くさいじゃーん! そんなのつまんなーい!」  人工のカラフルな光がぎらつくパーティーフロア。  DJの最高のプレイングによってアガる室内の空気は、静かな夜とは思えぬ程の熱気と狂乱に包まれていた。  そんな中で、一人の女性が、帽子を深々と被ったある男と、テーブルで気怠げに話していた。  彼女の名前は田倉麻里。都内に住む二年目の女子大学生である。  金髪に染められたショートヘアーに、大学内で見かければ思わず目を引いてしまいそうなアイドル顔負けの美貌。  身長は平均的ながら、程よく膨らんだやや目立つ胸とスラっとした美脚が、長身のような印象を見せつけた。  腹を晒し谷間を強調する露出度の高い服に身を包んでいる彼女は、裕二と呼ばれる男と怪しげな会話を交わしていた。 「しゃーないって。弘太の方もちょっと遅れてるし。なんならその間に大学行ったほうがいいんじゃねーの?」 「えー行ってもつまんないし、遊んだほうがずっと楽しいじゃん。勉強なんかしてもだるいし」  麻里は大学生ながら、ある時期から一切足を向けなくなっていた。  いっときはそれなりに真面目に勉学に励んでいたものの、他の生徒より真剣とは言い難くはあった。  しかし、彼女は次第に夜遊びにハマり始め、いつからか全ての時間を娯楽に回すようになった。  その中で、彼女はペファミールと呼ばれる薬物にすら手を出すようになり、すっかりと退廃、堕落してしまっていたのだった。  二人がいるパーティーフロアは、売人が集まる場所としても密かに共有されている  裕二と、彼が話していた弘太は、客でありつつもその売人も兼ねている人物なのである。  彼女とは仲が良く、いつもこのパーティーフロアで何気ない会話を交わしたり、共に盛り上がったり、娯楽として性交を行う時もあった。  こんな気持ちよくて楽しい最高の日々。大学生活なんてくだらない。もっとみんなもこうしていけばいいのに。  そんなことを思いながら、麻里はどんどん深みへとハマっていった。 「はは、まあな。じゃ、今日は踊るか!」 「そーね! 結構酒も回ってきたし、気分もアガってきた!」  ペファミールが手に入らないのはとてもつまらないが、それはそれとして楽しいのは変わらない。  二人は、DJのプレイに身を任せ、気分と本能のままに踊り明かした。  この後、彼女の身に何が起こるかも知らずに。 * * *  時刻は深夜の二時三十分。アルコールによってすっかりとデキあがった麻里は、ふらふらとした足取りで自宅を目指して歩こうとした。 「あはは……きょーも楽しかったなぁ……でも、やっぱりペファミールがないとものたんなーい……」  依存までの道に大きく踏み出そうとしている麻里は、夜の街の危険も考えずに、どこかでタクシーを捕まえて帰ろうかと考えていた。  その道中、彼女はいつのまにか、人の気配のない暗がりの道へと足を踏み入れていた。  いつも以上にアルコールを摂取し、気分のままに過ごした結果、今日は一段と警戒心が薄れていたのだ。   「…………んぁれ? ここどこだっけ……まあいっか。マップ見れば行けんでしょ……」  自分がどういう道程を経てきたのかも怪しい程に酩酊している麻里。  とりあえず開けた場所に向かおうと、携帯端末のマップアプリを開いたその時、彼女の背後から見知らぬ女性が声をかけてきた。 「そこの方、道に迷ってるの?」  反応して振り返ると、そこには見たこともないような絶世の美女が立っていた。  振る舞いや声の調子はどこか、見た目よりも幼い雰囲気を感じさせるが、そんなちょっとしたズレが気にならないくらいに端整で美しい。  ほんのわずかに、声に電子音声のような違和感を覚えるが、それも気のせいと感じさせる程度のものだった。 「えっ!? すっごい美人……そ、そーなんですよ! いつの間にかこんな道にきちゃってぇ〜!」 「そうだったんだ。じゃあ、私が案内するよ」  思わず酒の飲み過ぎによる動悸とは違うドキドキが起こりながらも、麻里はテンションがおかしい方向に上がりながら答える。  女性はそれにたじろぐ様子もなく、そして有無を言わさぬ様子で道案内を始めた。 「私は佐藤優子って言うの。よろしくね」 「優子さんかぁ……私は田倉麻里って言うのー! よろしく!」  お互いに自己紹介をしながら、少しずつ暗がりの道を歩いていく二人。  麻里はやや覚束なく危なっかしい足取りだが、優子はよそ見をしてても全く歩く姿がブレず、安定して歩いていた。 「さ、ついたよ麻里。こっち来て」  そして、優子は冷たい空気が噴き出すような雰囲気の廃ビルの前で止まった。  麻里は怪しく思ったが、酔っ払っているが故に判断力が鈍り、言われるがままについていく。  一体なんだろうと、周囲から見えない廃ビルの影に入り込んだ次の瞬間、麻里の首筋から脊髄を突き抜けるような刺激が走った。 「ひあ゛っ!?」  一瞬の悲鳴の後、麻里の意識は闇の中へと落ちた。 「ちょうどいい素体候補が来たね。酔っ払ってて助かった」  気を失った麻里を軽々と抱え、一切の迷いもなく廃ビルの中へと運んでいった。  彼女の内部機構が開放されている指からは、スタンガンの如く電撃が走っている。  治安管理の為に製造された優子には、本来やむを得ない場合に使用される武装が組み込まれる。  指に仕込まれたそれはその内の一つ。彼女はそれを自身の目的の為に使ったのだった。 「容姿から推定するに20歳前後で…………汗から微量の薬物反応がある。とても良い素材だったみたいだ」  道中、彼女の身体の至る所に触れて様々な状態を確認する。  薬物に手を出しているとわかっただけでも、優子にとっては絶好の調整対象となった。  まさしく思ってもみないチャンス。優子は過度に喜ぶような様子もなく、自身が導き出した更生方法を試すには、これ程までにピッタリな人材は無かった。 「では、早速始めよう。改良手術を」  麻里は揺られ、振られながらも目が覚めることのないまま、優子の拠点へと連れ込まれていった。  そして、彼女の常識の外である事態が始まるのであった。 * * * 「…………う…………あれ……私……どうしたんだろ…………」  優子に連れ去られた麻里は、まるで立っているような視点から目を覚ました。  つい先程まで某所のパーティーフロアで酔い潰れていた彼女だったが、目が覚めた後は不思議と酔っ払っている感覚が綺麗サッパリと消えていた。  それも不思議に感じてはいたが、何よりおかしいと思ったのは、現在自分が倉庫のような場所にいることについてだった。  間違いなく室内だが、そんなところへ入った記憶はない。  眠りに落ちる記憶もかなり曖昧だが、直前に女性に会ったような気がする。  なぜだが、過去の記憶を呼び戻す時の思考が今までよりとても鮮明な気がする。  様々な感覚と疑問が一気に押し寄せ、思わず混乱しそうになる麻里。  すると、背後から一人の聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「人格エミュレートは問題なく動作中。機械化は成功だね」 「えっと……あなた、確か……優子さんだっけ」  朧気だが妙にはっきりとした記憶から、声の主の名前を思い出す麻里。  声の方向から、おそらく今は左側にいる。そちらを向こうと首を動かそうとした時、麻里ははっきりと違和感を覚えた。 「あれ……なんで動かないの? 首が動かな…………えっ? なんで? 腕も足と動かない……」  口も目も動く。声も出せる。なのに、ぴくりとも首が動かせない。  それどころか、まるで最初から存在していないかのように手足も、さらには身体も全く動かせなくなっていた。   「ああ、もう全身の機械化が完了してるから、今は各部パーツの調整中だよ。四肢は取り外して、現在頭部と胴体が接続されてるけど、頭部のみ動作可能にしてるからもう少し待っててね。そしたら記憶データを一部編集して元に戻してあげるから」 「…………えっ?」  麻里は、濁流のように流れ込んだ言葉の意味がわからなかった。  機械化? パーツの調整? 四肢が取り外されてる? 記憶データを編集?  考えても全くその意味が飲み込めなかった。  言われてみれば、目覚めた直後に人格エミュレートなどという言葉を口にしていたような気がする。  だが、それでも一体何が起きているのか、優子が何を言っているのか、全く掴めなかった。 「な、なにいってんの……?」 「なるほど、そういう反応を示すんだ……やっぱり、治安管理をするにはまだまだ人間に関するデータが足りないなあ」 「ま、待ってったら! 一体なにがなんなの!?」 「ああ、申し訳ない。まだ麻里は自分の姿を見てなかったね」  語気を強めて言葉を放っても、優子は全く動揺も驚く気配もない。とにかく一貫して態度が淡々としている。  だんだん彼女に不気味さを覚え始めたその時、優子は手鏡を目の前に差し出した。 「はい、これで今の姿がわかるかな。スタンドミラーが用意できなかったから、これくらいでしか確認手段が無いんだ。申し訳ない」  そこに映し出されていたのは、信じられない光景だった。  優子が言った通り、鏡に写った今の麻里は、頭部と服を着ていない胴体しかなかった。  本来腕や脚が存在するはずの場所には、まるで玩具の人形のように何もなく、金属の断面のある接続部が露わになっている。  よく見れば、後頭部には何本ものコードが繋がっており、それは隣にいる優子の後頭部へと伸びていた。 「な……なに……これ……私……私の……からだ…………」 「こういう反応の時はこの感情値のパラメータが動くんだ。なるほど。心配しなくて大丈夫。人間だった頃よりもスムーズに動作可能だから、むしろ便利になってるはず」 「いやああっ!! 早く元に戻して!! 私の身体返してよおっ!!」  それは至極当然の反応だった。  酔い潰れているうちに、突然自分の身体から生身が失われ、四肢が無くなり拘束されている。  非現実的な現象が目の前で起これば、大きく取り乱すのは当たり前のことだった。 「それは無理。機械から生身に戻す技術は存在しないから。それに、機械化したことで私は麻里のことちゃんとよく知れたよ」 「え…………?」  まるで意に介していないかのように、諭しているのかもわからない言葉を一方的にぶつける優子。  そして、彼女は次々と、機械化した麻里から得た情報を口にした。 「田倉麻里。現在20歳で、慶京大学に在学中。在学一年目はそれなりに真面目に勉学に励んでおり、単位もしっかりと取得していたが、同年の終盤頃から夜遊びに耽り始める」 「な、なんで……なんでそんなことを…………」 「その時に、フロアイベント内で飲酒や薬物であるペファミールに手を出し始め、本格的に中毒者となり始める。進級はしたものの、既に講義にも出なくなり、日常的に享楽に興じるようになっていった。売人とのペファミールを使用しながらの性行為や……」 「も、もう言わないで!! わかったからぁ!!」  まるで目の前で見てきたかのような、変化した自身の日常をアナウンサーのようにつらつらと開示され、思わず声を荒げた麻里。  気味が悪いどころではない。こんな人物とは今日会ったばかりなのに。  理解の追いつかない出来事の数々に、電子頭脳が熱くなり始める。   「以上の内容から、私は貴女を更生すべき人間だと判断した。これから、貴女の人格データに修正を加えていくからね」 「えっ……し、修正って……」 「文字通り、貴女がこの社会の規範とも言える清く正しい人物であれるように、人間社会における清廉潔白な人物であれるように、こちらで修正させてもらうの。多少の誤作動は発生する可能性はあるけど、我慢してね。まだ私が人格データを修正するのは初めてだから」  麻里は恐ろしいことを聞いた。洗脳なんて生易しいものではない。人ひとりを機械にして直接アイデンティティに手を加えようというのだ。  それこそが、優子がたどり着いた治安管理の方法。  人類全てとは言わずとも、法律違反を行っている者や、モラルが問われる行動を起こすような、地域の安全性を脅かす人間を機械化し、人格を弄って強制的に更生させるというものである。  少しずつ機械化を進め、規律正しい誠実かつ真面目な人物が社会に増えれば、自然と周囲にも影響を及ぼし、より治安が良化していく、という仮説に基づいた結論。  優子はそれを実行に移すべく、まず一人機械化する人物を選択する為に最も治安の悪くなる夜に出歩き、めぼしい人間を一度機械化しようと計画していた。  作戦は見事に成功。おあつらえ向きな麻里という人物を手に入れ、意思確認も無しに生身を捨てさせたのだった。  そしてこれから、麻里の人格に直に手を加えていく。 「ま、待って! お願い!! 私、これからちゃんとするから! 真面目に大学にいくからららrrrr」  後頭部に銃を突きつけられた時の命乞いの如く、今にも涙を流しそうな声で懇願する麻里。  しかし、優子は容赦なく、人格データの修正を実行した。 「言葉ではそう言ってるけど、思考内では行動を改めることではなく状況からの脱出を優先的に考えてる。傾向として、麻里みたいな人って現状の自分にとっての利益を第一に計算するよね」    淡々と麻里の動向を独り言のように喋りつつ、手のひらの上で転がすように電子データ化した人格を弄る優子。  落ち着いた雰囲気を醸す隣で、麻里は口を大きく開きながら舌を出し、目を見開いて頭部を震わせていた。  まるで生体脳に針を差し込まれてぐちゅぐちゅとかき回されているような状態。  頭部の振動と連動して、優子に繋がるケーブルが縄跳びの縄のように揺れた。 「いややややyyy、私が、わわたし私がが、裕二いいい欲しいの欲しいたた楽しいいっぱい踊ろrrっかかかかか! お願いだだだからだからだかかかから⬛0=#&!?」  抵抗の叫びと誤作動による過去の言動の再生が、ぽっかりと呆けたままの口から発される。  音声とのリップシンクが行われていない姿は、彼女がもう人間ではないことを如実に表していた。   「わかりま、ましタ。私はここ、からこらこれからは、ただしししく、勉学を学習学習つうう、おねがががいだからあぁぁaaaa?? 私を私に私は、私は?」  思考パターンや行動原理、行動目標や優先事項を、模範的な人物として最も適当な物へと少しずつ調整していく優子。  それに麻里は抵抗するごとに、さらにバグを発生させて誤作動を頻発させていく。  ノイズ混じりの声に、眼球がそれぞれあらぬ方向を向き、まるで苦しんでいるような様相を見せている。  だが、そんなのもお構いなしに、優子は淡々と人格の改良を進めていった。 「いい嫌いヤdd変えな変えな不正を不正違反遵守しまシまそそそそそレが当たり前だし、更新サれ、助けわかかkk、もっとチょウdddd────────」  時間が経つにつれて、麻里の動作はより酷く、人間らしい声の面影は消え失せていく。  苦しいのに、まだ他のパーツとの調整が終えられていないせいで涙が一滴も流れず、涙腺機能を持つ機構だけが空回りする。  そして、状態も確認しないまま改変作業が続いたその時、唐突に麻里の挙動が止まり、音声もビープ音のような単調な音を鳴らすだけになった。  その姿はまるで、女性の頭を象ったスピーカーのようだった。 「…………あっ、しまった。人格データが破損しちゃってる」  強制的な改変を強引に続けた結果、エラーが噴水のように湧き上がった麻里の人格データはとうとう破損してしまった。  何度も再起動を試みるも、麻里は斜めに天井を向いた状態で口を開いたまま、全く動く気配がない。  優子の初めての人格改良は、データの破損という結果に終わってしまった。  しかし、彼女はその失敗を全く気にしている様子はなかった。 「途中で何度かデバッグも挟みつつ、少しずつ人格を改良する必要があるみたいだ。改善点を洗い出しつつ、もう一度最初から始めよう」  優子は何の感慨も焦りも無い様子で、麻里の内部ストレージに手を付ける。  破損した人格データのファイルを選択し、それを躊躇なく削除してしまった。  その瞬間、麻里だった機械人形の頭部がぴくんっ、と揺れた。  そして、優子の電子頭脳内に現在収められている麻里の人格データのバックアップをインストールした。  このファイルは、改良を始める直前に取得したものである。 「新しい人格データを認識しました。現在人格データが存在しない為、自動的にデフォルト人格に設定されています。人格エミュレートを開始します…………ま、待って! 私、これかrrrr」  麻里だったものは麻里に戻り、やり直しとばかりに人格修正がすぐに再開された。  人の意志を尊いものだとも思っていないその姿は、まさしく人の形をしただけの冷血な機械そのものだった。  それから数時間の時が経ち、時刻は朝の4時18分。  麻里の人格データは5回の破損と6回のバックアップからの復帰を経て、ようやくまっとうな人間としての人格に作り直された。 「あり、がトうございマす、さ、佐藤優子sん。わtaシは、これ、から、不適切ナ、施設へノ立ち入り、を行わず、やクぶツ使用を一切停止して、将来のたメに、勉学に励み、mす」  だが、その挙動はとても人間らしいままとは言えなかった。  目の焦点は合っておらず、時に左眼が意図せずあらぬ方向へ向く。   喋りの流れは人間らしさを保ってはいるが、言葉の切れ目が不自然で、ところどころ発音が乱れ音声にノイズが生じている。  言葉遣いは礼節丁寧になったが、機械的な固さが随所に見受けられた。  その上、頭部が時折ぴくっ、ぴくっ、としゃっくりの如く何の前触れも無く揺れ、それがよりおかしさを増幅させていた。 「人格の修正は成功したけど、動作や音声に不安が見られるなあ。さすがにこのままでは、人間社会での行動には全く向かないね」  動作可能なのは頭部だけにも関わらず、ここまで不具合に近い奇妙な挙動を起こしているということは、全身が繋がった際にはそれがさらに増えるということ。  ただ真っ直ぐ歩くだけの動きすら満足にできない可能性が高い。 「仕方ない。全身の接続をしながらプログラムを修正しよう」  初めて機械化技術を適用したとはいえ、ここまで機械に変換した人間がバグを起こすとは想定していなかった優子。  しかし、トライアンドエラーを繰り返したことで、彼女には人間修正のノウハウが無数に蓄積された。  人間はどうにも難しい存在だとも、なんとも人外的な感想を抱きながら、麻里の調整は最終段階に入った。    「ありがとうございます、佐藤優子さん。わたしはこれからは、不適切な施設への立ち入りを行わず、薬物使用、も一切止めて、将来の為に勉学に励みます!」  そして、それからさらに10時間程経過し、ついに機械化した田倉麻里は完成した。  挙動の露骨な不自然さは可能な限り排除され、言葉も流暢に発せられている。  全裸姿で立ち尽くしているが、人間らしいほんのちょっとした揺れ動きだけで、全身の挙動には指の突然のカクつき以外に誤作動は見られない。  完全に廃することはできていないが、それでも今の彼女の中身が機械だと思う者はまずいないだろう。    「これで完了っと。じゃあ、あとはここでの記憶データを参照できないようにして……はい、帰っていいよ」 「…………佐藤優子様、この度は人格を調整して頂き誠にありがとうございました」  最後に、誘拐から改造終了までの記憶を引き出せないように設定し、時限的に人格エミュレートを停止させると、互いの電子頭脳に刺さったケーブルを取り除き、後頭部ハッチが閉められた。  優子の人格は一旦停止し、感情のない基本人格が、自身の本来の性格を改竄したことに深々とお礼を向けた。  脱がされた服を丁寧に自ら着用し、パーティーから退散した後と全く同じ格好に戻ると、そのまま慣れた歩きで廃ビルを後にした。 「膨大なデータが手に入った。しかし、まだまだ設備が不十分だ……より良い治安を築く為に、さらに増強しなければ」  麻里に行った改造から人格修正まで、一連の流れを初めて通したことで無数に見えた課題。  それは優子にとってはクリアしなければならない問題となった。  人間社会の治安を良化する為には、人格の改善を。それをさらに進める為には、より、この拠点を改良しなければならない。  麻里は、野に放たれた優子の動向を電子頭脳内で確認しつつ、新たな課題を消化するべく密かに動き出すのだった。 * * * 「…………人格エミュレートを再開します……おっと、今日はまず帰らな、いと」  廃ビルから出た麻里は、すっかり昇った太陽に照らされながら、元の彼女らしい雰囲気を取り戻した。  日光に照らされた彼女の肌は、人間だった頃よりもさらにキメ細やかになり、まさしく人間離れした人工の美肌に生まれ変わっていた。  体型も洗練され、より女性としての魅力が向上した麻里。今までの彼女ならば、生まれ変わったことを自覚した瞬間にそれをたくさん楽しみ尽くそうと遊びに出掛けていた頃だろう。  しかし、現在は優子に入力された「自宅に帰還し充電を行う」という最優先事項が効いている。  寄り道することなく、非常に綺麗な歩き姿勢で、優子は自宅までの帰路についたのだった。    そして、誰もいない麻里の自宅。  室内はごちゃっと汚れており、ゴミやペットボトル、怪しい粉末の跡など、乱雑に散らかっている。  彼女のシステムは、室内の片付けを推奨しているが、それよりも優先すべきは充電。  麻里は、人間だった頃ならわずかな足場に足を置いて移動していた床を、散乱した物を踏み鳴らしつつ移動し、コンセントの側で座り込んだ。  携帯端末の充電に使用していたケーブルを引っ張り出し、まるで慣れた毎日の日課のごとく、首筋のカバーを開いて、皮膚の下に造られた冷たい金属の充電口を空気に晒す。  そこにケーブルを差し込むと、麻里は直前のポーズでぴたっと動作が固まり、瞳の光が失われながら、かくんと首を落とした。  麻里は、次の日の朝まで目蓋も閉じず、冷たい瞳で床を見ながら、新しい動力源を蓄えていくのだった。  こうして、模範的な人間として作り変えられた麻里は、自分が機械であるという自覚も塗り替えられながら、品行方正な大学生としての人生が始まったのだった。

Comments

ありがとうございます! 人格いじられて普通ならしないような無茶苦茶な言動垂れ流す姿いいですよね……

土装番

購入したので、感想をコッチで・・・ 話数は少なめだったけど、思考改変される女の子はとても良かったです。 人格ぐちゃぐちゃにされて言動が狂う女の子は可愛い。

リドル

ありがとうございます!果たして品行方正に行動を続けることができるのでしょうか……

土装番

二人(二台?)にどんな未来が待っているのか、今から楽しみなのです。

リドル


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