首だけ機女の寄り添いデイズ
Added 2022-03-12 06:50:10 +0000 UTC機械工学の最先端を行く巨大都市、サンズシティ。 人類史の三歩先を行くと評されるこの場所では、幾多の天才と大企業の神の手によって都市全体が人間と機械が常に共にあれるように整備され、まさに新世代の楽園のような場所が形成されていた。 そんなサンズシティでは、全世界に先駆けて製造された、まるで人間のように動き、人間以上の働きをする機械人形、アンドロイドが配給、販売されるようになっている。 他国の首都ですら販売どころか開発にすらまともにたどり着けていない中で、サンズシティでは既に都市中に人間そっくりな機械人形が溢れる程に普及するようになっていた。 だが、それ故にアンドロイドは飽和状態にあり、所有者によっては簡単に使い捨てられるようにまでなっていた。ある廃棄場まで行けば、まるで死体処理場とすら思えてしまう程に。 これは、サンズシティに暮らす一人の少女と、その娘が偶然にも拾った首だけの女性型アンドロイドとのある日々の記録である。 * * * 「お疲れさまでしたー! さーて、帰ろ帰ろ」 サンズシティ中心部からやや離れた、ややごちゃごちゃとした景色と雰囲気が充満する地区、バスティ。 そこで暮らし働く一人の少女がいた。 彼女の名前はオーブリー。日夜働きながら、サンズシティで女優になることを夢見る者である。 太陽が授けたような煌めく金色の長髪に、透き通った蒼色の瞳。 二十歳前後の可愛らしさと美しさを兼ね備えた美貌は、そこに立つだけで芸術と成立するよう。 発育の良い身体付きに日々自主的に鍛え上げた芸術的なボディラインが、高身長と相まって彼女だけの魅力を作り上げていた。 そんな彼女は、この日もいつもの日銭を稼ぐ為の仕事を終えると、足早に自宅を目指して歩いていた。 「いらっしゃいませ! こちらでよろしいですか?」 「ええ、お願い」 帰り道に、彼女の好きなもつ煮込みサンドであるランプレドットパニーノを屋台で購入していく。 店員の女性型アンドロイドの屈託のない笑顔と、喋り続けていても一切の手ブレもミスも無い完璧な手作業が、パニーノの購入をより楽しくしていた。 「ありがとうございましたー! またお待ちしています!」 店員のプログラムされた常に同じ角度と声色の礼を背に、オーブリーは改めて自宅への道を歩み始めた。 「ソースはまだ家にあったよね。あーお腹すいた……早く帰ろ」 ちょっとだけつまみ食いも考えたが、スープと肉汁滴るこのサンドは、途中で食べると大惨事になる。 ここは体型の為にも別の買い食いも我慢し、真っ直ぐ帰ることにした。 しかし、その道中にて、オーブリーは遭遇したくない光景を目の当たりにした。 「うわ……なんであいつらいるの……」 彼女の視界に写ったのは、所謂犯罪通りとよばれるエリアを根城にするならず者達だった。 バスティには普段、夜が更けた頃にしか現れない輩が、なぜだか日が昇っているうちにたむろしている。 関われば確実に面倒な被害を被ってしまうだろうと、オーブリーは彼らの視界に移らないように道を大きく変えて、そそくさとその場から去っていった。 「あっぶなかった……あいつらに目つけられたら何されるかわかったもんじゃないし」 しばらく歩き続け、普段は通らない無数の不法投棄品が転がる道まで距離を取ったオーブリー。 せっかく好物を買った気分を台無しにされたと、一人不満をこぼしつつ呼吸を整える。 「とっとと帰ろっと。またあいつらがいたらたまったもんじゃないし」 警戒すべき存在がいると、それに対してどうしても意識を向けざるを得なくなる。それが普通の人々にとっては歯がゆいものである。 胸中にもやもやを抱えつつも、一旦危険を脱したことにちょっとだけ安心しながら、オーブリーは改めて自宅への道を歩もうとした。 その時、彼女の目の前にあるモノが入り込んだ。 「うわっ! これって……アンドロイドの頭?」 一度は驚愕するも、オーブリーの心はすぐに惚れたような気持ちに染まった。 道端にゴミのように転がっていたその女性型頭部は、まるで彼女の理想を体現したかのように美しかったからだ。 「なにこれ……すっごく美人……これを捨てる人がいるって信じられないんだけど……」 煌めく月の光が似合うような、羽衣の如き銀色のロングヘアーに、光を失ってもなおルビーのような美しさを備えた瞳。 顔立ちは二十代後半の大人の女性という造形だが、付着した薄汚れすらも演出の一つとして成立する程の、絶世の美女と言うべきデザイン。 眼は開いたまま、口はやや開いたまま無気力に機能を停止している。 そんな捨てられた頭部に、オーブリーは一目惚れしてしまった。 「…………ゴミなら、私が拾ってもいいよね」 周囲をチラチラと警戒しつつ、そそくさと美しい女性型の頭部を拾い、バッグの中へと押し込んだ。 持ち上げた瞬間の髪の感触、鼻や唇などの人工皮膚の感触が、ざわざわとオーブリーの心を蕩けるようにくすぐった。 「や、柔らかい……! さ、さっと帰ろう……」 思わぬところで荷物が増えたが、そんなことがどうでもよくなるくらいに、彼女の心は高揚していた。 自宅にアンドロイド用の機材は残っていただろうか、何か使えるものはあるだろうかと思考を巡らせながら、オーブリーは足早に、ようやく帰宅したのだった。 * * * 「えーっと、確かアレあったよね……どこに入れたっけなあ……」 自宅へと戻ってきたオーブリー。ややごちゃごちゃした家内から、何か女性型に使えそうな道具は無いかと、記憶を頼りにそこら中を漁っていく。 彼女の家には、配給されたアンドロイドも存在しない。かつて金銭の為に、早いうちに売っぱらってしまったからである。 その為、家には常に一人で、誰かと一緒になることもない。今ではそれが当たり前となっていた。 そこに、非常に好みな女性型の頭部を拾ったことで、新たな生活が始まるかもしれないと、胸をうきうきとさせていた。 現在女性型の頭部は、首筋の充電端子からケーブルを接続され、ベッドの上で転がりながら充電している最中。 既に女性型の顔は丁寧に汚れを拭き取られており、元来の美しさを取り戻している。 それまで暗かった紅の瞳が点滅し、いかにも機械らしい挙動を見せていた。 「あったあった! これだ! これならなんとか動かせる!」 オーブリーが探しだしたそれは、緊急用としてアンドロイドの首と接続できる、虫のような四足歩行ユニットだった。 作りは非常に簡素で、接続すればすぐに自律稼働が可能となるが、あくまで最低限の動作を保証する為のアイテムでしかない。 しかし、今はこれがとても良い。身体を新しく買うような余裕もない彼女には、これが一番求めていたものだった。 早速、オーブリーは女性型の首にユニットを接続する。 さらさらな銀髪の頭頂部を支えにして、かちっ、と音がなるまでそれを繋げた。 「もうそろそろ充電大丈夫だよね。起動起動っと」 まだ満タンにはなっていないだろうが、問題は無いだろうと、オーブリーは充電端子の横に備わった電源ボタンをとりあえず長押しした。 すると、女性型の頭部から、内部機構の動作する音が静かに鳴った。 そして、彼女の瞳が無機質な輝きを取り戻す。 「…………電源の入力を確認しました。起動します…………現在、当機体の名称は設定されていません。スムーズな使用を行う為に、名称の設定を推奨します。システムチェック中。前回、正常に終了されませんでした。破損したファイルを確認しています」 一見すれば機械人形には見えないくらいに自然な頭部の精巧さから発せられた、とても機械的で抑揚のハッキリとした、アナウンス的な喋り。 視線もオーブリーの方を向いてはおらず、起動時の方向のまま固定されている。 しかし、彼女の電子音声は非常に綺麗で、容姿にとても似合っている大人びていて落ち着いた声質。 無機質な中に、どこか自然と色気を感じてしまうような心地よさがそこにはあった。 「…………終了しました。これより通常稼働を開始します。初めまして。よろしければ、貴女の名前をお聞かせください」 起動後処理が終了し、ついに未知なる機械美女との対面が始まった。 アンドロイドは挙動や見た目こそ人であっても、その感情まで再現されるまでには至っていない。 一見振る舞いや声色が、人間のそれとそっくりどころか生身の人間にしか見えない機体であっても、それらは精巧にプログラムされた反応を忠実に表出させているに過ぎない。 オーブリーが気に入ってるパニーノの店で稼働する、笑顔のかわいい元気な女性型アンドロイドも、本質的には今、目の前にいる彼女と変わらないのである。 オーブリー自身もそれをよく理解している。だが、その冷淡な声色とはっきりとした音声の調子が、よりクールビューティーさを引き出し、さらに魅力的に見えた。 「初めまして! 私はオーブリーって言うの」 「オーブリー……かしこまりました。登録致します」 「ねえ、名前が無いって言ってたけど、捨てられたんじゃないの?」 「私は捨てられたのですか? 現在私のストレージ内には記憶データが存在していません。初回起動の記録が本日の日時ではないところから、全データが削除されていると推測します」 「……うん、やっぱり捨てられてるねそれ」 自分事ながら、まるで他人事のように分析して結論を導き出す女性型。 そんな姿が、より機械的で冷静だと感じる。 「ねえ、それじゃあクローディアっていうのはどう? 貴女の名前。とっても似合うと思うんだけど」 「クローディア、ですか。かしこまりました。では、私の名前をクローディアとして登録致します」 迷うような素振りも、思考の合間も一切なく、水が染み込むように即座に受け入れた女性型。 頭部の駆動音を少しだけ強くし、眼球の光を数度点滅させると、再びオーブリーの顔を見つめた。 「名称が登録されました。現時点を以て、私の名前はクローディアとなります。よろしくお願い致します、オーブリーさん」 礼をしているのか、四本脚でバランスを取りつつ、きぃ……という音と一緒に首を傾けたクローディア。 見る人が見ればホラーなのかもしれないが、オーブリーにとっては、その姿が愛おしくて堪らなかった。 彼女の為に色々としてあげたい。こんな美人と一緒に暮らせるなんて幸せが溢れてたまらない。 「こちらこそよろしくね、クローディア……というか、そっちもいちいちさん付けしなくてもいいよ。一緒に暮らすのによそよそしいじゃん」 「かしこまりました、オーブリー」 言葉の一つ一つ、頭部だけながらも顔の動き一つ一つが美しく、綺麗で、可愛らしくて胸が締め付けられる。 オーブリーは、今にも叫んでしまいそうな気持ちを必死に抑え込んでいた。 その日の夜、オーブリーはベッドの上で、クローディアと真正面に、間近に向き合うようにして横になっていた。 美の女神のような顔が、文明的な瞳の輝きと共に目の前にある。 ずっと見ていたくなるくらいの顔があるだけで、眠れなくなりそうなくらいに心臓が高鳴る。 「眠れないのですか、オーブリー」 「ううん、まだクローディアの顔見ていたいなあって」 「夜ふかしは人体には毒です。早めの睡眠を推奨します」 「もうわかってるよクローディアったら……じゃあ」 ちょっとだけ不満げな顔を見せた後、クローディアの顔を抱き寄せる。 そして、人のそれよりも柔らかく心地よく、ちょっとだけ冷たい唇にキスをし、笑顔をこぼした。 「ふふ、柔らかい……じゃあ、おやすみクローディア。これからよろしくね」 「はい、よろしくお願い致します、オーブリー」 こうして、一人と一体の少し不思議な生活が始まったのだった。 * * * 「ただいまクローディア!」 「おかえりなさいませ、オーブリー」 「見て見て! これ、私がずっと行きたかった舞台のオーディション! 今までお金足りなくて行けなかったけど、今度こそ行けそうなの!」 「よかったですね、オーブリー。オーブリーがオーディションに合格出来るように、私は自宅から応援しています」 「ありがとうクローディア! 大好きー!」 「私も大好きです、オーブリー」 それから二週間程経過し、一人と一体の暮らしはすっかりと馴染んでいた。 夢見る少女と頭部だけの美女という異様な組み合わせは、どこか不思議な魅力を醸し出す。 愛情の尽きることがないオーブリーと、彼女の意思に従順かつ機械的にしっかりと受け答えるクローディア。 まるで百合色の日々とも言うべき幸せな日常が繰り広げられていた。 「そうだ! それとね……クローディアの身体がずっとそれじゃアレだよね、と思ってさ……これ持ってきたの! たぶん繋げられると思うんだけど……」 と、オーブリーはカバンからあるモノを取り出した。 それは、やや薄汚れて人工皮膚もところどころ破れている、女性タイプのアンドロイドの右腕だった。 「これはどうされたのですか?」 「ずっと四脚だけじゃ動きにくいと思ってね、廃棄場でちょっと良さ気なのを探してたの。本当は身体があればよかったんだけどね……」 せっかくの美貌を持っているのなら、やはり身体が無いと勿体なさすぎる。 それになにより、このままでは元々人型だったという利点が失われたまま。 そこで、オーブリーは帰宅時に、大量のアンドロイドのパーツが捨てられている廃棄場へ向かい、これが良いと思ったパーツを拾って持ち帰ったのだった。 「お心遣い、感謝致します、オーブリー。それでは、早速接続してください」 人間と同じような感情があったら、ここで声色が変わったり笑顔をみせていたのだろうかと思いながら、オーブリーは手に持った右腕をクローディアの側に置き、ケーブルを使って接続した。 「新しいデバイスを確認しました。右腕ユニットとして直接接続します…………推奨されないパーツですが、動作可能です」 クローディア側からのチェックが終了すると、ゴミだった女性型の腕は、わきわきと手を開いては閉じを繰り返し、見事に動作を再開した。 断面部や破れた皮膚下から機械が剥き出しになっている為、露骨な機械音がなっているが、そこがむしろ愛らしい。 「ありがとうございます、オーブリー。これで私は、より貴女の役に立てます」 「ここにいるだけでとっても役に立ってるのに、もっと役に立てちゃうんだ……もう大好きクローディア!」 もう何度やったかもわからないクローディアへの抱きしめ。 腕がついたことで、クローディア側もオーブリーからの愛情行為をちょっとだけ返せるようになった。 「オーブリー! 今度は左腕見つけたよ! これで腕が揃ったね!」 それからというもの、オーブリーは帰宅時に定期的に廃棄場へと足を運ぶようになり、その度にクローディアに似合いそうな女性型のパーツを探しにいった。 「両腕が使用可能になった事で、調理機能が問題なく使用可能となりました。本日は何が食べたいですか、オーブリー」 「えっ、そんな機能あるの!?」 「はい。現在はボディが失われている為、レシピは限られますが、ネットワークを通じてあらゆる料理が調理可能です」 未だ異形ではあっても、少しずつ人間の部品を取り戻していくクローディア。 彼女の隠された能力が次々と呼び覚まされていく様は、どこか育てているようにも感じられて母性をちょっとだけ覚えた。 そして、クローディアは身体が付与されていく度、さらにオーブリーの役に立っていった。 「オーブリー、現在6:28です。起きてください」 「んんん……クローディア……ごめん……もう5分だけ寝かせて……」 「…………失礼します、オーブリー」 クローディアはいつも、彼女の目覚ましとしても稼働している。 いつもは声をかけつつ、ツンツンと四足で頬を突いたり、右手の指で突くくらいだったが、両腕を得たことでその行動は一気にエスカレートする。 クローディアは両手で頬を掴み、無表情のまま迷わずキスをした。 「!!!???」 オーブリーは思わず一気に顔が赤くなり、2割の驚愕と8割の嬉しさで跳ね上がった。 「おはようございます、オーブリー」 「な、な、な、な、ちょっと!!??」 「目覚めのキスをした方が、確実に起床すると演算結果に出ましたので」 あくまで機械的に、無感情に、アナウンス的に喋るクローディア。 その無機質な魔性さは、とても嬉しいと同時に何が起こるかわからない不透明さも秘めていた。 そんな日々が続くうちに、クローディアは次々と身体を取り戻していく。 「右脚があったよ! やっぱりクローディアには細くてしなやかな脚が絶対似合うって!」 「左脚あったけど……ちょっとだけ高さが合わないか……でもまあいいか! 両方ともすっごく綺麗な形してるし!」 「やっぱり胴体や下半身って見つかんないよね……だいたいその辺りってどこに行ってもすっごい見つけにくいし」 オーブリーの愛情と頑張りが日々積み上がり、少しずつ、少しずつ女性らしい形を取り戻していくクローディア。 そしてある日、オーブリーは予想外のアイテムを手にした。 「これはどうしたのですか、オーブリー」 「えへへ、中古ショップで買っちゃった。女性型の胴体と下半身!!」 あまりにも捨てられたパーツが見つからなかった結果、オーブリーはついに、最も似合うと思った中古ボディを購入した。 ロケットのような、しっかりと張りのある豊満な乳房に、くっきりとした無駄肉の付属されていない完璧なボディラインに、一応の女性器が備えられている下半身。 それは、オーブリーがずっと待ち侘びていた、理想の女性を形作る最後のピースだった。 「実はね、いつもより仕事頑張るようにしてたんだ。お金稼いで、中古だけどクローディアの身体買えるようにって。だから、ちゃんと明日のオーディションに行く分は残ってるよ! ギリギリだけど」 「…………ありがとうございます、オーブリー」 クローディアに人間と同じような感情があったら、笑顔を見せてくれるのだろうか。それとも優しい微笑みと柔らかな声色を出してくれたのだろうか。 そんなことも思ったりしたが、クローディアは今のままでもとても魅力的。考えるだけ野暮だと考えた。 プログラムされたものだとしても、クローディアからのお礼がとても嬉しい。 ようやく同じような身体で一緒に過ごせるんだと、オーブリーは思わず抑えきれない笑みをこぼした。 クローディアは、今までと変わらず無表情のまま、視線も変えずにお礼を口にする。 お礼を言う前に少しだけ生じた電子頭脳への負荷。それが、感情が存在しないからこその機械なりの好感なのかもしれない。 オーブリーは早速、この女神のような美女の完全な姿を拝みたいと、早速クローディアのボディ接続に協力した。 これまで無理やり増設したようだった手足を、中古ボディにつけ直し、最後に頭部と身体を接続する。 そして、ついに捨てられた機械人形の新しい身体が完全体となった。 「すごい……アンバランスだけど、それでもやっぱりとっても美人だよクローディア!」 「ありがとうございます、オーブリー。不安定な箇所はありますが、稼働に問題はありません」 両脚と両腕、それぞれのサイズがあっておらず、関節部も完全に密着はせず剥き出しになってしまっている。 しかし、一つ一つの造形が非常に良いのも相まって、そのアンバランスさがむしろ不思議な女体的魅力を醸し出していた。 「ふふ、いいもの見られたなあ……今日のオーディション、頑張れると思う!」 「それなら幸いです。応援していますよ」 明日は待ちに待ったオーディション。しかもその前日に身体がついたクローディアをお目にかかれるとは、なんで幸せな日なんだろう。 緊張で心をざわつかせながらも、今の彼女の気持ちは、これまでの中でも最高潮に達していた。 そしてこの日、オーブリーはずっとこうできたらいいなと思いを馳せ続けていた、本当の意味でのベッドで横になっての対面を果たした。 シーツの上で人間みたいに横たわったクローディアの姿は、まるで映画の中の大女優。 身体がついたからか、無表情なのにどこか幻惑的な雰囲気が生まれている。 隙間から射す月光が人工皮膚に当たり、まるで現実感すら吹き飛ばすような一つの極上の絵画が生まれていた。 「……やっぱりすごく美人…………ねえ、身体の調子はいい?」 「はい、現在良好です」 「よかった……ふふ、明日起きたらまたこのクローディアの姿が見られると思ったらたまんないなあ……じゃあ、お休み」 「お休みなさいませ、オーブリー」 幸せな気分をそのままに、オーブリーはそっと目を閉じて眠りについた。 クローディアは、組み込まれているプログラムに従って、優しく身体を抱き寄せつつ、頭を撫でて包み込むようにして眠りを促した。 しかしこの時、オーブリーの身に予期せぬ事態が発生するなど、誰も知る由もなかった。 * * * 次の日の朝。 必要な荷物と十二分な気合いを手に、オーブリーは外出しようとしていた。 「頑張ってください、オーブリー。オーディションの合格、自宅から祈っています」 「うん、いい報せ待っててね! じゃ、行ってくる!」 「いってらっしゃいませ、オーブリー」 ようやく正しく手を振り、お見送りが出来るようになったクローディア。 完全な身体を得たことで、どんな家事もきちんとこなせるようになる。作業効率も飛躍的に上昇し、より彼女の為に稼働可能となる。 玄関のドアが閉じると、クローディアは早速室内を隅々まで視認し直し、実行すべき作業を演算した。 「…………これよりタスクを実行します」 一方、今までの中で一番軽い足取りで駅へと向かうオーブリーは、ずっと憧れていた場所までの道を一歩一歩踏みしめていた。 「よーし、絶対に、絶対に合格するぞ……!」 今からでも全身に襲いかかってくる緊張。その場所に近づくだけでも鼓動が二重の意味で高鳴って仕方がない。 手汗もだんだんかいてきた。誤魔化すように拭いてもすぐにまた出てくる。 自分は今、憧れの大きな一歩へと進む場所へ向かっているだと、より自覚がもたらされる。 あと数分で駅まで到着する。そしたらそろそろ覚悟を決めないと。 そんなことを思い続けていたその時、突如、四人程の男達が突然、道の脇から湧きだすようにオーブリーに近づいてきた。 「えっ? ちょっ、何す……んんんーー!!」 慣れた手付きで四肢を拘束し、首を掴んで口を塞ぐ。 そして、抵抗を押さえつけつつも瞬く間に、オーブリーは暗がりの方へと連れ出されていった。 「…………ん? 今のは……」 その様子を、ほんの一瞬だけ、通りがかりの車の後部座席に座る男が見ていた。 「へへ、ようやく上玉を捕まえたぜ。やっぱ生身の女は外に需要あるからな」 「贅沢言いやがって、こんな可愛くてエロい奴でもねえと満足しやがらねえんだから。オイ! 早いとこ縛り上げろ!」 四人の男達は、犯罪街を根城にする集団であり、女性を専門にサンズシティの外へと人身売買を行っている。 美女や美少女に目をつけ、迅速かつ手慣れた動きで拘束し、とっとと金持ちや奴隷商人に売ってしまう。 まさしく外道とも言うべき犯罪集団だった。 「んん!! こっ……の……離し……んぐっ!!」 「痛ってえ! 何しやがんだこのアマ!」 「きゃあっ!! あっ……」 もう少しで念願の場所に行けたのに、こんなところで躓いてなんていられない。 オーブリーはなんとか手を振り解きつつ、思いっきり一人の腕に噛み付いた。 逆上した男は、衝動的に彼女を殴りつけ、痣を作ってしまった。 「バカ野郎!! 商品に傷つけてどうすんだ!!」 「す、すんません……ついムカついて……」 「……いや待てよ。いっそのこと痛めつけちまうってのはどうだ? ほら、痛ぶられた生意気な女が好きな商人や金持ちもいたろ。あいつらに売るんだよ」 「おっ、いいねえ。こんな美人がボロボロになってる姿とかあんま出回らねえからな」 「よーし決まりだ! さっき噛みつきやがったお返し、10倍にしてやるからな」 可能な限り傷をつけない方針から、痛めつけて黙らせてから売るという方針に転換した男達。 先程まで希望に満ちたオーブリーの心は、今は恐怖に染まりきってしまっていた。 「いや…………いやぁ…………」 先程の無理やりな拘束と殴られた痛みで、思うように身体が動かない。 足も竦み、鈍痛がさらに足を引っ張る。 これから起こることなんて想像もしたくない。やっと手にしたチャンスだったのに。 オーブリーの瞳に、苦悶の涙が浮かんだ。 「誰か……助けて……っ…………」 絞り出すような声も虚しく、男の一人が大きく拳を振り上げた。 もう何も見たくない。もう、諦めるしかない。せめて、歯を食いしばって少しでも痛くないように……。 視界が闇に落ち、顔を下に落とす。 次の瞬間、彼女の耳に入ってきたのは、男の悲鳴だった。 「ぐああっっ!!」 「な、なんだ!! なんだこいつ!?」 「…………えっ……?」 何が起こったんだろう。オーブリーはゆっくりと目を開いた。 彼女の目に飛び込んできたのは、自分の部屋着を身に着けた、たなびく美しい銀髪の姿だった。 「オーブリーへの加害行為を確認しました。戦闘プログラム起動。直ちに目標を排除します」 その感情のない声は、オーブリーのズタズタにされかけた心に驚きと一緒に聖水をもたらした。 そこにいたのは、留守番をしていたはずのクローディアだったのだから。 「クローディア……なんで……?」 「私はオーブリーが所持する携帯端末を自動的に追跡していました。途中、目的地へのルートから大きく反れた瞬間を確認しました。オーブリーにそこへ長時間向かう理由は存在しません。その為、何からの加害行為を受けた可能性が高いと判断しました」 事細かに、丁寧に理由を全て述べたクローディア。 こんなところでもとても機械らしい。でもそんなところが大好き。 機械なりの無機質な思いやりが、彼女の窮地を救ったのだ。 「セクサロイドはそこをどきやがれええ!!」 突然の乱入に、一時は怖気づいた男達。 しかし、そのガタガタな身体と放心しそうなくらいの美貌を見て、一緒に売っぱらってしまおうと欲を出した。 一撃で倒された男の次に、二人目が鉄パイプを持って殴りかかってくる。 クローディアはそれを左腕で受け止めた。その瞬間、関節部が大きく軋み、手のひらが歪んだ。 「えっ」 「無力化します」 「ごほっ……」 容赦の無い腹部へのボディブローを叩き込み、二人目も簡単にダウンした。 一発をぶつけた瞬間、右手首と指が歪み、人工皮膚にありえない皺が生まれる。 「オラああああ!!!」 「この場でスクラップにしてやらあああ!!」 そして、バットを持った三人目と四人目が同時に襲いかかってきた。 クローディアは二発同時に殴りかかったバットを、それぞれ片手ずつで受け止める。 しかし、元々ジャンクだった腕は耐えきれなくなり、関節部と共に破砕し潰れてしまった。 「両腕部の破損を確認」 「クローディア!!」 痛がる素振りも見せず、ちょっとだけのけぞる程度で無表情を保ち続けるクローディア。 腕が壊れたことなど気にもとめず、残った左足で三人目の足元を軽く払い、思いっきり腹部を踏みつけた。 「がはあっ!!」 アンドロイドのパワーを直接くらって ただでいられるはずもない。 三人目も一撃で片付けられてしまった。 しかし、もう受け止める腕はない。足の動作はそこから戻す余裕もない。 三人目が倒れている隙に、四人目が大きく振り被る。 人間の全力の一撃は、胴体へと思いっきり首元へ喰らわせられた。 「ボディとの接続が切断されました」 「ハハハ!! どうだ! 人間様に楯突いた罰ォ゛ッ!?」 首元が酷く歪み、部品を散らしながらゴミのように地面に転がるクローディアの頭部。 抵抗し邪魔をしたアンドロイドを戦闘不能にし、高揚感に染まっていた四人目。 しかしその時、背後からオーブリーが、壊れた腕の二の腕部分で思いっきり殴りつけ、周辺にこれまた部品と破れた人工皮膚を散らした。 油断していた四人目は、情けない断末魔を叫びそのまま気絶。 オーブリーに襲いかかってきた犯罪者達を、見事に退治しきったのだった。 「クローディア! クローディア!!」 オーブリーは、助けてくれたクローディアの側まですぐに駆け寄った。 彼女を拾った時と同じ、首だけの状態に逆戻り。 オーブリーは、大切なクローディアの頭部を持ち上げ、抱きしめた。 「申し訳ありません、オーブリー。せっかく集めてくれた身体が、破損してしまいました」 「うう……いいよ……いいって…………クローディアが無事でよかった……本当に…………」 「それは私の言葉です。オーブリーは怪我をしてしまっていますが、誘拐という最悪の事態が避けられてよかったです」 銀髪を濡らす程に涙を流すオーブリーに、淡々と無感情に安堵の言葉を流すクローディア。 表層としては対象的だが、互いが互いを強く思いやり、そして底から無事を喜んでいた。 「ところで、オーディションの時間は大丈夫なのですか、オーブリー」 「あっ…………」 急な暴力に襲われ失念してしまっていたが、元々オーブリーはオーディションに向かうはずだった。 慌てて時間を確認すると、既に電車出発の時間は大幅に過ぎてしまっていた。 余裕を持ってその後の時間も確保はしていたが、それすらも過ぎてしまっている。 さらに、彼女の顔には男達につけられたばかりの打撲痕がある。こんな状態で果たしてそもそも合格なんてできるのだろうか。 やりきれない感情が、今にも爆発しそうなくらいに胸を覆い尽くした。 「…………もう、無理かな……間に合わないよ」 「オーブリー」 「ううん、大丈夫。次が……次があるからさ……次がきっと……」 悔しさを無理やり押し込めて、歯を食いしばって言い聞かせるようにクローディアに大丈夫と言い続ける。 それでも我慢できず、今にも声を上げて泣き出しそうになったその時、彼女達の元に一人の男が現れた。 「大丈夫かそこの君。いや……オーブリーさんだよね」 「は、はい……えっ、どうして私の名前を……」 オーブリーは声のする方へ首を上げるが、視界が滲んでうまく顔が見えない。 男はそのまま、話を続ける。 「災難だったね。警察には私が通報しておいたから心配しなくていい。それに、なぜ名前を知っているかだったね。君も履歴書を送ってくれただろう? 私が主催するオーディションに」 「えっ……」 オーブリーは涙を拭い、視界を晴らしてまじまじとその顔をはっきりと見た。 声に意識がようやく向けられるようになると、そういえばこの声も聞き覚えがある。 いや、聞き覚えがあるどころではない。顔だって、何度も見たことがあった。 「あ、貴方は……!」 * * * その日の夜。非常に慌ただしい一日を過ごしたオーブリーとクローディアは、いつものようにベッドの上で、お互いの顔を見ながら横になっていた。 クローディアの身体は破損し、現在は一番最初の身体である四足歩行のボディへと戻っている。 「後日オーディションを受けられる事になって良かったですね、オーブリー」 「運が良かったよほんと……まさか、あのサミュエルさんが見てたなんて。しかもあんなに優しくて……感謝してもしきれないなあ」 オーブリーの元へ駆けつけた男性、そして車内から彼女の襲われる直前の姿を目撃した人物。それはオーディション会場に向かっている途中だった、舞台の主演にして主催者のサミュエルという俳優だった。 彼は女性が今にも襲われそうだという光景を放っておけないと、車を停めるように行ってから駆けつけた。 既に履歴書に目を通していた彼は、誰が来るのかもよくわかっている。オーブリーもその一人。 しかし、襲われたばかりの気が気じゃない精神状態の上に、怪我したままでオーディションに来ることなどまず出来ない。 そこで、彼は特別に、後日別の時間に一人だけでの再オーディションを開こうと言ってくれたのだ。 『事情を話せばきっとわかってくれるさ。私と共に歩むスタッフだからね。ちゃんと話はつけておくから、連絡先を改めて教えてほしい』 『あ、ありがとうございます……!』 まさかの大俳優との連絡先交換も出来、まさしく怪我の功名と言える事態。 それらのフォローもあって、オーブリーはようやく安堵できたのだった。 「オーブリー、改めてオーディション、頑張ってください。私は自宅から応援しています」 「まだ日にちも決まってないよ……」 危険を通り過ぎたからか、クローディアとの会話がより楽しく、嬉しく、尊く感じる。 完成したばかりの身体がまた失われたのは残念だが、いつものように月明かりに照らされる彼女が、なんだかいつもよりさらに美しく感じる。 無表情、無感情なのは変わらないし、そこに新しく感情が芽生えるなどという都合のいいことも起きていない。 しかし、彼女の人工の美貌は、それらを超えて何もかも肯定的に捉えられそうなくらいに、月に住まう姫君かと思ってしまうくらいに輝いていた。 「……クローディアを拾ってから、なんだか良いこといっぱい起きてる気がするなあ。もしかして、幸運の女神だったりしない?」 「私はアンドロイドです。幸運の女神と呼ぶには不適切な対象だと思われます。並びに、オーブリーの幸運と私との間に相関関係は考えられません」 「もう、そういうこと言う……まあ、クローディアがそう言ってても、私にとっては幸運の女神で、美の女神であることには変わりないかな」 「…………わかりました、オーブリー」 「ふふ、これからもよろしくね、クローディア」 「こちらこそ、よろしくお願い致します、オーブリー」 夢見る少女と首だけの機械美女の奇妙な繋がり。 そこには、彼女達にしかわからない運命が紡がれている。 オーブリーはそっと、クローディアの頭部を抱きしめ、人工皮膚の柔らかさを改めて感じながら、長い一日を終えた。 「お休みなさいませ、オーブリー。これからも良い一日を」
Comments
エロである場合は最終的にどのような結末にもなったりするのと、それぞれの話の流れを詰めたりしていくと自然とそうなっちゃうのでハッピー系にならなかったりの場合があったりしますね……
土装番
2022-03-13 22:28:33 +0000 UTC土装番樣がハッピーエンドマンだったとは、これは本当にブラックコメディーですね(?)
Y.Ginko
2022-03-12 20:55:36 +0000 UTCありがとうございます。 ハッピーエンドマンなので、やっぱりこういうエンドの方に行っていきますね……
土装番
2022-03-12 08:17:17 +0000 UTC普通にハッピーエンドな話も良い物なのです。 (何かあるかと身構えてたら何もなかった)
リドル
2022-03-12 07:17:32 +0000 UTC