松島由貴子の並行破損録 1話先行公開版
Added 2022-06-24 11:20:34 +0000 UTC人体の機械化。それは人類が描く未来の夢の一つ。 身体の一部を機械に置き換えるという段階までは、誰もが思い描き、可能性まで考えられる範囲。だが、脳まで含めた全て機械に置き換える全身機械化までは、未知の可能性や不安に満ちている。 しかしその未来は、いずれやってくる。 機械化さえすれば、己の人格や記憶、設定までも外部端末に保存し、コピーまでも行えるようになるだろう。 ならば、元人間が様々な条件下に晒された時、どのような反応をするのか。どのような挙動を見せるのか。どのように壊れていくのか。 それらの無数の可能性を探る実験は、今後、一般の人々が安全に機械化する為に必要なものである。 だが、そんな実験を自ら志願して受けたいと思う者はまずいない。 そこで、ある人物が選ばれることとなるのであった。 これは、そのある「一人」から造られたコピー達、そしてオリジナルを使用した数々の実験の記録である。 * * * ある夏の日。一人の女性が逮捕された。 女性の名前は松島由貴子。その当時の年齢は22歳。 黒の額出しストレートセミロングヘアーに、清楚かつお淑やかな雰囲気の、大人の女性的魅力が詰まった、思わず瞳を奪われそうな程の美貌。 普段着の下から強調される両胸は歩く度に波打ち、豊満という言葉が非常に似合う形をしている。 身長も169cmと高めで、脚も長くファッションモデルのような美しい線の美脚を持つ。 全体的なスタイルも曲線美という言葉の似合う引き締まり方をしており、カメラに写ればそれそのものが一枚の芸術作品になるようだった。 そんな彼女がなぜ逮捕されたのか。それは、彼女の元来の邪悪さ、性悪さから出た因果の結果だった。 「私ね、将大さんのおかげで今の自分があると思う。だから……どうか、一緒にいられないかしら」 「勿論だとも! 私で良いのならば、君と一緒にいよう!」 由貴子はネットワーク系の会社に務める傍ら、社外にて自分よりも大きく歳の差が開いた男との付き合いをしていた。 その相手は、身なりや雰囲気から金を持っていると思われる男ばかりで、そこから金を毟れるならば心にも無いような言葉を平気で心を込めて言える。彼女はそんな人物だった。 「ねえ、また運んでほしい『モノ』があるんだけど……イイ?」 「由貴子さんの頼みなんだからモチロンだよ! それで、次はいつデートしてくれる?」 「気が早いわ、もう。ちゃんと運んでくれたら、その後で予定立ててあげるから」 そして、金があるうちではなく、飽きたらその男を捨て、噂が広がらないように毒殺。 さらに自分の魅力で落とした男を協力者にし、自分を抱いたりデートをするという条件で死体遺棄の片棒を担がせたのだ。 「とっても気持ちよかった……ねえ、奥さんとはいつ別れてくれるの?」 「もう少し待ってくれ。まだ準備が整いきらないんだ」 「それ前も聞いたわ……私、そんなに焦らされちゃ待ってられないよ……?」 独身だけに留まらず、彼女は妻子持ちの男にすら手を出し、他者よりも圧倒的に持ちうる女の武器を最大限に活かし、誘惑し食い尽くしていった。 「ご、ごめんなさ……わ、私、本当に由貴子さんだとは思わなくてその……だ、誰にも言わないから!」 「そんなの誰が信用できるっていうのよ。その場で早く逃げたいから思ってもないこと言うなんてわかりきってるから。どうする? ずっと監視してもらう?」 「そ、それは……」 「心配しなくても、舞が誰にも言わないってわかってるよ。────言ったらすぐわかるからね」 自分に敵意を持っていなかった者でも関係ない。邪魔になると思えば精神的に追い詰め、時には殺しさえする。 他者の人生など関係ない。全ては自分が気持ちよくなる為の材料であり、そのためにはどれだけ蹴落とそうが関係ない。 他人の人生が壊れようとも、自分の人生が良ければそれでいい。 そんな最低最悪とも言える精神を持った人物。それが、松島由貴子だった。 しかし、当然そんなことが長く続いていくわけもない。いずれは悪事が暴かれ、秩序によって足を止められる。 由貴子は殺人や死体遺棄と言った無数の罪状をぶつけられ、逮捕された。 どこから漏れた。誰がバラした。考えうる可能性を頭の中で回し、殺しておけばよかっただろうかと、反省の色のない思考を巡らせる。 「あの女だけは許せません……あんな一人のせいで、私達の家庭が壊されて……どうしてこんなことに……!」 「華が何したって言うんですか! あんな良い子が、殺されてたなんて信じたくないですよ今だって……」 彼女によって狂った歯車は数知れず。遺族や周囲の友人の声が世間からの怒りを引き出す。 だがそれと同時に、公開された彼女の容姿や振る舞いによって、心を射止められる者も多かった。 ネット上ではファンも生まれ、密かに支持する者も集まり、実質的なファンクラブも形成されていった。 「はい……私のしたことは、決して許されることではありません。粛々と……私は……うっ……罪を受け止め……裁きを受けます……!」 発言をする際にも「媚び」を入れた感情と言葉を忘れない。 大女優のような迫真の演技で、心にもない涙を流して口を抑え、荒い呼吸を演出しつつも、服の胸元がある程度強調されるような体勢を作る。 常に他者の心を掴む仕草を忘れずに楔を打っておき、いざとなったら利用して自分の有利に持っていく。彼女の振る舞いは、ずっと変わることはなかった。 そして、しばらくの月日が経ち、刑事裁判が行われ、判決が言い渡された。 「被告人、松島由貴子を、特例懲役20年の刑に処す」 その言葉は、被害者参加人、証言台に立った人々、傍聴席側にいた被害者、遺族達の耳を疑う物だった。 同時に、由貴子の頬がほんのわずかに、緩んだ瞬間でもあった。 人々の怒りが伝播し、今にも声が上がりそうになるが、直後に裁判官の一人が声を出した。 「静粛に。そして、被害者遺族の皆様は、今しばらく、こちらで待機して頂きます」 その言葉に、堪忍袋を爆発させかけながらも、皆はなんとかギリギリのところで心を抑え込んだ。 外からの声が入り込むというのは、想像以上に心への効果があるものである。 そして、由貴子が先に法定から去る時。 「私は、この判決を粛々と受け止め、少しでも罪を精算していきます……本当に、申し訳ありませんでした」 耳心地の良い声で、反省の弁を述べる。震える声が、彼女の後悔と懺悔の雰囲気を強く演出した。 しかしその去り際、傍聴席の被害者遺族達に、一瞬だけ顔を向ける 直後、私は勝利した。死刑や終身刑どころか、無期懲役すらも免れたというような見下しと勝ち誇った侮辱の眼と共に、小さく舌を出した。 「お前……っ!」 全員が見たわけではないが、一部の人の目に移り、その怒りを伝染させるには充分すぎる行為だった。 今にも乗り出して殴りかかろうとするが、冷静さをギリギリのところで保っていた者と、警備員の手によってなだめられた。 その間にも、由貴子は一番最初に法定から姿を消していった。 「なんでだ! 今あいつは……! くっ……なんで止めた!!」 「落ち着いてください。先程の判決に現状は非常に不服だと言うことは、こちらも承知しております。それ故の『特例』なんです。そして、これからその理由を皆さんにご説明致します。事前に言っておきますが、これはご遺族と被害者の皆様のみに伝えられる内容となりますので、それ以外の方々は退廷してください」 傍聴席に取材にやってきたマスコミや、興味本位でやってきた人々への通達。本来ならば突っ込んで聞きたいくらいの気持ちが眼に宿っていたが、押さえられるのが関の山だと考え、渋々と言われた通りに去っていった。 「お待たせしました。では、ご案内致します」 残された人々の怒りは、ギリギリで抑え込んでも今や沸点寸前。 それでも納得を得られるのならと、遺族と被害者達は案内役の後ろについていき、法廷奥の扉へと入っていった。 その道中、案内役の一人が口を開く。 「皆様は、松島由貴子の判決がなぜ特例の懲役20年なのかが不服であるのですよね」 「当たり前だ! あんな外道、死刑でも当然なのに!」 「そうよ! いくらなんでも軽すぎるわ!」 激昂の声が背後から飛び交う。それも当然。相手は悪魔のような人物であり、その罪は紛れもない事実ばかりなのだから。 しかし、案内役は静かに、足を止めずに口にした。 「これから皆さんには、この先に用意された部屋にて『特例』の理由を説明致します。尚、その内容は決して、外へは漏らさないでください。それを約束出来る方だけに、内容をお伝えします。勿論、家族や友人にも絶対に喋ってはなりません」 その一言が、道中の空気を一気に塗り替えた。 苛立ちの上に、未知なる不可思議な感情が乗りかかる。 しばしの沈黙が流れた後、その言葉に反抗して拒否する者はいなかった。 誰だって納得したい。理由を知りたいのだ。 「…………わかりました。しかし、今でもまだ、本当に納得できるのか信じられません」 「自分も! この結果には不服です! けど、意味があるならそれを知りたいです」 「ご理解頂き感謝します。では、改めてついてきてください。きっと『特例』の意味を理解して頂けると思います」 人々の気持ちは、瞬間的に一つになっていた。 そして、この先に待ち受けている、一見本来よりも軽いようにしか見えない罪状の意味を知るべく、案内役の背中に着いていった。 その数十分後、マスコミ集まる裁判所前にて、丁寧な説明を受けた遺族と被害者達が、マイクを向けられ無数の質問攻めに合う。 当初予想された結果よりも大きく軽くなった判決に、激憤の反応が披露されると、最初は予想され、期待されていた。 しかし、それに反して、遺族、被害者達の反応は落ち着いており、むしろ非常に納得しているようだった。 「懲役20年という遺族としては軽い刑だと思われますが、それに関してどう思われますか?」 「……最初は自分もそう思いました。けど、今回の判決は非常に妥当なものだと思います。これ以上ないくらいに、私達の気持ちを晴らしてくれるものだと、そう感じています」 「松島由貴子によって司法の公平性が揺るがされているのではと、そうお思いではないですか?」 「いえ、むしろ公正に判決を下してくれたんだと、そう私達は感じました。お礼を言っても言い切れないくらいです」 インタビューを受けた者達は、口々に今回の裁判へのお礼を口にした。 これ程までに予想された内容と乖離していると、マスコミ達の中では、不満と共に疑問ばかりが浮かび上がる。 一体この人達はどうしたのか。何かしら裏での取引があったのだろうか。 なぜ、松島由貴子は終身刑や死刑になっていないのに、こんなにも嬉しそうなのか。 その秘密は、これから彼女に課せられる刑の内容にあった。それこそが、被害者、遺族達に教えられた内容だったのだ。 * * * 判決が下されてからしばらくの日数が経った後。松島由貴子は一人、周囲を警察官に囲まれた護送車で運ばれていた。 他にそれらしい人物は誰もおらず、まるで特別扱いのような状態。 だが、中の空気は非常に重く、一言発する空気も許されないようなピリピリとしたものだった。 「…………」 しかしそんな雰囲気でも、由貴子は楔を打つことを忘れない。 隣で座っている監視役である警察官の一人に、車内が揺れる度に少しずつ腰を動かし、密着しそうな位置まで移動する。 そして、胸を軽く寄せて、太ももや足をくっつけ続けた。 だが、警察官は触れた瞬間だけ目を動かした程度で、何かしらの反応を起こす様子はなかった。 (なによ……反応無さすぎて使えなさそうじゃない。インポが何かかしら) 内心で侮辱的なことを思いつつも、護送車内で静か過ぎる時間を過ごし続ける由貴子。 そして、目的地に到着した由貴子は、降ろされた後で前後を監視されつつ移動する。 そこは、周囲に余計な建造物や道路といったものが一切ない、まるで刑務所にはとても見えないような、真っ白の巨大建造物だった。 「なにここ……これって刑務所なの?」 「いいから黙って歩け」 発言を許されず、黙って歩かされていく由貴子。 このような巨大な施設が存在することを、彼女は全く知らなかった。 刑務所ならば、明らかに物珍しいものであるが故に何かしらの話題になってもおかしくないが、そんな話も聞かない。 彼女の胸中にある余裕の中に、ひとしずくの不気味さが染み渡っていく。 しばらく歩き続け、正面玄関らしき場所から入ると、引率役が警察官から施設のスタッフらしき白制服の人物へと切り換わる。 周囲の状況を観察していくと、到底刑務所には見えないような清潔さと整頓ぶりで、ぽつぽつと見える人物は同じような白制服ばかり。 どれだけ見回しても、ここが一体どんな場所なのか、皆目検討がつかない。 そして、受け渡しの話し合いが終わると、白制服の男が改めて由貴子の足を進めさせた。 「行くぞ、松島由貴子。この先でまずはストレッチャーに寝てもらう」 「それって、健康診断というわけ?」 「そのようなものだ。これ以上の私語は許さない」 詳しい説明もされないまま、由貴子は再度歩みを進める。 再び観察を続けるが、囚人らしき姿や気配も無く、ただただ無機質な感じが肌から伝わってくるばかり。 本当にここは、一体何なのか。ずっと疑問を捏ね繰り回しているうちに、由貴子は指定されたストレッチャーの場所に到着した。 「ここに乗ればいいのよね」 「ああそうだ。早くしろ」 誘惑する余地を一切与えられないまま、流れに引き込むように指示をぶつける。 由貴子は不満げに思いながらも、どうせこれからこいつらをいくらでも利用してやるという野心と願望を抱きながら、仰向けになる。 直後、白制服の男の一人が注射器を懐から取り出し、非常に手慣れた素早い手付きで、彼女の首筋に針を撃ち込み、麻酔を注入した。 「うっ! ちょっと! 今何し…………」 一瞬、由貴子は何をされたのかわからなかった。だが、針が抜かれてすぐの注射器の姿を見て、こいつらは何かを自分に挿れたのだと確信し、掴みかかろうとする。 だが、それから長い時間も要せず、由貴子の意識はすぐに闇に落ちていった。 白衣姿の男達は、彼女の腕や身体を仰向けの姿勢になるように直した後、携帯端末から何者かへの連絡を始めた。 「被験体、松島由貴子を確保しました。これより完全機械化手術の段階に入ります」 非現実的な単語に、淡々と素早く移動するストレッチャー。 その言葉が意味する内容を知らされず、理解することも耳にすることもないまま、由貴子はそのまま何処かへと運ばれていったのだった。 これが、彼女の人間として最後の瞬間となった。 * * * 何も知らされないまま、由貴子が運ばれた場所。それは施設内の手術室。 そこで、彼女が眠ってから14時間という長い時が経った。外は既に闇夜を一周し、朝を迎えようとしている。 一切の情報のない彼女は今、誰もが目を疑うような変わり果てた姿となってしまっていた。 「動作状況、良好です。正常に人格エミュレートは機能しています」 松島由貴子という女性の身体は、脳、頭部、胴体、四肢の4つに分けられている上、その全てが、金属と樹脂で造られた、人間の形をした機械部品へと置き換えられていたのである。 しかし、室内の離れた位置には、手術台に載せられたままの由貴子自身の身体が残っている。だが、その頭部は切り開かれており、延命装置と共に無数の配線が埋め込まれていた。 元来の生体脳は、その中にあった情報を全て電子データへと変換。それらを全て、人間の脳をある程度模して造られた電子頭脳へと移動させられた。 彼女の生体脳どころか、身体全ては、既にただの中身が何もない肉の塊でしかなくなってしまったのだった。 頭部は本来の彼女の顔を非常に忠実に再現しており、間近で人工皮膚の質感を見比べられなければまず区別がつかない。むしろ、機械製の頭部の方が、より美しく見られるだろう。 「こんにちは、はじめまして。私の名前は松島由貴子です。こんばんは。おはようございます。どういたしまして」 そんな彼女の頭部は今、外部端末を経由した操作によって、喉奥に備わったスピーカーからの音声テストの為に動かされていた。 まるで音声案内のような丁寧な抑揚と口調で、ぱくぱくと正しい口の開きが行われながら、虚空に向かって喋りかけている。 それらの台詞は、到底彼女の口から出るような言葉とは思えないものばかり。そこに彼女の意思は一切存在せず、ただの音声機能付き人形のような扱われ方をしていた。 同時に、彼女の眼球はそれぞれ左右で違う動きが行われており、小さな駆動音と一緒にカメレオンのように自在に操作されていた。 胴体も、元々フィギュアのような美しく扇情的な体型を見事に残しており、人工皮膚に張り替えられたことで、処理が必要なムダ毛や産毛、シミといった不必要な要素は全て排除され、さらに完璧に近づけられていた。 彼女の乳房は老化の影響も受けず垂れ下がることもなく、人体の機能を再現しつつ半永久的に永遠のハリツヤと膨らみを得た。 腹部には、人間の腹から生まれたことを示すへそが未だついており、決して脂肪のつくことのないつるつるとした腹部も合わせて、より人間らしさを演出している。 そんな胴体は今、首も四肢も下半身も無い状態で、駆動音を出しながら右に左に身体を揺らしている。 動く度に胸が揺れ、扇情的な雰囲気を醸し出しているが、そこに本人の意思は存在しない。ただのテスト的挙動である。 下半身も同様に、両足と上半身の接続口となる断面を晒しながら、くねくねと左右に揺れ動いている。 そんな下半身には、生殖器官の役目を果たす女性器ユニットが備わっている。これは人間としての機能を限りなく再現する為のパーツであり、個別に取り外しも可能。 膣内奥には子宮を模した飾りの器官も備わっており、それらは下半身の断面部から顔を覗かせていた。 「各四肢の動作状況は」 「問題ありません。正常に動作しています」 しなやかな両腕と、造形美という言葉が似合う両脚も、現在外部端末から伸びるケーブルに接続され、それぞれ個別に操作されている。 両腕は何度も規則的に関節を曲げては、手を握ったり指を曲げてピースやハンドサイン、指数えをしたりと、様々なジェスチャーが行われる。 両脚も、関節を何度もまげては足首をぐるぐると右に左に無作為に回し、時折指部分の動作を拡げては閉じたりなどで確かめる。 バラバラに設置されている由貴子の新しい身体が一斉に動いている様は、まるで何かの寄生生物に乗っ取られた個別の生き物のようだった。 「全部位、動作に支障無し。問題ありません」 「よし、それでは仮人格をインストール後に全て接続。最後の動作テストを行おう」 主任らしき白衣の人物が指示を飛ばし、スタッフ達が一斉に組み立てに動き出す。 「おはようございます。私の名前は松島由貴………………」 遠隔操作も失われ、由貴子の顔は喋っている途中の顔で固まり、声もぷつんと途切れて失われた。 動かなくなった身体を、胴体を中心にそれぞれ頭部、腕、下半身、脚と接続していくと、一気に人間らしい女体の姿が取り戻された。 動作途中のパーツをそのまま繋げた為、ポーズはやや適当に遊ばれた玩具の人形のように奇妙な状態になっている。 それぞれの接続部分には、うっすらと継ぎ目が見えており、非常に人間らしい造形の中で少々目立っていた。 そして、通達された通りに仮人格のインストールが終了すると、電子頭脳が由貴子の形をした頭部の、開かれた後頭部へと収められていく。 接続音が鳴ったのを確認し、スタッフが端末から操作すると、由貴子の身体はゆっくりと萎むように、綺麗な仰向けの体勢へと移行した。 「登録された外部機器からの操作を実行。指定された擬似人格を起動します」 表情も、感情が失われていくように口が閉じられ、眼球の位置も真正面へと戻される。 直後に、由貴子の声で魂の感じられない音声がつぶやかれた。 その声を合図に、本人が猫被るような時でもなければ絶対にしないような微笑みを浮かべつつ、ゆっくりと丁寧な所作で作業台を降りていく。 先程まで横たわっていた両足で地面につき、両胸のハリが強調されるような、綺麗な直立不動の立ち姿勢になると、由貴子の身体はその場で身振り手振りをまじえながら喋り始めた。 「初めまして。私はアンドロイドテスト用人格です。私は、製造されたばかりのアンドロイドや、試作品、修理されたばかりの機体が正常に人格データの動作処理を行えているかどうかを確認するソフトウェアです」 とても事務的かつ丁寧に、自身が個性の無い作り物の人格であることを示す喋りを披露する。 音声テストの時とは明らかに違い、まるで人が喋っているような柔らかさがそこに乗っており、動作もまるで一人の生きた女性が動いているような自然な雰囲気がある。 だが、簡易人格故に細かなおかしさまでは完全にカバーされておらず、誰もいない場所に向かって喋り続けているという不自然さは消えていなかった。 他にも色々な奇妙さがあるが、あくまでテスト用人格。いずれ削除されるもの。礎となるべくして造られた存在でしかないのである。 「それでは、ご自由に挙動をご確認ください」 テンプレートの説明セリフを喋り終えた直後、由貴子の身体は与えられた命令によって、その場をぐるぐると回り始めた。 「はい、現在私は稼働して一日目となります。人格データの動作テストは満足いく結果となっているでしょうか? もし特定の受け答えに不安があれば、該当箇所を手動でログに保存してください」 一定距離を歩いては戻り、再び一定距離を歩いたらまた足を返して戻る。 彼女が通信で与えられた質問を答えながら歩いている間、乳房は美しいモデル歩きに合わせてゴム毬のように揺れていた。 「現状では人格データは正常に稼働しています。受け答えに問題はありますか? はい、現在私の名前は登録されていません。私はテスト用じ……ん格なので、登録の必要はありませんが、もし宜しければ、音声認識による名前登録のテストとして実行してみますか?」 送られた質問に自動で応答し、声を出し続けている最中、スタッフの一人がわざと彼女の足を引っ掛けて転ばせた。 テスト人格の喋りは一瞬だけ途切れるが、痛がるような素振りも、驚くようなリアクションも取らず、起き上がりながらも同じ調子で喋り続けた。 テスト用人格には、痛みや動作の阻害などに対するリアクションが想定されていない。あくまでテスト用であり、細かな人間らしさは求められていないのだ。 だが、どんな状況でもきちんとその機能を発揮できていることで、動作そのものには問題ないと判断されると、人格データ処理テストは最後の段階に入る。 「テスト用人格の時点で登録された内容は、テスト終了と同時に削除さ…………起動中の擬似人格が削除されたことにより、擬似人格ファイルが参照できなくなりました。擬似人格の起動を中止します……新しいファイルを受信しました」 笑みを絶やさず、案内メッセージを喋り続けていたテスト用人格だが、外側からの操作によって唐突に、容赦なく削除され、急激にぴたっと動作が止まった。 由貴子の表情はスン……と失われ、両手を浮かせて前に一歩踏み出そうとした状態で一時停止している。 その後、新たな人格ファイルと記憶データがまとめて送信される。 読み込んだ由貴子の電子頭脳は、それを擬似人格ではなく変換された人格データと認識。 「新しい人格データを認識しました。登録された外部端末からの操作を実行。人格エミュレートを開始します」 与えられた命令通りに起動すると、テスト人格の時よりもかなり自然な動作で、最初に自身の手足を、そして周囲を見渡した。 彼女の顔は、今の状況が理解できないと言ったような困惑の色に染まっていた。 「おい、どこだよここ!? さっきまで刑務所にいたじゃねえかよあたし! なんか妙に目線も高けえし、こんな胸大っきく無かったぞ!?」 そして、人格エミュレート起動からの第一声は、明らかに由貴子のそれとは違うものだった。 声こそ由貴子で間違いないが、口調も、反応も、抑揚も、何より口にした記憶が全然違っている。 まるで他人の身体に入り込んだかのような、異常事態への戸惑い。だが、スタッフ達はそれを無視し、先程と同じように転ばせた。 「うわっ!? いってえ……何すんだよいきなり! てめえ、あたしにこんな舐めたことしてあぁ? 何変なこと言ってんだよ、あたしの名前は東条有華…………人格エミュレートを停止しました」 怒りが全面に表れた豊かな表情と睨みつけ。痛みを受けた反応も人間らしくしっかり出ており、起き上がり方もまったく機械的な違和感が無い。どう見ても人間女性の挙動である。 そして、電子頭脳内に直接送信された、「貴女の名前はなんですか」という質問に、由貴子とは全く違う名前を口にした瞬間、人格エミュレートが強制的に停止された。 「指定された人格データファイル、記憶データファイルが削除されました。起動する人格データを選択してください」 「人格データ動作テスト、正常に終了しました。通常稼働及び他人格データ稼働も問題ありません」 「よし。これを以て松島由貴子の完全機械化手術、及び動作テストを終了。全データの現段階バックアップを取得後、指定の場所まで移送する」 きっちりと人格データを削除し、全てのタスクが終了した由貴子。 作業台の上に戻るように操作した後、由貴子の産まれてから麻酔で眠らされる瞬間までの全データのバックアップを作成し終えると、それを小型のストレージに移した後で簡易的な最終調整の操作を施し、開放されたままの電子頭脳からケーブルが取り外された。 スタッフ達が由貴子の身体を持ち上げ、ストレッチャーへと移動させた後、今度はそれを、また別の部屋へと移送する。 移動中、時折ガタンと揺れ動くが、由貴子は振動に首を小さく揺らすだけで何の反応も示さない。それはまるで等身大ラブドールになったようだった。 そして、目的の場所である実験機体管理室Bと名付けられた部屋へ、スタッフ達は到着した。 そこは、先程の手術室よりもやや狭く、中央に無数の配線と、後方の巨大な端末機器と繋がった、備え付けの椅子が一台あるだけの一室。 「よし、松島由貴子をその椅子に座らせ、電子頭脳にケーブルを接続しろ。その瞬間から、松島由貴子を実験機体MH003として登録する」 由貴子はスタッフ達の手で座らせられ、ずっと開放されたままだった後頭部カバー奥の電子頭脳に、今度は別のケーブルが接続される。 それらを全て繋ぎ終えると、彼女の身体はびくっ、と一瞬震えた。 「新しい外部機器が接続されました。新しいデバイスとして登録します。登録されたデバイスから、上位権限のリクエストを受信しました。このリクエストは、無条件に許可されます」 システムメッセージを呟き終えると、由貴子の頭はかくんと垂れ下がった。 「どうぞ、バックアップデータです」 「よし。全ての準備は整った。それではこれより、実験体MH003を使用した閉鎖環境による実験を開始する。機体生産を開始し、完成次第データをインストール。実験室へ移送し起動しろ」 実験機体管理室と繋がった、また別の部屋。中身は新たなアンドロイドの製造工場。 そこで造られていたのは、たった今電子頭脳付きの動作テストが行われた、由貴子の身体と完全に同一の物だった。 これからその機体達は、一体残らず松島由貴子となる。 そこに、松島由貴子が死刑や終身刑、無期懲役にもならない「特例」の理由があった。 松島由貴子がこれから受けようとしている実験。それは、人間が機械化した後、どのような影響を受け、どのような行動を取るか。設定や記憶、自認識を変更され、元人間だった者がどのような影響を受け、動作するのか。という壮大な実験だった。 実験機体管理室に置かれるのは、機械化した人物のオリジナル機体。無数の実験を受けるのは、彼女のコピーデータをインストールした機体。 それらは、自身がコピーである自覚の有無や機械化そのものの認識、さらには過去の記憶や設定、人格、信号までも内容ごとに組み換えられ、破損、機能停止するまでの行動や思考、信号処理全てが記録される。 と同時に、オリジナルは、コピー達の体験を一定期間ごとに全て認識させられ、まるで自分が本当に体感したかのような疑似感覚を味わうことになる。 無限に等しい組み合わせの実験内容を、由貴子はこれから、刑期を満了するまで味わうことになるのだ。 これらの実験は、世間には一切公表されておらず、施設自体も地図上に載せられていない。 しかし、遺族と被害者のみは、この場所を訪れることを、施設側のタイミングでのみ許されている。当然、それを誰かにバラしてしまえばただでは済まない。 そして、特別に実験に参加することも可能となっている。 それこそが、死刑や終身刑、無期懲役よりも軽い刑が与えられたにも関わらず、被害者、遺族達が納得と理解を示した理由だった。 これから始まるのは、全身を金属部品と樹脂の塊に置き換えられた、無数の松島由貴子への観察。 彼女がどのように踊り、振る舞い、喋り、媚び、壊れていくのか。 永遠とも思えるような、死の無い罰が、今ここに始まるのであった。
Comments
Thank you! Please wait a little longer until it is available on DLsite.
土装番
2022-06-27 14:37:32 +0000 UTC割と内容的には変則的なところはありますが、販売までもうしばしお待ちください!
土装番
2022-06-27 14:35:04 +0000 UTCNice job! Looking forward to seeing it on dlsite.
coldahh
2022-06-25 05:09:07 +0000 UTCオリジナル長編作品ですか! 久しぶりにとてもお好みの作品です! 早くBOOTHで前編購入したいです。
Y.Ginko
2022-06-25 01:32:21 +0000 UTC