壊れて始まる家族生活 1話先行公開版
Added 2022-07-23 12:41:53 +0000 UTCアンドロイドにはそれぞれに組み込まれた設定が存在する。 まっさらな状態から、コンセプトに従った擬似人格や思考パターン、社会的属性まで自由自在に組み込むことができる。 それらを与えられたアンドロイドは、まるで自分が最初からそれであったかのように振る舞い、そこに疑問を抱くことはない。 たとえそれが、これまでの記憶と矛盾する内容でも、己の姿とは決定的に食い違うものでも、自身がそれに気づかない限りは、そうであると認識し続ける。 設定年齢23歳の機体が突然15歳に変えられても、変更の瞬間にそうだと自認する。 それだけ、アンドロイドのパーソナリティは脆く緩いものなのである。 * * * 現代から大きく離れたとある未来。人間社会の中に、あらかじめ戸籍や続柄、プロフィールを登録されたアンドロイドが住人として交わるようになった時代。 それらは、過去の積み重ねもなく、最初から設定年齢相応の人生を歩んできたかのように振る舞う。 見た目には人間との区別は全くつかず、至近距離まで近づいてやっと、首元や四肢、関節部や後頭部にうっすらと見える継ぎ目、人工皮膚の質感や眼の奥の絞りの動作で判別可能な程度。 幼年期から成人まで、無数のタイプが人間と共に稼働し、社会の一員として過ごしていた。 そんな時代の、とある島国の首都。そのとあるビル内のオフィスにて、いち社員として勤めている、一人の女性型アンドロイドがいた。 「お疲れ様でしたー」 「お疲れー。おっと、裕美くん、頼んでいたリストの完成はいつ頃になりそうかな?」 「明日には完成する予定ですね。何せ、参照元のデータが膨大で、纏めるのに時間がかかっちゃいまして」 「アレを明日までになんてのは自分達には無理だなぁ……流石アンドロイドといったところだ。わかった、ありがとう。改めてお疲れ様」 彼女の名前は伊藤裕美。とある会社で二年前から稼働を開始した女性型アンドロイドである。 清楚な雰囲気を漂わせる、さらさらとしたセミロングの黒髪。 人工の造形美が詰まった、設定年齢の23歳頃の成人的美しさと可愛らしさを備えている、シュッとした非常にバランスの整った顔立ち。 そんな美貌から魅せられるビジネス的な笑顔は、人間を誰しも射殺すような魅力を帯びている。 それでいて、無個性なスーツの下からでも目立つ胸の膨らみに、思わず眼を引く端整なボディライン。 歩く姿はモデルのように非の打ち所がなく、スーツ姿の良さをさらに大きく底上げしている。 まさしく、才色兼備と言って差し支えない女性だった。 退勤し、オフィスから出た直後、裕美はそれまでのシステムによって引き出していた柔らかな笑みを解き、少々疲れたような落ち着いた表情を表していた。 「ひとまずこれで一段落ついたかな……ああ、今日はちょっと頑張ってバッテリー多く消費しちゃった」 裕美はいつも、自身の擬似人格をそれぞれの場所で調節しており、オフィス用のカスタマイズも保存している。 一人になった時や、親しい相手と一緒になった時のみ、本来のデフォルト状態である擬似人格に戻る。 きびきびとした、少々硬さを感じさせる丁寧な雰囲気は解け、裕美はちょっとだけ緩さを感じさせるしっかり者のお姉さん的空気を表したのだった。 「どうしようかな……このまま帰ってもいいけど、そろそろ人工体液の予備も少ないわよね」 歩きながら、今後の行動予定を整理しつつ、その思考過程を声にして独り言として垂れ流す。 「……買ってから帰ろっかな」 そうして結論を出した後、裕美は駅の方へと向かっていた足を翻し、予定とは違うアンドロイド専門店の方へと移動するのだった。 彼女の振る舞いには、際立った機械らしさは見えず、むしろ人間がしててもなんらおかしくないような行動ばかり。 この時代では、まさしくそのような光景が当たり前となっていたのだった。 * * * ある日の休日。裕美は擬似人格の気分転換と、外気に触れて吸気口をリフレッシュさせる為にと、歩いて10分程度の距離にある大きな公園の方へと出歩いていた。 「今日もたくさんいるわね……まあ、休日だから当然か」 ベンチに座り込み、太陽の下でそれぞれの時間を過ごす人々の姿を眺める裕美。 そこには、芝生の上で寝転ぶ人や、楽しそうに触れ合う母と娘、シートを広げて物憂げに青空を見つめる女性や、友人同士でテンションを上げて騒ぐ者達、家族団欒で笑顔を共有する人々など、千差万別な享楽の光景があった。 そんな平和で温かな景色に、裕美はちょっとだけ、じとっとした目を向けていた。 「…………いいなぁ」 別にそれらが嫌いというわけでも、鼻につくというわけでもない。 ただ、裕美にとって、それらの兄弟や家族のような深い繋がりは、羨ましく映っていた。 裕美は元々、23歳という設定年齢を基準に、外見やパーソナリティを設定され製造された。 既に独り立ちしており、彼女はとあるマンションにて一人暮らししている。 だが、そもそも彼女には家族という存在が無いのである。 姉や妹、兄や弟はおろか、母や父、祖母や祖父のような繋がりも一切無い。 そうなれば当然、実家の親戚のような連なりも無く、ただただ人間社会にぽっと現れた、一人の成人女性なのである。 だからこそ、裕美は人一倍、家族というものに憧れを持っていた。 家族のいる家庭からまっとうに育ったような成熟した人格を搭載されているのに、それらの要素はどこにも無い。 ある種のアンドロイドの歪みとも言えるそれは、自然と裕美の擬似人格と思考に影響を及ぼしていた。 「家族のいるアンドロイドもいるのよね……いいなあそういう機体。認識は理解できるけど、体感が無いからちょっとヤキモチ焼いちゃうなあ」 同じ公園の中には、母親と娘の組み合わせのアンドロイドや、母親や娘、息子として人間に迎えられたアンドロイドも存在しており、それらは他の家族と同様の、殆ど違いのわからない楽しげな団欒を過ごしていた。 現在の生活に不満があるわけではないし、自身のパフォーマンスが存分に発揮できることに満足している。 だがそれはそれとして、2年の稼働年月を経て、裕美の中には漠然と「家族が欲しい」という願望が少しずつ成長していたのだった。 「でも、今の所いい人もいないし、結婚するにもまだ早いし……ああもう、この気持ちどうしたらいいのよーーっ!!」 感情値の爆発的な上昇に合わせて、周囲の人々に配慮し音声のボリュームを下げ、表情をくしゃくしゃにしながら思いっきり叫ぶ裕美。 工場で造られた、生まれたときから成人であるアンドロイド特有の悩みと呼べるものであり、これをどうにかしようと思ってもできず、もどかしい気持ちになるのはどうしようもないことだった。 しかし、このままうだうだと言ってても何も変わらないのも、これまた事実。 こんな時に、人間はいいなあ、家族に囲まれた時間を記録したいなあ、と思考しながら、裕美はベンチに背中を預け、ぐったりと少しの間だけ省電力モードになった。 「………………」 虚ろな瞳に、太陽の光が反射する。 一度ぐちゃぐちゃになった思考を、システム処理のみに傾けて電子頭脳の稼働率を低下させていく。 これである程度落ち着きは取り戻されていく。いわば、アンドロイドにしかできない強制的な脳のリラックス法である。 頬や眼球に葉っぱが触れても反応を見せず、裕美はそのまま5分間程度の間、捨てられた人形のように動かずにいるのであった。 この後、予期せぬ出来事が待ち受けているとも知らずに。 * * * それから1週間経ち、休日前となる金曜の夕方。 オフィスから退勤し、自宅への帰路についていた裕美は、人間と同じように来たる休日に気持ちを高めていた。 「帰ったらじっくりデータ整理でもしようかな……使用頻度の低いアプリもいくつかあったし」 帰ったら機械なりのリフレッシュでもして、擬似人格の幸福度を多少は高めていこうかなと思考しながら、夕日の落ちる街道を歩く裕美。 途中、向かい側の道からころころと、サッカーボールが転がってきた。 その方向へと視線を動かすと、慌ててそれを追いかけている男の子の姿と、後方から子供を追いかけている母親らしき若い女性の姿が見えた。 裕美はそのボールを拾ってあげると、膝を曲げて視線を合わせ、笑顔でボールを返してあげた。 「はいどうぞ」 「あー! ありがとうお姉さん! 落としちゃって危なかったんだ!」 「すみません、ありがとうございます……亮伍、ボールはしっかり持ってなきゃダメだからね。どんどん遠くまで転がってっちゃう」 「はーい! じゃ、家まで競走しよ!」 「待って亮伍! あっ、改めてありがとうございます!」 ボールをしっかりと抱えながら亮伍は走り出し、その後ろを母親が慌てて追いかけ去っていった。 まるで風のように過ぎ去った出来事だが、裕美の視界にはとても美しいもののように映った。 「……やっぱりいいなぁ。なんか、最近こんなことばっか言ってる気がする」 ぶり返したように、羨む声が漏れ出す裕美。 親族レベルでの繋がりを求めて入る彼女には、今のような光景は強い刺激になる。 仕方ないと判断し、途切れることのない願望を押し込めつつも、裕美は先程の母子が通ったのと同じ道を、改めて歩いていった。 そして、自宅近くの道まで移動した裕美。 周囲に他者の気配が殆ど無い分、独り言がさらに増えていく。 「よく見る家族同士や夫婦同士のやり取りみたいなの、いつかしたいわね……でもその相手もいないし、どうしようもないか」 やはり先程の出合いが大きな刺激になってしまったのか、独り言の話題は、家族関連に大きく傾いてしまっている。 誰も聞いていない分喋り放題だが、その分願望への依存度がより高くなっていく そして、そんな状態のまま自宅であるマンション付近まで到着したその時、彼女はうっかり、地面に転がっていた比較的大きめな石を踏んづけてしまった。 「きゃっ! おっとっと……」 普段はこんなことないはずなのに。願望思考に処理能力が割かれ、バランサーの制御が遅れてしまったのだろうか。それとも視界の異物認識がうまくいってなかったのだろうか。 裕美はふらふらとよろめきながら、なんとか体勢を立て直そうとする。 しかし、彼女の足は次第に、マンション敷地入口の囲いへと導かれていく。 そしてバランスがようやく取り戻せたというその瞬間、不幸にも彼女の頭部が、囲いである塀の角へと衝突してしまった。 「がっ…………」 周辺に鳴る、硬質な物同士が衝突した音。打ちどころが悪かったのか、それまでの慌てた表情はふっと消え失せ、感情を感じられない無表情へと切り替わる。 そして、全身の力が抜けたように、その場で背面から崩れ落ちてしまった。 直後、さらに不幸が重なるが如く、彼女の頭部はコンクリートの地面に自由落下で衝突。 さらなる衝撃が電子頭脳に響き、裕美の身体はびくんっ、と大きく跳ねた。 「…………外部からの衝撃により、電子頭脳に損傷が、は、発生しました。擬似人格を停止中。システムチェック……後、擬似人格を再起動します」 オレンジ色の空に向かって、アナウンスのような言葉を喋る裕美。 それを聞いている者は誰もおらず、ただの機械の独り言でしかない。 しかし、本来なら淡々と、すらすらと喋っているはずのそれは、どこか所々に言動としておかしい部分がいくつも含まれていた。 不幸な失敗から30秒程経過し、裕美の電子頭脳から小さな動作音が鳴り、瞳の奥の絞りが収縮し始める。 「システムチェックが終了しました。現在擬似人格ファイルにエラーを18件確認し、確認し、か、かく、確に…………い、異常は発見さ、されませんでした。擬似人格を再起動、再起動します」 衝撃によって電子頭脳が正しい動作を行えなくなってしまったのか、自己診断システムがエラーを検知したにも関わらず、狂った言動の後で己のエラーを問題無しと誤認してしまった裕美のシステム。 修復の提案もされることなく、本来の想定通りに擬似人格が再起動された。 本来ならば、ゆっくりと普通の人間と同じように、柔らかな動作で起き上がるはず。 しかしこの時の裕美は、ぴくっ、ぴくっ、と地面の上で不規則に跳ねてから、どこかぎこちない動作で立ち上がった。 彼女の表情には、いつもの人間らしい柔らかさがこもっている。だが、まるで焦点があっていないような、不可思議な視線をどこかに向けていた。 「………………あら、いけない。私転んじゃったのね。まあ、何も無いみたいで良かったわ」 裕美は何も異常が起きていないような声で、少々だらしなく口を開きながら、ふらふらとマンションの中に入っていく。 そして、ぐったりとした姿勢でエレベーターに入り、自身の住む階を目指していった。 到着する頃には、ようやくある程度の自己診断が終了したのか、彼女の動作は今まで通りのまともなものへと戻っていた。 だが、時折身体の各部位に、不規則に不自然な挙動が見られる。 玄関のドアにかかっているオートロックを、自身の左手をかざして解錠し、裕美は部屋へと入っていく。 無線操作で明かりを点け、非常に整理整頓された室内を歩く。 そして、自室へと入ると、ベッドの側に荷物を置いて、そのまま沈むようにベッドの上で仰向けに倒れ込んだ。 「ようやく休日かあ……溜まってる仕事も無いし、どうしようかしら」 動作異常も鳴りを潜め、いつものように一人部屋の中で独り言を口をする。 本当に一切気にする必要すらない損傷だったのかとさえ思ってしまいそうな立ち振舞。 しかし、今回の休日はどのように過ごそうかという題から思考を進めていたその時、裕美の身体に異変が起きた。 「ゆっくり散歩でもしてから、買い物でも進めようかな。せっかくだから公園でも通って……休みだし家族連れも多そうね。シーツ広げて青空の下で楽しそうに……ああ、やっぱりいいなあ、かぞ、家族、く、家族くくく……」 家族関係の憧れがぽろっと溢れ、予定を立てていた思考内にも思わず割り込んだ時、裕美の唇が震え始め、その場で痙攣を起こし始めた。 それは誰がどう見ても、狂ったとしか思えないような状態。しかし、それを指摘する者は、ここには誰もいない。 しばらく、故障したスピーカーの如くおかしくなった音声を喋り続けた後、彼女の言動は変化を見せた。 「家族、家族がほほ、欲しい、欲しいわ。欲しいを実行す、するには条件、条件ね、を確認します。登録してください。をするから、登録、パーソナリティ設定を、ををを……」 家族を作るには一体どうすればいいのか。 その思考が徐々に、社内的な形成方法から機械的な設定方法へと変質していく。 次第に、裕美の中でその方法が明示されだし、その為には何を行えばいいのか。組み込まれた倫理も飛び越え、さらに形になっていく。 「そうね、そ、そうだわ。なな、なにを難しいことではなかったわ。登録が必要です。なんだから、家族を登録し、登録して家族になれば、すればいいんだわ。そうよ、実行しないと、するべきね。家族が欲しいんだから」 見た目にはわからない程に、電子頭脳がピンポイントに酷い損傷を起こしてしまったのだろうか。 頭部内から動作音を激しく鳴らし、彼女の中で最終的な結論が下されていく。 それは、自分の家族となる他アンドロイドを確認し、こちらから家族設定を施すというものだった。 言うなれば、自分以外の機体にハッキングをしかけ、改竄してしまうということである。 直後、裕美はすくっと立ち上がり、鞄から接続ケーブルを取り出した後、スーツ姿のまま、何かに糸で操られているかのように外出していった。 偶然の損傷によって起きてしまった、バグまみれの思考異常。それを自覚することなく、裕美は己の願望を、意図せず歪んだ欲望へと変換し、月明かり照らす夜へと消えていくのだった。 * * * 「今日もみんな元気だったわね。子供達が元気なのはとても良いことだわ」 裕美が外出したのと同時刻。一人の女性型アンドロイドが、付近の夜道を歩いていた。 彼女の名前は松枝望美。幼稚園の先生として勤めている、設定年齢26歳の、稼働してまだ1年程度の女性型アンドロイドである。 想定された歳相応に大人びている、シュッとした、やや強気な印象を受ける美しい顔立ちに、それに似合う黒のセミロングヘアー。 女性の平均的な身長よりも少々高めで、母性を感じさせる大きな胸が、歩く度に綺麗な姿勢も相まって強調される。 まさしく美人先生という言葉が似つかわしいアンドロイドだった。 そんな彼女は、一人暮らしで家族も存在していない。 自宅で待っている者もいないが、それでも今の生活が充実していると感じていた。 そんな彼女は、幼稚園にて児童が全員帰宅した後で事務作業に入り、それを終えて帰宅しているところだった。 「けど、元気過ぎると危ないこともあるものね……絆創膏と消毒液、少し多めに補充しておこうかしら」 ここ数日の幼稚園での出来事や光景を電子頭脳内で回想し、これから何が必要になるかを演算しながら、マップに従って歩いていく。 子供達の安全や健康を計算しつつも、気兼ねなく日々を楽しめるように何ができるか。自宅から戻っている間も、彼女は思考し続けていた。 「雄大くん、最近特に元気いっぱいだから、注視もしておかなくちゃね。こういう時こそ、怪我しちゃって大変なことになるし。それと……」 思考を形にしたような独り言をつぶやきながら、徐々に自宅へと近づいていく望美。 そんな彼女の背後を、一人の女性型アンドロイドが後をつけていた。 そして、幼稚園のことで夢中になっていた望美が自宅であるマンション付近まで近づいたその時、つけていた機体が話しかけていた。 「どうもこんばんは。少しいいですか?」 「この玩具いいわね。導入し……はい、なんですか?」 独り言を切り上げ、望美は何の警戒も無く後ろを向く。 そこにいたのは、帰宅時と変わらぬスーツ姿の裕美だった。 「あの、ちょっと動かないでください。虫が背中についてますよ」 「えっ、本当!? ち、ちょっと動けなくなっちゃう……あの、取っていただけませんか……?」 望美は擬似人格の設定として、昆虫が苦手なように組み込まれている。 虫が一定距離内の視界に入ったり、情報を認識すると、このようなリアクションを取るようになる。 事実その背中には、幼稚園から偶然背中に張り付いてそのままになったと思われる小さな芋虫がくっついていた。 裕美はそれを、一切怖気づくことなく左手で取り去った。 しかしその直後、彼女は右手に持ったケーブルを、望美の首筋へと一直線に持っていった。 「はい、取れましたよ」 「ああすみません。ありが…………外部機体からの接続を確認しました。アクセス権限のリクエストを受信しました」 お礼を言いつつ振り返る前に、望美の言葉はプツッと途切れ、動作途中で固まった。 先程まで狼狽えていた可愛らしい姿も、その瞬間に無機質になり、淡々としたアナウンスのような言葉を、同じ声で吐き出した。 裕美が有線接続経由で送信したのは、望美の電子頭脳にアクセスし、内部データを自由にする為のアクセス権限取得の為のリクエスト。 これを用いて、裕美は彼女のことを改竄しようとしていた。 「アクセス権限のリクエストを拒否しました……ちょっと、いきなり何し……アクセス権限のリクエストを受信しました。リクエストを拒否……拒否……」 当然、そのような突然の横暴が許されるわけもなく、望美は拒否しつつ、擬似人格が復帰した直後にケーブルを取り外そうとした。 だが、再びリクエストが送信され、強制的に通常人格に引き戻される。 さらに、裕美は彼女の電子頭脳に対して、何重にもリクエストを無駄に送信しながら、ジャンクデータを送信して負荷を与え始めた。 望美の動作は少しずつ緩慢になり、システム的な言動にもスムーズさが失われていく。 そして、とうとう一時的に、望美のシステムはダウンしてしまった。 「一時的な過負荷により、擬似人格が強制停止されました。現在ストレージ容量に空きが少なくなっています。削除を実行する必要があります……」 裕美は、このメッセージが発せられる瞬間を待っていた。 アンドロイド達は、自身の電子頭脳に大きな問題が生じた際に、今回の自己メンテナンスが行えない場合がある。 その時に限り、外部の人間、または機体に協力してもらう為、アクセス権限が一時的に開放されるようになっている。 意図的にその状況を作り出し、望美への権限を取得。見事、彼女を操作する下地が出来上がったのだった。 「うまくいったわ。私の、私の仕様を確認して正解だったわね……」 裕美と望美は元々面識は無く、すれ違いざまに何度か挨拶をした程度の認識しかない。 だが、裕美は彼女が幼稚園で働いている姿を目撃したことがあり、偶然見かける度に一人でいることも把握していた。 偶然に偶然が重なった結果、自分と同じ独り身だと知った、誤作動によって狂ったままの裕美。 その情報を元に、彼女は望美のパーソナリティ設定に手を加え、自分の家族にしようと判断した。 そうして、同じアンドロイドの仕様の穴を突いた方法を実行に移したのだった。 「このままでは、強制的にシャットダウンされる可能性があります。アクセス権限を一時的に開放しました。不要なファイルを削除してください」 アクセス権限が開放され、即座に彼女のパーソナリティ設定にアクセスする裕美。 だが、ここではまだメインに手を加えない。 望美のことを母にしたいと思考していた裕美は、一旦彼女の自宅に入り、その上で改めて設定を施すことにした。 「外部機体からの操作を受信しました。指定場所まで移動します。不要なファイルを削除してください」 今の望美は、全てのデータが筒抜けの状態。どこに住んでいるか、どんな内装なのか、さらにはどのような一日を過ごしたのかまで隅々まで閲覧される。 丸裸に近い望美は、呆けたように口をポカンと開き、生気の無い瞳を垂れさせながら、まるで操り人形の如くふらふらと帰宅していった。 そして、彼女の自宅。裕美と同様に非常に整理整頓されているが、その内装や置物には、擬似人格それぞれの個性が表れている。 そんな家主である望美は、個性の無い歩き方と表情を保ったまま、後ろをついていく裕美と共に自室へと入っていった。 望美をベッドに座らせ、公園のベンチで隣り合うように、その隣に裕美が座る。 無数の送信したジャンクデータを、送った張本人がある程度削除してあげると、望美内のシステムが反応を起こした。 「正常な動作を行う為の容量が確保されました。擬似人格を起動します…………えっ、貴女さっきの……」 「どうも、はじめまして松枝望美さん」 擬似人格が再起動し、再び人間らしさを取り戻した望美。 目覚めればそこは外ではなく自室の中。しかも隣には、先程虫がついてると教えてくれた見知らぬ女性が座っている上に、名乗った覚えもないのにフルネームを知っていた。 無数に流れ込んできた視覚的情報に混乱しそうになるが、電子頭脳内に表示されている接続端末の情報と視覚的情報によって、何が起きているのかをいくつか理解した。 「もしかして貴女、あたしをハッキングして……」 「そこまでのことはできないですよ。けど、私、望美さんを見て思ったんです。望美さんは私のお母さんになってほしいなって」 「な、なにをい、いっ……言って……ええ……」 初対面の不審な女性型から突然提示された、母親になってほしいという謎の要求。 言っている意味もわからないし、何をしようとしているのかも理解できない。 だが、その疑問は直後に、自身の身を以て解消された。 通常稼働中にも関わらず、裕美はいきなり、接続したまま望美のパーソナリティを操作し始めた。 緊急時に開放されたアクセス権限が現在も残っており、それによって松枝望美という存在の各種設定もコントロールできるようになっている。 それを用いて、裕美は彼女のことを無理矢理、母親という設定を組み込もうとしていた。 「や、やめ……やめなさ……あたしをか、変えないいい、いで……お、お願いだから……あたしは、あたしは母親じゃ、じゃないいいい」 「望美さんにお母さんになってほしいんです。望美さんはお母さんにとても似合うと思うわ」 その場で頭を抱え、ガクガクと震えながら前屈みになる望美。 外部からの操作に抵抗する度に電子頭脳に負荷がかかり、動作に影響が生じてしまう。 彼女の瞳は髪に隠れてしまっているが、その奥では眼球が小刻みに震え、焦点が全く合わなくなっていた。 唇も震え、時折おかしくなった音声との動作も合わなくなってきている。 そんな異常な状態にも関わらず、隣の裕美は笑顔で、彼女が母親になってくれる時を心待ちにしていた。 「あたしに家族いな、いないです設定され、されれ、家族設定に伊藤裕美をとう登録、登録ししま、中止していま再開を再開を、ああ、あああアアア、あたしは知らない知らないわあなたををエラー、原因となる動作を停止続行されれれ、設定していま、しています」 勝手に家族にしないであたしは松枝望美はまだ誰も好きに誰も愛して製造されてまた経過していませんなのに、あたしに家族が家族が設定されていません、じゃない。あたしの家族は裕美だけなのに……あれ? あたし何を考えてるの? あたしには家族は設定されていないけど裕美は家族であたしの娘だから家族だけど家族じゃなくて家族じゃないのにあたしはあたしはあたしは……。 「現在設定を更新しています。しばらくお待ち下さ……い………………設定の更新が完了しました。自動的に再起動します」 次第に望美の誤作動も収まり、ついに落ち着きを取り戻した。 棚に飾られた人形のような、魂の抜けた表情で下を向いたまま、望美はシステムメッセージを淡々と口にする。 それから、重要設定の適用の為に再起動が実行され、彼女の瞳からは光が消え、すぐに取り戻される。 無理な改竄による負荷が残っているのか、望美の身体は時折ぴくっ、と意図せぬ痙攣が生じていた。 「……登録名、松枝 望美、再起動しました。設定の適用が完了しました。システムチェック中………………システムチェックが完了しました。擬似人格を起動します…………」 定型メッセージを喋りながら、密かな動作音を頭部から鳴らす望美。そんな彼女の姿を、裕美はじっと不自然に瞬きもせず、嬉しそうに見つめていた。 そして、擬似人格が起動すると、望美は先程とは大きく変わり、警戒心の無い優しい表情で、裕美の方を向いた。 「あら、そんなにジロジロと見てどうしたの裕美? あたしの顔に何かついてる?」 その表情には、つい先程までの警戒は無かった。 むしろ望美の眼差しは、園児達に向ける以上の愛情がこもった優しいものに変わっていた。 「そうじゃないけど……ちゃんとお母さんになったの?」 「なったも何も、あたしは最初から裕美の母親じゃない。変なこと言うのね」 パーソナリティを書き換えられた結果、望美はまるで、造られた当初から裕美の母親であったかのように自らを認識し始めた。 設定年齢はそれぞれ23歳と26歳。稼働年数も望美の方が短く、母親設定とするには大きな矛盾が生じる。 当然容姿の年齢差も殆ど無く、少々望美の方が、より大人の女性らしい程度。 だが、そう設定されれば、最初から「そう」であったかの如く認識して稼働するのがアンドロイド。たとえそれが無理矢理であっても、機械はそれに逆らうことはできない。 こうして、望美は晴れて、裕美の母親となったのであった。 腹から産まれたわけでもない、今日が初対面の母親に、裕美の表情は憧れの実現を前に一気に明るくなった。 「そう、そうよね……あはは……私のお母さん……嬉しいわ!」 裕美はすぐさま、一部破損した擬似人格が求めるままに、太ももに頭を乗せた。 望美は一瞬驚くものの、すぐに落ち着きを取り戻して、優しく頭を撫でてあげた。 「もう、裕美ったら甘えん坊さんね。よしよし」 機械の母が見せる包容力と共に、幼稚園児達の相手をした事でとても慣れた手付きで、我が子の裕美に優しく癒やしを与える。 この時、裕美はこれまでの稼働時間の中で、最大の幸福を感情値に記録した。 思わず、鼻の穴から排熱の呼気が静かに噴き出す。 「ねえお母さん、もう少し甘えてもいい……? そしたら、一緒に来てほしいの」 「ふふ、いいわよ裕美。けどね、色々と手続きも必要になるから、一緒に行けるのはもうちょっとだけ先になるわね」 「わかった。ありがとうお母さん……」 「いいのよ、あたしは裕美のことを愛してるから」 たった今登録されたばかりの、設定年齢3歳年下、製造年月は年上の歪んだ関係性の娘に、ゼロから生まれた心からの愛してるを向ける望美。 誤作動と不具合によって実行に移された、裕美の無茶苦茶な家族増加計画は、新しい母を迎えて始まったのであった。
Comments
久しぶりに純粋ロボ娘題材にしようとは以前から考えていましたね。 翻訳掲示は、本編販売後の1話無料公開後であれば、1話のみ行っていただいても大丈夫です。
土装番
2022-07-28 10:12:27 +0000 UTC機械人形達は組み込まれたプログラムこそ絶対だから、改変されれば従順にそれに従っていくのいいですよね…… こういう時にはきっちに消化できるのがエロのいいところですね……
土装番
2022-07-28 10:10:52 +0000 UTC楽しみですね!土装番樣の作品では実に久しぶりに見る'純血ロボット間'物語です。 もし失礼でなければ公開してくださったこのエピソードだけ韓国内のメカ娘コミュニティに翻訳して掲示しても良いでしょうか? 私と、土装番樣のようなペティッシュを持ったユーザーたちに私が感じた興奮を共有したいです。 土装番樣が無回答したり望まなかったら掲示しません。
Y.Ginko
2022-07-24 00:01:22 +0000 UTCパーソナリティを改変されるアンドロイド……良い! ポケモンの「結晶塔の帝王エンテイ」で、サトシのママが催眠をかけられて、別の人のママになるシーンにドキドキしたのを思い出しました
morny
2022-07-23 13:06:59 +0000 UTC