機械の侵食 4話 機械の身体は知らないことだらけ 3/?
Added 2022-08-21 15:56:47 +0000 UTC「えっ…………?」 「当機体の名前を登録してください。通常時の行動に支障をきたしてしまいます」 茉莉の電子頭脳が一瞬フリーズしたようだった。 美和の姿をしているのに、そこから出た声は彼女のものではない、全然違う、まるで計算された耳心地の良さで組み立てられたような、どこか無機質が含まれている成人女性的電子音声。 抑揚は非常に丁寧で、ガイド音声のような整然さがありながらも、地球上のそれと違って機械的すぎず人間らしい柔らかなニュアンスが微妙に含まれている。 美和らしい言葉の訛りは一切なくなっており、声だけ聞くとそれを発している人物が誰なのかわからなくなるだろう。 しかも、彼女は自分の名前すらも存在していないかのように言っている。まるで美和という概念が消え去ったかのように。 戸惑いを隠せないまま、茉莉は一方的に話しかけていく。 「う、嘘でしょ……ねえ、それって冗談でしょ? わざと言ってるのよね? 美和?」 「現在当機体の名前は登録されていません。美和という名前でよろしいですか?」 会話自体は成立しており、受け答えもしっかりまっとうに出来ているが、そこに美和は全く感じられない。 茉莉のCPUが発熱し始める程に、予想だにしていなかったトラブルで混乱する茉莉。 しかしそこで、彼女は一つの仮説にたどり着いた。 「もしかして、電子頭脳が破壊されたから、保存されてる内部データが吹き飛んじゃったの……!? 修復されても、あくまで機体の姿を再構成するだけで電子情報は元に戻せない……!?」 茉莉の導き出した結論は、見事に的を射ていた。 自動修復の際には、ペリメイズの物質変換技術と、変換後の物質に備えられた自動構造保存機能が用いられ、隣接した他の物質を取り込み組み立てていく。電子頭脳が残されていればその効率は飛躍的に上昇し、何度も復元が可能となる。 だが、それらに個人を構成する無数のデータが保存されているわけではない。あくまで機体構造が残っているだけ。 各種電子情報が入っている場所が破壊されれば、それらはすぐに消え失せてしまい、そこに何も入っていない新たな電子頭脳が作られるだけなのである。 今、目の前にいるのは、それまでの中身が全てなくなった、美和の形を再現しただけの新品同様なアンドロイド。 茉莉との日々も、産まれた頃からの記憶も、誕生日や記念日も何も頭の中にない、まるで作られたばかりの機械人形。 つまりそれは、美和そのものではないのだ。 「えっと、外部ストレージのバックアップは取った記録もないし……そんな、もう美和には会えないの……?」 「美和という名前でよろしいですか?」 大切な人を失った悲しみが、奥底からふつふつと湧き上がり、人工涙液が滲み出す。 その間も、美和の形をした機械は、名前の登録を純粋に聞き続けるだけだった。 茉莉は沈んだ顔でゆっくりと彼女の顔を剥き直し、ぐっと顔を近づけて答えを返した 「…………貴女の名前は赤川 美和よ。それで登録して」 「かしこまりました。当機体の名前を赤川 美和で登録します」 かつて産まれたときに名付けられた名前が、登録名として改めて刻まれる。 茉莉からの言葉を受けて登録動作に入ると、これから美和になり直す機械人形は、目の奥の絞りを何度か収縮させていた。 「登録が完了しました。これより当機体の名前は赤川 美和となります。失礼ですが、貴女の名前もお教えください」 「……坂井 茉莉よ」 「坂井 茉莉様ですね。かしこまりました。茉莉様。当機体のセットアップを行っていただきありがとうございます。もしよろしければ、マスター登録を行いますか?」 あれだけ愛し合い、心から繋がりあえる対等な関係として一緒に暮らしていたのに、そんな大好きな相手から、ここまで服従を感じさせる言葉で話しかけられるとは。 美和であって美和ではない。だけど、美和に対して恋人同士ではなく、所有者とマスターという関係性にはなりたくない。 「……いいえ、マスター登録はしないわ。だけど、どうか私と一緒にいてちょうだい」 「かしこまりました、茉莉様」 「様付けもなし」 「かしこまりました、茉莉」 ずっと聞き慣れていた訛りもない。声も違うのに、見た目だけ同じな分、見つめ続けていると認識が狂い出す。 だけども、全データが消滅してしまった今、自分はこの美和の身体を持った代わりの機械人形を愛するしかない。 美和の変わることのない、活発的な彼女とは正反対の無表情を視界に収めながら、茉莉はそっと彼女を抱きしめた。 * * * 美和の頭部が修復されてから2日経過した頃。 これまでの日常は完全に取り戻されていないが、二人暮らしの日々はかすかに形を取り戻し始めた。 まっさらになった美和では、まともに本来の美和の行動を実行させるのは難しいと思考し、アルバイトや配信の休みは継続したまま。 茉莉が仕事に向かっている間、美和は自宅で留守番をすることになっていた。 「…………………………」 人格データの存在しない美和は、自律的な行動を自ら起こすこともない。 行動の指標となるものが何もなく、空っぽの器に少しずつデータを溜め込むことしかできない。 そんな状態で外出すれば、非常に怪しく思われてしまうだろう。 その為、茉莉は外出前に、決して外に出ないで待機しておくようにと、美和に指示を与えていた。 しかし、だからといってお手伝いロボットのような家事もできるわけではない。過去の知識が全て吹き飛んでいるせいで、一から学習し直しとなっている。 下手に何かしらの動作を行わせるよりも、じっと待機させるほうが安全な現状では、美和はまるで展示品のように動かずにいた。 「…………………………」 リビングに設置されているソファの上で、両手を膝の上に置き、背筋を伸ばした綺麗な姿勢でじっと室内の壁を見つめている美和。 電気はつけられておらず、テレビ画面もずっと暗いまま。瞬きは全くしないと勘違いしそうな程に間隔が長く、指一本動かず気配もない。 時折、部屋の外から音が鳴った際に、眼球をその方向に動かすが、すぐに姿勢はもとに戻る。 まるで人型の監視カメラのような振る舞いで、美和はずっと動かずにいた。 それから数時間が経過し、美和の電子頭脳内に茉莉からのメッセージを受信する。 「………………メッセージを受信しました」 真っ暗になった部屋で、瞳の奥に赤い光を小さく灯しながら、ずっと変わらぬ視線の先に喋りかける美和。 一言喋ったあとにすくっと立ち上がり、無駄のない歩行動作で玄関へと向かう。 そして、ドアの前でまるでメイドのように両手を股の前に置いて待機し始めた。 それから5分程度経った頃、鍵の解錠音に連鎖して扉が開く。 「ただいまー……」 「おかえりなさい、茉莉」 丁寧な喋りで同居人を迎える美和。 愛する相手からの迎えの言葉はとても嬉しいはず。実際に茉莉自身も嬉しいとは感じている。 だが、姿形だけが同じで声も仕草も美和とは全く違う現実が、その喜びを削ぎ落としていた。 「何もなかった? 美和」 「はい。自宅内の異常はありませんでした。これからどうしますか?」 「……少し身体を洗うわ。それから一緒にベッドに入りましょ」 「わかりました、茉莉」 音声アシスタントや家事手伝いアンドロイドのような受け答えで、茉莉とのやり取りをする美和。 その無機質さは、いつどんなところでも姿を現す。 「ねえ美和、気持ちいい?」 「はい。現在快楽信号が女性器ユニットから検出されています。気持ちいいという表現が該当すると思われます」 機械化して以降は毎日のように快感を共有しあっていた茉莉だが、美和のデータが失われたからといってそれを我慢できるわけもない。人格データのパラメータを操作すれば抑えることもできるが、それもしたくない。 茉莉は人間らしい肉体的な絡み合いから始めて、少しずつ美和にも快楽信号を発生させる各種性行為を提供していた。 現在茉莉は、自らの人工愛液で濡らした右手を、美和の女性器ユニットの奥まで突っ込み、内壁を軽く爪で引っ掻きつつ掻き回している。 美和の膣壁や子宮ユニットばバイブのようにぶるぶると震え、人工愛液を漏らしながら腰を震わせている。 その振動に釣られて上半身が揺れ動き、両胸を揺らしてよがっているが、それでも彼女の表情は一切変わっていなかった。 「茉莉、快楽信号をください。快楽信号を処理させてください」 「そこだけは変わらないのね。まあ、私もそれは同じだから当然か」 ペリメイズの技術によって製造、または変換されたアンドロイドや元人間達は、等しく快楽信号を求めることを行動原理の一つとして組み込まれる。 それは、電子頭脳が初期化されたり、まっさらになった状態でも変わらない。 無感情で無表情な美和も、今はとにかく性感をシステム的に求めている。 無に等しい顔と、生物的に揺れ動いている首から下のアンバランスさが、より中身のない機械人形らしさを強調していた。 「気持ちいいです、茉莉。現在快楽信号を処理しています。信号処理を継続します」 もっと気持ちよくなりたい、もっとシてほしい、本来の美和ならばそんなことを言っていたんだろうなと思わせる淡々としたメッセージを口にする美和。 身体は正直とは言うが、人格のない現在の状態では、声と身体のアンバランスさがあまりにも大きい。 本来美和がしないような立ち振る舞いに、また別の意味で興奮しないわけではないが、茉莉はやはりどうしても拭いきれない寂しさを抱えていた。 それからまた数日が経ち、美和は茉莉との数々の性行為をどんどん学習し直していった。 茉莉が仕事から帰り、全身を洗浄し、全裸のまま戻ってくる頃には、美和もまた自ら進んで部屋着を脱いでいた。 「茉莉、早く破損行為を伴うセックスを実行しましょう。当機体は快楽信号を求めています」 「ええ、わかってるわ。私もそうしたいところだから……」 日々行われる性行為を学習し続けた結果、本来の美和には遠く及ばないものの、自律的に快楽信号を引き出す行動を実行するようになった。 今日も、互いに下着すら身に着けていない状態で床の上に座り、乳首の先端を重ねて乳房同士を押し付けながら、前戯としてのキスを始める。 「茉莉、気持ちいいです。もっと両乳房や女性器ユニットを刺激してください。軽微の損傷を発生させてください」 これまで茉莉にされた快楽行為を反復するように、具体的にしてほしい行動を求めながら舌を絡ませ、唇を重ねていく。 情感や雰囲気など無いような声色だが、まるで甘えているように両手を背中に回し、擦りつけによる刺激を欲しているのか、上半身を右に左に小さく揺らしている。 頭部が再生した当初とは違い、動作にやや艶めかしさが宿るようになったが、相変わらず無表情はそのままで、眼球内の機構が忙しなく動いている以外はたいして変わっているように見えない。 雰囲気の冷たさと、人間の体温を再現された温かさと首から下の振る舞いのアンバランスさが、今の美和のいびつな姿を投影していた。 だがそれでも、気持ちいいことそのものは変わりない。 茉莉は彼女が求める通りに、手を回した背中に右手指を突き立て、ブチブチを人工皮膚を引き破りながら、中で指をかちゃかちゃと掻き回した。 「…………!!? 背面部が破損しました。それに伴い快楽信号が発生しています。さらなる破損を要求します。当機体の破損を実行してください」 最低限の擬似人格が入っていれば、ここで喘ぎ声や昂ぶった表情や仕草が表れていたのだろう。 しかし今の彼女にはそれがない。 淡々とした言葉でもっとほしいと欲求をエスカレートさせていった美和だったが、その一方で、茉莉はずっと乗り切れていないような、浮かない顔を続けていた。 本来ならば、もっと情欲的に絡み合い、お互いに身体の中を感じあって破損させて、エラーや誤作動を楽しんでいたはずなのに。 失ってしまったものが大きすぎると、日が経つ程に人格データに感じ取っていく茉莉。 そんな彼女の胸中のざわめきは、翌日、突如爆発することとなった。 * * * 次の日の夕方頃。茉莉が仕事から帰宅すると同時に、美和は彼女を全裸姿で迎えた。 「おかえりなさい、茉莉。さあ、当機体との快楽信号の共有を行いましょう」 もはや痴女のような立ち振る舞いを始めるようになった美和。 なにもない、何もできない彼女の現在の拠り所は、本能的に組み込まれた快楽信号への欲求のみ。 同化の行動原理は、外出そのものを禁じられている為、必然的に意味を成さなくなっている。 たった一つの稼働目的とも言える性感に、思考が染まり始めている彼女は、一人で自宅にいる時も自慰行為を続けていた。 それが理解できるように、美和の女性器ユニットには、すっかり乾いた人工愛液の跡が残っている。 そんな彼女のあられもない姿に、美和は黙りこくっていた。 「………………」 確かに、目の前に広がっている姿はとても魅力的だし、美和の形をしているだけでも極上品と言え、人格データが発情せざるを得ない。 だがそれ以上に、この時までに積もりに積もった「こんなの美和じゃない」という思考がふつふつと湧き上がっていた。 そしてこの時、ついにそれは臨界点を突破した。 「…………やっぱり貴女は美和じゃない……美和のかわいい方言と明るい笑顔は私にとっての宝だったし、私のその時壊してほしいところを綺麗に突いてくれるのがとっても嬉しかった……」 「………………??」 「でも、それも全部無くなっちゃったわ……今の貴女は、姿形は美和だけど、その中に貴女はどこにもいない。見た目だけ同じな別人でしかないの。セックスをして、壊しあううちに、それが嫌でもわかっちゃうの……」 身体はそのまま美和であることから、茉莉はデータがロストした後でも頑張って受け入れようとしていた。 だが、時間が過ぎるほどにその「違い」は、拒絶しても、無理をしてもわからせられてしまう。 同時に、どうしても記憶データから呼び起こされてしまう、美和の中枢部が意図せず破壊されてしまった時のこと。 彼女にとっての負の要素が蓄積し続け、ついに今日、それが言葉として漏れ出したのだった。 「申し訳ありません、茉莉。当機体は赤川 美和として登録されていますが、初回起動以前のデータが存在しておりません。茉莉には気の毒ですが、バックアップを取得していない限りは、復元は不可能です」 「わかってる……わかってるけど……!」 何度も何度も自覚した事実を、美和の身体からの声で改めて認識させられると、思わず人工涙液が溢れ出してくる。 彼女の言う通り、バックアップさえ取っていれば……。 悔やんでも悔やみきれない。今にもその場に膝から崩れ落ちそうになったその時、茉莉の電子頭脳内に、ある人物からの通話リクエストを受信した。 「これは……メトニアさん? はい、茉莉です』 『おお、茉莉。少しお前達に連絡しておきたいことがあってな。美和にそれを入れとこうと思ってたんだが、なぜだか全く繋がらなかったんだ』 茉莉の通話相手は、二人を機械化したペリメイズ人のメトニア=パティアラスだった。 出会い頭に手を下した後、マスター登録をせずにどこかへいなくなってしまった彼女は、不定期に二人と無線通信を行っては、情報共有や周辺状況の報告をするように指示を仰いでいた。 マスターでなくとも、自分達を機械の身体へと作り変えてくれた女性への尊敬と感謝を抱いていた二人は、喜んで自ら協力を承ったのだ。 『それが……』 誰にも打ち明けることのできなかった抑圧もあって、理由の説明も兼ねて全ての心情を吐露する茉莉。 メトニアはそれに、黙って耳を傾けていた。 『というわけなんです……だから、もう美和には会えないって……目の前に美和がいるはずなのに美和じゃなくて、失ったデータを取り戻すこともできないからもう、彼女はこの世界には……』 『なるほどそういうことが…………いや待てよ。話を聞いた限りだと、取り戻すことは可能だぞ』 『えっ、何を……ですか?』 『何って、"赤川 美和の全データだよ"』