機械の身体で欲望のままに 1話先行公開版
Added 2023-01-20 15:35:49 +0000 UTC現代よりも機械技術の進歩した、やや未来の時代。 街なかには人間と殆ど見た目の変わらない機械人形、アンドロイドが稼働しており、都会のような人々が密集する場所では見ない日は無い程に普及していた。 遠目に見ると全く見分けはつかないが、近くで観察すると、首や関節部などに継ぎ目が見えて、ようやく違いがわかるようになってくる。 応対や立ち振る舞いには、機体ごとの性能やインストールされたソフトウェア次第で違いはあるものの、大抵のアンドロイドは殆ど違和感なく人間のように表情を作り、身振り手振りも見事な程に人間らしさを表現できるようになっていた。 そんな、機械人形達が人間に近づいている時代だが、未だに人間の身体を全て機械化する技術は完成されておらず、発展途上の段階にあった。 しかし、研究は確実に進んでおり、実用段階まであと一歩というところまで踏み込んでいた。 これは、ある一人の欲望に身を任せる女性が、機械化の被験者となる物語である。 * * * とある国の首都、その中に創立されたある大学に通う、一人の女子大生がいた。 「とっとと終わんないかなぁ。単位取りほんっと面倒なんだけど」 退屈そうな雰囲気を出しながら、誰にも聞こえない程度の小声で愚痴をこぼしつつ講義を受けている彼女の名前は長谷川和美。現在20歳の大学3年生である。 ブラウンがかったボブカットに、同年代の中ではやや大人びた、鼻筋や輪郭のシュッとしている、非常に整った美しい顔立ち。 流し目の綺麗な大きい瞳に薄めの唇。モデルと兼業していると言われれば確実に信じざるを得ないような美貌を持っていた。 それでいて、私服姿ではっきり目立つ程に膨らんだ、服越しでも谷間を想起できる大きな胸に、くびれたボディライン。 両脚も歩く度にオーラを感じる程に美しい線が描かれており、全身のシルエットは美術品レベルというほかない。 そんな彼女は、その姿が目に入った男子学生達をみな虜にしてしまう程の魅力を振りまき、密かにアイドル的人気を得ていた。 講義を受けている最中も、チラチラとその視線が止むことはない。 だが、和美自身もそれははっきりと認識していた。 (はぁ……金たいして持ってないくせに、あんたらなんかに見られてもきっしょいだけだわ。どっかで利用できるタイミングあれば違うんだけどなー) 和美は、それらからの視線を、個体として認識する必要すらないゴミのような有象無象として捉えており、何か使えるタイミングがあれば利用できそうな都合のいいなにか、程度にしか思っていなかった。 彼女は自分のお眼鏡に適った人物、または金を持っている者しか相手にする気はなく、常に自己中心的。 欲望を満たす為だけに他者を利用し、自分にはそれが許されると思っている。 まさに、クズという言葉を体現したような女性だった。 ギラギラとした派手さはなく、自分に似合うように色合いも考えてコーディネートしているが、身につけている持ち物や衣服はブランド物が殆どで、持っている携帯端末もハイエンドモデル。 解る者見れば、彼女の所持品は大学生とは思えない程に高価だった。 「やっと終わった…………とっとと行こっと」 講義の時間が終了し、思いっきり身体を伸ばして筋肉を解し、解放的な気分に浸る和美。 背中を伸ばした際にわずかに聞こえる少々センシティブな声と晒される腕、伸びていく乳房の形は、目撃した男子学生の性欲を強く煽る魅力があった。 今日はもうここには用はないとばかりに、和美は誰とも話すような素振りもなく、大学を去っていった。 「はぁ……やっぱ今日も美人だよな和美」 「自撮りとか晒してねえの? 俺とすっげえ見てみたいんだけど」 「お前、アカウントあるの知らねえの? 色々自撮り投稿してるから見といたほうがいいぞ」 やや近寄りがたいオーラを放っているのもあって、直接言い寄る者は少なかったが、その羨望や欲望は密かに向けられており、憧れの存在とも言えるような高嶺の花となっていた。 だがその一方で、彼女には後ろ暗い噂もまことしやかに流れていた。 それは、大学に居ない間は援交をしていたり、学内の実家が太い男や教授達に身体を差し出しているという内容だった。 美女や美少女には、大抵の場合は、妬み嫉みからの荒唐無稽な噂や、変なリアルさを加えた悪評が風にのって流れてくる。 その殆どが嘘でしかないものばかりであり、和美に紐付けられている話も同様だった。 しかし、その中の全てが嘘というわけではなかった。 和美は大学から出た後、そこから大きく離れた地区へと出向き、その駅前広場で待ち合わせをしていた。 周囲には他にも様々な人々がおり、そこにいることを怪しむものはいない。 髪を直したり、持ち物の確認をしていると、一人のスーツ姿の男性が姿を現した。 「ごめんごめん、待たせちゃったね」 「ううん、ついさっき来たよ。でも、待ち遠しくて長く感じちゃったかも」 普段の自然体や大学での、ふてぶてしく気怠げな態度とは大きく違い、わかりやすく好意的に受け取られるような態度と仕草を見せる和美。 彼女が現在一緒にいる人物は、とある企業の役員クラスの男性であり、既婚者でもある。 和美は、この男に高額な金銭を貰い、お金で繋がった愛人関係を築いていた。 彼女にとっては、金と身体だけの薄い繋がりだが、男性側はそのスリルと背徳感、何より若い美女の身体を好きにできるという高揚感と性欲を発散している。 「じゃ、早くホテルに行こうよ。あたしは準備できてるからさ」 「そうだね……ふふふ、近いし、早めに行こうか。妻には今日も仕事で遅くなると言ってあるからね」 下卑た笑い声が思わず漏れ出す男性側に、笑顔を見せていてもたいしてまともに聞いていない和美。 男性側が一方的に舞い上がり、ペラペラと話しながら、二人はホテルへと向かっていった。 「あっ……はあっ……ほら……もっと突いてよぉ……」 「はぁ……はぁ……すまないな……最近連勤気味でね……じゃあ……気合い入れて……っ……!」 「ああっ! ぁぁ……いいの……もっとほしい……」 ベッドの上でバックの姿勢を作り、男性が腰を掴んで、コンドームをしっかり着けた男性器で何度も突いていく。 和美はその動作に合わせて前後に動き、胸を揺らしながら演出気味に喘ぎ声や艶っぽい声を上げた。 年齢差や既婚者という立場、実質的に金で買っているという社会的に許されざる行為に手を付けてでも、彼女には手を出す程の魅力があった。 その気にさせながら、懐にある金銭だけを狙い、いざとなれば身体を捧げたという文言と共に脅す策も考えてある。 自身の溢れる魅力を理解しながら、和美はそれを自由な生活の為に利用していたのだった。 「じゃ、またいつかねー。ありがとね! 気持ちよかったわ!」 事を終えてホテルを出ると、和美と男性は簡単なやり取りだけで対話を切って、それぞれ別方向を向いて別れていった。 ある程度の距離まで離れたところで、和美は作り笑顔を止めて気怠げな顔になり、己の気持ちに素直になった。 「あーキモかった。胸揉み過ぎだし吸いすぎなのよあいつ。バッカじゃないの。もっとふんだくればよかった」 ずっと奥底に秘めていた嫌悪感を吐露しながら、ぶつぶつ愚痴を漏らしつつ歩く。 これらは全て、1割のセックスの快感を得るための手段として、9割は金を得る為に行っていること。 普通では手に入らないような金額の為に利用していることだが、それと気持ちはまた別物。 放出されたイライラを一人で噴出させているうちに、和美は道中で、ある存在を目にした。 「いらっしゃいませ! こちら新作のガーリックシュリンプバーガーが販売中ですよ! ミニも用意していますので、おひとつどうですか? いらっしゃいませ!」 それは、ハンバーガーチェーン店の前で、通り過ぎる人々に向かって笑顔で接客を続けている女性型アンドロイドだった。 閉店時間が近づいてきており、普通の夕飯の時間もとっくに過ぎているというのに、開店時と変わらぬ屈託のないアイドルのような笑顔と、魅力的な人工の女体から繰り出される仕草、声優のボイスをサンプリングした耳心地良い声で、健気に接客を続けている。 まさに、理想の女神と形容できるような姿の一つであるが、和美はそんなアンドロイドに、冷たく侮蔑的な視線を送っていた。 「いらっしゃいませ! こちら新作のガーリックシュリンプバーガーが販売中ですよ! セットでつけられるフレンチフライに、にんにくと海老の風味たっぷりなソースをディップして食べるととっても美味しいですよ! いかがですか?」 和美がその店員アンドロイドの前を通り過ぎると、即座に反応して丁寧な接客を向けてきた。 だが、和美はより不愉快そうに眉をひそめ、店員に向かってツバを吐き捨てるような声と共に口を開いた。 「あんたみたいなのほんとムカつくわ。人形のくせに人間の代わりみたいな面して。とっととスクラップになればいいのよ」 アンドロイドは、彼女の暴言を可愛らしい笑顔のまま聞き続けており、表情は一切変わらなかった。 和美が怒りを表出させた歩き方でその場を去った後、暫しの沈黙の後で、再度何事もなかったかのように別の歩行者の方を向いて、キラキラした笑顔で宣伝を再開した。 「いらっしゃいませー! こちら新作のガーリックシュリンプバーガーが販売中ですよー!」 元気な声が遠くから聞こえる中で、和美はひたすら腹立たしい感情を垂れ流しにしながら、速歩きで駅に向かい続けた。 「ほんっとイライラするわね……あんな美人簡単に造られたらあたしの立つ瀬がないじゃない……! セクサロイドもいるし、やること邪魔してんじゃないっての……!」 美少女や美女が造られ続ければ、自分のような容姿のいい人間の立場もいずれなくなる。 どうせこれから、受け答えや振る舞いも本格的に人間と変わらないような機体も出てくると考えると、より男達に都合のいいセクサロイドが今以上に造られるだろう。 そうなれば、こんな割のいい金稼ぎが出来なくなる可能性が大きくなり、不自由がやってくる。 いずれは就職してスッパリと切るつもりだが、それでも稼げるうちに稼ぎたい。そう考えるごとに、セクサロイドという存在が邪魔で仕方ないと思っていたのだった。 怒りを保ちながら駅に入った後で、そろそろ確認しようと貰った封筒から大量の札束を覗く。すると、先程までの不快な感情も、一気に和らいだ。 「あはは、こんだけ気軽に出せるとか良いカモだわ。やっぱ、あたしの財布は大事にしないとねぇ〜」 彼女には、先程の男性以外にも同じようにカモとして身体を利用させてあげている男性が他にもおり、誰一人として特別な感情は抱いていない。 いつでもどうにでもできる便利なATMとして、思わせぶりな態度を取り続けながら、自らの中に次々と金銭を蓄えていった。 そして用が済むと、高額で美味しいテイクアウトメニューを購入し、電車を利用して自宅へ戻っていく。 このような学生と売春の二重生活を、和美はずっと継続していた。 「はぁ…………もっといい男捕まえて、これからも今以上に幸せに暮らしていきたいなー」 以前は同じ大学内に彼氏がいたが、自分と釣り合うような男ではないと見限り、自ら振って一人となった。 お眼鏡に適う相手じゃなければ、あとは利用価値ぐらいしか他者には見いだせない。自分に使われることを感謝するくらいに思ってほしい。 そんな唯我独尊ぶりを保ちながら、和美は窓の外の夜景を覗きながら黄昏れていた。 だが、そんな彼女に、ある千載一遇の機会が突如訪れることとなる。 * * * ある日の午後。講義が終わり、今日は誰かと寝る予定も無い。 潤っている懐で、自由気ままに過ごせる最高の時間が来たと、思わず自然な笑みが溢れるような気分をさらけ出す和美。 「あはは、気分いいわね今日は。さーてと、どこ行っちゃおうかなー」 予定を決めていない分、どこに行くのかすらも考えていないが、やる気を出せばだいたいどこにでも行ける。それだけの金銭が自分にはある。 いっそのこと、いきなりどこか良いホテルにでも行っちゃおうかと思いながら街なかを歩き、人通りの少ない場所に出たその時、一人のサングラスをかけたスーツ姿の女性が、和美の前で立ち止まった。 「ちょっと、何ですか? あたしに何か用?」 「長谷川和美さん……で合っていますか?」 和美は強く警戒した。見ず知らずの人物がなんでいきなり自分のことを聞いてくるのか。 SNSで自分のことを見て話しかけてきたというならば、それには雰囲気が違いすぎる。何かの交渉に来たような空気をしている。 和美は、逃げられるように周囲の空いている道を見ながら、一応の対話に応じた。 「ええ、そうですけど」 「良かった。いきなりですが、私はこういう者です」 安心したような声色だが、未だ隠れた表情が完全には見えない。 それから、女性は名刺を渡す。そこには「ヒューマンズ・メカニクス」という聞き覚えのない所属組織の名前と、片山実佳子という名前が記されていた。 「ヒューマンズ・メカニクス……?」 「はい、私はそこに所属している片山実佳子と申します。何を行っている組織かは……存じていないですよね。私どもは、人間の完全機械化という目的を果たそうと尽力しています」 なにやら話の方向が怪しくなり始めたと、警戒心を強める和美。 「えっと……なにそれ?」 「端的に言えば、脳まで含めた全てを機械化して、人間だった頃以上の能力と、さらなる自由を得ようというものです。アンドロイドや義体技術はあれども、脳まではまだ至っていません」 「それを、どうしてあたしに話してきたの?」 「長谷川和美さん。是非とも、全身機械化の被験者になっていただけませんか? そうすれば、この人類を一つ上に引き上げる技術を人々に提供できる大きな一歩……いえ、最後の一歩となります」 「…………だから、なんであたしにそれを話すのよ。だいたい、あんなロボットども同じになるなんて」 「長谷川和美さん、現在貴女は、複数の男性との肉体関係を築きながら生活していますね? その上での学生生活に日頃の勉学、さらには就職活動まで控えているとなれば、相当に疲れが溜まるでしょう」 「な、なんでそれを……!」 意味のわからない勧誘だと思っていたら、隠し通していることをいきなりつらつらと挙げ連ねられ、戦慄する和美。 一体どこで見ていたのか、ストーカーか、それとも身体を明け渡した誰かが漏らしたのか。和美は思わず冷や汗をかいた。 「ああ、誰かが漏らしたわけではありませんよ。私達独自の調査結果です。ただ、そういう人にこそ、この機械化技術は丁度いいと思われますので」 恐怖と逃げたいという気持ちでいっぱいになっていたところに、ほんのわずかな隙間に魅力が割り込んでくる。 「どういうことよ」 「まず、記憶能力、思考能力が飛躍的に上昇し、覚えたこともきちんと忘れなくなります。当然、電子部品となるので思わぬことで忘れてはしまいますが、そこは外部機器と接続してバックアップを取ることで、記憶の出し入れが自由に行なえます」 気づけば、和美の耳は、実佳子の丁寧なセールストークに傾いていた。 「それに、常に美貌や美しい身体を保つことができますし、整形よりも非常に簡単に調整することもできます。アンドロイドのパーツをそのまま転用できますからね。どれだけセックスを行っても妊娠することはありませんし、仮に子供を設けたくなったら、保存した卵子から人工子宮を用いて妊娠も可能です。他にも……」 「待って待って!! 色々わかったけど、会った側からいきなり沢山言われても困るって!」 「それは確かに。申し訳ありませんだした」 一旦喋りを止めさせた和美だが、確かにその内容は、彼女にとって非常に魅力的だった。 腹立つアンドロイド達の特権が、自分にもやってくる上に、自分の身体への自由度が上がるというのは、まだ想像できない範囲の可能性を感じる。 和美の思考は既に、機械化を受けてみたいという方向に傾いていたが、それでもまだ懸念点は残っていた。 「…………けど、さすがに怪しいわよ。金取ったりするんじゃないの」 「いえ、むしろこちらは実験を受けていただく側なので、ある程度の報酬は払わせていただきます。治験と同じですよ」 「メンテナンスとかそういうのって……それに、日常生活とかはどうするの」 「一ヶ月に一度、実験結果を取得するための定期検査が行われるので、その際にメンテナンスを実施します。もちろん、本来はそこまでメンテナンスや検査をする必要はありませんよ。それに、日常生活はこれまで通りに行って大丈夫です。自分が完全機械化したという内容を誰にも公表しなかったり、機械になったとバレなければ、何をしても構いません」 それを聞いた直後、和美の顔が一気に明るくなった。 まだ不信感は完全に拭えてはいないが、これは神様が落としてくれた大きな幸運なのだと。自分の綺麗さに微笑んでくれた結果なのだと思った。 「じゃあ、受けるわそれ! あたしにその機械の身体を頂戴よ!」 「ありがとうございます。そう言っていただけて大変嬉しいです。では、早速向かいましょう」 実佳子は、殆ど同じ調子のビジネス的な笑顔を向けてから背中を見せ、先の方に止まっている車両の方へと歩き出した。 「えっ、今から?」 「はい。機械化を行うといっても、それまでの準備は必要になりますので。だからこそ、この先も予定の空いている今日を選んで交渉したのですから」 「ああ、なるほどね……」 底知れぬ何かを感じながらも、和美は目の前にある多大なるメリットを逃す理由はないと、彼女の後を歩き、車両へと乗り込んだ。 「少々時間はかかりますけど、お好きに過ごしてくださいね」 気品を感じる丁寧な姿勢で隣に座る実佳子に、思わず自分も背筋が伸びる和美。 運転席に座る男性は何も言わないが、まるで仕事人のような雰囲気を放っていた。 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 どれくらい時間がかかるのかはわからないが、ここは彼女の言う通りにしたほうがいいかもしれないと、背もたれに身体を預けて一眠りすることにした。 こうして、和美は新しい人生への入り口に入ったのだった。 * * * しばらく車に揺られ、全く知らない道を通り到着した、まるで何かしらのパンフレットや冊子に載っていそうな、白く清潔感があり、非常に巨大な建造物。 それこそが、ヒューマンズ・メカニクスの本社工場だった。 実佳子の案内に従って歩いていくと、中では人体の様々なパーツを精巧に再現した機械や、テスト動作中のアンドロイドなど、多種多様な機械類が動いていた。 道中がまるで施設見学のようで、小学校の頃のような感覚を思い出しながら歩いていくと、ある一室に到着した。 「さて、少しここでお話をしましょう。まあ、口約束だけだったので、改めてここで契約を結び、それから作業に入っていきます」 実佳子が案内したのは、所謂面談室で、ここでどうやら部外者との話し合いが行われているらしい。 向き合うように座ると、実佳子がサングラスを外す。その奥に隠れていた瞳は、まるでガラス玉のように美しく、大人の魅力溢れる顔立ちをしていた。 「うわっ、美人……」 「ふふ、ありがとうございます。では、まずはこちらの用紙に、指定された箇所を書き込んでください。本当は電子署名がいいんですが、こういう場合は物質として残る方が確実性がありますからね」 言われ慣れているかのような感じで、軽く嬉しそうに笑うと、早速本題へと入っていく。 提出された用紙は、まさしくすぐに想像できるような契約書であり、規約内容がつらつらと書かれている。 読むのも面倒だと、早々に目が滑った和美は、すぐに指定内容を書き込み、最後に名前を入れて差し出した。 受け取ってから、職員記入欄を書き込むと、実佳子は底の見えない綺麗なビジネススマイルを向けた。 「ありがとうございます。これで契約完了です。自分で言うのはなんですが、このような怪しい話に乗ってくださり感謝します」 「自覚してたんだ……」 「ええ、内容が内容なので、こういう形でないと被験者を集めにくいのです。では早速、機械化の為の作業に入りましょう。機械化の工程が終了するまではこの施設に泊まっていただきますのでご安心ください」 「どこまで拘束する気なのよそれ……」 「機械化の進捗次第ですかね。和美さんの場合は単位が大丈夫なことは確認しているので、多少は長くなっても問題はないかと」 「そこまで把握してるって、一体どこまで探ってんのよ」 「適当な対象を発見するのに必要なことですから。では、そろそろ移動しましょう。こちらです」 態度や雰囲気は非常に丁寧だが、その裏でやっていることは本当に大丈夫なのかと、出会ったときからの不信がずっと拭えないまま。 まあ自分もやることはやってるし、と思いつつ、こっちが嫌な目に合わなきゃそれでいいかと割り切りつつ、部屋を出た実佳子の後ろをついていき、部屋を移動した。 最初に向かったのはスキャンルーム。全裸姿で四方八方から容姿や体型のデータを、ボディ製造の為に取得していく。 一糸まとわぬ姿になった和美は、台の上で仰向けになったり、指定された円形のエリアで直立姿勢で動かないように指示されたりと、撮影会のような様々な要求を受けながら、それに合わせてキビキビと動いた。 人前で裸体を晒すのは、日常と変わらない分慣れている。一緒に写真を撮って欲しいと言うものもいた。 だから、この時間はむしろ、喋らなくてもいい分とても楽だと思っていた。 「スキャンデータ取得完了。これを元に、ボディの製造を開始します」 「お疲れ様です和美さん。部屋を出て服着ても大丈夫ですよ」 「……なんか、あっさりとしてたわね。これだけまんべんなく見られたのは初めてだけど」 実佳子からの指示に従って、服を着てから部屋を出ると、すぐに移動を再開する。 「次で本格的に機械化の準備に入ります。一度意識は落ちてしまい、おそらく目覚めるといつの間にか何時間も経過しているという状態になるでしょう。ですが安心してください。正常に動作できるようになるまで、全力でバックアップいたします」 「……でもやっぱり、いざ始まるってなると不安ね。本当に機械になって動けるかもわからないし、そもそも、貴女の言った通り、本当に機械の身体が快適なのかもわかんないし」 「機械の身体はとっても快適ですよ? 機械故の煩わしさはないわけではないですけど、少なくとも生身よりもかなり快適です」 「なんでそれがわかるのよ?」 「だって、私は脳以外全て機械化してますから」 そう言いながら、実佳子は歩きながら首筋の皮膚カバーを外し、その奥の接続端子や金属部分を露出してみせ、振り返りざまに満面の笑みを見せた。 言われるまで全くわからなかった。和美は、思わぬタイミングで知った事実に、声が出ないまま驚愕した。 そして二人は、現在でも様々な機械化手術を請け負い稼働されている、機械化処置室へと到着した。 これまでも、肉体の一部分や脳以外の全身手術などが行われてきたが、実際の人間の脳への着手はこれが初めてとなる。 理論上はほぼ確実に成功すると試算されているが、それでも何が起こるかはわからない。 和美は、隠しきれない不安を早まる心臓の鼓動に表しながら、再び全裸姿になり、手術台の上へ仰向けになった。 手首足首それぞれに錠がはめられ、もしもの際に暴れないようにと固定しておく。 それから両腕に注射が打ち込まれ、そこから液体注入の準備が整えられる。 これから注がれようとしている液体は、脳の電気信号を最適化し、情報を移行可能な電子データへと変換する為の置換剤。 血管を通して薬液の浸潤が完了すると、そこから長谷川和美という存在の全データが取り出され、電子頭脳へ移行させる。 それから、人格エミュレートを行い動作確認することで、完全機械化は完了となる。 冷たい雰囲気と空気に、本当に大丈夫なのかと不安が復活する和美に、手術着を着た女性が、麻酔準備を整えながら話しかける。 「大丈夫ですよ和美さん。痛みは起きませんから、力を抜いていてください。麻酔が始まれば、意識はすぐに落ちますから」 「は、はい……」 次に目覚めた時は機械の身体。そうなったら、自分はどうなっているのか。 未知の領域のことなど想像もできないが、その後はどうしようか。 「では、麻酔お願いします」 そして、和美の意識はプツンと途切れ、人間としての最後の意識は唐突に終了し眠りについた。 薬液の注入が開始され、長谷川和美の人類初の機械化手術が始まったのだった。 * * * 脳内情報の電子データが開始されてからしばらくの時間が経過した頃。 スキャンデータを元に製造された和美の身体が、間もなく完成されようとしていた。 製造工場から運ばれてきた、人工皮膚に覆われたパーツの数々が、ロボットアームが待機する作業台の上へと移動されていく。 産毛や毛穴が一切存在しないすべすべとした手足。個別に取り外し可能な子宮ユニット付き女性器ユニット。鳩尾から分割されている下腹部に、首や肩に機械を覗かせる接続部があり、人間だった頃以上にハリツヤが良くなった大きな乳房の上半身。眼球や頭髪などの細かなパーツも取り付けられ、神がもたらしたような造形を完璧に再現された頭部。 その全てが揃えられ、バラバラ死体のように置かれていく。頭部にはまだ電子頭脳が搭載されておらず空っぽであり、人工頭髪が植え付けられた後頭部カバーが左右に開かれている。 「長谷川和美のボディ組み立てを開始します」 ガラス張りの管理室から、職員が指示を飛ばして組み立てが開始される。 ロボットアーム側が、送信された構造図に従って、これから和美となる身体のパーツを次々と接続していく。 首、腕、上半身、下半身が接続され、少しずつ人の形へと戻っていく。 女性器ユニットは、股間の穴から接続ケーブルが引っ張り出され、ユニット各部にある小さな端子と繋げられた後で、穴の中へと収納されていく。 それから両足が接続されると、その身体は完全に人型となった。 先程まで分割されていたのにも関わらず、現在一般的に普及しているアンドロイド達よりも人工皮膚のカモフラージュ性能が非常に高く、間近で見ても、その接続部の継ぎ目は集中しなければわからない程。 「ボディの組み立てが完了しました。これより電子頭脳の接続を行います」 組み立てが完了すると、ロボットアームがボディの二の腕や太ももを掴んで台から持ち上げて運搬する。 運んでいる間、わずかに揺れるごとに乳房が震え、髪は絶えず揺れていた。 直立姿勢で足元を固定され、展示されたマネキンのような立ち姿になると、今度は別のロボットアームが、人間の脳をある程度模したような、無数のケーブルが繋がった電子部品の塊を持ってきた。 それこそが、これから和美という存在の中枢部となる電子頭脳である。 それを、後頭部カバーの開いたボディに入れ、接続を示す音を鳴らす。 「電子頭脳の接続が完了しました。これよりセットアップ、簡易動作テスト、擬似人格を用いた動作試験を開始します」 電子頭脳側から発信された接続完了の信号を確認すると、職員が端末を操作し、外部から電源を入力した。 すると、和美のボディがぶるっ、と震えた後で、下へ傾いていた頭部がゆっくりと上がり、正面を頭を据えて目蓋が開かれた。 光のない瞳の奥で、絞りが収縮と拡大を繰り返し、ピント調整が行われる。 そして、目に光が宿ると、その唇が動いた。 「電源が入力されました。登録機体番号、HM0000001A、起動します」 正確な口の動作と一緒に、和美のそれとは全く違う成人女性の電子音声が発された。 抑揚もアナウンサーのように丁寧かつ非常にハッキリとしており、人間としては不自然な程に淀みがない。まさに報告しているかのような姿だった。 「初回起動の為、各パーツとの接続状態、及びシステムチェックを開始します。眼球ユニットは正常に接続されています。右腕ユニットは正常に……」 着脱可能なパーツが正しく繋がっております、動作可能かを細かく確認するシステム側。 息切れもせず、瞬きも一定間隔のものばかり。ぴくりとも動かず、揺れず、まるで音声案内のように、つらつらとチェック結果の報告を続けた。 「システムチェックが終了しました。初回セットアップを終了します。当機体は正常な動作が可能です」 「よし、次の工程だ」 「命令を受信しました。これより、簡易動作テストを開始します」 有線接続が行われている為、そのまま命令送信も可能だが、今回は動作確認の為に無線からの命令送信を行う。 それを受信した和美の身体が定型メッセージを喋っている間に、ロボットアームが電子頭脳に接続されたケーブルを取り外し、足首の拘束も解いていく。 自由の身になった和美の身体は、まずその場から10歩、後ろ歩きで10歩。振り返って10歩、また振り返って10歩、左右それぞれ10歩と、歩幅のブレない綺麗な歩き姿で、基本的な歩行動作をテストした。 開かれた後頭部以外は、人間女性にしか見えない姿からは、非常に間抜けな光景だと感じられるだろう。 元の位置に戻ると、今度は首や腰を左右に捻ったり、身体を伸ばしたり、開脚や柔軟運動をしたりと、タスクが進むごとに、より人間的な挙動を行うようになっていった。 その間、どんなに苦しい声が出てしまいそうな動作をしても、表情は一切変わらず無表情で、一定間隔の瞬きをするだけだった。 「簡易動作テストが終了しました。現時点で、不具合は検知されませんでした」 動作テスト終了の報告がなされ、最後のタスクである擬似人格での動作テストに入る。 「これより擬似人格を用いた動作テストに入ります。インストールを行っている間に、人工体液の注入を実行します」 再び電子頭脳にケーブルが接続され、テストの為の擬似人格が入れられている間に、別のロボットアームが液体入りのタンクと一緒に移動する。 タンクから伸びるノズル付きホースを、掴みながら、指でへそを拡げ、その奥に備わった接続口へと繋ぐと、やや粘度のある無色透明の液体が注入され始めた。 これは、唾液や愛液の代わりとなる人工体液であり、アンドロイド用のそれやローションでも代用可能となっている。 注入が済むと、ノズルが外され、水に濡らされたクロスで丁寧に拭き取られた。 「擬似人格のインストールが完了しました。擬似人格を起動します」 それとほぼ同時に、ちょうど擬似人格のインストールが終了し、そのまま自動的に起動まで始まった。 数秒ほどの沈黙が流れた後、和美の身体は突如、人間のように柔らかな動作に入り、表情にも人間的な雰囲気が宿り始めた。 だが、その様子は、本来の和美のそれとは明らかに違っていた。 「はじめまして! 今回は私、adminを起動していただきありがとうございますっ! 私adminは、マスターの為に命令通りに全てをこなすセクサロイドです!」 先程までと同じだが、明るく元気な印象を含んだ電子音声で、壁に向かって喋り始めた。 adminというのは、まだ長谷川和美という存在の情報が全く入力されていないが故のデフォルトの登録名である為、擬似人格がそれをそのまま名前として認識している。 その為、今動いている機体は、長谷川和美という人間の姿を忠実に模しただけの、adminという名前のアンドロイドに過ぎない。 インストールされた擬似人格は、本来は量産型セクサロイドに入れられる汎用人格の一つであり、それをそのままテストに転用している。 ぺらぺらと自己紹介をひとりでに始める最中、職員はテストの為の動作命令を送信した。 「私にご命令を頂ければ、どのようなプレ……はい、ちゃんと伝わってきていますよ!」 身振り手振りを交えた喋りを唐突に止め、ほんのわずかな動作の切れ目の後で、adminは自身の両腕や脇、頬や首、口内など、様々な箇所に触れ始めた。 最後のテストは、人工皮膚を通した触覚の信号受信、及び処理テストであり、セクサロイド人格は、それに対してはっきりとしたリアクションを示してくれるという理由で使われていた。 「どうですか? 私の身体、人工皮膚で覆われてるから、ああんっ! とっても触り心地いいですよ?」 乳首に触れ、胸を揉んだ瞬間に発生する快楽信号に、喘ぎ声を上げるadmin。 すぐに手を下に滑らせ、下腹部や脚へ移っていく。 機械化した際の身体では、予め乳房と女性器ユニットが性感帯として設定されているが、後から自由に設定を変更することが可能となっている。その自由度も、機械ならではなのだ。 そして、アナルまで全て触れた後で、最後に女性器ユニットが残った。 そこで新たに、その場で立ったまま自慰行為するように命令が送信された。 「私の身体は、マスターの命令に合わせて使用可能なので、お気軽に仰ってく……あんっ! あ、あ、あああっ!! はあんっ!」 喋りの途中で命令に割り込まれ、それを従順に実行するadmin。 クリトリスや膣肉内に密集しているセンサーが、指が触れた瞬間から快楽信号を発信し、それに従った反応を忠実に示した。 一心不乱に女性器ユニットを弄る度、補充されたばかりの人工愛液が染み出し、より手淫の滑りを良くしていく。 現在adminは、本来和美のものである身体で、ひたすら乱れに乱れていた。 「ああっ! あんっ! マスターっ! どうですかあっ! あ、あ、あんっ! 私の、あんっ! 私の女性器ユニットは、とっても、感度が、ああんっ!」 自慰行為はエスカレートし、愛液の排出量も増え、クリトリスがはっきりと姿を現していく。 下腹部の下では、気持ちよさに連動して子宮も小さくバイブのように震えていた。 そして、adminの擬似人格、及び電子頭脳は、快楽信号の絶頂水準値に達し、快感の声を上げようとしていた。 「ああっ! マスターっ! 私イクうっ! 私、もうイっちゃいmmm…………外部操作を受け付けました。指定されたファイルが削除されました」 だが、絶頂の直前で、直接擬似人格のファイルが削除され、adminのセクサロイドとしての振る舞いは一瞬で消滅し無表情に戻った。 声にも扇情的な含みや快感に身を任せた声色は一切無く、ただのアナウンサー的読み上げでしかなくなった。 一方で、信号処理そのものは継続されている為、adminは乳首を固くしながら下半身を震わせ、スプレーのように何度も人工愛液の潮を噴いていた。 がくっ、がくっ、と全身が痙攣する度に乳房が揺れるが、adminは一言も話さず表情も変わらない。 そうしてようやく絶頂反応が収まったところで、職員側に連絡が入った。 「長谷川和美の脳内情報の変換が完了した。間もなく全データの入ったストレージが運搬されるので、それまでに電子頭脳内のデータ処理と体表面洗浄を行うように」 「了解です」 長い時間をかけて、ついに長谷川和美という個人の脳内の全てが電子情報へと生まれ変わった。 機械化処置室には、開頭されて無数の電極が生体脳に埋め込まれ、指定されたストレージへと全ての情報が移行された、かつて和美だった空っぽの肉体があった。 接続されていたストレージが運ばれる間に、ロボットアーム達は、床に散らばったり、股間や指に着いた人工愛液を全て拭き取り、管理室側からは、動作テスト時の記憶データや動作履歴を全て移行させつつ、元の電子頭脳からは削除した。 そうして、改めてまっさらな状態になった和美の身体。そこに「長谷川和美」が入ったストレージが届けられる。 「ストレージ内のファイル確認しました。動作可能です」 「よし、すぐに全てインストールしろ」 「…………外部操作を受け付けました。指定されたパーソナルデータを更新しました。外部操作を受け付けました。指定されたデータのダウンロードを開始します」 すぐに機体情報の更新が行われ、それから脳内情報のダウンロードが開始された。 ダウンロード前に機体情報を書き換えなければ、今のままでは人格エミュレートが開始された後も、和美は自分のことを設定されたadminという名前で認識してしまう。 機械になるということは、全ての動作や思考が組み込まれた設定に忠実に従うということでもあるため、気をつけなければそこで大きな齟齬が発生してしまい、誤作動の原因となってしまうのである。 「ダウンロードが完了しました。インストールを開始します……………………インストールが完了しました。設定されたファイルを確認しました。自動的に人格エミュレートを開始します…………」 電子頭脳へと彼女の全てが入ると、そのまま長谷川和美の人格の起動が開始した。 セクサロイド人格と同様に、ゆっくりと表情や雰囲気に自然さが宿り、瞳に光が宿っていく。 しかし、作り物である擬似人格とは違い、そこには人工でない人間らしさが含まれており、まるで突如そこに人間が現れたような雰囲気が生まれていた。 和美の人格が起動した後、彼女は突然の景色の変化に驚愕しながらも、ぺたぺたと自分の頬や顎、髪や腕に触れ始める。 確かに感覚をしっかりと感じられるが、肌の触り心地がとても良い。肌の調子が一番良い時を大きく超えている。 首や身体を動かして周囲を見回すと、自分の後頭部に何かケーブルが伸びているのを確認できた。 少しずつ思考する余裕が出来てくると、その速度が明らかに早くスッキリしているのも体感できた。 そして、彼女の視線が管理室の方へ向くと、和美の機械として最初の声が発された。 「あ、あた……し……ほんと、うに……きか……いになったの……?」 それは間違いなく、汎用的な女性音声ではなく、和美の声そのものだった。 まだ上手く発声が出来ておらず、機械としての感覚に慣れていない様子が伺える。 だが、職員達もここで確信した。人間の完全機械化が成功したと。 喜びの感情が抑えられない様子で、職員ははっきりと彼女に伝えた。 「はい! 間違いありません! 機械化は成功しましたよ!!」 その声に、和美は複雑な気持ちを無数に抱きながらも、一安心だという安堵の笑みをこぼした。 こうして、和美の機械化は見事成功し、文字通り新たなる人生が、ここに始まったのだった。