機械の侵食 6話 世界へ広がる機械だけの幸せ 5/6
Added 2023-07-31 13:44:16 +0000 UTC道中、様々な場所で一通りの仕込みを済ませつつ車を走らせる聡美とエミリー。 正確無比な運転バランスと速度調整は、快適な車両体験を提供する。 これといったトラブルもなく、順調に前進する二人。そんな中でふと、エミリーが質問する。 「ねえ、これからどういう道をたどるの?」 「まず目指してるのは、ちょっと離れたとこにある空港だよ。そこなら、私達みたいに機械化した人にとても優しい空港会社があるの。そこから飛んで、目的の所まで移動……の前に、準備が必要かな」 「とにかく下準備するのね。まあ、その方が心配もないし良いと思うわ。行きあたりばったりでいくとどうなるか、あたしがよーくわかってるから」 「ふふ、でもこうして出会えたし、生まれ変われたじゃないですか。悪いことばかりでもないですよ」 「言うじゃない。ま、それもひとつの奇跡かもね」 すっかりと仲良くなった二人は、どこまでも退屈することなく、自分達を通わせあった。 運転の最中、二人はこっそりと指を開いて端子をさらに、合わせあって接続し、データを共有し合う。 じんわりと通じ合う快楽信号が、激しく刺激的な快感とはまた別の心地よさを提供する。 頬を染めて互いの綺麗な顔を見つめ合ったりと、まるでひとつになったかのような時間が続いていた。 そして、スカイパルの飛行機に乗って長距離を移動し、目的地から最寄りの空港まで到着した二人。 ライドシェアサービスを利用し、その最中に搭乗した車両の女性を機械化し協力者にしつつ足を確保する。 外はすっかり夜の時間。日が沈み、辺り一帯は真っ暗になるが、彼女達の視界には関係のないことだった。 「あなた達はどこまで行くの?」 「センティリオン社です。可能なら直接行きたいんですけど、その前に社員や役員の自宅に行ければいいなって」 聡美とエミリーが狙いをつけている場所は、世界に名だたるビッグテック企業「センティリオン社」。そのデータセンターである。 世界各地に点在し、さらには超がつく程に厳重なセキュリティによって守られている。 それに直接侵入し、ペリメイズ人、または機械化人からのアクセスが開放されれば、一気に地球人類の機械化は効率よく進んでいくだろう。 同時に、所属している社員や役員を機械化できれば、より有利に事を進められるはず。 現在、聡美以外にも同様の動きを取っている者が世界中に散らばっており、各国各巨大企業やその重要拠点、さらには同じようにスラム街の機械化を進め、上から下からの侵食を本格的に進めていた。 「じゃあ、良いとこがあるよ。私の友達に、センティリオンに勤めてるっていう女性がいるの。娘と二人暮らししててね。それなら一番協力してもらうのにちょうどいいと思うな」 「ありがとうございます、何から何まで」 「けど、あたしらにそんなに親身になってくれていいの? しかも友達を売るようなことまで言ってさ」 エミリーの疑問は当然だった。 「あはは、何言ってるの。あたしの身体をこんな素晴らしいものにしてくれたんだからさ、これくらいのお礼はしなきゃ。それに、友達にも機械の身体になってほしいじゃない?」 二人を乗せて移動するその女性は、運転の最中、密かに下腹部の人工皮膚を破り、子宮ユニットを握って快楽信号に耽っていた。 「何か困ったらいつでも呼んでね! あんた達ならいつでもタダでいいよ! 生まれ変わらせてくれてありがと!」 最後にお礼まで伝え、運転手は二人を教えてくれた人物の自宅前で降ろし、その場から手を振りつつ去っていった。 二人がたどり着いたのは、センティリオン社の社員だという女性の邸宅。 二人暮らしと言うにはかなり広く、現在視界に入る情報だけでも車両が二台あったりと、とても豪華に見える。 「すごい……こんな家、目の前で初めて見たかも……」 「あー、あの頃はこんな別荘も買ったっけ。少人数でパーティーしたりするには便利なのよね」 かつての思い出を呼び戻したりしながら、二人は玄関の前に移動し、所在を確認する。 「タッチ式なんだ。でもこれなら……」 「ねえ聡美、監視カメラはハッキングした方がいいかしら」 「うん、外部から誰か来たらまずいし、警報鳴らされたら一番イヤだからそうした方がいいかも」 その言葉を聞いた直後、エミリーは監視カメラに向かって右腕を伸ばした。 人間の腕では到底届かない距離にあるが、彼女は右腕を次々と変形させ、通常時よりも大きく伸ばして監視カメラに触れた。 メンテナンス用に取り付けられた端子に接続し、そこからハッキング。家全体のカメラを機能不全に陥らせている間に、聡美はタッチ式キーを手のひらで触れて強制的に解錠。 地球のテクノロジーは取るに足らないと言わんばかりに、二人はあっさりとセキュリティを突破し中に入った。 「まだ二人は起きてるよね」 「さっきカメラを通して覗いてみたけど、ソファーの上で談笑してたわ」 「なら、二人が離れたところ変えてあげましょうか」 「いいわね。じゃあ、あたしがその目当てって言ってた社員の方を機械化させてあげる」 声を出さないように電子頭脳同士の無線通信で話し合う二人。 ここで仲間を増やせば、これからの行動がグッと楽になるのは間違いない。 二人は少しずつ足を進めて下手なことをしないように、知らない人物の家の中を進んでいった。 * * * 人間でなくなった存在が侵入してきたなど察知する気配もなく、聡美とエミリーが狙っている当の家主は、娘と二人で水入らずの時間を楽しんでいた。 「はい、これで私の勝ち。ダイス運に見放されちゃってたわね」 「もう、ママのダイス運良すぎだよ。私の分全部吸ってるんじゃないの?」 ボードゲームの時間を娘と満喫している女性の名前はオリビア=ウォーカー。 年齢相応の雰囲気はありながらも、よりその魅力を保ちながらムービースターと見まごうような美しさを抱いている。 さらさらとした美しいブロンドのセミロングヘアーに、シワが明らかに少なくパーツがシュッとしており、全体的にバランスの整っている美貌。 スタイルも抜群で、自宅内の私服姿でもモデルが身に着けているかのような魅力に溢れている。 そんなオリビアの娘が、現在ハイスクールに通っているメイソン=ウォーカー。 彼女の可愛らしさは母親譲りで、誰もが彼女と付き合いたいと思ってしまう程に容姿端麗。 それでいて教育の賜物化、文武両道もしっかりと確立しており、才色兼備という言葉を形にしたような人物だった。 「勝負は時の運だし、こういうこともあるわ。あと3回くらいやれば収束するかもしれないわよ?」 「うーん今日はもういいかな。これ以上やったらむしろ熱中して6回とか9回とか言っちゃうかも」 「引き際しっかりしてるのね。ママ楽しかったのにー」 「そりゃママは、でしょ。でも、次やる時は負けないからね! シャワー浴びてくる!」 ボードゲームの感想を温かく楽しげな雰囲気でぶつけあう二人。 親子気兼ねなく、わだかまりを感じない良い関係が築かれていると感じさせてくれる。 時刻は現在21時過ぎ。眠気がだんだん襲いかかってくる頃。 このまま引きずったらまずいことになりそうだと、メイソンは明日のことも考えて自分からここで区切り、捨て台詞を残してシャワールームへ向かっていった。 娘の健やかにかつきちんとまっすぐに育ってくれた姿に、オリビアはひとりになった時に思わず笑みが溢れた。 「とっても優秀な娘ね……私にはもったいないくらい」 「いいえ、とても貴女にお似合いの娘だと思うわ。あんなにしっかりしてるんですもの」 ぽつりと独り言をつぶやいたはずが、なぜか誰かからの返しが飛んできたことに、オリビアは驚きを隠せなかった。 現在この家には娘と自分の二人しかいないはず。パーティーはしてないし、誰かが隠れていたなんてこともない。 どこかから不法侵入してきたのだろうか。オリビアは手元の携帯端末からワンタッチの通報システムを作動させつつ、部屋に備えてある拳銃を取りに行こうとした。 「その通報システムは機能しないわ。今この室内からのネットワークは一旦遮断させてもらってるし、無線から繋がってたから通報システムも切らせてもらったの」 「だ、誰なの!? 出てきなさい!!」 知らない女性の声が言った通り、何度動かしても通報システムが作動しなかった。 万全に作られた自社システムのはずなのに、どうしてこんなアクシデントが生じているのか。 並行して考えつつ、オリビアは拳銃を取って声のする方向へ歩き始める。 「そこにいるのね!? 撃たれたくなかったら、今すぐそこから出てきて!!」 「拳銃を向けられたら……って言おうと思ったけど、あたし達の方が侵入者なんだし当然ね確かに」 いつまでも余裕を保ったまま振る舞うその女性。 そして、拳銃の存在をちらつかせても怖気づく様子のないその人物は、堂々と丸腰で姿を曝け出した。 「貴女……もしかして、エミリー=ジョンソン!?」 「あら、意外と覚えている人いるのね。てっきり忘れ去られちゃったかと」 名前を一発で呼ばれて嬉しくなったのか、銃口を突きつけられてもずいずいと前に進んで近づいていくエミリー。 かつてのモデルがどうしてこんなところに、そもそもロックもしっかりかけていたはずなのにどうして家の中に。 複数の疑問が一気に渦巻いてくるが、オリビアは何より、銃を突きつけても全く怯まず近づいてくる彼女がどこか不気味に思えた。 エミリーが活躍していた時期から考えても、見た目が妙に若々しく、そしてあの頃より綺麗に感じる。 だが、現在不法侵入しているという事実だけを見据えて、オリビアは警戒を解かなかった。 「……こんなところで何してるの。いったい何の用があって。現金ならここには無いわ」 「あたし達が欲しいのはそういうのじゃなくて……貴女なの、オリビアさん」 「私の名前を……いったいどういうことなの」 「センティリオン社員である貴女に、少し協力を仰ぎたい……というより、あたし達の仲間にしたいの。いずれ全人類がそうなるのは間違いないんだけど、その先達としてね」 「カルトの宣伝なら他所でやってほしいわ。笑えない冗談よエミリーさん」 「あら、冗談なんかじゃないわ。その証拠に」 エミリーはぐいっと足を前に出し、一気に距離を縮め始める。 「来ないで! それ以上近づくと本当に撃ちますよ!!」 「あたしの身体は今、機」 警告を無視しながら、己の身体を曝け出そうとした瞬間、エミリーの顔に向けて一発の弾丸が撃ち込まれた。 彼女の言葉はそこで途切れ、身体が大きく仰け反り倒れ……なかった。 銃弾の衝撃をもろに受けたにも関わらず、エミリーの仰け反りは90度のところで止まり、何事もなかったかのように起き上がった。 再び見せた彼女の顔は、左眼の端が抉れて眼球ユニットが露出し、金属製の骨格が顔を出していた。 皮膚が削り取られているにも関わらず、彼女の傷口からは、血が一滴も流れていなかった。 「な……なにがどうなってるのよコレ……!?」 「あっ……ぁ…………だから……言おうとしたじゃない……あたしの身体、今は機械なのよ……あぁ……きもちいい……」 性行為らしいことはしていないのに、エミリーの表情はポルノスターのような恍惚に染まっていた。 目の前に現れた信じられない光景に、オリビアの手は思わず怯んでしまう。 その隙に、エミリーは密着するほどの距離まで近づき、優しく身体を抱きしめた。 部屋着越しに、乳房や人工皮膚の柔らかな感触が伝わってくる。その柔らかさは極上とも言えるものだが、幸福感と恐怖が同時に襲いかかり、そして後者の方が大きかった。 「は、離して!! 触らないで!! なっ、なにこの力……はっ、メイソン! 貴女、まさかメイソンに手を出して……」 「ふふ、大丈夫よ。酷いことなんてしないわ。貴女の娘も、あたし達のことわかってくれるはずよ」 そう言った直後、リビングに先程シャワーを浴びにいったはずのメイソンが戻ってきた。 その隣には、オリビアにとって知らない人物である聡美がいた。 「メイソン! 大丈夫なの!? その女から離れて!! 私達に何かしようと……」 声を出して娘に早く逃げるように促そうとするが、その願いは、彼女にとって最悪の形で霧散した。 「…………ううん、そんなことする必要ないわママ。ママも早く、私達みたいに機械化しましょ」 「め、メイソン……? ん!? んんん!!」 娘からの言葉に耳を疑った直後、エミリーから多分に唾液を含んだ濃厚なキスを交わされた。 口が強引に塞がれ、無味無臭の液が喉に注がれていく。 離そうとしても離れない。離すことができない。柔らかな唇の感触が、脳を解してくる。 何度も抵抗を試みるが、エミリーはびくともしない。 そして、ようやく唇を離せたと思ったその時、オリビアの全身が痙攣を始め、その場に崩れ落ちた。 「あ、あ、あ、あうううああああいあううええええうああああぁぁぁぁ…………」 「ママ! 私と同じ機械になれるのね! 嬉しい!!」 その姿を見て、メイソンが嬉しそうにしながら近づき、ぎゅっと震える母親の身体を抱きしめた。 今にも死んでしまいそうな程にばたばたと暴れるオリビアの身体。涙が漏れ、失禁し、唾液がこぼれ落ちる。 危篤にしか見えない状態がしばらく続き、ようやく彼女の挙動が落ち着き、呻き声が消える。 そして、それまでの怒りや不安といった感情も全て消え失せ、無表情の状態で口を開く。 「物質変換が完了しました。生体脳に存在した情報の電子化及び、共有可能情報として登録します………………」 元人間だった誰もが口にしたシステムメッセージが発される。 それを聞いたメイソンが、まるで感動の再会でもしたかのように抱きつき、自らキスを交わした。 「ママ! ママもようやく機械になったのね! これで私と一緒……んん……」 愛情表現をするも、まだセットアップが完了していない彼女は、娘からの愛に応える事もできない。 初回動作が電子頭脳内で進められ、ようやく全ての動作準備が終了すると、人格エミュレートが開始され、先程までと同じ表情が戻ってきた。 「………………あら、私……」 「ママ! 私機械になったんだよ! この二人のおかげで、生身から機械に生まれ変わったんだよ!!」 娘のはしゃぎようを見るに、危害を加えられるようなことはされていないと判断したオリビア。 だが、いきなり事態が急転して何が何だか分からない。そもそも機械になるなんてどういうことなのか。そのような技術は、まだ実用化どころか水準にすら達していないはず。 未だ懐疑的なオリビアは、直球とも言える質問をぶつける。 「…………とにかく色々なことが起きてわけがわからないんだけど、機械になるとかってどういうこと? まだアンドロイドの技術体系すら発展途上なのに」 「それはね」 その答えを示さんとばかりに、エミリーが彼女のこめかみを両手で挟む。 「こういうことよ」 そこから一気に頭を回転させると、首の抵抗が働くことなくあっさりと顔が真後ろを向いた上に、何か着脱音のようなものが鳴った。 そして、オリビアの頭部はあっさりと身体から外れ、自分の首の断面が視界に入ってきた。 そこには、生まれてきてからずっとあったはずの血肉がなく、人間のそれとは違う皮膚を被った機械部品の塊があった。 「わ、私の……身体が……ほ、本当に……ゆ、夢じゃない……の……!?」 「現実だよママ。私だって」 母親の困惑を収めるように、娘も同じように首を外し、頭部同士で顔を見合わせるデュラハンの会話のような光景を作り出した。 「ほらね?」 「し、信じられない……こんなことが……!」 かつての著名人の不法侵入から始まった、受け入れがたい非現実の数々。それは、彼女達が知る未知なる世界の入口に過ぎなかった。