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不知火地獄行(無料版)

※こちらは『不知火地獄行』の冒頭サンプルとなります。

冒頭を読んで深淵を覗き込みたくなった方は、↓のリンクからご覧ください。


不知火地獄行(完全版)/ディーププラン

https://niku-18.fanbox.cc/posts/10470602


夕刻の薄闇が、牢の中を湿気を含んだ潮と、鉄錆の臭いで満たしていた。湿った板張りの床は、まるで海底の泥のように冷たく、梁から吊るされた太い縄と、壁や床のところどころにある黒ずんだしみが、この部屋が如何なる目的で使われているのかを雄弁に語っていた。強い海風のごうごうという音が、遠く波濤の唸りと響き合う。その中央に無造作に転がされた虎の男の姿があった。男の名は、不知火といった。着物は全て剥ぎ取られ、白い褌一丁の逞しい体躯には、炎と桜吹雪の刺青と無数の傷が刻まれており、隻眼の顔に刻まれた一際深い傷は、かつて西の海を統べた海賊頭領の不屈の魂を物語る。廊下や壁の隙間から入る湿気を帯びた潮風が縄を揺らし、天井の梁が軋む鈍い音が牢の中に反響する。

「…う…」

短い呻きと共にもぞり、と不知火の体が動いた。やがて、荒々しい息遣いと共に、不知火の意識が闇を切り裂き浮上する。

「っ…がはっ!」

息を詰まらせながら眼を見開いた瞬間、記憶が怒濤の如く押し寄せてきた。砂浜での磔、黒灘と鋼渦の大魔羅が己が秘所を貫き蹂躙する鈍い音、はらわたが千切れ削られていく激痛、そして――絶命。

「死んだ…はずだ…」

不知火の太い声が、掠れて呻く。己の掌を見つめ、そして握り締める。

「なぜ…俺は生きている…?」

その疑問に対する答えは向こうからやってきた。不意に聞こえてくるガチャガチャという金属音。やがて、ガチャリという音と共に頑丈な鍵のついた格子戸が軋みながら開かれた。薄闇の中、漆黒の巨体がぬっと中に入ってくる。

「黒…灘…!」

不知火が呻いた。白波と紅桜の刺青がうねる黒白のぶ厚く太い体躯をもつ鯱人。額から左頬を走る十字傷と、片肌脱ぎした着物の端からちらと覗く肩から腹を裂く袈裟懸けの傷が、この男との血で血を洗う戦いを不知火に思い出させる。その肩には幅広の大太刀を思わせる巨大な鯨包丁を担いでおり、よく手入れされた抜き身の刃は薄闇で鈍く光り、潮の匂いを纏って冷たい輝きを帯びていた。

「よう、不知火。目が覚めたか」

黒灘の低い声が、氷の刃の如く響く。

「驚いてやがるな。てめぇ死んだと思ったか?ハハッ残念だったな!俺がてめぇをそう簡単には死なせねぇよ!」黒灘の声には冷酷な喜びが滲みでており、それとは正反対に、牢の隅で震える手下二人が、怯えた目で二人を見やっていた。おそらくこの二人が黒灘に不知火の目覚めを知らせたのだろう。いつの間にか壁に灯された光に、二人の影が揺らめいた。




不知火の眼が黒灘を睨みつける。

「…何をした…黒灘…!」

不知火の怒りが太い声に滾る。その問いに対し黒灘は口元を歪め、肩に担いだ鯨包丁を床にドンと突き立てる。しばしの沈黙の後、黒灘が口を開いた。

「…何を?…あぁ、あの後おっ死んだお前を大陸まで連れて行って生き返らせたのよ」

「!?…ふざけるな!そんな戯言誰が信じる!」

不知火の怒声を涼しげな顔で受け流し、淡々と話しを進める黒灘。

「ふざけちゃいねぇ大真面目だぜ。現にあの時おっ死んだお前は今こうして生きているじゃねぇか!大陸…西域ってところはな、死人を生き返らせるだけじゃねぇ、人間を不老不死にしちまうような術を創ろうなんて考える、頭のいかれた連中がゴロゴロいる土地なのさ!そこでお前を生き返らせた」

「…馬鹿な…!」

途方もなく現実離れした黒灘の話に不知火が呻いた。

「…もっとも、この西の海から外に出るなんて考えもしねぇお前にゃ、口で言っても理解はできねぇだろうがな!」

あざけるような笑みを浮かべる黒灘に不知火は歯噛みする。だが、現にしっかりと脈動する心臓の音と、少しばかり疲れを感じるものの、むしろ以前よりも良好とさえ思える体のことを考えると、黒灘の発言も甘んじて受け入れざるを得なかった。

「…俺を、どうするつもりだ」

わざわざ大陸にまで船を走らせて自分を生き返らせるような真似をした以上、何か目的があるのは確かだ。先の自身への扱いを思えば聞きたくもない質問だったが、それでもあえて不知火は問うた。その質問に大きく口の端を歪める黒灘の顔に、不知火は寒気を覚える。首輪でもつけて飼い殺しにするつもりか、それともどこかへ売り飛ばすつもりか、それとも、またあの夜のように…様々な考えが頭をよぎる。だが、その問いに対する黒灘の答えは、そのような扱いすら生ぬるい、想像を絶するほど残酷なものだった。

「そいつをてめぇに教えにきたんだよ、不知火」

おぞましい笑みを顔に張り付けたまま黒灘がスッと手を振る。すると、今まで怯えながらこの場にいた二人の手下が弾かれたように不知火の元へ駆け寄ると、天井の梁から通した太い縄であっという間に不知火を大の字に吊し上げた。さっきまで怯えていた者とは思えないほど正確かつ機敏な動きに、不知火の体は抵抗する間もなく宙に浮く。天井の梁が軋み、両の手足が締め付けられる音が不気味に響いた。

「くそっ…!」

悪態をつく不知火をよそに、床に突き刺した鯨包丁を抜く黒灘。その目は異様なまでにぎらついている。

「口で言う前に、いっぺん体で教えてやるよ不知火…動くなよ」

黒灘が鯨包丁を握り直し、ぶん!と素振りを一つすると、刃を不知火の前に突きつけた。刃に映る不知火の顔が、恐怖と憤怒に歪む。

「いくぜぇ、不知火!」

黒灘が一歩踏み出し、鯨包丁を振り上げた。

不知火地獄行(無料版)

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