そろそろFANBOX用のサムネを用意せんか?
会員の皆様こんばんは、中村です。
今日はついに第二話のネームを…!と行きたかったところなのですが、もうちょっと修正したい点が出てきたのと、今週いっぱいネーム指導の柚木先生が夏休みを取られてるのでもうちょっとお待ちくださいね。
そういうわけで本日は表題の通りアンソロジーという作品形態について思うことがあったのでそのお話をしようと思います。決して本気で処女懐胎百合アンソロジーを発刊しようとかいう酔狂な話ではないのでご安心ください(詳しくは昨日のTwitter参照)(まぁ正直言うと見てみたい気持ちは多少ある)
話を戻しましょうか。
アンソロジー、百合界隈でもいっぱい出ましたね。
私もパルフェ2とか大好きで、一番最後の伊藤ハチ先生のお話はもう擦り切れるほど読んでます。姉さんのやってることは優しい虐待なんだよなぁ。
さて、その去年一昨年に隆盛を極めたコンセプト百合アンソロジーですが、実は中村もちょいちょい呼ばれたりしてました。「私も一応百合漫画家の端くれとして認識されている〜!」ということがわかったので、それそれで大変嬉しいことです。
しかし、結果的にはほぼお断りすることになってしまいました。
なぜそういう結果になってしまったのかというお話に入る前に、私がアンソロジー(または漫画やイラストの仕事)を受ける際に、大事にしている価値観のお話をします。
私がアンソロジーを受ける条件は以下の3つです。
・納期に余裕があること
・テーマについて強い共感or描きたい話がすでにあること
・作品の権利は私に残ること
1つ目と2つ目はすべての作家さんが考えていることだと思うので割愛します。(まぁぶっちゃけると納期の関係でお断りすることが一番多いです)(中村は原稿がとてもとても遅い…)そして、この2つをクリアした状態で私はさらに3つ目の条件である
「私の手元に作品の権利が残ること」
をとても大事にしています。
むしろ、この条件を飲んでいただけるなら原稿料についてはいらないくらいだと思っています。(もちろん上の2つの条件をクリアした上で)
というのも、まずは実利的なお話からしてしまいますが、私は作品というものは作者の大切な資産だと思っています。紙書籍がメインだった時代は売上に上限がありましたが、インターネットが普及した現在では一つの作品がこの世に生まれたら、その作品は半永久的に利益を生み続けます。
もうここまで読めば察しの良い会員の皆様は私が何を言いたいのかがわかるかと思いますが、アンソロジーは基本的に買い切り、つまり印税が発生しません。たとえばそのアンソロジーが何部売れたところで作家さんに入ってくるのは原稿料のみになり、一度報酬を受け取ってしまえばそれでおしまい、となります。
これ、ちょっとおかしくないですか?という話です。
アンソロジーの場合は作家の数が多いので、印税を全員に毎月配っていたら事務作業だけで膨大になるため印税という形での支払いが難しいというのはわかります。私も、印税という形で作家さんに還元するのがベストな形だとは思いません。
でも、なぜ作品の使用権が作家側にないのか。
作品の使用権があれば、作家さんはその作品を仕様して今後の収益につなげていくことが可能です。個人の同人誌で出したり、電子書籍化したり、人によってはTwitterなどSNSで公開して他の作品を知ってもらうきっかけにしたりできるかもしれません。
また、印税が作家さんに入ってこない、ということはその分はすべて出版社さんに入ります。話が少し逸れますが、出版社さんは部署ごとに”発行点数”というものがあるそうで、発行点数が多い部署ごとに予算が多く割り当てられる〜とかそういう事情もあるようです。この辺は会社によって違うと思うのでなんとも言えませんが、要するにアンソロジーは出版社側にとっては大変都合の良い作品形態のようですね。
もちろん、だからといって出版社はズルい!とかそういう話をしているわけではなくて。当然出版社さんはこの世界に本を出してくださってる大事な存在だし、また会社というのはそもそも働いている社員さんの生活を守るために存在しているので利益を追い求める姿勢は当然のことだと思います。
ただ、その結果として作家の利益だけが損なわれている状況に私は疑問を感じる、ということです。
作家と出版社。
一緒に仕事をする横の立場である以上、その利益は平等であるべきではないでしょうか。
また、買ってくださる方の気持ち的にも自分の支払った金額が会社や作家さんにも均等に分配されている方が嬉しいんじゃないかと思います。
解決策は色々あると思いますが、例えば印税としての再分配が難しいようなら、作家さんが作品を後々使えるようにしてあげるとか。3ヶ月とか半年とか期間を決めて、それ以降は自由に使ってもいいし、ネットに上げるのも、自分で販売に出すのもあり、面倒な人は何もしないという選択肢もあり。そういう作家さん側にもしっかり利益を残すような形態に変わっていったらいいなぁと切に思います。
また、お金の話以上に大事なこととしては、作品の権利を取られてしまったらもうその話の続きは書けない、ということがあります。
私は比較的キャラクター主体の漫画を描くタイプなので、いわゆる短編という漫画の形式があまり得意ではありません。一度キャラクターを生んでしまったらそのキャラにはもう命があって、その人生の一部分を切り取って漫画にしている…という感覚なので、どうしても話が長くなりがちです。
つまり、一度短編で出した話でも時間ができたときとかに「あっあのキャラの話もう一回やりたい」と思う可能性がすごく高いです。たとえば今年の2月に発表した『きみのきもち』などはまだ冒頭でなのでまだまだ続きを描きたいし、完結作品である『明日また会いましょう』などについても機会があれば後日談をもうちょっとしたいな〜とか思うこともあります。(明日また〜とかは実は理沙ちゃんにはお姉ちゃんがいたりするんですけど、その話まで出来なかったのがちょっと悔しいなぁとか)
なので、アンソロジーという形式で作品の権利ごと取られてしまうとそれは状況としては大変に厳しい、作家にとっては描きたいと思ったときに描けないことほど辛いことはありません。
そんなわけで、私が今まで参加させていただいてるアンソロジーは
「テーマに惹かれていて」かつ「作品の権利が私に帰属すること」
という条件を飲んでくれたもののみとなります。
たとえば去年一昨年と参加した百合ナビさん主催のweb百合アンソロジートワールなんかはすごく作家側のことを考えてくださってた企画で、寄稿した作品は今後自由に使っても良いとのことでしたので2つ返事でお受けしました。
また、年始に発刊された百合ドリル自由研究編なんかも「全ページwebに載せても良い」という大変太っ腹な企画でした。
この2つのお仕事については、「あっ業界が変わり始めてる!」と感じられて素直に嬉しかったですね!
で、そろそろ会員の皆様は唐突に始まった業界に対するお気持ち長文ブログに「えったいやき急にどうした!?」と思われていると思うのでそれについても話をしておきますね。
私はここ数年フリーの漫画家として色々な人と仕事をしたりお話をしていますが、聞けば聞くほど「それはちょっとおかしいんじゃないの?」ということがけっこうあります。が、出版関係内部の方になればなるほど昔から慣習的にやってることも多くて、そもそも
「”おかしい”という認識がない」
という印象を受けます。
一方作家さん側も「なんかおかしい…」と思っている人はいるんですが、普段関わる編集さんは一緒に作品制作をがんばってくれてる仲間なので、あまり強くも言えない…というのが現状のようです。
そこで私はというと、
一作目から今までほぼ一人で作品制作をし続けてきた完全なるぼっち作家です。
困ったときに相談する相手もいませんが、その分気を使う相手もいません。
一人で作品制作を続けつつ営業も宣伝も販売も経理も自分でやって〜というのは正直死ぬほど大変ですが、どこにも所属していなくて利権が絡まない状態にあるので、ある意味で自由な発言ができる特殊な立場なのかな、という気がしています。
なんというか、こういう業界の「なんかちょっとおかしい」的な話については、やはり商業作家さんとかは言いにくいことなので、読者側の方々の耳には入りにくい情報かと思います。
しかし、私のような立場の人間がそれについて何かしら喋ることで
「読者側の方々にも出版の裏側的な話も知ってもらいたい、知ってもらうことで何かしら業界に対してプラスになっていけばいいなぁ」
と思って今回の記事を書きました。
とはいえ表に出すのもけっこうアレな話なので、会員さん限定記事で書かせていただきました。
せっかく再編集期間という貴重な時間を頂いてるので、またたまにはこういう文字でお伝えできる情報共有もしていけたらいいなと思ってます。
それでは、本日はこの辺で。
おやすみなさい〜!
中村
Polioro
2020-08-28 23:31:43 +0000 UTC