SamSuka
さすらいのヒモ
さすらいのヒモ

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闇魔法を身につけた平民のキモオタが、悪役令嬢とヒロインをまとめて洗脳してハーレムご奉仕を楽しむお話。(導入)

プロローグ:王立学院の悪役令嬢とヒロイン


 ルミエール王国という国が存在する。

 その王国は、500年前に初代国王となる建国王ルミナスが魔獣の大群を強大な『光魔法』によって退け、その強さに惹かれた人々が集って建国されたとされている。

 そんな建国神話からか、王家は『光の加護』を受けた、四大属性からは外れるレア属性である『光属性』の魔法使いを重用してきた歴史があった。

 現在の国王、ヴィクトル三世は温和な統治者として民衆からは広く支持されているが、だからこそ、その裏で野心的な貴族間の権力争いや地方領主の不満がくすぶっているのも事実である。

 将来的な不安があるものの、現在では平和が保たれている国、それがルミエール王国なのである。


 そんなルミエール王国の王都、『アルテイシア』の西の端に威厳ある白亜の建築物がそびえ立っていた。

 それこそが『王立高等教育学院』であり、この学院が建設されている西地区はまとめて『学園地区』と呼ばれ、学生たちが利用するための施設が多く軒を並べている。


 この学園は、貴族の子息子女や裕福な富豪商人の子供たちが集う、国内最高峰の教育機関であり、『学園』とだけ呼べば他の領地などにある学校ではなく、この王立学院のことを指すほどだった。

 そんな王立学院のモットーは『勉学の前にはすべてが平等』。

 この言葉は、身分や出自を問わず、学問に励む者には等しく機会が与えられるという、第四代国王である『獅子王』の理想が現れたものである。

 しかし、そうは言うものの現実はそう甘くはない。

 貴族の序列に財力の差、そして生まれ持った才能が、学生たちの間に見えない壁を築いていた。


 また、王立学院の敷地は広大であり、中央の講堂を囲むように、『四つの寮』と『専門棟』がオクタゴン(八角形)になるように配置されている。

 各寮は学生の適性に応じて割り当てられ、寮ごとの競争意識も強い。

 四つの寮はそれぞれ『風』、『火』、『水』、『地』の四大属性を関した物に別れている。

 地球の動きを表す風を冠する『風の寮』は魔法学。

 人間が築き上げた文明の証である火の字を持つ『火の寮』は戦術と剣術。

 人間を成り立たせる水を当てはめられた『水の寮』は医学と薬学を。

 大地の恵みの意味を有する地を表す『地の寮』は経済と政治学を専門としている。

 そして、これらの寮に隣接するように、それぞれの得意とする分野の専門棟が建っているというわけだ。


 そんな学園の中心には『星の庭』と呼ばれる中庭があり、寮や学年を越えて、学生たちが交流する場となっている。

 そんな星の庭の中で、とある二人の少女が注目を集めていた。



「マリア嬢……何度言ったら分かってくれるのかしら?」



 穏やかだが、どこか厳しさを帯びた声が星の庭に響く。

 『ロゼリア・オブライト』。

 四年制の学園であるこの王立学院において二回生となっており、実家は建国以来の名門であるオブライト公爵家であるロゼリアは、金色の髪を優雅に揺らし、完璧な姿勢で立つ。

 その姿は、まるで王宮の肖像画から抜け出したような気品と美貌を漂わせていた。


「は、はわわ……! ロ、ロゼリア様……申し訳、ありません……!」


 彼女の言葉は、目の前に立つ少女、『マリア・ホープ』に向けられていた。

 この春に王立学院に入学したばかりで、まだ一回生であるマリアは華奢で小柄な体をさらに小さく縮こませ、小さな顔の中にある大きな瞳をぷるぷると潤ませながら謝った。

 彼女の声はビクビクと震えており、桃色がかったブロンドの髪が肩で揺れる。

 マリア・ホープは、辺境のホープ村出身の平民だ。

 この国では平民は家名を持たないが、名乗る際には出身地の地名を名乗ることになっている。

 つまり、この場合は『ホープ村のマリア』という名前である。

 そんなマリアは光属性の魔法に稀に見る適性を持ち、領主の推薦を受けてこの学園に入学した異例の存在であった。

 マリアの故郷のホープ村は、王都から遠く離れた森の奥に位置する小さな集落だ。

 穏やかな気候で肥沃な土地を持つホープ村では村人たちは日々を明るく過ごしており、村民が互いを家族のように思いやり、助け合って生きてきた。

 そんなホープ村で暮らしていたマリアにとって、友人の肩を叩いたり、時には笑顔で抱きついたりすることは、親愛の表現そのものである。

 しかし、この学園や貴族の間では――――いや、王都の平民からしてもまた、それは『はしたない』と見なされる行為だった。

 特に、婚約者のいる男子生徒に気軽に触れる彼女の行動は、貴族の令嬢たちから冷ややかな視線を浴びていたのである。


「挨拶は、はっきりと。

 殿方との距離は、節度を持って。

 笑顔は、控えめに――――」


 ロゼリアの声は、まるで教科書を読み上げるように厳格なものだ。

 マリアはなんとか『ハグ』の癖だけは必死に直したものの、ボディタッチだけは思わず親愛の証として行ってしまう悪癖として染み付いて締まっている。

 思わずと言った様子でマリアは唇を噛み俯くのだが、制服のブラウスを大きく膨らませているその胸は村娘らしくなく豊満で、そんな動きに合わせて揺れる。


「マリア嬢、貴女の魔法の才能は素晴らしい。座学でも努力を重ね、成績は光の寮で上位です。そんな貴女だからこそ、礼儀作法にも同じ努力を注いでほしいのです」


 ロゼリアが毅然とした口調で続けるその言葉は、慈しみというものを感じさせない、貴族らしい冷徹なものに聞こえるかもしれない。

 しかし、そこに込められた真意は冷たい非難ではなく、強い期待が込められていた。

 ロゼリアは、マリアの努力を認めているのだ。


 光属性の魔法は王国でも特別な力とされており、仮に適正者が現れたとしても低位の光魔法以外は満足に使用できないぐらいには、その扱いは難しいものとされている。

 なのに、マリアは短期間で高度な光属性の魔法を習得し、座学においても必死に食らいつき、平民上がりだというのに中位の成績を維持しているのだ。

 これは、ロゼリアにとって驚嘆すべき事実だった。

 ロゼリアはマリアがこの学園で輝く存在になれると、自分をも上回る『王国の至宝』となり、近隣の共和国とは異なり未だに男性の権威が強いこの国における、『女性の地位向上』にさえ関わるであろう逸材だと期待を向けているのだ。

 だからこそ、貴族社会のルールを軽んじる行動が、彼女の未来を曇らせると危惧しているのだ。


「ロ、ロゼリア様……私、ほ、本当にごめんなさい……」


 しかし、マリアの声はロゼリアの叱責に合わせるようさらに小さくなり、ぽろぽろと涙が頬を伝っていくではないか。

 それは恐ろしさから生まれる涙ではなく、哀しみから流れるものだった。

 マリアにとって、ロゼリアは憧れの存在なのである。

 建国以来の忠臣と称えられるオブライト公爵家の長子であり、現王太子の婚約者――つまりは、次期王妃として完璧な立ち振る舞いを見せるロゼリアは、マリアが目指すべき『立派な女性』の象徴だった。

 ホープ村では、貴族の礼儀作法など知る由もなかったマリアにとって、学園での学びは新しい世界への挑戦だ。

 そんな中で行われるロゼリアの指導は、彼女をより高みへと導くためのものだと理解していた。

 それなのに、自分の不出来さゆえに、その期待に応えられない。

 それが、マリアの心を締め付けた。


「私、こんなんじゃ……良くしてもらっている皆様に、恥ずかしいだけです……」


 マリアは俯き、肩を震わせた。

 肥沃な大地を持つホープ村で育ったマリアの胸は、この王国の一般的な村娘らしからぬ凄まじい存在感で揺れ、その愛らしい外見とのアンバランスさもあって周囲の学生たちの視線を引きつけてやまない。

 しかし、彼女自身はそんなことに気づかず、ただ自分の未熟さを悔やんでいた。


「っ……」


 ロゼリアの表情が、マリアの涙を見て胸に小さな痛みを感じたのか、わずかに揺らいだ。

 ロゼリア・オブライトは、完璧であることを自他に課してきた。

 オブライト公爵家は、火属性の魔法を継ぐ名門であり、彼女はその長女として、家の誇りを背負っている。

 母である公爵代理の厳格な教えと、亡父の遺した『王妃としての務めを果たしなさい』という言葉が、彼女の行動原理だった。

 だが、マリアの純粋さは、ロゼリアの心に小さな波紋を広げていた。

 ロゼリアはマリアのこの天真爛漫な笑顔が多くの学生を惹きつけることを知っていた。

 なぜならば、貴族令嬢であるロゼリアでは許されないその笑顔を、他ならぬ彼女もまた好ましく思っていたからだ。

 その無垢な親しみやすさは、ロゼリア自身が自分の将来には不必要なものだと切り捨ててきた『自然体』の魅力である。

 それでも行う指導の裏にあるものはマリアを否定する意図などなく、むしろ彼女の未来を思いやるからこそ醜聞を避けるための方法を身につけて欲しいという思いやりなのだ。

 その思いが、マリアに届いていない。

 ロゼリアは、初めて自分の言葉の重さに戸惑いを感じた。


「マリア嬢、泣かないでください。」


 ロゼリアは声をなんとか意識して和らげ、言葉を続けた。


「私は、貴女の才能と努力を認めています。だからこそ、この学園で貴女がより輝けるよう、礼儀作法を整えてほしいのです。貴女の故郷の価値観は素晴らしいものですが、ここでは異なるルールがある。それを理解してほしいのです」


 マリアは顔を上げ、ロゼリアの真剣な瞳を見つめた。

 その心は、尊敬と悲しみで揺れていた。


「ロゼリア様……私、頑張ります……! 貴女のようになりたいから……!

 でも、できなくて……ごめんなさい……」


 マリアの声は途切れ途切れで、涙が止まらない。

 ロゼリアの言葉は、確かに彼女を認めてくれているのに、なぜか胸が締め付けられる。

 ホープ村での『当たり前』が、それを尊敬するロゼリアに否定されてしまう。

 そのギャップが、マリアを苦しめた。


「そこで何をしている!」


 その瞬間、鋭い声が二人の間に割り込んだ。

 星の庭に集まって二人のやり取りを遠巻きに見つめていた学生たちが一斉に振り返る。

 そこには、金髪を輝かせ、凛とした佇まいの美少年が立っていた。

 『コンラッド・ルミエール』。

 このルミエール王国の次期国王であり、この王立学院に通う二回生の生徒であり、そして、ロゼリアの婚約者である。

 その高貴なる青い瞳はマリアの涙に気づき、義憤に燃えていた。


「……コンラッド殿下」


 ロゼリアは一瞬、動揺を隠せなかったが、すぐに無表情の仮面を被った。

 その公爵令嬢としての心はすでに愛らしいマリアの涙で揺れていたが、王太子の登場は新たな嵐を予感させたから、その心をさらに冷たい鎧を着直したのである。


「これはどういうことだ、ロゼリア!」


 そんなロゼリアとは異なり、コンラッドの声は義憤に満ちていた。

 彼の銀髪は陽光に輝き、青い瞳はマリアの涙を見つめて怒りを帯びている。

 コンラッドは、ルミエール王国の未来を担う若者として、正義感と理想を胸に抱いている真っ直ぐな好漢である。

 その彼にとって、平民であるマリアが貴族を前にして涙しているという現状は、耐え難い不条理を感じ取らせたのだった。


「どうもしませんわ、殿下。私は上級生として、そして最高位貴族として、マリア嬢の立ち振る舞いについて助言していただけです。彼女の才能を無駄にしないため、礼儀作法を整える必要があると伝えたかったのですわ」


 ロゼリアは落ち着きを取り戻し、優雅に答えた。

 その言葉は嫌味でもなんでもなく、誠実なものだった。

 彼女がこの学園で輝くためには、貴族社会のルールを理解する必要があり、それが彼女の未来を守ることだと強く信じていたからだ。

 それは恐らく、高位貴族ならば理解を示してもらえる考えだろう。


「全く、またか……何度言えば分かる、ロゼリア」


 しかし、コンラッドの声は冷たく、鋭い。

 コンラッドの反応は、ロゼリアの予想から外れるものだった。


「マリアは平民だ。彼女の住む世界は、貴族のそれとは異なる。

 学園のモットーは『勉学の前ではすべてが平等』だ。

 マリアが貴族のルールに無理に合わせる必要はないだろう。彼女は学問を学ぶためにここにいるのだから、過剰なマナーの押しつけはむしろマナー違反ではないのか?」

「それはお題目です、殿下。この学園には暗黙のルールがあり、明言されていない以上、絶対視すべきではありません。

 しかし、そのルールを破る振る舞いが、誰かを不快にさせるなら、改善すべきです。他ならぬ、マリア嬢の穏やかな学園生活ためにも」


 ロゼリアの言葉は論理的で、『貴族的』な信念に基づいているものだった。

 だが、コンラッドの次の言葉は、そんな彼女の『貴族的』な誇りを粉々に砕いた。


「ならば、君が直せ」

「…………はい?」


 コンラッドの声はまるで剣のように鋭く、ロゼリアの胸を貫いていく。

 その内容は、思わず彼女が常に被っていた仮面が取れてしまうほどの衝撃だった。

 そんな婚約者の動揺を見抜いたコンラッドは軽い笑みを浮かべながら、ロゼリアを思いやる気持ちなどまるで感じさせない、その矜持を傷つけるためだけの言葉を続けていくではないか。


「君がマリアに『指導』を行う姿を見て、私は友人であるマリアが傷つく姿に嫌悪を覚えた。これは私だけでなく、私の友人たちも同じだろう。だから、その不快感を与えた君が、その不快感を与える態度を直せ。

 君も……ふん、少しは『マリアを見習って』みたらどうだ?」


 その瞬間、ロゼリアの心は凍りついた。

 彼女の碧い瞳が、信じられない思いで見開かれる。

 それは貴族令嬢としては恥ずべき動揺の姿だったが、それを揶揄するものはいない。

 ロゼリアの胸は、燃えるような屈辱で震えた。

 彼女は、幼い頃から母であるガブリエル公爵代理に『王妃にふさわしい女性であれ』と教え込まれ、だからこそ感情を抑え、常に模範であることを求められてきた。

 ロゼリアの美貌も、火属性の魔法も、所作の完璧さも、すべてはそのための道具だった。

 コンラッドはその努力を『無駄』と言い放ち、マリアの『未熟さ』を見習えと命じたのだ。


「殿、下……!」


 ロゼリアの金色の髪が風に揺れるたび、まるで彼女の燃える心を映すように輝いている。

 だが、彼女は淑女として、感情を押し殺して、不敬と言われても仕方ないような反論を叩き出したい欲望を必死に飲み込んでいった。

 コンラッドの言葉は、最高位貴族の令嬢であり未来の王妃であるロゼリアに、『はしたなく笑い、男性に気軽に触れろ』と命じるも同然だったのだ。

 それは、彼女の全て、オブライト公爵家の誇りに次期王妃としての使命、完璧であろうと行ってきた努力を否定する、そんな屈辱の言葉である。

 少しでも貴族の機微を知っているものならば、二の句を告げなくなるほどのショックを受けるのも当然だろう。

 中には、自分が言われたわけでもないのにふらりと体を倒れ込ませそうになっている令嬢もいるほどだ。


「で、殿下……ロゼリア様……!」


 コンラッドとロゼリアのやりとりを見つめているマリアは、胸が締め付けられる思いだった。

 その琥珀色の瞳は涙でさらに潤み、ついには頬へと伝った水滴が陽光にキラキラと輝く。

 マリアにとってはコンラッドもまた、ロゼリアと同様に尊敬すべき存在だった。

 王太子として常に正義感を胸に学園の学生たちを導くコンラッドは、ホープ村では想像もできなかった『高貴な人』だからだ。

 しかし今、そんなコンラッドとロゼリアが対立している。

 しかも、その原因は自分にあるのだ。

 マリアの心は、自己嫌悪と悲しみでいっぱいだった。


(私が、ちゃんとできていれば……ロゼリア様に迷惑をかけなければ……殿下とロゼリア様がこんなふうになることはなかったのに……!)


 マリアはコンラッドの言葉を聞きながら、複雑な感情に揺れた。

 素敵な王子様は、自分を庇ってくれている――――それはホープ村で誰もが互いを守り合ったように温かい行為であり、同時にホープ村では感じられない童話のような理想の状況だった。

 だが、その庇護が尊敬するロゼリアを傷つけている。


(殿下は、私のために怒ってくれている。でも、だからって、ロゼリア様を傷つけていいわけじゃない……わ、私が……! 私が、仲裁をしなきゃ……!)


 マリアの小さな手は、制服の裾をぎゅっと握りしめた。

 彼女は、ホープ村の価値観である『皆が笑顔でいられることが一番大切』というものを学園でも守りたかった。

 だが、彼女の無防備な行動が、こんな事態を引き起こしてしまったことに、恐らくマリアは本質的な意味で気づいていないのだ。


「や、やめてください!」


 だから、場をさらに混乱させてしまうように、大きく声を上げてしまった。

 マリアの声が震えながらも星の庭に響き、彼女はコンラッドとロゼリアの間に進み出て、尊敬する二人が争いを辞めるように必死に訴えた。


「これは全て私が悪いんです! ロゼリア様は、私を良くしようとして、指導してくださっただけなんです! 殿下、お願いです、ロゼリア様を責めないでください……!」


 マリアの声は普段のふわっとした愛らしさとは異なり、切実さに満ちていた。

 彼女の涙は止まらず、琥珀色の瞳がコンラッドを真っ直ぐに見つめる。

 その姿は、まるで小さな花が嵐に耐えるような可憐さで、周囲の学生たちの胸を打つには十分なものだった。

「マリアは優しいな」


 コンラッドは、マリアの言葉に一瞬、表情を和らげた。

 だが、それはマリアの意に沿う行動を取ろうというわけではない。

 むしろ、その逆だ。


「だが、ロゼリアは、自分の思い通りにならないことが我慢できないだけだ」


 コンラッドの声は、依然として冷たさを帯びていた。

 そう、王太子はこの完璧な令嬢に対して、息苦しさを覚えていた。

 課題をこなしても『まだ精進の余地はありますね、もっと頑張っていきましょうね』、『これで次の勉学に移れますね』といった向上心に溢れた、しかし、思いやりのない言葉。

 どうして素直に褒めてくれないのだ、と常々思っていたのだ。 

 その婚約者に対する息苦しさがやがて嫌悪感に変わってしまったのは、最近のことではない。

 そんな不満を抱いていた婚約者に対する冷たい言葉なのである。

 それを向けられたロゼリアは、それこそ今にも気絶してしまいそうなほどの屈辱を覚える。


「……殿下、それでは私はここで失礼させていただきます。これ以上は、耐えられそうにもありませんので」


 ロゼリアはコンラッドを見つめて、唇を噛みしめた。

 その心は屈辱と怒りで煮えたぎっていたが、淑女としての誇りが、その感情を言葉として表に出すことを許さなかった。

 ロゼリアは優雅な足取りで星の庭を後にしていく。

 その背中は、まるで燃える炎のように孤高だった。

 コンラッドもまたマリアに優しげな微笑みを向けると、静かに立ち去っていく。

 星の庭に一人残されたマリアの小さな体は、涙と共に震えていた。



 星の庭での一幕は、王立高等教育学院に深い波紋を広げた。

 ロゼリアの屈辱。

 コンラッドの怒り。

 マリアの悲しみ。

 それぞれの感情は、互いに絡み合い、微妙な均衡を揺さぶった。

 学生たちは、この出来事をささやき合い、学園内に潜む派閥の溝をさらに深めていたのである。


 ロゼリア・オブライト。

 この国の王太子殿下の婚約者、つまりは次期国母である。

 自他ともに認める厳しい性格で、そして、その厳しさも納得の高い能力を持っている。

 適正の『火属性魔法』に関しては一年次の冬の今の時点で三年も四年も差し置いてすでに学園トップであり、座学においても入学から常に主席。

 声楽学や剣術学などにおいてはそれぞれに存在するスペシャリストたちには一歩劣るものの、その立ち振る舞いのマナー学においては他の追随を許さないほどの出来であった。

 輝かんばかりの金色の髪を振りかざし、その肢体はすでに大人のそれ……いや、大人をはるかに超える魅了を持った、完成された美貌。

 彼女の豊満な胸を揉めるのならば、魂がそこで焼き尽くされてもいいと望む男は大勢いるだろう。

 それどころか、あの誇り高さをそのままに自分にだけ従順な乙女として侍らせたいと、この学院全ての男性が思っている。

 王立学院の最強オナペット、それがロゼリア・オブライトなのである。


 そんなロゼリアを支持する派閥は、主に個人の魔術や武術の腕前を重んじる火の寮と、政治における高潔さを重視する地の寮の高位貴族の子息子女たちで構成されている。

 彼女の完璧なマナーと火属性の才能は次期王妃の理想像として讃えられ、マリアの無防備な行動は『貴族社会の秩序を乱す』と批判されていた。


 マリア・ホープ

 ホープ村から領主の推薦でこの学院に入学した、基本四属性の上位属性である『光属性』の魔法に高い適性を持つ少女である。

 その『光』という属性に相応しいぽわぽわとした柔らかな雰囲気を持っているマリアの魅力は、彼女の無垢な心と直結していた。

 その笑顔は学園の冷たい貴族社会に新鮮な風を吹き込み、男子生徒には『守りたい存在』、女子生徒には『癒やしの象徴』として愛された。

 ただ、小さな村で育った『村民みんな家族』という価値観が刻み込まれており、少々異性へのボディータッチが多い悪癖があった。

 本人にとってそれは親愛の証で、治すことも難しい。

 あのほんわかとした笑顔と、可愛らしい桃色がかったブロンド髪と、幼い顔立ちと小柄な背丈からは矛盾とすら呼べるほど凶悪な爆乳。

 この学院に関係する全ての男性が、マリアを恋人にしてイチャイチャとラブラブなセックスをしたいと願っているほどに女性としての魅力にあふれているのだ。

 そう、王立学院全員の脳内恋人、それがマリア・ホープ嬢なのである。


 そんなマリアを擁立する派閥というものも存在する。

 それは、魔法学に強い興味を持っている風の寮の学生や、マリアと同じく平民出身であったり男爵や子爵というような下位貴族の子息子女たちが中心だった。

 マリアの純粋さと努力は『平等』のモットーを体現する象徴とされ、光属性というものは魔法学に人生を賭ける者も多い風の寮の生徒たちに強い興味を向けられている。

 また、そんな彼ら彼女らにとって、マリアへと行われるロゼリアの指導は『高慢な抑圧』と映っていた。


 一方で、分裂して対立しているのはロゼリアとマリアに関するものだけではない。

 コンラッドに関するものでも対立が生まれていた。


 まず、コンラッドに付き従う派閥は、王太子の正義感に共鳴する理想主義の生徒や水の寮の慈善事業に強い興味を持つ生徒たちで、彼のマリア擁護を『弱者救済を重んじる王の器』と称賛した。

 しかし、コンラッドの王子としての資質を疑う派閥も静かに広がっているのもまた事実である。

 主に地の寮や保守的な貴族の子息子女たちは、婚約者ロゼリアを軽んじて、学園の空気を乱すコンラッドの行動を『軽率』と影で非難し、次期国王として『感情に流されすぎる』と囁いた。


 この四つの派閥は、互いに牽制し合い、星の庭を戦場のように見つめていた。

 だが、誰も知らなかった。

 春の新学期に現れる一人の少年が、この均衡を根底から覆すことを。

 王都の片隅で、彼は突如として手に入れた『闇魔法』を利用して王国を影から支配し、学園への編入を準備していた。

 その存在は、学園の全てを変える運命の嵐となるだろう――――。


シーン1:キモオータ第二王子と王国の変貌


 ルミエール王国の王都アルテイシアにそびえる王立高等教育学院。

 春の新学期が訪れ、星の庭の桜が満開に咲き誇る中、学園は新たな息吹に満ちていた。

 コンラッド・ルミエール王太子とロゼリア・オブライトは二回生から三回生に、マリア・ホープは一回生から二回生に昇級し、それぞれ新たな挑戦に胸を膨らませていた。

 四つの寮――風、火、水、地の学生たちは未だに落ち着かない派閥間での軋みを抱えつつも、新入生の活気と交流に期待を寄せていた。

 しかし、この春、学園の均衡を根底から覆す存在が現れた。


 『キモオータ・ルミエール』。


 とある事情により今年度から二回生に特別編入してきた少年である。

 なんと彼は、最近発覚したヴィクトル三世国王の『隠し子』であり、『第二王子』として認められたばかりの謎めいた人物なのだった。

 彼の登場はまるで闇の風が吹き込むように、学園の――いや、王国の空気を一変させた。

 学園内部だけではなく、王国貴族たちの派閥のささやき合いが響く中で、誰もがこの新たに現れた不貞の結果である王子の影響力を予感し、戦々恐々としていた。


 そんなキモオータの出自は、王宮に衝撃を与えた。

 彼は昨年までは王都で人気のパン屋に育てられた平民の少年だった。

 その家で平民ながらも恵まれた生活を送っていたためにぶくぶくと脂肪を携えたおデブちゃんになったのである。

 だが、神殿の高位神官が『王の血を引く少年が市井にいる』との神託を受け、驚くべき事実が明らかになった。

 実はキモオータの本当の母は今は取り潰しになった子爵家の令嬢で、現国王であるヴィクトル三世が若かりし頃に侍女として花嫁修業に訪れていた女性だったのだ。

 その子爵令嬢は国王の過ちにより身ごもってしまい、そんなことを大恩ある王妃に言えるはずもなく人知れず王宮を去り、行き倒れていたところをパン屋夫妻に拾われ、キモオータを産んだ後、命を落としたのだ。

 そして、時が巡って十数年。

 今になって神託によりその存在が明かされ、国王はキモオータを一目見てビビビッと電撃が流れたかのようにキモオータを我が子だと直感し、即座に第二王子として認め、彼に『キモオータ・ルミエール』の名を与えたのである。


 この出来事は、ルミエール王国に大きな波紋を広げた。

 国王ヴィクトル三世と王妃エリアナは、今でも歌劇となっているほどの壮絶な恋愛を経て結ばれたことで有名だったからだ。

 エリアナは名門侯爵家の令嬢として複数の貴族からの求婚を受けていたが、当時王太子であったヴィクトルの真摯な愛に心を動かされ、苛烈な教育を必要とされる王妃の座を選んだのだ。

 その愛は王都の民話として語り継がれるほどである。


 だが、不貞の証とも言えるキモオータの存在が発覚した瞬間、その深い愛は容易く怒りへと変わっていった。

 エリアナは、王宮の大広間でヴィクトルを前にして『陛下は私の心を裏切った! この汚辱、決して許しはしません!』と叫び、豪華な花瓶を床に叩きつけたのである。

 聡明な王妃はキモオータ当人に罪はないと認めつつも、誰よりも愛していたからこそ裏切りを行っていた国王への信頼を失い、離宮にこもるようになったのだ。

 一方で、王妃はその不貞の庶子であるキモオータを溺愛しており、自身の離宮へと招き、自身を慕う貴族の夫人たちと度々『親睦会』を主催するようになった。

 『キモオタ第二王子とぶちゅぅと情熱的なディープキス&種付けセックス』は、王妃派の貴族夫人たちのブームとなっているほどである。


 また、王家の他の子息も、父の不貞には強い反応を示した。

 特に第一王女リリアーナの拒絶は凄まじいものだった。

 コンラッド王太子の三つ下の14歳の少女は、潔癖な性格で知られており、彼女は、父ヴィクトルの不貞を知った夜、王宮の自室で、『父上は王として、夫として、かくも卑劣だったのですか!』と泣き叫び、愛読していた騎士道物語の書物を壁に投げつけたという。

 リリアーナは、純粋な愛と忠誠を信じる少女で、父の裏切りは彼女の理想を打ち砕いたのだ。

 とはいえ、新たなる兄であるキモオタ第二王子にその嫌悪を向けることはなく、むしろ、のんびりとした穏やかな性格に心を惹かれ、キモオタお兄様と呼んで慕うようになっていた。

 第一王女とキモオータ第二王子はもはや毎夜枕を持ってキモオタお兄様の部屋に向かって、『耳舐め手コキ奉仕&大好き連呼セックス』を行うほどの仲睦まじさを築いていた。



「ぶひ、ぶひひぃ~! キ、キモオータ・ルミエールでぇ~す♪ どうぞ、よろしくぅ~♪」



 新学期初日の朝、王立高等教育学院の中央講堂は、新入生と編入生の紹介式でざわめいていた。

 学生たちの期待と好奇心が渦巻く中、壇上に一人の少年――――他ならぬキモオータ第二王子が上がった瞬間、会場が一瞬にして静まり返った。


 キモオータの外見は、学園の優雅な貴族たちとはまるで異なっていた。

 ずんぐりむっくりとした短躯に肥満の体型は、ゆったりとした王立学院の制服に押し込まれており、その丸くて大きなお腹が窮屈そうに膨らんでいる。

 平民に多い黒髪はぼさぼさと乱れており、脂ぎった肌に張り付いた汗で額が光っている。

 小さな目はどこかぼんやりと焦点を欠いており、ニキビが点在する顔は笑った際の醜悪さがどうしても目立ってしまうものだ。


 キモオータの編入は、学園にも衝撃を与えた。

 国王の命令により『事情あり』として一回生からの入学ではなく二回生に特別編入された。

 学園長は『王子の教育は国の未来に直結する』とその受け入れを認めたが、学生たちの反応は『初めこそ』様々だった。


 ロゼリア支持派は突如現れた第二王子の『王子の品格』を疑問視し、マリア支持派は『平民出身の王子』に興味を示した。

 コンラッドを支持する派閥は国王と王妃の関係に修復不可能な亀裂を与えたキモオータを『王家の脅威』と警戒しており、コンラッド批判派は『現在の傲慢な王太子に対抗する神輿』として注目していた。


 だが、そんな空気も一ヶ月が経つ頃には一変してしまった。

 一部の例外を除いて、誰も皆、キモオータ第二王子に好意的な感情を抱くようになったからだ。


 学園の、いや、王国の誰もが知らないことだったが、キモオータは『闇魔法』と呼ばれる禁断の力に強い適性を持つ人物だったのだ。

 キモオータはパン屋で暮らしていた少年時代に偶然手に入れた古い魔導書を読破することで、闇魔法の真髄、人を自由自在に操る力を身につけたのだ。

 その力を王国全土に張り巡らせ、まんまと王家とは欠片も血がつながっていないというのに、王族としての地位を手に入れたのである。



「キモオタくん❤ 今日も一緒にランチを食べようよ❤」

「キモオタ殿下❤ 今日も高位貴族専用の個室を用意しております❤

 ささっ、共に向かいましょう❤ あっ、お荷物は持たせてもらいますわねっ❤」



 その闇魔法の影響を最も強く受けたのは、ロゼリア・オブライトとマリア・ホープという、学院の二大美少女だった。

 闇魔法の使用者であるキモオータはすなわち性欲の強い雄豚でもあったために、見目麗しい貴族令嬢たちの中でもずば抜けた美しさと愛らしさ、そして、エロさを持つこの二人に強い感情を向けたのである。

 闇魔法は理論と魔力の両輪で成り立つ他の魔法とは異なり、感情の昂りにのみその効果を上昇させる異端の魔法なのである。


 そんな闇魔法によって『洗脳』されてしまったロゼリアは、普段はかつての気高き貴族令嬢の姿を保ちつつも、キモオータへの態度だけが別人となってしまっていた。

 楚々とした学院の制服であってもなお淫靡に映る豊満な胸と細い腰を持つドスケベボディを、キモオータの前ではまるで誘うかのようにくねくねとうごめかすその様は、昨年度までの凛々しい次期王妃候補としての姿を見出すことができないほどだった。

 その高貴さを示すような碧い瞳もまたかつての冷静な知性を失っており、キモオータを見つめるたびに熱っぽい光を宿して見つめている。

 いくら相手が王族といえども公爵令嬢であるはずのロゼリアが、下女のようにその荷物を持って優雅な仕草でエスコートするその姿は、かつてマリアを厳しく指導した次期王妃とは思えぬほど『従順』、いや、奴隷的という表現すら似合ったものだった。


 マリア・ホープも同様にキモオータに心を奪われ、初めての『恋心』に胸を高鳴らせていた。

 その淡いピンクブロンドの髪は春風にふわっと揺れ、琥珀色の瞳はキモオータを見つめるたびにキラキラと輝いている。

 充実しているという言葉がよく似合う姿である。

 こちらもまた清純なはずの学院の制服に身を包んでもなお、その小さな背丈と豊満な胸というギャップに溢れたドスケベボディが、キモオータへと嬉々として声をかけるたびに激しく動くものだから、マリアの小さな顔ほどもある爆乳が動きに合わせて『ぶるるんっ❤ ぶるるんっ❤』と雄の情欲に合わせて動いていた。

 ロゼリアの指導によって消え失せていたはずの『抱きつき癖』がキモオータの前でだけは消失してしまっており、今、マリアはその大きな胸をキモオタの背中へと押し付ける形で背後から飛びつくように抱きついていた。

 しかし、以前と異なることがあるとすれば、マリアはそれが異性へと向ける『アプローチ』の一つとして認識しており、あわよくばこの胸の感触で自分に興味を持ってもらえないかという、かつての純粋な聖女のごとき少女からは考えられないような計算づくの行動でもあるということだ。



「ぐひひ……ふ、ふたりとも。そんなに焦らないでよぉ。僕は逃げないんだからさ♪」



 キモオータのなんでもない言葉一つで、二人の美少女が恍惚と笑みを浮かべる。

 そのことが、昨年までは単なる裕福なパン屋の息子に過ぎなかったキモオータへと、優越感という絶大な快感を与えてくれた。


「ああ、キモオタくん、ごめんね❤ わたし、ついつい、キモオタくんと一緒にいられるのが嬉しくて……❤ これじゃあ、またロゼリア様に指導をしてもらうことになりますね……❤」


 マリアの心はこの春にキモオータと出会った瞬間、闇魔法に一瞬で染められて、キモオータへの純粋な初恋が強制的に花開いてしまった。

 ホープ村で育ったマリアは村民たちを家族のように愛し、親愛のボディタッチを自然なものとしてきた。

 学園では、それが『はしたない』とされ、ロゼリアの指導に涙したものだが、キモオータの『ぶ、ぶひひぃ……! マ、マリアちゃんはそのままでいいよぉ。めちゃくちゃかわいいし、お貴族様の中では個性的で面白いっていうかぁ……♪」というあくまでキモオタの単なる欲望を満たすための言葉は、マリアの心に強い感動を与えた。

 『キモオータくんは、私を否定しない……私のままでいいって、初めて言ってくれた……』と、コンラッドも同じことを言っていたことをまるで忘れたかのように、その琥珀色の瞳はキモオータのずんぐりした姿を『理想の王子様』と映し、純粋無垢な心は闇魔法に絡め取られていたのだ。


「いいえ、マリア嬢……貴女だけではありません❤ 私もキモオタ殿下の前に立つと、つい淑女教育の全てを忘れてしまう始末……❤ もうあなたに偉そうなことなんて言えませんわ❤」


 ロゼリアの心もまた、キモオータと対面した瞬間、その闇魔法に絡め取られていた。

 オブライト公爵家の長女として完璧であることを課され、常に感情を抑えてきた。

 コンラッドとの婚約も公爵令嬢という立場ゆえに与えられた、次期王妃としての使命を果たすための道具にすぎず、そこに愛情や恋慕の念など欠片もなかった。

 婚約者がいる身で他の男性に心を惹かれることなどあってはならないと、ロゼリアは高い自制心を持つがゆえに生まれてから一度も恋というものをしたことがない。

 だが、キモオータと初めて出会った時にかけられた、『ぶ、ぶひひっ! ロゼリアさん、しょ、将来は家族になるんだし……な、仲良くしてくださいねぇ♪』という言葉とぼんやりとした笑顔は、そんなロゼリアの心をあっけなく掴んでしまったのだ。

 闇魔法によって植え付けられた恋心は、キモオータが王族であるという事実と結びつき、簡単に『崇拝心』へと変わっていく。

 今、ロゼリアの碧い瞳はキモオータの粗野で下品な平民としての言動すらも『余裕があって気取らない、真の王の器』と映しており、かつての誇り高さはキモオータに都合の良い、絶対的な忠誠に塗り替えられていたほどだ。



「ロゼリア……マリア……何だ、この光景は……」


 そんなロゼリアとマリアがキモオータに寄り添う光景を、コンラッド・ルミエールは呆然とした目で見つめていた。

 その金髪が春風に揺れていき、その青い瞳には戸惑いと僅かな怒りが宿っている。

 第一王子の声は、誰にも届かぬほど小さかった。

 すでにこの学院はキモオータ殿下を中心に回るようになり、本来ならば側近候補としてコンラッドの側に居た優秀な生徒たちも、時間によってはコンラッドから離れることも増えるようになってしまい、今はコンラッドは一人だけだったためだ。


「いや、ロゼリアとマリアだけではなく、他の者達も……!?」


 そう、おかしくなったのはロゼリアとマリアだけではなく、この学院の生徒や教員――――いや、王宮で暮らす家族や使用人、役人や騎士たちも同様だった。

 ロゼリアの変貌も、最初は彼女を支持していた火の寮と地の寮の高位貴族たちを困惑させたが、そんな彼らもまたキモオータの闇魔法に抗えず、次第に彼を『次期王にふさわしい指導者』だと、まるでキモオータが王太子であるかのように讃えるようになった。

 貴族派とも言えるロゼリア派閥がそうなのだから、平民や下位貴族の多いマリア派閥は言わずもがなだ。

 むしろ、彼ら彼女らの会話の中だと、市井での暮らしを知っているキモオータ第二王子が国のトップに立つことを望んでいるような発言も当たり前のように飛んでいたほどである。


「確かに、キモオータには不思議な迫力が……それこそ、父陛下のようなものがあるが……そ、それでもこれは……!」


 コンラッドが受けているキモオータの闇魔法の影響は他と比較すると小さなものだったが、それでも全くのゼロではない。

 闇魔法によってキモオータが周囲へと認識するように強制している『異様な魅力』にコンラッドも気圧され、相手は弟王子であるはずなのに強い言葉を投げかけられなかった。

 もはや、派閥も関係なく学園の学生たちは、キモオータに心酔していた。

 風の寮の魔法学徒はキモオータの『正体不明な威圧感』に染められて支持を表明し、火の寮の武闘派はその『気取らない態度』を 『王者の風格』と称した。

 水の寮の穏健派はキモオータの『温かさに癒やされる』と好意を示しており、地の寮の一筋縄ではいかない策士たちはその『王の血』に利権を見ている。

 ロゼリア支持派はその心酔を『正しい選択』と受け入れ、マリア支持派はその恋心を『純粋な愛』だと讃えている。

 今、学園ではキモオータを中心に『キモオータ殿下親衛隊』が陰ながらに結成されており、学生たちの間では彼を『真の王』と崇めることが当然のようになっていたのである。



「お、おい、ロゼリア……いったい何をしているんだ!」

「……あら、コンラッド殿下ですか。いかがなさいましたか?」


 だが、闇魔法で『まるで周囲の人間を不思議な力で洗脳をしてしまったかのような人気者』となったキモオタに対して、面白く思わない人間もわずかにだが存在する。

 その先鋒的な存在が、キモオタ第二王子の実の兄であるコンラッド王太子だった。

 自身の婚約者であるロゼリアと淡い思いを寄せていたマリアとが、弟王子であるキモオタへと体を寄せる姿が面白いわけがないので、当然といえば当然だろう。


「あっ……」

「ま、マリア……逃げなくともいいではないか……」


 そして、マリアはこの王子に対して強い恐怖を覚えているようであった。

 キモオタに対して恋をした今だからこそ、自身に対して向けられる恋の感情に敏感になってしまったのだ。

 コンラッドはただ単に親切で正義感が強いだけではなく、自分に対して恋慕の念という下心を持っていたことに、気づいてしまったのである。

 そんな異性が馴れ馴れしく体に触れてこようとしてくるのだから、恋を覚えたマリアは恐怖を覚えて当然であろう。

 マリアの行動にショックを受けながらも、それでもコンラッドは、この場の最上位者である王太子として三人へと厳しい言葉をかけるしかなかった。


「ま、マリア、ロゼリア。き、君たち、いくらなんでもはしたないだろう。今の君たちの距離の近さは、淑女のやることではない……!」

「あら、コンラッド殿下が『マリア嬢を見習ったらどうだ』と仰ったのではありませんか。

 あの時は何を馬鹿なことを、と思いましたが、今となれば確かに親愛の情を伝えるためにはこのように触れ合うことは大事だと考えを改めたのです」


 そんなかつての婚約者に対して、ロゼリアはひどく冷淡な反応を見せる。

 そして、コンラッドからマリアを守るように前に出る。

 かつてはすれ違い険悪な仲になっていたロゼリアとマリアだが、今では『キモオタ殿下親衛隊』としてともに行動をすることですっかり親しい関係となっているのだ。

 その親しい友人を怯えさせる下衆な男が相手だ。

 婚約者といっても所詮は政略で、昨今では不仲にもなっていた相手なのだから、なにも加減する必要はないと、今のロゼリアは本気で思っている。


「ぶひひ、お兄様。申し訳ないですぅ。僕が貴族としての常識がないので、二人に『つきっきり』で教えてもらっているだけなんですよぉ……ぐひひ♪」

「そ、そうだ! キモオータ、お前はもっと勉学に励み、マナーを身につけて、王族の一員としての責任を果たせるような人物になってから学院に入学すべきで――――」


 そんな中で割って入ってきたキモオータへと、コンラッドは非難の言葉を飛ばした。

 ただ、これは正しい。

 昨年度までは一市民に過ぎなかったキモオータは、この国内最高学府に所属するには相応しい知性と品性を持っているとは言えないのだから。


「コンラッド殿下! なんということを仰るのです!

 キモオータ殿下は貴方たち王族の被害者なのですよ!

 本来ならば王族として珠のように育てられるはずだった尊い御身が、貴方のお父上である国王陛下の無責任な行動で市井で暮らすこととなったのです!

 それを、言うもことかいて貴方が責任を言うのですか!?

 キモオータ殿下は王家の一員として、王城の離宮で一生を遊んで暮らすことを約束したのは、他ならぬ貴方のご両親である国王陛下と王妃殿下ではありませんか!!!

 それをキモオータ殿下は自らの向学心で学院に通いたいと願ったというのに……勉学の前には全てが平等というこの学院のモットーを忘れたのですか!?」

「う、ううっ……」


 だが、ロザリはそんなコンラッドこそを叱責した。

 そう、キモオタ第二王子は国と陛下に頭を下げられ、『今までのことを詫びるために、これからは王妃や第一王女も暮らしている男子禁制の離宮に住み、そこでなんの不自由なく暮らしてほしい』と『頼まれている』ような立場なのだ。

 血の繋がらない王妃もまた『朝は礼儀作法の修行として王宮に侍女として訪れている貴族令嬢がお目覚めのフェラをし、昼は王妃や王女に仕える女騎士たちによるセックス訓練、夜は王妃である私と王女である娘と仲を深めるパジャマパーティーをしましょう』と言ったほどである。

 つまり、本来ならばキモオタ第二王子はこの王立学院で勉強をする必要などないのだ。

 それなのに学院へと訪れてわざわざ勉学に励むその姿は、まさしく向上心の塊と呼ぶに相応しいだろう。


「まったく、コンラッド殿下と来たら……行きましょう、キモオタ殿下❤ このような人と関わるなんて、時間の無駄ですわ❤」

「キモオタくん、あの人たちから庇うように立ってくれて、ありがとうね……❤」


 ぎゅぅ、と。

 二人の美少女がキモオータの腕を挟み込んで、キモオータのために学院が用意した『秘密のサロン』へと立ち去っていく。

 コンラッドという負け犬は、そんな三人の姿を見送ることしかできなかった――――。


(続)

闇魔法を身につけた平民のキモオタが、悪役令嬢とヒロインをまとめて洗脳してハーレムご奉仕を楽しむお話。(導入)

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