櫻木真乃は魔性であった
彼女をスカウトしたあの日から、あるいはそうしようとした瞬間から、彼は櫻木真乃に魅了されていた
人を惹きつける天性の素質と類稀なる芯の強さ
櫻木真乃を構成する細胞のひとつひとつが彼女をアイドルたらしめていた
彼はスーツも折り目正しく美しい、側から見れば理想的な好青年だが、櫻木真乃に対してだけはそうではなかった
彼はすでに所帯ある身でありながら、櫻木真乃の舌足らずな言葉遣いと男好きのする豊満な肉体、ことさら屈託の無い幼い笑顔に心をわし掴みにされていた
担当アイドルなのに、大切な教え子なのに、何度も何度も穢れた欲望で彼女を犯し尽くし、泣き叫ぶ姿さえ美しいと思いながらその肢体に自らの分身を叩きつけた
夢はいつもそこで覚めた
それでも紳士らしく上司らしく振る舞おうと努めていたある日、彼は珍しく落ち込んでいた
普段であれば特に気に病むことはない些細な仕事の行き違い、忙しくなかなか子供を作る機会がない妻との僅かなわだかまりがその日はなぜだか彼を憔悴させた
無理からぬ、社会における多くの重大なアクシデントはその何倍ものインシデントの積み重ねであると言われている
彼が今日壊れたのは昨日の仕事のミスの所為でも、今朝の妻との他愛もない口論の所為でもない
ただ彼の精神のコップが今日、表面張力の限界を超え激しく溢れ出しただけなのだ
「ーどうしたんですか…?プロデューサーさん…」
そんな日に櫻木真乃だけが事務所にいて、彼を慰めるような言葉をかけたのは偶然だったのか、今はもう誰にもわからない
ただ事実として櫻木真乃は今にも消え入りそうな自身のプロデューサーを慮り、労り、そして優しく抱き寄せた
そこから先のことは彼も覚えていない
気がついた時には目の前に秘部を破瓜の赤で染めて横たわる、手塩にかけて育ててきたアイドル櫻木真乃の変わり果てた姿があった
貌の良かった乳房には激しく揉みしだかれてできた歪な腫脹がまるで鎖のように彼女をがんじがらめにしていた
怯えたように隠れていた陥没乳首は無理やり引きずり出され、先端が充血して歯形まで拵えられていた
両手で覆われた表情を押し測ることはできず、玩具を取り上げられた子供のように啜り泣く声だけが彼にことの全貌を把握させた
彼は額を擦り付けて土下座しあらゆる語彙を尽くして謝罪の言葉を連ねた
取り返しの付かぬ罪を犯しておいて責任も何も無いのだが、彼は涙を流しながら誠心誠意対応するとしこれから警察に行くと告げた
「…だめ」
その刹那、彼は確かに見たのだ
櫻木真乃の、星座の耀きのような瞳が澱み仄暗く沈んでいくのを
小鳥の囀りのような美しい歌声を奏でる唇の端が邪悪に持ち上がるのを
まさに、彼女が愛してやまない梟のように、夜の帳に鋭い爪と嘴で獲物を狙う猛禽類のように、櫻木真乃の魔性がその風貌を一瞬だけ現世に顕現した
それだけでもう彼は石のように動けなくなり、彼女の黒く染まった瞳に吸い込まれるように魂を手放したのである
「嬉しいです、プロデューサーさんと、プロデューサーさんが、私のこと、好きだって………」
櫻木真乃は魔性であった
そして櫻木真乃が魔性であることですら、彼は美しいと思っていたに違いない
※283文庫「梟のねぐら」より引用
次回→

櫻木真乃が家に来たいと言い出したのは2ヶ月ほど前のことだった 所帯のある男の、それも不倫関係にある男の家に来たいという女がどれだけの不吉を孕んでいるかはいくら彼が愚か者であっても容易に想像できた そして断る権利がすでになく、万が一断ったとして櫻木真乃がどのような行動に出るかを考えることの方が恐ろしい...
hondy/ほんでぃ
2022-07-02 19:12:26 +0000 UTCのぶし
2022-07-02 14:20:43 +0000 UTChondy/ほんでぃ
2022-07-02 04:44:33 +0000 UTChondy/ほんでぃ
2022-07-02 02:09:26 +0000 UTCohbaka
2022-07-02 00:02:57 +0000 UTC