SamSuka
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にちかがWING負けた話

落陽


燃えるように朱い西の空がすべて終わったことを教えてくれた


Wonder.Idol.Nova.Grandprix

若きアイドルの登竜門、W.I.N.G

シーズはその決勝まで進出し、そして敗れた


「…あはは」


緋田美琴は哀しそうに微笑んだ

ただ、その瞳に絶望の色は無かった

それがただの諦観か、何かに光を見出したのかはわからなかった


「なんか、ちゃんと私らしくて…ごめんなさい、こんな時なのに」


七草にちかと緋田美琴は不思議なユニットだった

お互いに気持ちが通じ合っているわけではない

それぞれが能力を高め合っているわけでもない

ただ2人ともがプロデューサーに言われるがままにシーズとなり、その役割を全うした

そしてただ、敗退した

何が足りていなかったのか、あるいは何も足りていなかったのか、プロデューサー自身にもわからなかった

この結果は間違いなく自分の責任であるとプロデューサーは感じていたが、その原因も謝罪の仕方もわからなかった


「私たちみんな、よくやったと思う。だから…ありがとう」


ありがとうを言いたいのはこちらの方なのにそれすらも先に言われてしまった。プロデューサーとして失格だった。本人にはもちろんそのつもりは無いに違いないのだが、美琴のこの謝罪はプロデューサーの心臓をあまりにも深く冷たく貫いた


「…レッスン室、行ってくる。私にはこれしか無いから」


使い古したシューズを握り、美琴は行き慣れたスタジオに向かった


「…私より、あの子に声をかけてあげて。きっと、まだ慣れてないと思うから」


美琴なりのにちかへの労いの言葉が虚しさをより一層加速させた

緋田美琴は挫折や敗北に慣れていた

慣れきってしまっていることはもちろんのことながら、その気持ちを最後まで自分の言葉で伝えられなかった美琴のディスコミュニケーションさが歯痒かった

にちかはその言葉を誰よりも、美琴の口から聞きたかったに違いなかった

それができていればあるいは…


だが、美琴の言う通りだった

今は、にちかの心のケアが必要だ─




───────────────────




W.I.N.Gは詰まるところ単なるオーディション番組だった

それに優勝できなかったからといってどうということはない

落選組の方が後々芸能界で成功するというのはよくあることである

しかし今はそういう話ではなかった

七草にちかに一番必要だったのは自己肯定感と成功体験である

すなわち他の誰でも無い自分の力で何かを達成すること、その上でコピーではない、七草にちかというアイドルとして皆に認めてもらうことだった

にちかは美琴を崇拝していた

美琴をそれこそ偶像のように奉ることで自分自身がなりたいアイドルとして演じさせていた

美琴が自分に妥協を許さなかったように、にちかもまた美琴に妥協を許さなかった

そうして自らの理想のアイドルを傍らに置いて立つことでにちかは自分自身もそうであると錯覚させていた

美琴への同一化願望と、自分自身の人生への昇華をにちかはシーズにぶつけていた

それを叶わなかった時、にちかがどういう精神状態に陥るか考えただけでも恐ろしかった


プロデューサーはゆっくりとにちかが待つ事務所のドアに手をかけた

ノブに鉛でも仕込まれたのかと思うほどに冷たく、重かった


にちかはソファに1人腰掛けていた

こちらから表情を窺い知ることは出来ない

壁掛け時計がかちりかちりと無機質に時を刻んでいた

針はちょうど18時を告げようとしていた


「よかったんです、これで…」


先に口を開いたのはにちかだった


「もう自分がなみちゃんでもアイドルでもないって───思わなくってすむんだもん」


にちかの声は消え入りそうなほどか細く震えていた

直接見なくとも彼女が今どんな顔をしているのかは容易に想像できた

いつの日か彼女がその華奢な双肩に背負った重圧から解放され、心から笑える日が来るのを願っていたはずなのに、七草にちかの周りだけが昏く深い海の底のように重苦しい空気を纏っていた


「にちか」


耐えきれずプロデューサーが呼びかけた

本当に自分の口から出たのかと思うほど低く小さい声だった


「…ロッカーとかも片付けなきゃですねー」


「にちか」


「シューズも捨てちゃおっかなー…」


「にちか」


プロデューサーの声は届いていない

いや、出会った時から届いていなかったのかもしれない

それでもプロデューサーは言わなければいけなかった


「…WINGがダメだったから全てダメだったなんてことはない。アイドル活動が終わったわけじゃないんだ。俺からもこの後のこと、次の─「この後?次?次ってなんなんですか」


涙をいっぱいに溜めながらにちかが遮った


「プロデューサーさんも見てましたよね。審査員のあの視線。言葉にしなくてもわかりました。おまえはここに来るには相応しくない、口紅を塗って、高い靴を履いて、それっぽく見せただけのアイドルだって。ラベルだけの粗悪品だって…!」


「にちか」


「…私もそうだと思いました。気づいてたけど、気づかないふりして今日までやってきました。私はただの一般人だって。よくできたアイドルごっこしてる、ただの子供だって…!」


「そんなこと…」


ない、と言おうとしてその言葉は貼りついたように喉から出なかった


プロデューサーはずっと、283のアイドルはみんな特別だしみんな普通の女の子だと信じて疑わなかった

櫻木真乃も、園田智代子も、福丸小糸も─

みんな何を持っているわけでもない

何も持たない普通の女の子だからこそ観る人の心を打つ

そう思っていた

だが七草にちかはそうではなかった

にちかは本当に何も持っていなかった

いや、何も持っていなかったのではなく、にちかは最初から何も持たないことを選択していた

何も持たないであろう自分の弱さをウィッグと化粧で隠そうとした

八雲なみの真似事をして、靴に合わせて踊ろうとした

他のアイドルたちが活動の中で何かを見つけ一つずつ何かを持っていく中で、七草にちかだけが一つずつ何かを手放していた


甘ったれた性格でもよかった

自虐的な芸風でもよかった

歌えない踊れないアイドルでもよかった

芸能活動で最も大切な、彼女が彼女を認めることで生まれるはずだった自尊心の全てを彼女は置いてきてしまった

それを暴かれ、決勝の舞台で文字通り丸裸にされてしまったことがどれだけ彼女の心を挫けさせたかは想像に難くなかった


それがわかっていたからこそ、取り繕う言葉さえプロデューサーは発せられなかった

自分が言おうとした言葉さえ、あまりの胡散臭さに反吐が出るほどだった


「にちかは…」


何か言わなきゃと絞り出した言葉さえ宙を彷徨った

いつもならアイドルたちに寄り添える言葉を選べるのに、七草にちかに対してだけは何の慰めも思い浮かばなかった

神でも悪霊でもいいから今彼女の心を癒せる言葉があるなら教えて欲しかった


「にちかは…魅力的なアイドルだよ…」


やっと出せた言葉のあまりの安っぽさにプロデューサーは嘲笑ってしまいそうになった


は、とにちかの口元がぐにゃりと歪んだ


「─魅力があったら…!優勝してましたよね!?」


にちかはプロデューサーの腕を握りしめ自らの胸にあてがった


「─にちか!やめ…」



「魅力的なんですよね?だったら証明してみてくださいよ!ほら!現役女子高生アイドルの胸を揉める機会なんて一生ないですよ!」


急に力の限り引っ張られ、プロデューサーの足元がふらつく

その弾みで大きなてのひらがにちかの左胸に沈み込んだ

にちかは一瞬、怯えるような顔を見せたがすぐに鋭い目でプロデューサーを睨みつけた

もうにちかは溢れる涙を隠そうともしなかった

大粒の涙が頬を伝い、事務所のフローリングの上にぽたぽたと落ちた

夕焼けの朱に照らされてまるでルビーのように輝いていた

七草にちかの魂の輝きが今ここにきて最高級に燃え上がったことは如何ともし難い皮肉だった


「…なんとか言ったらどうなんですか!本当に私が魅力的だったらプロデューサーさんだっ……て…」


啖呵を切ったにちかの歯切れが急に悪くなった

プロデューサーの下腹部が大きく盛り上がっているのが視線に入ったからだ


かちかちという針の音がさっきよりやけに大きく聞こえた

にちかの両目がまんまるく見開かれ、頬や耳介までみるみる真っ赤に染まっていった


「…は…」


さっきよりうわずった声でにちかが沈黙を破った


「─なんだ、発情してるんじゃないですか、私で。そんなに魅力的ですかねー、私の身体は」


そうではない


「プロデューサーさんはちょろいなー!プ、プロデューサーさんぐらいのおじさんたちにだったら私も人気あるのかなー!」


そうではなかった


七草にちかは、普通の女子高生だった

普通だったからこそ、プロデューサーの男性を勃たせた

プロデューサーは今まで283のアイドルたちを"そういう目"で見たことはなかった

大切な宝だったから、我が子のように可愛がっている子たちだったから

たとえ月岡恋鐘や桑山千雪がどんなに魅力的な身体をしていても、けしてプロデューサーの食指が動くことはなかった

プロデューサーは骨の髄まで"アイドルのプロデューサー"だった


だが目の前にいる七草にちかはただの女子高生だった

年頃の女性の身体に強く接触したら、男性は興奮するようにできている

手塩にかけて育てた娘たちならいざ知らず、一般的には男性はそういうふうにできている

それはすなわちプロデューサーが七草にちかを『アイドルとして見ることができていない』という事実に他ならなかった

魅力的なアイドルだと絞り出した言葉さえ目の前の生理現象に否定されてしまった


七草にちかは悲しいくらいに普通の人間だった

皮肉なことに、普通の人間だったからこそプロデューサーを勃たせることができた

その事実にプロデューサーは愕然としていた

シャワーを浴びたばかりの湿り気を残したにちかの髪から薫るラベンダーの匂いが鼻腔を擽った


「…なんとか…」


にちかの震える声がプロデューサーを現実に引き戻した


「なんとか言ったら…どうなんですか…」


強く握り締められていた手はいつのまにか解かれていた

ぽふり、と力なくにちかはプロデューサーの胸の中に飛び込んでいた

近づいたぶんさっきより強力ににちかの匂いを感じる

いつしか浅倉透が紹介したように、七草にちかはいい匂いがした

もう時計の音は聞こえなかった

お互いの心臓の音と、服が擦れる音と、息遣いだけが頭の中で反響していた


「プロデューサーさん」


背中に手を回してにちかが呟いた


「抱いてください。…じゃないと私…じゃないと私─」


プロデューサーは頭をバットで殴られたかのような衝撃を受けた

目の前がちかちかして眩暈がしそうだった

冷静でなくても、にちかが自暴自棄になり性行為という名の自傷行為をしようとしていることは明らかだった

これがWINGの敗退後でなかったらプロデューサーはにちかを叱責して窘めただろう

だがもう今は事情が違っていた

ここでにちかの手をほどき突き放したら本当ににちかは消えてしまうかもしれない

ここでにちかを拒絶したら本当ににちかは死んでしまうかもしれない

そう思わせるような鬼気迫る空気をプロデューサーは感じ取っていた

誰かちょうどいい言葉をくれ

パーフェクトコミュニケーションを取ってくれ

プロデューサーは神に祈りながら必死で返す言葉を考えていた


「お願い」


にちかがダメ押しのようにプロデューサーの耳元で囁いた

プロデューサーの男性部分を自分のお腹にぐいぐいと押しつける度にその先端はびくびくと跳ね、くぐもったようなにちかの吐息が溢れた


たまりかねたプロデューサーがにちかの両頬を掴みぐぐっと近づける

にちかは一瞬驚いたような顔をしたがすぐに理解し眼を閉じた


ああ、七草にちかは、こんなにも美しくて、愛らしい子なのに─


今から自分の手で汚されようとしている少女の儚げな容姿を眺めながら、プロデューサーはそっとその唇に指をかけ


ようとしたその刹那

視界に入ったその文字が辛うじてプロデューサーに正気を取り戻させた


【おやつ あります】


冷蔵庫に貼られた七草はづきの字がこちらを見つめている気がした

それははづきからの咎めだったのか、見えざるはづきの意志がそうさせたのかはわからないが何にしろプロデューサーはすんでのところで踏みとどまった


ぐいっとにちかの身体を引き剥がす

訳もわからずにちかがまたプロデューサーを睨みつける


「…なんっなんですか。今更怖気付いたんですか?あはは、お姉ちゃんにバレたらやばいですもんね。プロデューサーも辞めなきゃいけないかもしれませんもんねー!」


「…そういう問題じゃない」


「…じゃあ、なんっっで!」


にちかがプロデューサーの手を振り解いた

先程まで優しくプロデューサーを抱きしめていたてのひらは強く握られ、ぽかぽかとプロデューサーの胸を叩いた


「言えばいいじゃないですか!お前なんか抱く価値もないって!!お前みたいな小娘抱いて人生終わらせたくないって─「にちか!」


今度はプロデューサーの方からにちかを抱きしめた。だが今度は性的な要素を孕んではいなかった。いつもの優しいプロデューサーの目を取り戻していた。ただ、にちかにかけるべき最善の言葉は未だ見つけられていなかった


「ごめん、にちか。俺が悪いんだ。俺がにちかの良さを活かしてあげられなかった。許してくれ、にちか。出来ることなら償う。次こそ俺がにちかを輝かせる。俺がにちかを笑顔にしてみせる。だから─」


「自分を傷つけることだけはやめてくれ」


ずるりとにちかが力を失うのがわかった

プロデューサーはにちかが倒れないようしっかりと抱きしめた


「…あぁ…あああ…」


「─うぁ〜〜〜ん……ああぁ…ああ〜〜〜」


七草にちかはわんわんと泣き続けた

いつも気丈で憎まれ口を叩く七草にちかはもうどこにもいなかった

そこにいるのは愛情が欲しくて泣いているただの子供だった

プロデューサーはにちかの頭をぽんぽんと撫でた

欲しかった玩具が手に入らず駄々を捏ねる稚児をあやす父のように、2人はずっと抱き合ってお互いを慰めていた


太陽はすっかり沈んでいた




───────────────────





シューズが床を引っ掻く音だけがレッスン室に響いていた


緋田美琴はイヤホンで曲を確認しながらステップを踏みつづけていた

空は青さを取り戻しつつあった

壁掛け時計がかちりかちりと無機質に時を刻んでいた

針はちょうど6時を告げようとしていた


「─来てたんだ」


いつの間にか同じ空間にいたプロデューサーに気付いた美琴がダンスをやめて近づいてきた

心なしか表情は穏やかだった


「…さてはレッスン室で寝たな?」


イタズラした子供を窘めるようにはにかみながら、プロデューサーはイオン飲料水を差し出した

美琴はばつが悪そうにそれを受けとった


「…私にはこれしかないから。負けた時も自然と『ああ、もっと練習しなきゃ』って思った。ふふ、おかしいね。アイドルになるための練習なのに、練習するためにアイドルを目指しているみたい」


プロデューサーもかすかに微笑んだ

プロデューサーには一緒に笑ってやることしか出来なかった


「…あの子は、大丈夫?」


数口だけ水を飲んだ美琴がそうこぼした

プロデューサーにとっては意外だった。この気遣いは、もしかしたら美琴の成長かもしれなかった


「…俺にはわからないよ」


「…そう。プロデューサーにもわからないことがあるんだね」


美琴が練習を再開しようとしたその時、ドアが開いた


「─おっ、おはようございます!」


ジャージに着替えた七草にちかが入ってきた

両目も鼻の頭も真っ赤にして、髪はぼさぼさだった

捨てようとしていたレッスンシューズは磨き直され、靴紐も新しく替えられていた


「─私も…ご一緒していいですか?」


にちかは震えながらそう言った


「いいよ」


美琴は微笑いながらそう言った





2人の鳴らす足音が、ゆっくりと重なり合っていく

10近くも歳の離れた女たちが、彼女らの理想に向かって踊り出した

これだけの尊さと儚さをもってしてもなお、プロデューサーには彼女らに何か決定的なものが欠けている気がした

それがなんなのか、プロデューサーにもわからないままでいた

プロデューサーはただ彼女らに幸せになってほしいと強く願った

だがその願いはいつも『幸せとはなんなのか』という問いになって帰ってきた


─ふしあわせなのか、この子たちは


彼女らを不幸せだと断ずるにはあまりにも烏滸がましかった



透き通るような東の空はただ碧く、何も教えてはくれなかった





※283文庫「落陽」より引用


当初の予定ではぐっちゃぐちゃにセックスするつもりでしたが、書いてるうちにセックスしない方が僕好みだな・切ないな、と思ったので変えました

なんというか人の親になってからにちかに対する見方がだいぶ変わった気がする

真乃ちゃんみたいなやつが見たかった人はすみませんテヘッ(ФωФ )ゝ

そういうのはまた今度書きます

にちかがWING負けた話 にちかがWING負けた話

Comments

ディズニーかな?

hondy/ほんでぃ

ELECTRICAL COMMUNICATIONルートはどこ…?ここ…?(ELECTRICAL COMMUNICATIONルートって何?)

良かったです

hondy/ほんでぃ

合体しないのが良さが出て良き…

ぶり

BIG 感謝 LOVE

hondy/ほんでぃ

いいのよ(肯定)

あいおー


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