「プロデューサーさん…あの…」
真乃の瞳が深紅に染まっていく
「…血を頂いても…いいですか……?」
プロデューサーはゆっくりと近づいてくる真乃を見つめることしかできなかった
それは真乃の中に流れる血がそうさせたのか
あるいは真乃が自身の意志によってそうしたのか
そんなことを考える猶予すら与えられず、真乃の白く透き通った指先がプロデューサーに伸びていった
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「ヴァンパイア…?」
283プロダクションに近接する喫茶店
アイドル達やプロデューサーがよく利用するお洒落で落ち着いた雰囲気のこの店に似つかわしくない言葉が飛び交った
「はい………」
櫻木真乃が俯きながら眉をひそめて答える
華奢な身体をより一層すくめ、机の下に握られた両手はわなわなと震えている
プロデューサーは飲みかけたコーヒーを置き直して確認した
「ヴァンパイアって…吸血鬼のヴァンパイア?」
自分でも何を言っているのかわからなかったが、真乃は力なく頷いた
「私の家系…ヴァンパイアの血筋らしいんです…あのっ、ヴァンパイアって言ってもそれは俗称で、本当は遺伝性の特殊な血液疾患のことなんですけど…」
真乃は顔を赤くしながら今にも泣き出しそうな表情で告白を続ける
瞳はうるうると湿り、まばたきひとつで大粒の涙が溢れそうだった
「私の両親も、祖父母も、発症してなかったんですけど………私は、その…」
ついにぽろぽろと感情が溢れた
「発症しちゃった………みたいで…」
「真乃………」
プロデューサーはすぐに持っていたハンカチで涙を拭ってやった
ごめんなさい、とわずかに真乃がはにかむ
すんすんと鼻を啜りながら俯く真乃の姿はプロデューサーの心をひどく傷めた
「…どうなるんだ……その…、それを発症すると…」
とても恐ろしいことを聞くようで、プロデューサーはごくりと唾を飲み込みながら尋ねた
しばしの沈黙の後、真乃は言葉を絞り出した
「…血を飲みたく、なるんです………」
「血………??」
「異常行動の一種なんですけど…血液、そのものを飲みたくなるんです。成分を接種することに意味はないらしいんですが、吸血行為、そのものに執着を見せる傾向にあるって…」
真乃は酷く怯えているようだった
自らの病に対してはもちろんのことながら、それをプロデューサーに伝えて奇異の目で見られるかもしれないことを恐れていた
もちろん、プロデューサーはそんな人間ではなかった
むしろ真乃の不安を受け止め、彼に出来ることはないか必死で思考を巡らせていた
「怖いんです、私、自分で自分が」
「この前、灯織ちゃんやめぐるちゃんの首筋に噛みつきそうになりました。自分でもびっくりしたんですけど、ああ、美味しそうだな…って、ふらふら、って、灯織ちゃんの肩に手をかけて。でも灯織ちゃんが『どうしたの?』って言ってくれて、それで我に返って」
真乃はもう涙を隠そうともしない
「ごめんなさい、こんなこと、でも、プロデューサーさんにしか、言えなくて、お母さんは、お仕事をお休みさせてもらいなさいって、でも、でもっ、お母さんやお父さんにまでそんなことしたらと思うと、私、怖くて、こわくて………」
櫻木真乃はプロデューサーが初めてスカウトしたアイドルであった
優しくて温和な彼女であったが、その風貌からは想像できないほど芯は強く、多くのことを一人で背負い込むきらいがあった
最初は自らの自信のなさを憂いてレッスンに明け暮れた
283のセンターの重圧に押し潰されそうになることもあった
だが彼女は弱音を吐くことなく、イルミネーションスターズとプロデューサーの力を借りて、いつだって眩しく輝いてみせた
その輝きが今、プロデューサーの目の前でくすみ失われようとしていた
プロデューサーはこの真乃を救うことこそが自分がプロデューサーである本懐だと確信していた
「俺を使えばいい」
真乃は驚いたように目をまん丸くし、しかし、しっかりとプロデューサーを見据えた
「真乃が血を欲しくなった時、誰かを傷つけたい衝動に駆られた時、俺が必ずそばにいる。だから俺の血を吸えばいい」
「そんな…!私、それこそ…!」
「真乃」
プロデューサーは真乃をしっかりと見つめ直した
いつだって真乃を支えてきた、プロデューサーとしての瞳で
「よく我慢してくれた、よく告白してくれた。辛かったろう。言っただろ、ずっと真乃をサポートしていくって。ひとりで背負うことなんてないんだ」
真乃の表情がみるみる明るくなっていく
不安という闇に閉ざされた森の中にすうっと光が刺したようだった
「それに」
「血の気は多い方だからさ」
ははっ、とプロデューサーはいつものようにおどけた
可笑しくなって、2人でくすくすと笑った
思えばこの時すでにプロデューサーは魅入られていたのかもしれない
櫻木真乃の身に起こっていたことを、どこか軽く考えていたのかもしれない
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12月はとりわけイルミネーションスターズの仕事が増える
光り輝く星のように、あるいは空に架かる虹のように、その名を冠した3人のアイドル達には冬の煌めきがよく似合った
その日は3人での、遊園地でのロケだった
真乃がプレゼンターを務める昼の情報番組、クリスマスに向けて盛り上がるテーマパークの紹介をするコーナーをイルミネが任された
久しぶりの3人での仕事に、灯織もめぐるも心を躍らせていた
ただ一人、真乃だけが浮かない表情で説明を聞いていた
「真乃…大丈夫?」
心配そうにめぐるが尋ねた
真乃の顔色は素人目にもわかるぐらい紅潮していた
両頬が薄く塗ったチークを上書きするように朱く染まっていた
「熱があるんじゃ…今日寒いもんね」
ぴと、と灯織が真乃の額に手をやった
「ほわ……っ!」
真乃はびくりと身体を震わせ咄嗟に灯織から離れた
瞬間、灯織がとても悲しそうにしたのがなお一層真乃の心を締めつけた
「ご、ごめん真乃…いきなりだったよね…」
「あ、ん、う、ううん、違うの、ごめんね灯織ちゃん…」
「熱はないみたいだけど…真乃大丈夫?体調が悪いなら…」
「違うの、大丈夫、私大丈夫だから…!」
「真乃」
少し離れたところで事の成り行きを見守っていたプロデューサーが近づいてきた
「少し休もう。…すみません、櫻木を少し休ませてもいいでしょうか。10分ぐらいで結構です」
「はい、もちろん大丈夫です。…病院とかは行かなくて大丈夫ですか?」
スタッフも心配そうに覗き込む
それを遮るようにプロデューサーが言う
「大丈夫です、行こう、真乃」
こくりと頷いた真乃がプロデューサーに連れられて立ち去っていく
めぐるは後を追いたそうだったが灯織に制止された
「プロデューサーにまかせよう」
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遊園地の一角、事務所の隅の部屋に2人は入っていった
そこはロケ中の待機場所として、遊園地側がスタッフに用意してくれた部屋だった
真乃は息を荒げ、プロデューサーの肩を借りながら漸く椅子に腰掛けた
「真乃…辛いんだな?」
「…はい…、プロデューサーさん…」
真乃がなんとか言葉を絞り出す
プロデューサーは一刻も早く真乃を楽にしてやりたかった
「…俺もこういうのは初めてで…どうしていいかわからないんだけど、その、血って、指とかでもいいのか?」
「はい…っ…大丈夫だと…思います…」
「傷は…どうしたらいい?自分で噛みたいとかあるのか?」
「…あの…じゃあ…」
「噛ませていただいても…いいでしょうか…」
さすがにこれを言うのは恥ずかしいらしく、真乃は俯きながら小さく呟いた
「ああ…」
向かい合わせに座りながら、プロデューサーがすっと手を差し出す
これまで幾度となく差し伸べてきたその手を真乃は恐る恐る握った
真乃の呼吸が速くなるのがわかった
必死に抑えていた理性を解放するかのように、涎さえ垂らしながらゆっくりとプロデューサーの指先に顔を近づけた
「はーっ、はーっ」
発情期の犬や猫のように、据わった瞳で指先を舐めるように見る
どこから噛もうか、どうやって吸おうか見定めているようだった
だがそれでも真乃は最後の最後でプロデューサーを傷つけることを躊躇っていた
目の前に出された御馳走にむしゃぶりつきたくて仕方がないにも関わらず、真乃の心はまだ優しいままなのだとプロデューサーは安堵していた
「いいよ、真乃」
背中を押すようにプロデューサーが告げる
「好きなように、してくれ」
かりっ…
右手の人差し指に鋭い痛みが走った
真乃はプロデューサーの指先に歯を食い込ませ、一思いに皮膚の一部を噛みちぎった
つうっと真っ赤な血が零れ落ち、指に赤い線を作った
まるで赤い糸に導かれるように、真乃はその線を舌でなぞった
ざらっとした感触がこそばゆく、プロデューサーが身体をすくめた
ちゅっ、ちゅっ
つぱ、つぱ
時に幼子の可愛い口づけのように
時に鳥類の啄ばみのように
真乃はプロデューサーの指先を舐った
最初こそ遠慮がちに吸うだけだったが、やがて血の味を覚えて歓喜に震えながら恍惚の表情を浮かべた
える、える
じゅぽ、じゅぽ
だんだんと真乃の"吸血"が甘美で淫猥なものへと変わっていく
それは吸血というよりもはや口淫だった
真乃は虚な瞳で必死に舌先を転がす
流れる血の先端から上流の傷口まで、れぇっ、と這いながら舐め上げる
かと思えば頬を窄めながら指を咥え込んでじゅぽじゅぽと吸い込む
普段の真乃からは想像もできないような下品な食事音が2人だけの事務所に響いた
プロデューサーは自らの股間が硬く大きく盛り上がろうとするのを必死で堪えていた
手塩にかけて育てたアイドルが病によって悲痛な表情で助けを求めているのに、興奮してしまう自分が嫌になっていた
だが真乃の舌の動きは堪え難いほどに淫靡でそして快感だった
不謹慎ながら、この指が陰茎だったとしたら、間違いなくプロデューサーはもう射精していただろう
苦しんで、ただ血が欲しいだけの、大切な担当アイドルの口内に、どろどろとした自分の欲望を吐き出していただろう
これが指で本当に良かったと思っていた
ちゅ〜〜〜っ、と最後の一口を惜しげもなく吸い込んだ真乃はゆっくりと口を離した
瑞々しい唇にうっすらとプロデューサーの血が乗っかり、激しいキスをしたあとのように腫れぼったくて、そのあまりの色っぽさにプロデューサーは頭がおかしくなりそうだった
プロデューサーは知る由もない事だが、真乃はこの時絶頂していた
最愛のプロデューサーを傷つけながら血を分けてもらった事実、想像以上に美味だった血の味、血塗れの指と自らの唇の間に架かる淫らな橋
全てが櫻木真乃の心身を充足させた
もう逃れられないかのように
「プロデューサーさん…ありがとうございます…」
「元気に…なりました…♡」
真乃の瞳がうっすらと紅く光っている
感謝の涙を浮かべながらプロデューサーに何度も何度も礼を言う
何も知らない人から見れば、2人は激しい性行為の事後のように映ったかもしれない
プロデューサーはそんな真乃に見惚れながらも、理性を保って微笑んだ
「よかったよ」
プロデューサーが指をひっこめる
あっ、と真乃が名残惜しそうな顔をする
それがはしたないことだとすぐに気づいて頬を真っ赤にしながらまた俯く
よかった、いつもの櫻木真乃だ
ハンカチで指を抑えて止血する
それを見た真乃は我に返ってまた自分を責めた
「プロデューサーさん…ごめんなさい…」
せっかく真乃を助けられたのにまた泣きそうな顔をするから、プロデューサーも心配そうに弁明する
「いいんだ、真乃。こんなことで済むなら安いぐらいさ」
「また、欲しくなったらいつでも言うんだぞ」
それは本来言うべきではなかったのかもしれない
真乃が最後に残った理性と罪悪感で自らを抑えつけていた方がよかったのかもしれない
しかしプロデューサーは、模範的なプロデューサーであるがゆえに、最悪の選択肢を選んでしまった
「………はいっ」
櫻木真乃はにこやかに微笑んだ
それはまだWINGの時のような、GRADの時のような、単独ライブのあとのような、プロデューサーとの信頼関係に満ちた、安心しきったような笑顔だった
少なくともこの時までは
櫻木真乃もプロデューサーもまだ気づいてはいなかった
真乃の身体に流れている、本当の血を
櫻木真乃は、ヴァンパイアなどではないことを