その後しばらくまた私達は大の字で寝っ転がっていた。
ふいに冬吉がムクリと起き上がり、服を着たかと思うとふらりとどこかへ行ってしまった。ほどなく戻ってくるとペットボトルの水をラッパ飲みしている。『1本』しか買ってこないところがいかにも奴らしい。少しムスッとしながら
「私も!」
と言って、私は寝たまま右手を伸ばした。彼はチラリとこちらを見ながら、かまわず水をひと口含んだ。ちっ、こーゆー奴なんだよな。ところがそのまま奴の顔が私の右手を通り過ぎて近づいてくる。私が欲した水分は彼の口から直接供給された。その勢いで入り込んできた彼の冷たい舌を私は噛んだ。また私達は少し長いキスをした。
なんならこのまま2回戦行っちゃってもいいよぉなんて思っていたのだけど、私の顔の横に残ったペットボトルを立てると、彼はまた起き上がりどこかへ行こうとする。
「…ちょっと千夏の服買ってくるよ…そろそろ寒いだろ?すぐ戻るから…どっか隠れてなよ…」
そう言って彼はフラリといなくなった。隠れてろなんて言われたけど、出すのが趣味な私にとってこんなに素晴らしいシチュエーションはなかった。上半身だけ起こして私は朝の新鮮な空気を肺でも、皮膚でも満喫した。
冷たいが寒いというほどでもない心地よい春の風が裸の私を包む。
背筋を伸ばし両手を広げて背伸びをすると私はまたコロリと寝転んでしまった。こんなに心が満たされたことは今まで生きてきて初めてだとハッキリとそう思える。気持ちが前と上にしか向いていかない。世界は愛に満ち溢れている。降り注ぐ多幸感を全身に浴びて…
私は二度寝した。
「くしゅんっ!」自分のくしゃみで私は目が覚めた。
「…ほら…風邪ひいた…」隣に座ってこっちを見ていた冬吉が言う。
ていうか戻ってきてたんなら起こせよ!そう思いながら「風邪なんてひくもんか!どーせわたし、どーせバカなんで!」
と不機嫌に起き上がった私のお腹に買物袋が投げつけられる。
「…まぁ、でも…もう服着なよ…」
「……ありがと」
冷えた私の身体の中でハートがことりと熱い鼓動を打った。
しかしまだたったの5分後、私は彼を睨んでいる。
「一体これは何の罰ゲームなのか?」
「…ごめん、コンビニ…そんなのしか無かったんだ…」
私は彼を睨み続けている。
「大は小を兼ねるという言葉をお前は知っているか??」
「…ごめん…」
睨み続けている。
「ゴメンじゃなくてハイかイイエで答えろ。」
「…あ、はい…」
なんなら胸ぐらを掴んでみてもいる。
「逆に言えば小は大を兼ねないんだよ。バカの私でもわかる。」
「…ゴメン…」
彼が買ってきた衣類という名の二枚の布切れはどう考えてもサイズの小さ過ぎる白のタンクトップと黒のホットパンツだった。真夏の部屋着にだって使えないような格好で、私と彼は帰路についた。
さっきの車掌がいたらどうしようなんて少しの心配を抱えながら帰りの電車に乗りこんだが、見たところ問題はなさそうだった。
しかし私達の問題は別の場所にあった。向かいのオッサンはスマホを見るふりをしながら何度も何度もこちらを見てる。その横ではババア二人が汚いモノでも見るような視線をこちらにむけながらヒソヒソ話。少し離れた座席では部活に向かう男子中学生達がたまたま見つけた格好のズリネタについてニヤニヤとこちらを見ては議論している。
私はといえば浮き出た乳首を隠そうともせず、どうやってもイン出来そうにないシャツとパンツの間のおヘソだって丸出しで、太もも露わに冬吉と並んで腰かけていた。
別に見られることに恥ずかしさなんてない。だけど素っ裸のときのような興奮もないのはなんでだろう?ただなんか少しだけ嫌な気分になっている。なんで?なんで?こちらに好奇の目を向ける沢山の目玉をキョロキョロと見渡して、バカな私はバカなりに答えを探してみる…。
そっか!わかった!やっぱりマッパじゃないからなんだな!
裸になると、いつもの風景が全く別のものへと変わる。いつもはただダラダラと当たり前にある空気が、急になんだかシャキッとするんだ。
そしてその世界では私はかけがえのない特別な存在で、物語の主役で、主人公で、私を中心に周る世界を自由に飛び回る。とびきりの気持ちよさと一緒に。
だけど服を一枚でも着ちゃったら。そこはもう夢の世界じゃなくなるんだ。私は頭のおかしい薄着の一般人で、普通のふりした覗き魔の一般人たちが暮らす日常の中でごく一般的ないやらしい目を向けられている。
私の中で少しばかりの嫌な気分はこんがらがった黒いトゲトゲのかたまりになってふくらんでいった。なんだか自分が酷く下品で、醜い肉の人形のように感じる。さっきの朝の有頂天がウソのように、私は身も心も崩れかけていた。
そのときだった。急にズボリと私は何かを頭から被せられた。焦ってもがくと、私の頭はその黒い物体からひょこっと顔を出し、私の両手はスルスルと左右のトンネルへと滑っていった。
黒いロンT。今私の身に付けているこいつには確かに見覚えがある。そしてこの気持ちが落ち着く優しくていい匂い。こいつも確かに嗅ぎ覚えがあるぞ…。
ハッとして私は隣を見た。
ガリガリの白い上半身をさらけ出した青年は顔だけを真っ赤にして真っ直ぐ前を睨んでいた。
私のハートは数万本の矢で射抜かれてハリネズミみたいになってしまった。
前を見据えたまま彼は私の肩を強く掴んで、私を抱き寄せた。
さらに数万本の矢が飛んできて、私のハートは原型すら留めぬ針の山になった。
私は彼と同じくらい顔を真っ赤にして、その薄い素肌の胸板に頬と胸を力いっぱい押し付けた。
なんだよバカ。人見知りの照れ屋さん。こっち見ろよ。写真しか能のない世間知らず。ヒョロガリ。不器用。バカ。バーカ。……。
…大好きだよ。大大ダーイ好きだよ。
いつまでもそばにいて。
私はアナタの切り取る世界の中にずっといたいの。
裸のままで。
Cairn07
2024-06-18 18:03:24 +0000 UTC