〜発情編〜
夜の闇中。
古びた狭い山間の国道を軽のワゴン車が一台走っていた。10月の、やけに月が大きく綺麗な夜だった。
「家を目指して🎵かぁ〜えろぉうぉうよォ🎵」
ポンコツを転がしていた大柄な中年の男、大野剣三郎は大層上機嫌で、すっとぼけたメロディで鼻歌を歌っていた。思わぬ仕入れ問屋の『訳アリ品』があり、格安で上質のコーヒー豆を大量に手に入れる事が出来たからだ。なんてったってここの所の物価の値上がりだ。開店以来30年近く、自慢の喫茶店の珈琲は、ずっとその値段を据え置いてなんとかやってきたが、流石にそろそろ値上げをと考えていた折に、棚から牡丹餅が降ってきたという訳だ。勢い余った予算で店内の備品まで物色しようと予定外の寄り道をし、すっかり遅くなってしまったが、後部座席に積んだ段ボールから匂うコーヒーの甘い香りで気持ちはずっと昂っていたし、この『広い道しか知らない最近の奴等はわからない』とっておきの近道を抜けると、家まではなんとか日をまたぐまでには帰れそうだった。
「秋のひぃ〜🎵ひとぉ〜りぼぉおっちの…⁈」
キキキキキキーッ‼︎
朗々としたメロディーは突然途切れ、剣三郎は車道に突然飛び出してきた『ある物』を避けようと急ブレーキをかけながらハンドルを切った。そのまま反対車線へと大きく飛び出したが、なんとか体勢を立て直し、ノロノロと左車線に戻ると側道に車を停車させハザードランプを点けた。
「な…なんだ⁈一体なんなんだ⁈」
彼は激しい動悸を抑えようと唾をゴクリと飲み、冷や汗を拭いながらこれからの自分の行動を思案した。
ここは殆ど誰の利用もないうら寂れた山間の国道だ。今までだってタヌキやキツネに飛び出された事は何回だってあるし、なんなら鹿や猪に出くわした事だってある。でも今回のは初めてだ。見間違いでなければあれは…あれは確かに、
『裸の女』
だった。
『誓って跳ねちゃあいない。なんの衝突のショックもなかった。つまりは俺はこのまま走り去ったって一切の罪にも問われないはずだ‼︎だがしかし!しかしだ‼︎こんな人気のない山道におそらく全裸のおそらく若い女!何もない訳がない‼︎絶対すげえ面倒ごとだ‼︎剣三郎よ!オメェはそんな物にわざわざ巻き込まれに行くのか⁈』
しばらくの逡巡のあと、深く大きな深呼吸をし、彼はシートベルトを外して車のドアを開けた。さすがに生来の性質である自分の正義感を悔やんだが、ここで立ち去ればそのほうが彼にとって一生の後悔となるだろう。
急いで夜道を駆け戻ると、真っ暗な闇の中にやはり白く浮き立つ人の形が見えた。だがそれは道の真ん中にぐったりと倒れ込んでいた。
「いけねぇ‼︎ちょっとアンタ‼︎」
跳ねてはいないにしろ、彼女もショックで気絶したのではないか?もしくは車を避けようとして別の原因で怪我をおったか?とにかく剣三郎は急いで駆け寄り『それ』を抱き起こした。
「大丈夫かっ⁈しっかりし…うおっとこりゃ…」
『それ』、いや彼女は彼が思っていた以上にすっぽんぽんで、本当に身体には一切何も付けておらず、彼が抱き起こした際に、形のいい大きな2つの乳房と、黒い陰毛がハッキリと見えた。
剣三郎だって聖人君子ではない。間近でこんな若く美しい女の裸を拝めるなんてもう何十年もなかった事だし、そこに思わず30歳を迎えずに事故死した妻が重なり、一瞬それを凝視したのも確かだ。しかしこんな場所でこんな物を見るという異常な状況、そして目を閉じ気を失っている美少女の、あまりに端正で清楚な顔立ちが、剣三郎にこの娘は決して自ら好んで裸を晒すような破廉恥な人物ではないと確信させ、彼は慌てて着ていたジャンパーを脱いで彼女の裸を覆った。
「しっかりしろよぉ!今助けてやるからな‼︎」
剣三郎はそのまま彼女を背負った。小柄で細くはあったがそれでも気絶し、自制のない人間にはそれなりの重みがあった。
「あらよっと!」
調子をつけて立ちあがると彼の両肩から細く白い手がダラリと垂れた。よく見るとその手は傷だらけであちこちから血が滲んでいた。下に飛び出た両脚はもっと酷い。
『これは…きっと夜の山ん中をこんな格好で彷徨ったんだ…』
彼の中で悪い予感が膨れ上がった。とにかく急ごうと一歩踏み出たそのときにただならぬ異常に気付いた。彼と美少女の周りをを知らぬ間に5、6人の男が囲んでいたのだ。
剣三郎は一番悪い予想が当たった気がした。これならまだキャンプ中に遭難し、野生動物にでも追いかけられていたほうがマシな理由だ。彼は沸々と沸き立つ怒りに歯軋りし、思わず怒髪天を突き叫んだ。
「ヤイヤイこのド畜生ども‼︎俺が来たからにゃもうこの娘には指一本触れさせねぇぞ‼︎」
剣三郎は人生でそんな言葉を叫んだことも初めてだったし、こんな他勢に無勢では勝算など全くなかったが、例え自分が死んでも彼女だけは守ると心に誓った。
周りを取り囲んだ男の集団は一歩、二歩と徐々に剣三郎達との間合いを詰めてきた。彼もその恐怖心をなんとか悟られないようにと睨みを利かせながらジリジリと後退し、また何か突破口はないかと彼等を見渡した。冷静になった剣三郎は、そこでその男共の異常さにも気が付き始めた。
まず剣三郎がてっきり強姦魔の犯罪者だと思っていた男共だったが、意外なほどに彼等からは性の欲望に駆られた野獣の臭いがしなかった。例えば彼等の誰一人として息を荒げてうめくでも、涎を垂らしイチモツを反り立たせているでもなく、ただ冷たく押し黙り、冷静沈着に彼と気絶している美少女を囲み、詰め寄っているのである。
また彼等全員がダークカラーで統一された整った揃いの服装で、サングラスを掛けていた。それは欲情したレ◯プ集団というよりは、何か統率のとれた軍隊や部隊のようだった。案の定、その中のインカムを付けた一人が誰かと交信し始めた。円陣の一歩外にいるように見える彼がはたしてリーダーなのだろうか?
「B32発見致しました。しかしCCCが1名。処遇は?…了解。」
「な、なんでぇ!コンチクショウ‼︎く、来るならきやがれってんだ‼︎」
勢い任せの啖呵を切っている剣三郎だったが、詰め寄ってくる男達に隙はなく、なんの現状打破の策も思い付けないでいた。
そのうちインカムの男が手を上げた。と同時に剣三郎達に一番近い左右の男達に殺気が宿る。
「女は生かして捕えろ。男は殺してかまわん。では、かかれ。」
インカム男の合図と共に左右の男達は一斉に襲いかかって来た。
剣三郎は美少女を背負った腕にグッと力を込め、男共を睨みながら悔しく慟哭した。
「チッ…ちっくしょおおめええ‼︎」
その時だった。
「あっ…あっはぁああ〜ん…」
剣三郎は背中の彼女が突如発した悶絶の吐息を聞いた。それはその清純そうな美少女にはあまりに似つかわしくない音だと思ったが、まぎれもなく彼女から発されたものであった。
その桃色の声の直後、彼女の身体が急に熱を帯び出した。その熱さとくれば、すぐさま人の体温などではなくなり、剣三郎はまるで炎の塊を背負っているようだった。流石に我慢が出来ないと思った瞬間、身体がふと軽くなった。彼女が彼の背中から飛び出し高く跳躍すると、空中でクルリと回転して剣三郎の手前に降り立ち、迫る二人の悪漢と対峙したのである。白く輝くその容姿も先程までの姿とは変貌しているように見えた。髪は逆立ち蒼白となり、その手脚の先は鎧のような硬い外皮に包まれていた。
剣三郎の前に彼が彼女に着せたジャンパーがヒラヒラと空から舞い落ちてきた。それが地面に落ちるほどの一瞬で勝負はついた。襲いかかる男のパンチをスルリとかわすと、そのままカウンターで美少女は男の顔面を掴み、なんとその頭を軽々と握り潰したのである。彼女の伸ばした手の先で頭から噴水のように血を流す男のダラリと垂れた手足がビクンビクンと痙攣した。
もう一人の男は一瞬怯んだが彼女が死体をぶら下げている右手側の死角を上手く使って攻撃をかけてきた。しかし彼女は強襲する男にその死体を投げつけるとなんと死体ごと2人の腹を左手で貫いたのである。
「⁈あ…あぁ…あ…あ…」
剣三郎はその場にへたりこみ、ガタガタと身体を震わせながらその地獄絵図を凝視した。最初に抱き抱えた純真無垢な美少女と、目の前の殺戮を繰り返しその白い身体を血に染めていく裸の魔女が全く同一視出来なかった。
「はぁああああ〜ん…」
女の口からまた悦楽の溜息が漏れた。まるで殺人にエクスタシーを感じているかのように。
インカムの男は表情こそ変えなかったが、額には汗が吹き出し、それが眉間から顔の面をつたった。
「いえ…間違いではありません。明らかに『発情』の兆候が見られます。もはや我々では…ハハッ!ム…百足様…り、了解しました。」
血塗れの裸女を憎々しく睨んでインカムの男が次なる作戦を伝える。
「…ラ…ラタイダーB32…我らの母よ。…しかし今はまだ目覚めのときではない……。皆の者、ポジションデルタだ。ぬかるなああああああ‼︎ウグゥアアアアアア‼︎」
その冷静なリーダーの声が途中からイビツに歪んだ。かと思うと彼の纏っていたブラックスーツは内側から引き裂かれた。男の肉体が膨張し、それは緑色をした筋肉の塊と変化した。身体はまだ人の形を保っていたが、顔はというと首は倍以上に伸び、大きく裂けた口からは凶暴そうな牙が何本と伸び、彼は瞬く間にまさに化け物と呼ぶべき姿となった。そして両の腕は鋭利な剣…いや大きな鎌へと姿を変えギラリと光った。それはまるで人間とカマキリが融合したような醜いモンスターであった。
「一体…一体なんだってんだあ‼︎」
剣三郎は恐怖に顔を引き攣らせて叫んだが、もはや敵は全裸の魔女にしか興味がないようだった。彼女も正体を現したカマキリの化物をずっと睨んでいる。
「かかれぇエエエエエエーッ‼︎」
カマキリ男の発した号令と共に残った部下の3人の男が魔女を三方向から攻めた。一人は真正面から、残りの二人は左右から。そしてそれは彼女に攻撃を加えるというよりもなんとか彼女の動きを封じこむ様に見えた。左右の男はスライディングで滑り込み、彼女の脚を取り羽交締めにしようと目論んだ。だがそう上手くはいかない。二人は彼女に顔面を掴まれ、何度も頭部をアスファルトに打ち付けられた。頭蓋骨の割れる鈍い音が聞こえた。1人の男は突進をかけ、無様にも彼女に正面から抱きついた。脇腹を何度もクリンチされ、血反吐を吐いても彼女から離れようとしない。息も絶え絶えの足元の二人の男も同様に彼女の脚に喰らい付いたままだ。
「キエーーーーーッ‼︎‼︎」
そこに突然彼女に向かい飛んで来たのはカマキリ男だ。その腰からは大きな羽根が生えていた。彼は大鎌となった両腕をクロスし、猛スピードで一直線に彼女に突進した。その鎌で彼女を押さえていた男達の首や腕がスパリと切れて飛び散ったがカマキリはそのままの勢いで彼女をガードレールに叩き付けた。歪んだガードレールにめり込み、クロスされた鎌が首に血の筋を付け始めると、美少女も口からコポリと一条の血を垂らした。
「フゥ!フゥ‼︎やはりまだ完全な発情ではないな!これなら…なッ⁈」
紅に染まった美少女の顔がむくりと起き上がり、虚ろな眼でカマキリを凝視した。
「ハァーッ…」
そう悩ましく喘ぎ、彼女の手はカマキリの頬を優しく撫でた。
「な⁈や、やめろっ‼︎俺を誘惑するなーーっ‼︎」
そう叫びながらもカマキリ男の両手は彼女の首を絞める力を徐々に緩めてしまっていた。
「アハァアン…」
美少女は化物の前で股を開いた。妖しく滑って光るピンクの肉の貝殻がそこにはあった。
「うっ…ウウウウ…ウガアアアアア‼︎」
カマキリの腹部から細い昆虫の手足が汚い体液と共に数本飛び出て彼女の手を掴み、両脚を左右に大きく開かせた。
「フゥッ!フゥッ‼︎ウアアアア‼︎」
いつの間にか男の股間からは不気味な緑の陰茎が大きく反り返り、化物はそれを容赦なく美少女のヴァギナへとねじ込んだ。
「オウッ!…フゥ…オオゥ…オオオオ」
「アッ!アァン!アン!アン!アン!アン!」
化物の殺意は激しい欲情へと姿を変え、彼は無我夢中で彼女の身体をむさぼっていた。
剣三郎は先程からの非常識で奇妙奇天烈な事象のつるべ打ちにしばし我を忘れていたが、目の前で女性が犯されているのを止めるという本能だけが彼を突き動かした。
「…⁈い、いけねェ!や、やめやがれええ‼︎」
カマキリ男に背中から掴みかかり、必死で彼女から引き剥がそうとするがビクともしない。やがては腹から伸びる手にぶん殴られ、彼は勢いよく地面を転がり頭を打ちつけた。
朦朧とする視界の中で彼は見た。強姦されていると思った美少女までもが激しく腰を振り喘いでいるのを。
やがてカマキリの動きが止まりビクリビクリと大きく痙攣した。おそらく彼は彼女の膣中で果てたのだ。さも満足そうな恍惚の表情でカマキリ人間は美少女を見つめた。そしてその刹那、笑みを携えたまま彼のコウベは宙を舞い、ゴロリと地面に転がった。
美少女の右手からは怪人と同様の大きな鎌が伸び、鎌先からは血が滴っていた。その顔は返り血を浴びてまるで死神のようだった。
美しい死の使いの、その口元が妖しく微笑んでいるのをぼんやりと見ながら、剣三郎の意識は深い闇の中に沈んだ。
「…もし?…もし⁉︎……」
澄んだ綺麗な女の声に、剣三郎はぼんやりと正気を取り戻した。眼前には自分のジャンパーを羽織った清廉な淑女が心配そうな顔で彼の肩を揺すっていた。しかし段々と冴えて来た意識が目の前の聖女と先程の大殺戮を繰り広げた血塗れの魔女の姿を一瞬オーバーラップさせた。
「⁈ヒィッ!ヒィイイイイイ‼︎」
剣三郎は思わず悲鳴をあげて後退りし、彼女から距離をとった。女性は少し不思議そうな顔をしたが、優しく微笑んで言った。
「…良かった。ご無事でしたか。」
「…ご無事って…アンタ‼︎ア…⁈…?」
彼は気絶するまでに経験した、およそこの世の物とは思えぬ出来事の問いを全て目の前の彼女にぶつけようとしたが、周りを凝視し踏みとどまった。まだ辺りは真っ暗だったが、本当ならそこに転がっているであろう圧殺、細切れにされた怪物やその部下達の死体もなければ、道路に水溜りのように広がっていた血の海も綺麗に消え去っていた。剣三郎は彼女を見た。ジャンパーからスラリと伸びた手や足にも不思議と彼が最初に見た生傷ひとつ既に付いてはいなかった。しかし全てがまるで絵空事であったわけではない。彼女とカマキリ男が最後に揉み合ったガードレールはグニャリと歪んでいたし、彼が急ブレーキをかけたタイヤ痕も道路にハッキリと残っていた。つまりあれはやはり紛れも無く現実に起きた事に違いないのだ。
「教えてください⁈これは一体どういう事ですか⁈何が?何があったんです⁈私…私……」
一体何から話そうかと思案する剣三郎より前に彼女の方がけしかけた。
「何が…あったって……」
「わからないんです!気がつけばこんな格好でこんな場所に!目の前にも人が…アナタが倒れていて!」
美少女は発狂したかのように叫び、その後泣き崩れてその細く白い肩を震わせていた。
「アンタ……何も覚えちゃいねぇのかい?」
「グスッ…は、はい…全く思い出せないのです…それ以前の事だって…いくら考えても…自分の名前くらいしか!…アアッ!…」
俯いたまま泣きじゃくり彼女は答えた。
剣三郎はいたたまれず、なんとか言葉を捻り出した。
「…あ!あ、あーーー!…えーとだ!つ、つまり俺がさっきここを走ってたらよ!アンタがフラ〜ッと山ん中から出てきたんだよ‼︎ほんで…ほんで俺は慌てて急ブレーキを踏んだんだ!ほ、ホラ!そこに跡があんだろ?」
剣三郎が指差した方向を彼女も顔を上げて見つめた。
「な?嘘じゃねえだろ⁈そ、そんでよ。ここまで戻ってきたらよ!アンタがその…倒れてたんだ!俺ァいけねえ!って思ってよ!アンタを担いで助けようとしたんだが……あ、あ〜えーと、その〜…本当にここまで聞いてもアンタ全く何もおぼえちゃいないかい?」
「…ええ、スミマセン…」
悲しげな顔で美少女は答えた。
「あ!あ、いやー嬢ちゃんが謝る事は全くねぇさ‼︎」
そう、彼女が謝る必要はなかった。彼は用心のため再確認をしたのだ。彼女に『あの事実』を、秘密にしておくために。
「いや〜ほんでよ!アンタを担いだらだ!あ⁈いや、アンタは全く重くなかった!そんな細くて綺麗な身体が重くなんてあるもんか!えと、あの…よ、ようは見た通りこんな老いぼれの俺だろ?そ、その…なんだ!ドジな事にすっ転んじまったみてーでな!そのまま頭打って寝てたみてぇだ!アハ、アハハ!アハハハハハ‼︎」
剣三郎があまりにしどろもどろに説明をするもので、思わず彼女の顔からも笑みが漏れた。
「し、信じてくれるかい?」
鼻を掻きながら彼は尋ねた。
「ええ…アナタは嘘をつけるような人じゃないわ。」
その返された純真無垢な返事と笑顔に、剣三郎は思わず罪悪感を覚え、彼女に伝えなかった昨夜の惨劇のいくつかを思い出した。『そ、そうだ!彼女の正体はさておき、とにかく一刻も早くここから立ち去らねば!』
そう思い剣三郎は思わずトンチンカンなセリフを吐いた。
「あ、あー!じ、嬢ちゃん!そ、そ、そのジャンパーは俺んだ‼︎」
「あっ⁈す、スミマセン‼︎…あ?…で、でも…」
その言葉に思わず服を脱ぎかけた美少女は、自分の今の格好を思い出すと、頬を染めて躊躇した。
剣三郎は自分の発した無頓着な言葉の意味をいまさら理解し、慌てて釈明した。
「あ?あー⁈違う!違うよ、そんな意味じゃねえ‼︎それはアンタが着てりゃいいんだ!俺が言いたいのは、その…なんだ、俺がアンタをそ、そんな格好にした訳では勿論ないし、俺はアンタの裸を見たいなんてこれっぽっちも…だ、だからアンタにジャンパーを着せた訳だし…あ⁈あ、違う!俺は、そ、そのアンタに魅力がないとかそんな事を言いたい訳ではなくて、アンタはとても綺麗だし…あ⁈あ、いやでも本当に助平心からアンタを助けた訳じゃあ…なんて…えっと…つ、つまりどう言やいいんだ⁈ああもう!しまらねぇオツムだなぁ!畜生‼︎」
苛立ちから頭を掻きむしる剣三郎を見て、彼女は思わずクスッと吹き出した。
「ありがとうございます。これ…」
ジャンパーのファスナーを閉めなおし、少し照れながら袖の余った手を振って美少女は笑った。
「フフ…」
「あ、あぁ、ハハハ。オッさん臭ぇけどよ。少しの間ガマンしてくんな。」
「いいえ…とても…あったかい…」
「そ、そうだ!とにかくこんな場所にそんなアンタじゃ危なくてしょうがねぇ‼︎嬢ちゃん家はどこだ⁈どんなに遠くたって送って行ってやらぁ‼︎」
「そ、それが…わからないんです。本当に…」
また美少女の顔が曇り、大きな瞳に涙が溜まった。剣三郎は迂闊な質問をしたと焦り、とにかく自分の頭をフル回転させて喋り続けた。
「あ、えっと、そのえっと………あ!あー!俺ァさ!ひ、1人でき、喫茶店をやっててよ!ちょうど嬢ちゃんみたいなべっぴんのバイトがほしいって思ってたとこなんだ!常連のクソジジイ共も喜ばぁな!」
本当は剣三郎の店に人を雇う余裕などなかったが、彼はもう彼女の悲しそうな顔を見たくはなかったのだ。
「でも、これ以上ご迷惑は…」
「ま、まぁとにかく、家に帰ったらとびきりの一杯を淹れてやるからよ!考え事はそのあとゆっくりすりゃあいいさ。」
彼はそう言いながら、彼女をおぶろうと背中を向けてしゃがんだ。
「ありがとうございます。でも…自分で歩けます。」
「いやでもアンタ裸足じゃねえか。」
「また転んで気絶されても困りますから。フフッ」
彼女はそう言って頬を赤らめ優しく微笑みながら立ち上がった。
「ち、違えねぇ。ハハハ。」
二人で車まで歩きながら、彼女が告げた。
「マリー。神村マリー。これが私がいま分かっている自分の全てです。」
「……そうか。俺ぁ大野剣三郎ってんだ。よろしくな、嬢ちゃん。」
「やめてください、そのお嬢ちゃんって。だから名前を教えたのに。」
剣三郎は彼女に少しばかりの笑顔が戻ったのが心の底から嬉しかった。
つづく
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