コミケの準備が進む中、思いついたのでちょっと描いてみました。
2198年、第二次火星沖海戦で辛うじて勝利した直後に提出されたプラン。当時開発が進んでいた試製36センチ砲塔型陽電子衝撃砲を用いて来るべき本土最終決戦に備えてガミラス艦に対抗可能な決戦兵器として設計された本艦は、連装陽電子衝撃砲を計4門を連射するためだけに開発された特殊砲艦です。建造期間短縮のため出来るだけ既存のパーツを流用。推進機関にコンゴウ型戦艦のもの2基に加え衝撃砲のリソース専用としてムラサメ型巡洋艦の機関を1門あたり1基として計4基搭載。艦内はおろか艦外にまでその機関用としてのプロペラントタンクやエネルギーキャパシタが占めるという規格外の設計でした。このため300mを超える巨艦ながら艦載機を搭載せず、行動範囲を火星軌道までに限定して居住性を犠牲にするなど正に決戦兵器という様相でした。
ガミラスの主力艦に対抗できる艦として当初期待された本艦は必勝を期して一番艦を”ミカサ”と命名されました。しかし多数の機関を搭載するも推進用には半分以下のリソースしか回していないために膨大な質量と相まって機動性は劣悪。しかもこれだけの機関をもってしても肝心の陽電子衝撃砲は三連射が限度で、その後の再チャージには数分を要するために継戦能力にも難がありました。これらのスペックを考慮しての綿密なシミュレーションの結果、太陽系内のガミラス艦隊に勝利するためには最低でも50隻は必要と見積もられた事から当時の工業力では1年でせいぜい10隻が限度だった事もあり関係者は大いに失望させ、計画はあっという間にトーンダウンしていきました。
本艦は程なくガミラスの戦略変更などの急展開した状況の変化の前に机上プランのまま中止されました。3基ほど運用試験中だった試製陽電子衝撃砲塔は衛星に艤装した急造の99式迎撃衛星に転用されました。99式迎撃衛星は不調に悩まされつつも12個の遊星爆弾を撃墜しましたがすぐにガミラスに存在を知られる事になり、運用開始から僅か7日目にして艦載機によって破壊され短い生涯を閉じました。しかしこの時の陽電子衝撃砲の開発、運用データは後のヤマト型戦艦の主砲開発に大いに貢献したと言われています。