残酷であるということ
Added 2020-08-03 10:15:04 +0000 UTC度々話している気はするのですでに知っていると言う人もいそうだけど。
わたくしはSF小説が好きなのですが、その理由の一つが「殺害コスパ最強のメディア媒体である」ということです。
「その日地球は崩壊した」このたった10文字で一瞬にして今なら76億人殺せる。
圧倒的コストパフォーマンス。つよい。ていうか人類増えすぎだな少し減らそう。
架空戦記だろうが純ファンタジーだろうが、ここまで殺すのはなかなか難しいって言うかそもそもそれだけ世界人口がいるかどうか謎だし(人類史の場合19世紀でようやく10億人)仮にやったとしたらそれはモブも含めた登場人物たちすべての死亡であり文明の終焉でありつまり物語自体の終了になってしまう。でも、宇宙は広いからね!なんだったら複数あるしね!! 惑星一個終了したぐらいでは何も困らないのである。
まぁというわけで基本的には人が死ぬのが大好きなのですが、私は巨視的観点から見た「死」が好きなので、死んでしまう一個人ごとには特に興味がないと言うか、むしろそういう描写はいらないというか、大変説明しづらいのですが、我々が普通に道を歩いているだけで踏み潰された蟻が死ぬ、そういうやつが好きなんですよね。私としては蟻の一生には特に興味がないというか、そもそも殺したことにも気づいていないというか、相手が個を持つことすら許されず殺されると言うのが良い。もちろんこれを微視的観点から見たら理不尽な死ということになり物語性が高まるわけですけど。「個」ではなく「種」としての死というか、絶滅とか、そういうのが好きですね。世界を滅ぼしたい。
で、まぁそうなってくるとそもそも直接的な死の描写に特別な興味があるわけではないということになり、主食は「沢山の人が失われた後の世界」「世界の強大さに打ち勝つことが出来なかった斜陽の人類」「それがさらに滅びに向かっていくのを見るのが好き」みたいなことになっていくんですけど、それはまた別のお話。ていうかSFは好きだけど宇宙が人間の手に負えるとはとても思えない派なので、いつか宇宙に旅立った人類はその広大さに薄められて希薄な存在になっていくと思うし、なんだったらそもそも宇宙に旅立つことができなかった人類が好きだし、宇宙に旅立つことができなかった人類の遺志を継いで人類が遺したものたちが宇宙へ旅立つ話が好きですけども。
永遠の命を得て人類最期の日に高い丘から人々を見下ろしたいし、そのあとは深宇宙へ旅立ちたい。永遠の命を得たら気が狂うなんていう人もいるけど、我々が歳を取れば取るほど一年を短く感じる(今までの人生時間比で考えたら当然である)のと同じで、永遠の命を得たらそれは瞬き一つの間に何億年も経つのではないか派なんですよね。すべての興りと滅びを瞬きの合間に納めたい。
脱線した。
わたくし子供の頃に(今もだが)ゴジラが好きだったんですけど、単に怪獣ものが好きだったわけではなく、ゴジラの、それも平成VSシリーズ限定で好きなんですよね。5万円のラジコンゴジラ欲しかったけどさすがにお子様には買えなくて電池で前に進むやつお年玉で買ったわ今も持ってるぞ。ちなみに同時期にガメラとかもやってたけど、あれはあんまり好みじゃなかった…理由はもうおわかりですね? ガメラは人類の味方だからです。観たけど。
平成VSシリーズの怪獣たちは、もうなんていうか「天災」感がとても強いというか、人間にまったく興味なさそうなところというか、あっこれ完全に我々とは違うレイヤーに、上位レイヤーに存在してますよねっていう感じが良いんですよね…(もちろんストリー的には人間と関わりはある)ゴジラとか基本自分以外のG細胞に反応して縄張り争いのためにやってきてるだけですからね…。特に好きなのがVSキングドラの中の、一人のおじさんが若い頃戦時中に南の島でゴジラの元になった恐竜に助けらた(と本人は思っている)ことでゴジラに特別な思い入れがあり、上陸して来たゴジラを一人ビルに残って待つシーンがあって、ゴジラと一対一で対峙するシーンがあるんですよ。おじさんはゴジラを見つめてめちゃくちゃ感慨にふけるんですけど、見逃されるかというとそんなことはなくさくっとゴジラに殺されて終わるんですよね。すき。ゴジラの方が一瞬だけ認知したようなそぶりをみせるのもまたいいですよね。それでもゴジラにとってそれは邪魔なビルでしかなかったわけです。
…っていう話するとシンゴジラの話振られそうだけど私あれにつては一言あるタイプなので(映画としてはとても面白い)あんま振らないでほしい。ちなみにファイナルウォーズについては全然OK派です。ガチと娯楽は別なんじゃ。
というところでようやく表題に回帰しますが。
私は常々、残酷描写というのはよほど人が好きでないと描けないなぁ、と思っていて。残酷描写好んで(描|書)いてる人ってめちゃくちゃ人間愛してるだろ!まじで!! これがゴジラなら人間が何千人死のうが特に興味は持たない。
私なんかは人に興味がないのでそいつ単体がどうこうなっていることにも特に興味がわかないんですよね…これ物語の書き手としてあかんよなぁと思っているんですがどうにもこうにも…。無造作に机の上の消しゴムのカスを払いおとすような死が好きなのであって、ねちっこく虐めるような殺し方は非効率じゃね?っていうのが先に来てしまうのです。残酷描写描くのが好きな人は本当に人が好きなんだと思う。死と苦痛の過程を楽しむということは、少なくとも相手を個として認知していないと出来ない所業である。もはやこれは愛ですよね、愛。私には難しい(描こうとは思うのだが)
ちなみに個の死に完全に無関心というわけではなく、火葬場で棺が炉の中に入れられその扉が閉まる瞬間はかなり好きですけどね。終焉と無を感じられる貴重な瞬間です。葬式は意味がわからないので時間と金の無駄派です。
なお上記事項はすべて主に私主観により非子供=16歳以上に適応される話であり16歳未満の生身の少年少女には適応されませんがそもそもの前提として幼女は成長してはいけないのでそれはもう人間ではないですね無罪(ロリの定義自体は12歳以下とします)
とはいえ、SとMは表裏一体と云われるように、上記のような私にもまた逆に「300m級の巨女に特に意味もなく握りつぶされたい」みたいな願望はあるので、なんかこうそこらへんをうまく昇華して自分の物語に足りない部分を補っていきたいですね…というお話。現場からは以上です。