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ムチユキ
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万年Cランク冒険者は英雄となる

 夕焼けに染まりつつあるアルヴェーン王国の空に、ちぎれ雲が幾つも浮かんでいる。明日は雨だろうか。赤黒い雲を暗澹たる面持ちで眺めると、イェルドは冒険者組合の扉を開いた。中に入った瞬間、ムッとするような熱気に彼は顔をしかめてしまう。まるでサウナだ。

 入り口付近に並んだテーブルや椅子には、多くの冒険者たちが集まり、一様に酒をあおっている。その誰もが屈強な男たちばかりである。そのせいだろう、室内の温度と湿度はかなり高い。毎度のことではあるが、その不快さに辟易しつつ受付へ向かうと、奥に居た年嵩の男性職員がイェルドの顔を見つけた瞬間、飛び出してきた。


「イェルドさんですね?! こ、これを!」


 男性職員が手を震わせながら、手紙を手渡してきた。一目見てもわかるほどに質の良い便箋には、封蝋が施されている。その捺された印璽を見た途端、イェルドもまた手を震わせ始めた。それは王国の人間であれば、誰でも知っているもの──王家の紋章だったのだ。一般庶民であり、冒険者としても万年Cランクの彼には縁遠い代物である。周りも異様な空気を察したのか、ざわざわと騒めき始めた。


「あの……こ、これは?」


「王宮から派遣されたという使者の方が、イェルドさん宛てにと……。帰ってきたら、すぐ渡すようにと言付けされました」


 周囲を窺いながら小声で尋ねると、男性職員が口元に手を当てて囁いた。彼の態度から、ただ事ではないことだけは理解できた。イェルドは無言のままうなずくと、急いで封を切って中身に目を通した。

 そこにはただ一言、【至急、王宮に来るように】とだけ記してあった。なぜ、自分が? 背中には一瞬で滝のように汗が流れ落ち、足がガクガクとひとりでに踊り出す。目の前が真っ白になりそうになった瞬間、扉がギイと重苦しい音を立てて開いた。


「イェルド殿ですね? お迎えにあがりました」


 銀色にまばゆく光る、間違いなく価値のありそうな鎧に身を包んだ男性が二人、組合の入り口に立ちはだかっている。二人は冒険者たちと比べても遜色ないほどの体躯をしており、彼らが只者でないことは誰の目にも明らかだった。イェルドはその迫力に気圧されて思わず一歩後退すると、慌てて首を横に振った。


「あ、あの、僕なんかが王宮に伺うなんて、何かの間違いです……」


「ご安心ください、間違いではありません。外に馬車を用意してありますので、お乗りください」


 イェルドは両側を二人に挟まれると、有無をも言わせぬといった様子で外へと連れ出される。入り口のすぐ傍に止まった黒塗りの豪奢な馬車に乗せられると、すぐさま御者が鞭を振るい、馬のいななきとともに走り出した。

 馬車の中は広く、ふかふかとした座り心地ではあったが、今のイェルドにとっては墓地へと運ばれる棺桶に閉じ込められているような気分にしかならなかった。



 しとしとと空から雨が降り始めた頃、馬車が王宮の前で動きを止めた。イェルドは緊張のあまりこみ上げる嘔吐感をどうにか抑えながら、恐る恐る外に出た。全身を冷たい風が撫ぜていき、濡れそぼった衣服から水滴がぽたりと落ちる。


「ご案内いたします」


 今度は前後を挟まれながら歩くことになったイェルドは、まるで死刑囚になったかのような心持ちだ。巨大で重々しい扉が開かれると、煌びやかな光が彼に襲いかかった。足を踏み入れた王宮内には、彼の給金では一つとして一生手に入れられないであろう調度品が、そこここに飾られている。彼は眩しさに目を細めながら、どうにかこうにか使者についていく。王宮に漂う花のような柔らかな香り、それだけが彼の心を支えていた。

 長い廊下と階段を進み、ようやく大きな両開きの扉の前にたどり着いた。扉の両端には使者よりもさらに逞しい男が二人、槍を携えて直立不動の姿勢を取っている。


「宰相閣下、イェルド殿をお連れしました」


「入り給え」


 使者の言葉に返ってきたのは、厳かな男性の声だった。逞しい男たちがゆっくりと扉を開くと、その先には玉座があり、顎髭を生やした精悍な顔つきの男性が腰掛けている。王冠を被った彼がこの国の王であり、今回の呼び出しの張本人であることは一目瞭然であった。イェルドは震える膝を叱咤しながら、使者に連れられ玉座の前まで歩を進めると、その場に片膝を突いて首を垂れた。


「冒険者イェルドよ、面を上げよ」


 言われるままに彼が頭を上げると、王と視線がかち合った。その眼差しには、どこか慈愛のようなものが含まれているように感じられる。庶民であるイェルドは絵画でしか、王であるニコラウスの姿を見たことがない。初めて目にした、実在する彼のその姿は威厳に満ち溢れていた。肉体の鍛錬も日々行っているのであろう。一目見てわかるほどに筋肉質だった。だが、どこか寂しげで消え入りそうな、そんな儚い印象をイェルドは感じ取った。


「突然、呼び立てられさぞ驚いたことだろう。実は、折り入って貴公に頼みたいことがあるのだ」


「……はい、私でよろしければなんなりとお申しつけください、陛下」


 イェルドは再び深々と頭を下げ、そう答えた。


「すまぬが言葉では説明し辛いのだ。こちらについてきてくれ」


 玉座から立ち上がったニコラウスは踵を返すと、そのまま歩き始めた。イェルドも立ち上がり、その後に続く。使者が脇を固めるようにして並び、その後ろに屈強な二人の騎士と宰相が続く。その光景はまさに囚人護送のようだ。やがて辿り着いたのは断頭台──ではなく、王宮の最上階にある寝所と思しき部屋の前だった。扉を前にした瞬間、部屋の中から女性の金切り声が聞こえてくる。それに続いて聞こえるのは地鳴りのように低い、年配の男性と思われる野太い喘ぎ声だ。


 中で何が起きているのだろう? これほどおかしな状況であっても、ここにいる王宮関係者は微動だにすることがない。と言うことは、これは日常的な出来事なのか? イェルドが訝しげに思いながらも立ち尽くしていると、ニコラウスが振り返って口を開いた。


「これから目にすることに落胆しないで欲しい。彼は私にとって大切な人なのだ」


「……かしこまりました」


「ありがとう」


 王は小さく微笑むと、扉に手をかけ一気に開いた。そこには、全裸で絡み合う男女がいた。イェルドは思わず目を逸らそうとしたが、一瞬だけ見えた男の容姿に釘付けになる。この数刻の間に見た、どの男たちよりも強靭な肉体の持ち主。おとぎ話でしか見たことがないような、筋肉隆々のその姿に彼は見覚えがあった。幼少の頃、いつかの大戦後の凱旋パレードで見た戦士。イェルドが冒険者を志す切欠となった男だったのだ。


「ヴィルヘルム将軍……」


 一年前、王都に突如として現れたドラゴンと相討ちとなり、命を落としたはずの英雄。それが今目の前で、見る影もない姿で女性との情事に耽っている。こちらのことなど全く意に介さない様子で快楽を貪り続ける姿に、イェルドは言葉では言い表せないほどの衝撃に襲われた。なぜ彼は、生きた状態でこの場に居るのか。なぜ彼は、王宮で女性との性行為に明け暮れているのか。なぜ彼は、王が現れたというのにこちらを一瞥もしないのか。なぜ、なぜ──。


 肩に手を置かれた感触で、イェルドは疑問の渦の中から舞い戻った。手の先を辿ると、悲哀に満ちた表情で彼を見つめていたニコラウスと目が合った。


「ソウルイーターにやられたのだ」


 彼が呟いたその言葉に、イェルドはハッとした。【ソウルイーター】。魂喰らいの能力を持つドラゴンが存在するというのは、おとぎ話を読んだことのある人間なら誰しも知っていることだ。この状況から察するに、ヴィルヘルムはその能力で、ドラゴンに魂の一部を喰われてしまったのだろう。


「ヴィルは自身の命と引き換えにしてでもドラゴンを討ち倒そうと、力を懸命に尽くした。だが、その代償として魂の一部を喰われた彼は正気を失い、欲に溺れる存在となったのだ」


 彼の場合は性欲だな。ニコラウスがボソリと呟く。ひときわ大きな悲鳴のような女性の嬌声と、獣のような男性の唸り声が辺りに響き渡ると、室内に静寂が訪れた。ようやく終わったかと、イェルドはホッと胸を撫で下ろした。どうやら相手の女性は失神したようで、扉を開いて入ってきた侍女たちによって運ばれていった。ベッドの上のヴィルヘルムは、まだ射精し足りないといった様子で、乱暴に己の肉棒を扱き続けている。


「貴公にはヴィルヘルムと──、あの男と肉体を入れ替えてもらいたい」


 突然の王の言葉に、イェルドは言葉を失った。今、彼はなんと言ったのか? 肉体を交換する? 誰と誰が? 自分と、英雄であるあのヴィルヘルムが? なぜ肉体を交換する必要が? それにそんなことができる魔法など、おとぎ話でしか聞いたことがない。だが、おとぎ話で聞いた【ソウルイーター】の能力は存在していたのだ。であれば、【入れ替わり】の魔法も存在する──?


「突然のことで戸惑う気持ちはわかる。だが、ヴィルヘルムという英雄は、この国にとって貴重な戦力なのだ。齢は六十を超えてはいるが、ドワーフの血を引いた彼の寿命は三百年ほど。彼がこのまま精を吐き続けるだけの抜け殻でいる姿を私は見ていたくないし、彼もきっとそれを望まないはずだ」


 ニコラウスは懇願するように頭を下げると、イェルドの両肩を掴んだ。彼のその手は小刻みに震えており、その必死さが伝わってくる。


「どうか頼む! この通りだ!」


 一国の王から頭を下げられるという状況に、イェルドは困惑した。王の気持ちは痛いほど心に響いた。かつての英雄のあられもない姿を見続けるというのは、耐え難い苦痛だっただろう。それがこれからも二百年以上続くともなると、絶望的な気分になるのも無理はない。


「……わかりました。ですが、そもそもなぜ僕が選ばれたのでしょう? 恥ずかしながら、冒険者としても万年Cランクの僕が、将軍であるあの方と釣り合うとは到底思えないのですが……」


「──それは私から説明しましょう」


 その男は、突然その場に現れた。何もなかったはずの空間が歪み、そこから抜け出したのは全身黒ずくめの男。まるで死神を思わせるその風貌に、イェルドは驚きの声を上げて後退った。


「初めまして、私は宮廷魔術師長のリッカルドと申します。以後お見知りおきを……」


 黒いローブに身を包んだ男、リッカルドは深々と一礼すると、そのまま言葉を続けた。


「なぜ、あなたを選んだのか。【入れ替わり】の魔法というのは、かなりデリケートなものなのです。誰でも彼でもホイホイと肉体を交換できるというわけではありません。この十万人都市である王都を調べ尽くした結果、ヴィルヘルム殿と肉体交換が可能な魂を持った存在は、あなたしかいなかったのです」


「僕だけ……」


「えぇ。そして、あなたの魂がヴィルヘルム殿の肉体と相性が良いことも調べがついています。それ故に、今回の計画は立案されたと言っていいでしょう」


 そこで話を切り上げると、リッカルドはゆらゆらと幽霊のように移動しながら、【入れ替わり】の魔法の準備に取り掛かり始めた。極太のロウソクに火を灯すと、室内にうっとりとするような甘い香りが立ち込める。その匂いに惹かれたのか、ヴィルヘルムは自慰行為を止め、トロンとした表情を浮かべている。箒ほどの長さの筆を持ち、天蓋付きのベッドの周りを一周すると、彼は瞬く間に魔方陣を完成させてしまった。


「準備が整いました。それではイェルド殿も、ヴィルヘルム殿と同じように全裸になってベッドの上へ──」


 言われた通りに服を脱ぐと、ロウソクの蠱惑的な香りのせいか、イェルドの股間のモノは半勃ち状態になっていた。その様子を見たヴィルヘルムは舌なめずりをしながら、下卑た笑みを浮かべている。その視線に彼は羞恥心を覚えながらも、ゆっくりとベッドに上がった。


「それでは始めます。互いの肉体が光り始めたら、性行為をして射精まで至ってください」


「えっ? せ、性行為? 射精ッ?!」


 イェルドは絶句した。まさか英雄であるヴィルヘルムと肉体を入れ替えるだけでなく、その英雄と性行為をする羽目になるとは予想だにしなかったのだ。だが、彼のそんな思いとは裏腹に二人の肉体が光り出し、ベッドの周りを魔力のこもったドーム状の白い膜が覆っていく。


「心配いりません。そのベッドの上で起きた出来事は全て外に漏れないようになっています。安心して励んでください──」


 リッカルドのその言葉を最後に、膜が床まで覆い尽くし、完全に中と外は遮断されてしまった。空間が密閉されたためか、先ほどまでよりもロウソクの匂いが濃密になったように感じられる。ヴィルヘルムはその甘美な空気に酔ってしまったのか、虚ろな目でイェルドを見つめていた。英雄という名にふさわしい肉棒はすでにビンと屹立し、臨戦態勢に入っている。あれを挿入されるのか。イェルドは思わずギョッとしてしまったが、意外にもヴィルヘルムは尻を大きな両掌で割り広げると、自身の肛門を見せつけてきた。媚薬入りのドロリとした塗り薬が、骨太の太い指で穴の周りに塗りたくられ、テラテラと艶めいている。


 英雄とは思えないような情けない蕩け顔を見せ、下の口をパクパクとさせながら低い声で喘ぐヴィルヘルム。そんな彼を前に、イェルドはゴクリと唾を飲み込んだ。

 イェルドは童貞だった。とはいえ女性に興味がなかったというわけではないし、男性にはこれっぽっちも心が動いたことはなかった。だと言うのに──。


 気付けば彼は、目の前でヒクつく英雄のアナルに己の怒張したペニスを押し当て、挿入していた。それはまるで、自分の意志とは無関係に体が動いてしまったかのような感覚だった。これも魔法の影響なのだ。そうに違いない。ヌルヌルとしたヴィルヘルムの腸壁が、竿全体に絡みつきながらキュウっと締め上げてくる。初めて味わう快感に、イェルドの理性は完全に吹き飛んでいた。

 腰を激しく動かし、本能のままに快楽を貪る。ヴィルヘルムのむっちりとした胸を舐め回し乳首に吸い付き、掌でたわわに実った巨大な桃尻を揉みしだく。感じているのか、彼の雄々しい男根はイェルドの腹で擦られながら、先から粘ついた糸を引いている。熱い吐息を漏らす肉厚の唇に舌を捻じ込むと、彼のほうから舌を絡めてきた。今自分は、英雄の唾液をすすっているのだ。そう考えるだけで、イェルドは頭がおかしくなりそうなほどの興奮を覚えてしまう。


 自然と笑みが零れてくる。自分はこれからこの男になるのだ。王国の英雄に。太い眉に意志の強そうな大きな瞳、筋の通った鼻に分厚い唇。雄くさい四角い顔を覆う立派な顎髭。数十年もの間、勇猛果敢にあらゆる戦の中に身を投じて膨れ上がった筋肉に、この一年で堕落しムチムチとした脂肪を纏った肉感のある裸体。その全てがイェルドの性欲を掻き立てる。彼の魂とヴィルヘルムの肉体の相性が良いと言った、リッカルドの言葉が本当だったのだと、今なら身に染みて思う。この世に生まれ落ちた時に無くしてしまった、片割れを見つけたような感覚。ヴィルヘルムの何もかもが愛おしい。


 イェルドの腰を動かすスピードが速まっていく。頭の中では未だ、自分のような人間が彼と肉体を入れ替えるのに値するのかという逡巡があったが、ヴィルヘルムはそんな彼の体に両腕両脚を回してがっちりと固定し、自分の中に射精するように促してくる。恍惚とした表情の中に優しさのある表情。王であるニコラウスが見せた顔に似たその表情に、先ほどの言葉が蘇ってくる。


『彼がこのまま精を吐き続けるだけの抜け殻でいる姿を私は見ていたくないし、彼もきっとそれを望まないはずだ』


 その通りだと思った。彼は尋常ならざる力を持った英雄なのだ。こんなところで燻ったまま永遠を過ごす男ではない。自分がすべきことは、彼の力になることだ。そしてそのチャンスは、今この時しかないのだ。極限まで張り詰めたイェルドの肉棒が悲鳴を上げる。その瞬間、イェルドはヴィルヘルムの中で果てた。



 同時に、二人の肉体が眩い光に包まれ、視界が真っ白に染まる。イェルドはその光を目に焼き付けながら、意識を失った。



「……ド殿、イェルド殿!」


 誰かに名前を呼ばれている気がする。


「んん゛っ……?」


 重い。最初に思ったのは、それだった。自身の肉体的な重さもあるが、それとは別に彼の体には人が覆い被さっていたのだ。冒険者であるイェルド、その人が。


「うぁ゛、ぼ、ぼく……?」


 口を開いてどうにか絞り出した声。それはあまりにも低く、消え入りそうな声だった。喉がいがらっぽく、声が出し辛い。違和感に喉元を押さえていると、周りにいた騎士たちと宰相が安堵の声を上げた。


「ああ、良かった!目が覚めたのですね、ヴィルヘルム様」


「ヴィルヘルム殿、ご無事で何よりです……」


 頭の中がぼんやりとして、皆が口にする言葉の意味が、うまく入ってこない。彼らの呼ぶヴィルヘルムというのが、自分の名前なのだろうか? 状況を把握しようと起き上がろうとしたのだが、全身に筋肉痛のような痛みが走り、彼は思わず顔をしかめてしまった。


「あ、まだ無理をなさらないでください。あなたは肉体を交換したばかりなのですから──」


 そうだ、自分はあの後、どうなったのだろうか? 確か、何かとんでもない体験をしたような……。上体を起こして、掌をしげしげと眺める。何度もマメが潰れて硬くなった分厚い手。キョロキョロと視線を動かすと、目に入ってくる盛り上がった胸板に、濃い体毛に覆われた太い腕。股間でヒクヒクと小刻みに震えるイチモツは少年の腕ほどの太さもあり、その鈴口からはまだ吐き出し足りないとばかりに、精液が流れ落ち続けている。その巨大な男根を見て、彼は思い出した。自分は、ヴィルヘルムと肉体を交換した、冒険者イェルドなのだと。


「【入れ替わり】の魔法は、成功……しだんですか?」


 咳込みながら問い質す彼に、リッカルドが腰に手を当てて意気揚々といった面持ちで宣言した。


「間違いなく成功です! イェルド殿──、いえ今日からあなたは、ヴィルヘルム将軍です。私はこれから今回の魔術実験を記録するために、帰還させていただきます」


 空間を魔法で歪めると、彼はその中へと消えていった。


「この一年間、まともに会話などしたことがなかったからな。声帯が弱っているのだろう」


 あさっての方向を見ながら、ニコラウスがヴィルヘルムの肩に手を置いて呟いた。じっとりと湿ったその掌の感触に、王もまた緊張していたのだろうと思うと、なんだか彼のことが可愛く見えてきてしまう。


「あ゛りがとう、ニック──」


 自然と彼に対しての感謝の言葉が、口から溢れ出していた。だが声に出してしばらくしてから、無礼な言葉遣いをしたことに気が付いた。王に対して馴れ馴れしくした挙句に愛称で呼ぶとは、なんということだ。


「ああ゛っ、すまん゛。いや……違う゛んだ、ニコラウス。くそぉ゛。どうじてしまったんだ、俺は……?」


 ニコラウスを目の前にすると、なぜか敬語がうまく使えない。それどころか、彼を敬う対象として見ることができず、まるで父が子に抱く庇護欲に似たような感情が湧いてくる。


「気にするな。今は【入れ替わり】の魔法の直後で、混乱しているだけだろう。とにかく今やるべきことは……風呂に入ることだな!」


 汗やらナニやらで匂うぞ。そう言われて、ヴィルヘルムの褐色の顔が赤く染まる。ベッドからフラリと立ち上がると、彼は腰にシーツを巻き付け、ペタペタと足音を鳴らしながらニコラウスのあとをついていった。



 王宮の広い廊下を歩く。ただそれだけだというのに、一回りも二回りも体の大きくなった彼は、肉体交換直後でいまいちその大きさに慣れることができずに、ついつい壁に体当たりしては立ち止まってしまう。


「~~~っ!!」


 挙げ句の果てに、何も履いていない素足のままの小指を、調度品に強く打ち据えてその場に蹲ってしまった。


「ブハハハハ! ヴィルが、あの英雄ヴィルヘルムが足の小指をぶつけて痛がるとは……。いや、スマン……。プッ……くっくっく」


 ほんの少しムッとはしたものの、王宮を訪れてから初めて見るニコラウスの笑顔に、ヴィルヘルムは心が温かくなる思いだった。彼がこんなにも楽しそうにしている姿を見られるのであれば、小指の一本や二本ぶつけることなど大したことではない。そう思えるのはこの肉体になったせいだろうか。

 しばらく腹を抱えて笑っていたニコラウスが、ヴィルヘルムの手を取って立たせると、二人はそのまま手を繋いで浴場へと向かった。



「のわ゛っ! そ、そこは大丈夫だ。自分で洗えるからっ──」


 手拭いを半ば奪うように侍女から受け取ると、ヴィルヘルムは自身の股間をいそいそと泡立て始めた。最初に断りを入れたのだが、「これが仕事ですので」の一点張りだったので、仕方なく体と髪を洗うのは任せることにした。だが、さすがに男のモノまでは任せる気にはなれなかった。先ほどまでは自分のものではなかったイチモツであり、自慢にしても良いくらいの大振りな雄竿だが、やはり他人に弄られるのは恥ずかしい。コソコソと股間を洗い流しながら横目でニコラウスのほうを見遣ると、威風堂々たる姿勢で侍女たちに体を預けているではないか。これが王の風格かなどと髭をワシワシとしながら感心していると、いつの間にか洗身を終えた彼に誘われ、ヴィルヘルムは湯船にその身を浸していった。


 湯が張られた風呂に入るなどいつぶりだろうか。獅子の頭部を象った像の口から、ザブザブと湯が流れ出すのを見ながら、ヴィルヘルムは思いを巡らせた。万年Cランクの冒険者であったイェルドの頃には、湯船に浸かるなど人生の内で、両手で数えるほどあったかどうかである。冒険者には──ましてや低ランクの彼には、風呂は上流階級の娯楽の一部であり、高嶺の花だった。


 一旦思考を停止させると、ヴィルヘルムは深呼吸をしながら湯船の縁に身を預けた。熱い湯が全身に染み渡り、凝り固まっていた筋肉が解れていく。血管の隅々まで血が流れ、神経が繋がっていくような感覚。蒸気のおかげか違和感のあった喉も潤い、声も問題なく出せるようになったようだ。同時に、頭の中にかかっていた靄のようなものが晴れていく。不意に顔を青くした彼は、湯の中に顔を沈めてブクブクと泡を立て始めた。


「どうした、ヴィル? 気分でも悪いのか?」


「いや! ゴホン……いえ、先ほどまでの陛下に対しての非礼の数々を、猛省しているところであります……」


 ニコラウスの反応を確かめるのが恐ろしく、視線を合わせようとしないヴィルヘルム。それに対し、ざっくばらんな彼の物言いがよそよそしく変わったことで、王の表情に不満の色が混じる。


「反省など必要ない。元々ふたりきりのときには、ヴィルは敬語など使わなかったからな。お前も使わないでいてくれたほうが、以前のヴィルと話しているようで私は嬉しかったのだがな……」


 残念そうにそう告げると、ニコラウスはザブリと音を立てて湯から上がって行ってしまった。その背中を見つめながら、ヴィルヘルムは物思いに耽った。彼としても、敬語を使用するのには違和感があった。というのも、熱い湯の刺激で魂と肉体の繋がりがより強固なものになり、ヴィルヘルムの過去の記憶を読み取れるようになったからだ。ヴィルヘルムは前王の頃から王宮に仕えてきた身であり、ニコラウスとは彼が幼少の頃からの付き合いであった。そのため、ヴィルヘルムにとって彼は、息子のような存在となっていたのだった。

 考え込んでいた彼は、少しのぼせ気味になった体を湯から引き上げると、侍女に案内されるがままに寝所へと戻っていった。



 ヴィルヘルムは呆然と立ち尽くしていた。てっきり【入れ替わり】の儀式が行われた寝所に戻るものだと思っていたが、彼が案内されたのは別の部屋だった。あれほどの出来事が起きた場所だ。すぐには後始末できないのも当然かもしれない。だが──。

 目の前の豪奢な扉をまじまじと見て、彼は二の足を踏んでしまっていた。宝石が散りばめられたようにキラキラと輝くその装飾からは、王族の住まう宮殿に相応しい格式の高さをまざまざと感じさせられる。ヴィルヘルムは普段からこんな部屋で寝泊まりをしていたのか? 彼の記憶を思い返してみても、こんな豪華な部屋に泊まったことなど一度もなかった。かといってこのまま室内に入らずに、廊下で寝るわけにはいかない。ヴィルヘルムは意を決して扉を開けると、中へと足を踏み入れた。


「ヴィル、思ったよりも早かったな。体はちゃんと温まったのか?」


「ニ、ニコラウス?!」


 驚きのあまり王の名前を口に出した彼が、慌てて振り返ると扉は閉まっており、すでに侍女の姿はなかった。安堵して胸を撫で下ろそうとした瞬間、背後に気配を感じて振り向いた。そこには、薄手のガウンを羽織っただけの王が立っていた。


「さぁ、こっちへ来い。この国の王である私が直々に温めてやろう」


「ご、ご冗談を! それよりも早くお着替えにならないと、お風邪を召されてしまいますよ、陛下。ハハハ……」


 ヴィルヘルムは、王の肩を押して部屋の外へ出ようとした。だが、彼はそんなヴィルヘルムを逃がさないよう、両腕で包み込むようにして英雄の大きな体を抱き締めた。ドクドクと高鳴る王の胸の音が、薄い布一枚隔てただけの彼には、否が応でも伝わってくる。


「私が何をしたいのかは、もうわかっているのだろう? ヴィルに対しての私の気持ちも。一年もの間、私はずっとこのときを待ち望んでいたのだ」


 そう言うとニコラウスは、ヴィルヘルムの顔を引き寄せて唇に自分のそれを重ねた。突然のことに驚くヴィルヘルムだったが、次第に口付けは深くなり、互いの舌が絡み合う濃厚なものへと変化していった。


「ふむぅ……んむっ……はぁ……っ♥」


 息継ぎをする度に漏れ出る低い喘ぎ声が艶めかしさを醸し出し、それがさらに二人の興奮を高めていく。ニコラウスの手がヴィルヘルムの股間に伸びていき、布越しに優しく触れたかと思うと、そのまま一気に下ばきを引き下ろしてしまった。


「あっ……陛下、そこはダメですっ!」


 彼の怒張した肉棒がブルンと音を立てて飛び出すと、むっちりとした腹を打ち付ける。制止する彼の言葉を無視して、王はその剛毛に覆われた巨大な雄の象徴を握り締めると上下に扱き始めた。


「口では嫌がっていても、肉体は正直なものだな。さすがは私の愛する英雄ヴィルヘルムだ」


 ニコラウスは巨大なベッドの上にヴィルヘルムを押し倒すと、舌を巧みに操って、その男根の先端から滲み出た透明な汁を舐め取り始めた。敏感な亀頭を刺激され、彼の口からは甘い吐息が漏れ始める。一国の王にイチモツをしゃぶられるだなんて──。その背徳感だけで全身がゾクゾクと震え、射精に至ってしまいそうだ。子種のたっぷりと詰まった玉袋を優しく揉まれながら、王の口で奉仕される。その快感に身悶える度に、ニコラウスとの思い出が蘇ってくる。


 前王の息子である彼と初めて会ったときのこと。幼い身でありながら、騎士であるヴィルヘルムを怖がることなく接してくれたこと。共に剣の稽古に励んだ日々。逞しく成長し、成人した日に頬を染めて告白してきたときのあの顔。初めて共に寝床の中で過ごしたあの夜──。


 愛おしい……! 目の前で俺の硬くなったモノを頬張るこの男が! もはや俺の心の内では、今日会ったばかりの崇高な王という存在ではない。三十年近く共に過ごしてきた、命よりも大事な家族なのだ。俺は陛下を──、ニコラウスを愛しているっ!!


「ニコラウスっ!!」


 ヴィルヘルムは王を押し倒し返すと、唇を重ねて舌を捻じ込んだ。股間では反り返った二つの肉棒が、ズリズリと擦り合わされる。兜合わせの体勢になり、二人は腰を振りながら互いに快楽を分かち合う。湯水のように溢れる先走りで、くっきりと割れた二人の腹筋はビショビショに濡れそぼっている。呼吸が苦しくなるまで口付けを交わすと、ネットリとした唾液のアーチを描きながら二人の顔が離れた。


「ヴィル……私はこの一年、お前が女を抱く姿を見る度に、体の芯が疼いて狂いそうだった。見てくれ。お前に入れられるためだけに存在している、この淫乱な私の尻の穴を」


 股の中から顔を見せた王のアナルは、成人して以来ヴィルヘルムの太竿を長年挿入され続けたことにより、ピンクの肉が肛門の内側からめくれ上がって、薔薇の花のような見た目になっている。愛する男が抜け殻のようになってからは、ずっと一人でアナルオナニーをして性欲を解消していたのだろう。雄の肉棒を求めるその窄まりは、今か今かと口をパクパクとさせて待ち構えている。


「この中に、熱く滾る英雄の精液を注いで欲しいのだ! 早くその太く硬いお前のモノで、私を貫いてくれ!」


 顔を上気させたニコラウスはそう懇願すると、四つん這いになり自らの手で尻穴を広げて見せた。まるで女性器のような襞が、ピクンピクンと脈動している。その卑猥な光景に生唾を飲み込むと、ヴィルヘルムは己の剛直をゆっくりと王の中へと挿入していった。


「んぐぅぅっ♥ はあぁあぅぅぅ♥ ヴィルの太いのが、私の中に入ってくるぅぅぅ♥♥」


 久方ぶりの男根を受け入れる王の腸内は、侵入者を拒むかのように強く締め付けてくる。しかし、それが逆に強烈な快感を生み出し、ヴィルヘルムは思わず達してしまいそうになる。しかし、そう簡単にイクわけにはいかない。一年ぶりの営みなのだ。じっくりと味わわなければ……。

 ヴィルヘルムは射精しないように肛門にギュッと力を入れると、自身のイチモツを王の奥深くまで押し込んでいった。


「おおぉっ♥ すごいぞっ、ヴィル♥ お前のモノが奥に当たっているぞっ♥」


 最愛の人の名を呼びながら、悦びの声を上げるニコラウス。股間では勃起した竿が、プルプルと小刻みに震えている。その声を聞きながら、ヴィルヘルムはさらに腰の動きを加速させていく。


「ああぁぁっ♥ そんなに激しくしたらダメだっ♥ すぐイッてしまうぅ♥♥」


「イッてくれ、ニック! これからも何度でもイカせてやる。俺はもう、お前から二度と離れない。いつまでもお前と一緒だ!」


 ヴィルヘルムは、より深く結合するために王に抱き付くようにしてその巨体を覆い被せると、そのまま全身を密着させて、激しく腰を前後させる。互いの肌と汗の匂いが混じり合った、ツンと濃い雄の香りに目の前がチカチカとしてくる。

 今、自分は王とまぐわっているのだ。幼少期に出会ってから、三十年近くもの長きに渡り、歳月を共にしてきた愛しいニック。愛してやまないニコラウスを抱いている。その事実に、彼は今まで感じたことの無いような、それでいて久方ぶりに味わうような多幸感に包まれていく。


「好きだ、愛しているぞニック!!」


「私もだ、ヴィル!この一年間、ずっとお前とこうなりたくて堪らなかった。やっと願いが叶ったのだ。嬉しいよ、すごく幸せだ!」


 ニコラウスの目からポロポロと涙が零れ落ちる。愛する人と再び一つになれた喜びに、心の底から打ち震えているようだ。ヴィルヘルムもまた、彼の言葉に胸が熱くなり、瞳からは自然と涙が流れ出していた。


「ニック……俺は──ヴィルヘルムは、お前のことを愛している。覚えていて欲しい。たとえ何があっても、この気持ちだけは変わらない。これから先、何があってもお前を愛し続ける! 受け取ってくれ、俺の……、俺たちの愛をッ!!」


 ヴィルヘルムは低く野太い声で叫ぶと、大量の白濁した子種を王の体内へ放出した。腹の奥を何度もしゃくり上げる彼の竿の脈動に合わせ、王もビクビクと痙攣しながら絶頂を迎える。このときのために数日間禁欲し、たっぷりと精子を溜め込んだ王の睾丸は激しく収縮を繰り返しながら、王族の遺伝子を放ち続ける。愛する男の濃い精液をその身に受け止めたニコラウスは、艶やかな吐息を漏らすと快楽で蕩けた表情を浮かべた。



「父上~」


 我先にと駆け寄ってきた子供たちが、木登りをするようにヴィルヘルムにしがみつき、大樹のような彼の体をよじ登ってくる。ヴィルヘルムは彼らを抱っこすると、一人を肩車し、二人は力こぶを作った両腕を掴ませてぶら下げた。それでもまだ目の前には、指を加えて順番待ちをする子供たちがいる。


 【入れ替わり】の魔法を使用してから十年、ヴィルヘルムは十人の息子たちに囲まれていた。イェルドがヴィルヘルムと肉体を交換するまでの一年間、彼が女性たちに注ぎ込んだ種は、英雄に相応しくかなり濃かったようだ。少し離れた場所では、車椅子に座ったイェルドが彼らのほうにボンヤリとした視線を向けている。ヴィルヘルムであった頃と違い、イェルドとなってから性欲が薄れてしまった彼は、入れ替わってからは本当に抜け殻のようになってしまっていた。そんな彼のことを、ヴィルヘルムは子供たちに剣術の稽古をつける際に、ちょくちょく連れ出して見学させていた。


「お前たちと血の繋がりがあるのは俺だが、この方とお前たちには魂の繋がりがある。よく覚えておくんだぞ」


 詳しい話は、もう少しお前たちが大人になったらしてやろう。イェルドのことについて聞かれたヴィルヘルムの返答に、子供たちは不思議そうにはしていたが、彼の存在を皆どこか気に掛けている。返事を返してこない彼に優しく話しかけ、車椅子を押して庭を散歩したり、一緒に食事をしたりする。英雄の血を引いた子供たちは、心身ともにすくすくと成長しているようだ。


「もう、十年か。時が経つのは早いな」


 十年の歳月を重ねても尚、外見の変わらないドワーフのヴィルヘルムと違い、ニコラウスは顔に刻まれたシワが増えてきている。だが、老け込んだというよりも渋みが増したという印象だ。若い頃よりも男前が上がったように見える。それはきっと、愛する者と共に過ごした時間の長さによるものだろう。その肉体もまた衰えることなく、むしろ以前よりも引き締まって若々しくなっているように見える。


「ああ。あいつら、まだ子供だっていうのに飲み込みが早い。さすがは英雄ヴィルヘルムの息子たちだな」


 顎髭を大きな掌で撫でながら、ヴィルヘルムは満足そうにウンウンと首を縦に振っている。


「くく……何も知らん者たちが聞いたら、自画自賛しているようにしか聞こえんな」


「ガハハ、違いない!」


 二人の間に笑い声が響き渡る。春風にそよぐ草花のざわめきに混じって、真剣に稽古に励む子供たちの掛け声が聞こえてくる。そんな息子たちの元気な姿を、彼らの父は微笑みながら見守っていた。


(了)



以下、文字無しの差分イラストです




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Comments

めずらしくハッピーエンドの作品が続いています 笑 規約については、また今月下旬に発表があるそうなので、それを待ちます

ムチユキ

いい結末になったって良かったです! そういえば、規約変更後でムキユキさんの創作も制限されたんだろう......

黒竜Leo


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