大学のグラウンドに響く、ミットの乾いた音。夕焼けに染まる空の下、キャッチャーの多田野一哲(ただの いってつ)はしゃがみ込み、ユニフォームを汗まみれにしてボールを受け続けていた。
「ラスト一球!」
監督が張り上げた野太い声に応じて、ピッチャーの谷口佑真(たにぐち ゆうま)が渾身のストレートを投げ込む。ズパン、と力強い球がミットに収まり、一哲は大きく息をついた。
「おつかれ~、一哲。へへ、今日もいいキャッチングだったな! さすがは、俺の恋女房だ♥」
「……バ〜カ、お前が俺の構えたところに寸分たがわず投げこんでくるんだから、取れて当たり前に決まってんだろ。それにしてもお前の球、重すぎだっての……。手が痺れるわ」
タオルで汗を拭いながら、二人は並んで部室へと歩く。グラウンドにはまだチームメイトの声が飛び交っていたが、一哲と佑真は一足先に引き上げることにした。
「つーか佑真、お前もう調子はいいのか? いや、俺らが気を回しすぎだってのはわかってる! でもさ、俺と違ってお前は替えの利かない一軍のエースだし……な」
突然佑真の投げる球が荒れ、まともにストライクが入らなくなったのが三日前。心配した監督や先輩たちの手で医師の元に連れていかれた佑真は、『心因性のイップス』と診断されたのだ。
結局その日、彼が練習に復帰することはなく、心配になった一哲は佑真のそばにずっと付き添った。
しかしそんな一哲の心配に反して、佑真の症状はたったの一日で改善し、今ではもう以前と変わらぬ投球を見せている。
「わははっ、わりぃわりぃ。お前にも心配かけちまったよな、すまん! でもさっき俺が投げた球、お前も受けて分かっただろ? コントロールは完璧、球のキレも抜群。な?」
「それは……そうだけどさ」
確かに佑真の投げた球を受けた感触では、今日の彼の様子はいつもとまったく変わらなかった。どんなマウンドでも自分の投げたいところに寸分たがわず投げられるという彼の天才的な腕前をもってすれば、イップスなど長く患うものではない……のだろうか? 心配していた一哲は、思わず力が抜けるのを感じた。
(なんだよ……、心配して損したぜ)
「お前、な〜にがっかりしてんだよ! お前は俺の恋女房なんだから、もっと喜べよな。でもさ、本当に調子はいいんだ。……俺さ、このイップスを克服して、もっといいピッチャーになってみせるよ。だからこれからも、俺の球を受けてくれるか?」
「あ~、はいはい。お前が大丈夫ってんなら何度でも受けてやるよ」
調子が悪くなる前と後で、なんだか押しが強くなったような気がする。しかしそれでも、一哲にとって佑真は大切な相棒だ。ちょっと以前と変わったくらいで、彼に対する信頼は揺るがない。
「そういえばさ、一哲」
「あん?」
「沖縄旅行、お前も行くだろ?」
「あ〜……。いや行きてえけど、俺みんなみたいに貯金ないし……まあ無理だな」
仲間内で計画していた長期休みの旅行。しかし、一哲の家庭はあまり裕福な方ではなく、遠出する余裕もない。所在なさげに彼が肩をすくめると、佑真が口元を緩めて柏手を打った。
「だったらさ! お前、高額バイトやらねぇか?」
「高額バイトォ……? 怪しいやつじゃないだろうな?」
一哲は眉をひそめて警戒する。今まで散々、変なバイトの話を持ちかけられてきたからだ。悩み事を聞くだけのバイトだというから行ってみると、屈強な男に貞操を奪われそうになり、慌てふためきながら逃げ帰ったのは彼にとってトラウマになっている。
しかし佑真は、『俺もやったことあるバイトだから大丈夫』とカラカラと笑った。
「まあ端的に言えば、特殊なタイツの試着バイトだよ」
「タイツ……?」
「大手のスポーツメーカーが試作中のタイツをお前が着て、感想を言うだけ。しかも、体育会系の体格のいい奴を優先的に採用するらしいから、お前にはうってつけだろ?」
「タイツの試着ねぇ……」
そう言われて現地に着いたら、変態チックなタイツを着させられての撮影会が始まるのでは? と一哲は訝しんだ。しかし、『高額バイト』という言葉の魅力には抗えない。
「悪い話じゃないだろ? 実際、俺もやったけど、簡単なもんだったぞ」
一哲は半信半疑だったが、沖縄旅行のことを考えると心が揺らぐ。
「……それで、いくらもらえるんだ?」
唸るような彼の低い声に、佑真は白い歯をのぞかせながら、指を三本立てた。
「なんと、一着三万!」
「さん……!?」
一哲は絶句した。それは破格のバイト代だ。
「……でも、そんな高額なバイトって怪しくないか?」
「俺も詳しくは知らんけど、メーカーもテスト段階で金をかけるんだから、それなりにいいものなんだろ。それに現役の球児で、体格のいいバイトを集めるなんて、結構大変だろうしな」
確かに佑真の言うとおりだと思う反面、そんなうまい話があるのか? と疑いつつも一哲の心が動く。このバイトを受ければ、沖縄旅行だけではなく今後の生活も潤って、だいぶ楽になるからだ。
悩んだ結果、彼は佑真に紹介されたバイトに応募することに決めたのだった。
***
迎えたバイト当日。
一哲は指定されたビルに入った瞬間、拍子抜けした。
(おぉ……、普通にキレイじゃん)
壁は白を基調とし、ホールには観葉植物まで飾られている。『高額バイト』というネーミングから、もっと薄暗くて得体の知れない場所かと一哲は想定していたが、そこはまるで一流企業のオフィスのようだった。
受付を済ませて控室に通されると、すでに何人かの男たちが集まっていた。皆、体育会系らしく、ガタイのいい連中ばかりだ。しかも、意外なほど雰囲気がいい。
「おっす! お前もバイトか?」
「すげえよな、この時給。なんかの間違いじゃね?」
「でも、タイツを試着するだけなんだろ? なら、楽勝じゃね?」
数人だが、試合で対戦したことのある顔見知りもいる。そんな彼らを含め、気さくに話しかけてくる連中に、緊張した一哲の肩の力も自然と抜けていく。お互いの体格を褒め合ったり、どこの大学か、何のスポーツをしているか、そんな他愛もない会話が飛び交う。
社員たちもまた、穏やかで人当たりがいい。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。簡単なお仕事なので、リラックスして楽しんでくださいね」
ニコニコと声をかけてくる彼らを見て、一哲は心の中で苦笑した。
(俺、ちょっとビビりすぎてたかもな……)
不安はすっかり消え去り、代わりに妙な安心感が胸に広がる。
だが、そのときだった。
ふと、社員の一人と目が合った。
彼は笑顔のまま、一哲をじっと見つめていた。
(……なんだ?)
その視線が、どこか値踏みするようなものに感じられた。一哲に対してだけではない。社員たちは、集まったバイトたちの体を、まるで品定めでもするように観察している。しかも、その目つきには妙な熱っぽさがあった。
ただの業務的なチェックにしては、どこかいやらしい。まるで、手に取る前の肉の質を確かめるかのような──。
(いや、気のせいだろ)
一哲は軽く頭を振った。考えすぎだ。こんなクリーンな職場で、変なことがあるわけがない。
「それでは、試着室へご案内します!」
社員の明るい声が響く。一哲は、すっかり油断しきっていた。
*
一哲は他のバイト応募者たちとともに、試着フロアへと案内された。そこにはずらりと並ぶ箱型の試着室。明るい照明に、清潔感のある白い壁。軽快なBGMが流れ、どこか洒落たスポーツジムのような雰囲気だ。
社員たちは終始にこやかで、応募者たちをリラックスさせるように和やかに接している。
「リラックスしてくださいね」
「着替え終わったら、こちらのボタンを押してください」
そんな指示を穏やかに伝えながら、バイトたちを試着室へと誘導していた。
──だが、一哲はふと妙な違和感を覚えた。
やはり社員たちの視線が、どこかおかしい。
言葉遣いは丁寧だが、その目つきには妙な熱がこもっている。まるで、獲物を値踏みするような視線。特に、体格の良い応募者たちに向けられるその視線は、舐め回すように執拗だった。
(気のせいか……?)
一哲はちらりと周囲の様子を窺った。しかし、他のバイトたちはそんな視線には気づいていないのか、むしろ和気あいあいと談笑している。「思ったよりちゃんとしたバイトだな」「施設もすごく綺麗だし、待遇もいいし」などと、安心しきった様子で笑っている。
そんな光景に彼も肩の力を抜き、「深く考える必要はない」と思い直した。社員たちがどんな目で見ようと、今さら気にしても仕方がない。そもそも、自分はただのバイトとしてここに来ただけなのだから。
「それでは皆さん、試着室にお入りください」
社員の合図で、バイトたちはそれぞれの試着室へと入っていく。一哲も自分の試着室に足を踏み入れ、扉を閉めた。
*
試着室に入ると、目の前に畳まれたタイツが用意されていた。ずっとこの場所に置かれていたはずなのに、手に取ると妙に生温かい。素材は伸縮性のあるスパンデックスのようだが、指先で撫でるとそれとは違う、まるで人間の肌のような質感があった。
──このタイツ、なんだか妙に……生々しくないか?
皮膚のようなその手触りに、無意識に背筋が冷たくなる。だが、隣の試着室からは服を脱ぐ音や、タイツを伸ばす衣擦れの音が聞こえてくる。周囲のバイト応募者たちは何の疑問も持たずに着替えているようだった。不安を感じつつも、高額バイトのチャンスを棒に振るわけにはいかない。一哲は一度深呼吸をし、社員の説明通りに服を脱いで全裸になった。
タイツには背中に大きく開いたスリットがあり、そこから足を通し、次に腕を入れる。生地は驚くほどよく伸び、まるで吸い付くように肌に馴染んでいく。胴体までスルリと収め、最後に顔部分を覆うように引っ張り上げた。ピタリと肌に密着する感覚に、軽い圧迫感を覚える。
「……背中はどうやって閉じるんだ?」
背面には大きく開いたスリットがあるままだった。説明では、これも装着後に処理すると聞いていたが、具体的な方法は知らされていない。疑問に思ったその瞬間──
「シュッーー!」
突然、試着室の天井に設置されていたスプリンクラーのような装置から、細かな霧状のガスが噴出された。そのガスが肌に触れた途端──
「うっ……!」
タイツの背中部分がひとりでに収縮し、ピタリと閉じていくのを感じた。同時に、生地が一哲の全身を締めつけるように密着し、まるで自分の皮膚が厚くなったかのような錯覚を覚えた。タイツを着ている、というより──
「……これ、脱げるのか?」
一哲の胸に、初めて明確な不安が生じた。
体の締め付けが収まると、次は顔だった。タイツの生地がじわじわと這い上がり、顎から頬、そして額へと吸い付くように広がっていく。彼は息苦しさに思わず口を開いた。しかし、それがいけなかった。タイツの繊維が口の中に侵入し、舌や歯茎に絡みつこうとする。
(窒息する……!)
喉を掻きむしりながら、一哲は激しく身をよじった。肺が酸素を求めて悲鳴を上げる。しかし、その恐怖が頂点に達した瞬間、ふいに呼吸が楽になった。何が起きたのか理解できず、荒い息を整えながら試着室の大鏡を見た。
全身を締め付けていたタイツが、まるで溶けるように色を失い、透明になっていく。徐々に自分の皮膚の色が戻っていくのを見て、一哲は安堵するとともに混乱した。手を伸ばし、腕のあたりをつねる。確かに自分の肌だ。だが、違和感は確かにある。
「……消えた?」
そう呟きながら、彼は恐る恐る胸元を撫でた。触れた感触は、自分の肌そのもの。確かにタイツを着たはずなのに──、その痕跡すらない。つねっても、叩いても、そこにあるのは自分の肌の感触。しかし、確かに何かが自分の皮膚に密着しているような息苦しさがある。
一哲が悶々としていると、彼の肌に密着したまま消えたはずのタイツが、突如としてざわめいた。まるで皮膚の下で何かが蠢くような不気味な感触に、彼は思わず身震いする。その瞬間、頭上にあったスプリンクラーがゆっくりと天井へと引っ込み、代わりに黒光りする機械アームが降下してきた。
それはまるで巨大な掃除機のホースのような形状をしており、アームの先端には不気味な吸引口が開いていた。バイトたちの間に再びざわめきが広がる。
慌てて周囲を見回すと、一哲たちが着替えるために入った試着室の壁は透明になっており、見渡す限り全裸の男たちが彼の視界内に収まった。
『なんだよ、これ……!』
誰かが叫んだが、次の瞬間、その吸引口が一人のバイトの身体に触れるや否や、「バリッ!」という音とともに、透明化していたタイツが一瞬で剥がれた。
『うわあああ!』
悲鳴を上げる彼の肌は、もはや人間のものではなかった。艶めく白い表面──、まるでマネキンのような質感の肉体が露わになっている。その光景を目の当たりにし、一哲の全身に粟立つような戦慄が走る。
(嘘だろ……?)
肌の質感といい、身体の形状といい、タイツを着ていた人間たちは一人また一人と、皮を剥がれて皆一様に同じ姿形へと変わっていく。恐怖に凍り付く一哲の前にも、掃除機のホース──スキン・ヴァキュームの吸引口が忍び寄った。そして、冷たい空気を吹きかけられる感触と同時に、一哲の全身を覆っていた皮膜が引き剥がされていく。
「ぐ、あぁぁぁぁ……っ!!!」
全身の皮を吸われる感覚は、想像以上に強烈だった。皮膚を無理やり剥ぎ取られるような鋭い痛みが走る──、はずだった。しかし、その痛みに混じるように、得体の知れない快感がじわじわと広がっていく。
(な、んだ……これ……気持ち悪い、けど……っ)
全身の神経が研ぎ澄まされるような感覚。まるで皮膚が敏感になり、剥がされるたびに甘く痺れるような刺激が脳に直接届く。一哲は歯を食いしばりながらも、喉の奥から漏れそうになる声を必死で押し殺した。
視界の端で、他のバイトたちも次々と同じ運命を辿っている。彼らの皮が剥がれるたびに、下から現れるのは滑らかで真っ白の無機質なマネキンの肌。恐怖と混乱に満ちた悲鳴が飛び交う中、一哲の意識は、剥がされる感触に酔いそうになる自分自身へと向かっていった。
頭の中は、気が狂いそうになるほどに気持ちいい。肌の表面からはサウナに入ったときのように、とめどなく汗が噴き出し、新しい何かへ生まれ変わっていくような感覚が全身を支配していく。
「う、あぁ……っ♥♥」
吸引口によって、自身の肌が剥かれていく。その快感は、もはや苦痛ではなかった。もっと味わいたい。この感触をずっと味わっていたいとすら思うほどに、それは甘美な毒だった。
*
ドンドンと壁を叩くような音が聞こえる。微睡みの中から引き戻され、一哲はうっすらと目を開いた。
(ここは……?)
目の前に広がる光景を見て、思わず声が出た。さっきまでいた試着室じゃない。巨大なホール。まるで映画館のような広さだ。そしてその観客席には──。
(ヒィィッ!!!)
マネキンだ! マネキン、マネキン、マネキン……。左の端から右の端まで、何も着ていない、つるりとした真っ白な顔のマネキン人形が一哲たちのことを見つめている。その数、おそらく百体以上。しかも、その人形がすべて生きているかのように蠢いている。一哲の全身がぞわりと粟立った。
『なんだよ……これ?』
誰かが震える声で呟いた気がした。
次の瞬間──。
スピーカーから甲高い音が鳴り響き、ステージ上に一人の男が姿を現した。男は光沢のあるスーツを着こみ、舞台の中央に立つと、大きく腕を広げた。
「皆様、お待たせしました! 本日のオークションを開始いたします!」
明るく張り上げられた声が、異様な雰囲気のホールに響き渡る。
「さて、本日ご用意したのは──、こちらのフレッシュな皮タイツ!!」
ステージの両脇から、機械仕掛けの台座が動き出し、何かを載せて運んでくる。そこに並べられていたのは──。一哲たち、試着バイトに参加した者たちの皮だった。
(な……!?)
自分たちの皮が今、売り物として並べられているのだと気づいた瞬間、一哲の全身に悪寒が走った。しかし、動こうとした彼の身体は、一ミリも動かなかった。まるで、自分の肉体が何者かの支配下に置かれているかのように……。
「では、最初の皮タイツからいきましょう!」
男が指を鳴らした瞬間、空気が一変し、オークションが始まった。静寂の中、客席のマネキンたちがゆっくりと札を上げる。
「はい、それではそちらのお客様! 落札です!」
オークショニアの声が響く。落札されたバイト員の皮が、無表情の美女によってステージ中央へと運ばれる。そしてそれに応じるように、落札者のマネキンが静かに立ち上がった。
言葉を発することなく、ステージへと歩み寄るマネキン。その動きは機械的で、感情の欠片も感じられない。しかし──。
そのマネキンが落札したバイト員の皮を手に取り、その皮を頭から被るようにして自身の肉体をするりと中へと滑り込ませた瞬間、異変が起こった。
「……っ、ああ……!」
口も閉じ、薄い笑みを浮かべただけだったはずのマネキンから微かな声が漏れ、その全身が小刻みに震え始めたのだ。
「は……ぁ……くっ……!」
静寂に包まれていたホールに、恍惚とした喘ぎ声が響く。バイト員の皮を纏ったマネキンの肉体が、彼が吐息を吐くたびに変貌を遂げていく。スポーツマンらしいたくましい肉体だったであろうバイト員の皮。それに合わせて、マネキンの身体がボコボコと音を立てて盛り上がっていく。弛んでいた手足の皮は、見る見るうちに太さを取り戻して丸太のように膨張し、筋肉が発達していく。胸や尻もバイト員の皮がはち切れんばかりに張り詰めると、股間がもっこりと膨らんだ。
「はぁぁ……、最高だ♥ みなさんも、んっ……、俺みたいに好きな男の皮を着れば、この快感を味わえますよ……っ」
完全にバイト員の皮と一体になったマネキンが、恍惚とした声で呟く。その口調は、あまりに艶っぽく、快楽に満ちていた。客席のマネキンたちはじっとステージを見つめているが、その表情に感情の色は一切ない。ただ黙って佇んでいるだけだ。しかし、会場の空気が明らかに変わったのを一哲は感じ取っていた。
「さあ、次の皮タイツは、こちら!」
*
オークションは、なおも続いていく。次々と札が上がり、バイト員たちの皮が売られていく。そしてその度に、新たなマネキンたちが皮を纏い、陶酔の表情を浮かべていくのだった。
──そして、ついに。
「さあ、本日の目玉商品です!」
オークショニアが満足げな声で言い放つ。ステージの中央に、一哲の皮が運ばれてきた。
眩いライトが降り注ぎ、彼の姿を浮かび上がらせる。一哲の皮タイツ──、かつて彼が肉体の上に纏っていたはずの皮は、煌びやかな台座の上で静かに横たわっている。
「こちら、スポーツ経験豊富な素晴らしい個体! しなやかで強靭な筋肉、健康的な肉付き、そして……」
言葉を一度切り、オークショニアは場の空気をじっくりと煽るように間を取った。
「大変希少な、抜群の『下半身』をお持ちです!」
客席のマネキンたちが、一斉に色めき立つ。すぐに、札が静かに上がる。一枚、また一枚。普段のオークションでは見られないほどの熱気が、言葉も発せぬマネキンたちから伝わってくる。
大学野球でキャッチャーをしている一哲の皮が、争うように競り合われていく。
「おやおや……、これは予想以上の盛り上がりですね」
オークショニアは満足げに笑いながら、次々と上がる札を見渡した。
百万、二百万、五百万、一千万……。次々に値が吊り上がっていくのを、一哲は声も出せずに見つめるしかなかった。
「さあ、五千万! これ以上はありませんか?」
オークショニアの声に、客席から手が上がらない。
「では……落札ですっ!」
結局五千万円という値で落札が決まり、【商品】と化した一哲の皮タイツがオークショニアの手によって、天高く掲げられた。落札したマネキンがゆっくりと立ち上がる。周囲の空気が、ぬるりと湿り気を帯びたように感じられる。ステージに上がったマネキンは、静かに一哲の皮を両手で持ち上げた。まるで愛おしげに、そして、ゆっくりと頬ずりをして無機質な自身の肌に、柔らかな皮膚の感触をじっくりと確かめるように。
満足したマネキンは一哲の皮を広げ、まずはズボンを穿くように開いた空間に手足を通し始めた。脚、腕……そして胴体が、ぴたりと吸い付くように密着していく。最後に、一哲の顔の皮を自らの無機質な顔に重ねると──。
「~~~ッ……!!!」
背中を大きく反らせ、マネキンは震えるように息を吐いた。静寂のホールに、歓喜の声が響き渡る。そして次第に、その姿が変わり始めた。一哲の皮を着込んだマネキンが、その肉体を風船のように膨らませていったのだ。まるでゴム人形のようにぐにゃりと形を変えながら、しかし人間らしい形を保ちつつ、マネキンだったものは別のものへと変貌し始める。肩幅や胸板に厚みが生まれて、筋骨たくましい骨格へと変わり、手足が伸びた。四肢は一瞬で盛り上がり、細かった腕にはたくましい筋が浮かび、太腿は確かな重量感を宿しながら形を変えていく。
そして──。
先ほどまで凡庸だったはずのマネキンは、完全に生気を帯び、強靭な男の肉体を手に入れていた。まるで、新たに生まれ変わったかのように。さらに、一哲の顔の皮が密着した瞬間、無表情だったマネキンの顔にじわじわと変化が訪れる。
骨格が軋むように動き出し、頬骨が持ち上がり、顎のラインが力強く整えられていく。眉の形がくっきりとし、鼻梁がわずかに高くなり、唇の厚みや輪郭までもが徐々に変わりながら、一哲の顔そのものへと成型されていく。姿かたち、声までも彼そっくりになったマネキンはゆっくりと目を開けると、満足そうにその肉体を撫でまわした。
「ああ、最高だ、この身体。これこそ私が求めていた肉体だ……♥」
一方、閉じ込められたボックスの中で、一哲が必死に壁をドンドンと叩く。
(出せ! ふざけるな! 俺の身体を返せ!!)
だが、彼そっくりになった男は、その声にならない彼の必死の叫びを耳にしながら、ますます陶酔した表情を浮かべた。
「はっはっは……、そんなに悔しがるなよ。お前が大切にしてきたこの身体は、今や完全に私のものだ」
マネキンは新しい自分の姿をじっくりと味わうように、再びそのたくましい腕を舐めると、口元を歪めて笑った。そこへ、オークショニアが静かに歩み寄り、一哲が持ってきていた野球のユニフォームを恭しく差し出した。
「さあ、こちらをお召しください。これで、あなたはより完璧に……」
ゆっくりと衣服を受け取り、ひとつ息をつくと、マネキンは丁寧に袖を通していく。上着を羽織り、ボタンを留め、ソックスとズボンに足を通す。しばらくして、ステージ上にいたのは──。
まさしく、【多田野一哲】そのものだった。
「いや〜、ありがとうございます、みなさん! このバイトのおかげで、気兼ねなく友人たちと沖縄旅行に行けます!」
一哲の衣服を身に着けたマネキンが、そう口にする。【多田野一哲】の皮を着たことで、マネキンの脳みそには彼の記憶がすべて植え付けられ、その仕草や口癖まで彼そっくりになっていた。もはやマネキンは、以前の自分のことなど忘れ去った様子で、仲間たちとの沖縄旅行を楽しみにしているようにしか見えない。
「さて……、では最後に。この商品の目玉である皮タイツを手に入れた、【多田野】様にオナニーショーをしていただきましょう」
オークショニアがそう言うと、マネキン──いや、【多田野一哲】は、客席に向かって深々と一礼し、ステージ中央で穿いたばかりのズボンと下着を脱ぎ捨てた。そして、自らの股間をゆっくりと撫でまわす。
「あ〜……、最高っす……♥ 大勢の前でオナニーするなんて、初めてで興奮するっす。それに野球部の汗まみれの肉体と雄チンポ、臭くてたまんねえっす♥♥」
恍惚とした表情を浮かべながら、その行為に耽る【一哲】。やがて彼は自身のペニスを握りしめると、激しくしごき始めた。コーヒー缶ほどもある太さの肉棒が、刺激を受けるたびにビクビクと脈打つ。その先端からは先走りが瞬く間に洪水のように溢れ出し、ぬらぬらと妖しい光を放っている。ねっとりとした透明の液体が、手を動かすたびにぐちょぐちょと音を立て、その粘度を増していく。
「あ゛っ、んあ゛ぁ……♥ 気持ち良すぎて、チンポしごく手が止まらねぇっ!!!」
【一哲】の絶頂が近づくにつれ、ホール内の温度も急激に上昇していく。客たちの立てる地鳴りのような足音と熱気。それを煽るように、オークショニアがさらに【一哲】に近寄ると──。
「さあ、みなさんご一緒に……。せーーのっ!」
『イけッ!!』
口の無いはずのマネキンたちから、そんな声なき声が聞こえたような気がした。
「あ、ああ、イクッ♥ イッちまうぅっ! うぁ、ああ゛ぁ……っ!!!」
【一哲】は身体を大きく反らし、天高く真っ白な液体を噴射した。弧を描き、宙を舞うとステージ上にびしゃりと着地する精液。一度、二度、三度……。ゼリーのように固まったザーメンが、ステージ上に溜まりを作っていく。【一哲】は最後の一滴まで絞り出さんとばかり、手を動かし続けた。
「あ゛ぁ~……♥」
やがて疲れ切った彼がその場に蹲ったと同時に、ずっと静寂を保っていたホールに拍手が沸き起こった。客席を埋め尽くしていた物言わぬマネキンたちが、一斉に立ち上がり手を叩く。それはまるで、オークションの成功を祝福しているかのようだった。
「皆様、本日は誠にありがとうございました! また次回のオークションでお会いいたしましょう!」
オークショニアがそう叫ぶと、客席のマネキンたちはゆっくりとホールを後にしていく。そして最後に残ったのは、【多田野一哲】の皮を着たマネキンと……その皮の持ち主だった一哲だけだった。
***
「ラスト一球!」
相も変わらず凄みを利かせた声を張り上げる監督の声を耳にした佑真が、ピッチャーマウンドの上でゆっくりと息を吸い込む。
振りかぶった瞬間、グラウンドの土ぼこりが勢いよく舞い上がった。陽射しを受けた微粒子が空中を漂い、静かに落ちていくのを視界に捉えながら、一哲がミットを構える。
──ズバンッ!!!
白球がミットに収まり、強烈な衝撃が一哲の掌を突き抜けた。
「……っ!」
思わず顔をしかめたくなるような、ジンジンとした痛み。しかし、今の一哲にとってはその苦痛すら心地よい。ファウルカップの中におさまった彼の非凡なイチモツは、早く解放してくれと言わんばかりに、激しく主張している。亀頭がカップの中でゴリゴリと擦れ、一哲は熱い吐息を漏らした。
「おつかれ、一哲!」
「はうん……♥ あっ、おう! ナイスピッチング、佑真! 今日もお前の投げる球は最高だったぜ、相棒!!」
蕩けたような表情を自然な笑顔に変えながら、佑真の肩に腕を回す一哲。二人はタオルで汗を拭いつつシャワールームへ向かう道すがら、たわいない会話を交わしつつ、グラウンドをあとにした。そしてシャワールームに着くと、二人は黙々と着替えを始める。アンダーシャツを脱ぐと、佑真の腋からムワリと蒸気が立ち昇った。汗で貼りついた生地からようやく解放され、ひんやりとした空気が彼の肌を撫でる。
「にしても、今日は一段と監督に大目玉を食らっちまったな、一哲」
ケツワレを脱ぎ捨てて、ぶらんとイチモツをぶらさげる佑真。その存在感は圧倒的で、成人男性の平均よりもふた回りほどは大きいだろうか。
確かに今日の一哲の動きはいつもと違ってどこかぎこちなく、佑真の投げるボールを何度も受け損ねる失態を繰り返した。そのせいで主将でもある彼は、久方ぶりに監督から長々と説教を受けたのだ。
「……ああ、まあな。野球をやるのは初めてだったからな。あのオッサンの言い草にはちょっとカチンときたけど、もうこの身体にも慣れたからもう文句は言わせねえよ♥」
一哲もまた、汗の染み込んだアンダーシャツを、苦戦しながら脱ぎ捨てた。佑真よりも一回りほど大きな肉体が露になる。その体から漂う雄のフェロモンは強烈で、思わず佑真は生唾を飲み込んだ。そして佑真同様、ケツワレを床に放り投げると、掌を開いたり閉じたりしたのち、悩まし気な手つきで筋肉質な肉体を撫でまわし始めた。彼の頬は一瞬で赤く染まり、鼻息も荒くなっていく。
「ああ、この身体……やっぱ最高だ♥」
一哲が恍惚とした表情で呟くと、佑真はニヤリと笑い、その肉体にそっと触れた。
「へへっ、もうすっかり【多田野一哲】の身体に馴染んじまったみてえだな♥ あぁ~、すっげぇガチムチでエロいボディだぜ、一哲♥ それにお前の腋の匂い、たまんねぇ……♥♥」
「……お前の方こそ♥」
二人は顔を見合わせると、乾ききった唇を重ねた。脂ぎった鼻と鼻が擦れて、二人の鼻息がますます荒くなる。
「んっ……ふぅ……♥」
「はむっ……んちゅ……♥」
自然と二人の手が、相手の股間へと伸びていく。視線を絡ませた二人は、豆だらけの節くれだった手を繋ぎながら肌を密着させつつ、狭いシャワーの個室に入った。遠く離れたグラウンドからは、いまだ部活に励む男たちの野太い声が耳に届き、それが背徳的なBGMとなって二人の興奮をさらに高めていく。
個室の壁に手を付いた一哲が、恍惚の表情を浮かべて腰を突き出すと、その尻たぶに佑真の手が添えられる。
「いいぜ……、来いよ、相棒♥♥」
「へへっ……、了解♥ 恋女房のお前のケツのど真ん中に、俺の渾身のストレートぶち込んでやるぜ♥」
佑真がそのまま腰を前に突き出すと、すでに先走りで濡れた彼の亀頭が、クパッと口を開いた一哲のアナルにズボズボと呑み込まれていく。
「んああ゛っ……♥」
淫猥な水音に合わせてハーモニーを奏でるように、甘い吐息を漏らす巨漢のキャッチャー。その声と表情は、すっかり快楽に溺れ切ったものだ。そんな相方の反応を見てしまえば、佑真もさらに腰の動きを激しくせずにはいられない。
「ぬお゛ぉっ♥ ちんぽイイ゛ッ……♥♥」
嬌声を上げながら体をくねらせると、その動きに合わせてペニスもぶるんっ、ぶるんっと大きく揺れ動く。その先端からは透明な液体が溢れ出し、個室の床に粘っこい糸を引いて垂れ落ちる。一哲の太い眉はだらしなく垂れ、大きな目は快感によってぐにゃりと歪んで、鼻水まで垂れている。
──チンポだ。チンポが欲しい。
もっとケツの穴を掘られ、雄に犯されたいという欲求で一哲の頭の中がいっぱいになる。
「ゆうまっ♥ も゛っとっ……、お前の熱いチンポくれ♥♥」
「へへっ、いいぜ相棒……。全球ど真ん中でっ、イクぞッ!!」
二人は互いの肉体を貪り合い、快楽を共有していく。それはまさに、最高のパートナーとの絆だった。絡み合う舌の熱が、擦れ合う陰茎と腸壁の感触が、彼らの若い脳みそをおかしくする。そしてついに──。
「お゛っ♥ お゛ぉっ♥ イクッ!! 俺、こないだまでノンケだったのに、ケツ掘られてイッちまうぅううっ♥♥」
「イけッ、一哲!ホモになった俺も、お前のケツの中でイクぞッ!!」
同時に絶頂を迎えた二人。一哲のケツの中を蹂躙する、佑真の大量のザーメン。一哲の腸内はドロドロに濃い若い雄の精子で満たされ、結合部からは入りきらなかった液体が滴り落ちる。
「お゛ぅっ! あ゛~~……♥♥」
佑真のペニスが引き抜かれると、一哲は再び甘い声を漏らした。そしてそのままぐったりと床に崩れ落ちそうになる彼の体を、壁に手を突いたままの佑真が支える。二人とも汗だくで、息も上がっていた。だが、それでも彼らは満足げだった。若い男たちの肉体を自分のモノにしての、濃厚なセックス。そんなインモラルな行為に、【皮モノフェチ】の彼らが満足しないわけがない。
「そういやお前が【俺】を、あのバイトに誘ってくれたんだったよな。ありがとな、佑真ァ♥ お前のおかげで、こんなエロい大学生の皮タイツを着ることができたぜ♥♥」
「……おう、気にすんな、一哲♥ 俺も大学生の皮を着てのオナニーに飽きて、お仲間が欲しくなってつい、お前にあのバイトのことを言っちまったんだ。本物の【多田野一哲】には悪ぃけど、お前とこの悦びを共有できて、最高に幸せだ……♥」
二人は向かい合い、そのまま唇を貪り合った。荒い呼吸とクチュクチュという唾液の絡み合う音がシャワールームに響き渡る。
「お前の身体めちゃくちゃエロイぜ、一哲。飽きたら、お互いの皮タイツ交換しねえか?」
「そりゃいいな♥ 皮タイツを交換したら、今度は俺に掘らせろよな♥♥」
二人は互いのペニスを握り合い、しごき始める。その間にも舌は絡み続け……やがて再び絶頂が近づいてきた。
「お゛っ♥ お゛ぉっ!! もうイック~~ッ!!」
「俺もだっ……!! ガチムチ野球部のエロエロ雄チンポ、最高すぎるぅうっ♥♥」
ドピュッドピューッと勢い良く飛び出した性欲旺盛な若者の精液が、それぞれの顔に降りかかる。粘っこくてドロドロで、射精するたびに脳みその中が更新されていくような、そんな感覚。二人はまた唇を重ねてその種汁を互いに分け合い、そして飲み下した。
「監督にもあのバイト勧めて、【仲間】に引き入れるか? 噂じゃ、あのオッサン、子供が五人いて、生活費がカツカツらしいって」
濡れた床に寝そべりながら、佑真がボソッと呟いた。
「いいな、それ!! ノンケ丸出しのあの監督が皮タイツにされて、肉体を乗っ取られたところを想像するだけで……、興奮するぜっ♥♥」
「だよな!? じゃあ早速、今日の帰りにでも監督を誘ってみようぜ!!」
「おうッ!!」
日常では有り得ない会話。そんな欲望に満ちた話を当然のように交わしながら、二人はイカ臭いシャワールームを後にするのだった。
(了)
ムチユキ
2025-03-19 12:00:48 +0000 UTCテオ
2025-03-19 09:30:46 +0000 UTCムチユキ
2025-03-19 07:13:23 +0000 UTC黒竜Leo
2025-03-19 03:33:17 +0000 UTC