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池野くるめ
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【小説】異世界最強の魔法使いエルフは紙おむつが手放せません!? 第三話 漏れるのは嫌なので吸収力に極振りしたいと思います!

 俺は「あれ」の調達のため再び電車に乗っていた。この世界では、さっき電車を降りてから僅かに一時間ほどしか経っていないのだが、なんだか長い旅行から帰ってきた時のように感じられた。  薬局に向かうというものの、どこの薬局でもいいと言うわけではない。さながらダンジョンに向かう時の作戦会議のように、綿密な脳内シミュレーションを行ってしまう。  まずは品揃え。実は俺でも履けるような子ども用の大きなサイズを取り扱っている店はそう多くない。大体はビッグより大きいサイズまでで、店によってはビッグまでしか置いていない。この時点で全体の七割くらいの薬局は候補から外れる。  次に家と職場からの距離。これもかなり重要だ。今の情報社会、誰が見ているか分かったものでは無いから、可能な限り知り合いが少なそうな店で買いたい。ダンジョンで排泄物の漏れ出しが脅威であるように、この世界では情報の漏れ出しほど恐ろしいものはないのだ。その点今は、スマホで店舗在庫を調べられる製品もあり、大変助かる。  それに加え今回は、いつものように一パックだけ買えばいいというものではない。長く向こうの世界にいようと思うので、家に残っているコレクションも含め、多めに持っていったほうがいい。  思案の末、俺はこれまで行ったことの無い薬局で一パックだけ買い、それを家に置いてから再度買い出しに出直すことに決めた。その行き先は薬局では無く、郊外にあるショッピングモールだ。  電車から降り、まずは薬局に向かう。もちろん、そこに狙った商品の在庫があることはスマホで確認済みだ。   薬局の自動ドアが開く。俺は万が一にも知り合いに遭遇しないよう、周囲の警戒を怠らないもののしかし、それを行動には示さず、あくまで普通に買い物に来た体を装う。今の俺をゲーム内の職業で表すなら、恐らく盗賊(シーフ)だろう。もちろん万引きをするわけではないが。  まずはレジの込み具合を確認し、次に店内の天井に設置された鏡を確認する。よし、大丈夫だ。レジにも目的のコーナーにも誰もいない。  初めて来る薬局ではあったが、俺の目的とする「夜専用の八回分吸収」のおむつはすぐに見つかった。このサイズは、大抵陳列棚の一番下に置かれているのだ。ブルーとピンク、二つのパッケージが並べられているが、俺は迷わずピンクの方を手に取った。これは家にいる、もしくは今は異世界にいる、歳の離れたまだおねしょの治らない妹のために買うのだと自己暗示をかけながら。  手に取ったら後は会計するだけだ。レジに並ぶときが一番緊張する。この店員さんは自分の同級生の母親であることはなかろうな? 「ポイントカードはございますか?」 「いえ、大丈夫です」  ただの買い物なら何ということもない会話も、今の俺には羞恥そのものだ。できれば話しかけないでほしい。  支払いは現金で行う。クレジットカードや電子マネーでは会計と同時に使用履歴が送られてくるが、可能な限り買い物の痕跡は残したくないからだ。  会計を済ませたら、それをすぐにリュックサックにしまう。これで任務完了だ。  家に急いで帰り、部屋のカーテンを閉めてから、たった今手に入れた戦利品を取り出す。青地に大きな黄色の星がデザインされたそのパッケージは、いかにも「夜専用」といった趣きで俺好みだ。ブルーもピンクも好きなのだが、俺は昔からピンク専門だし、恐らく履くことになるであろうピノも女性だ。だからこの選択は間違いではない。戦利品を眺めるのも早々に、俺は中が透けないようグレーに着色された大きなビニール袋と、デニム生地で作られたトートバッグをリュックサックへ詰め込み、再び家を後にした。  ショッピングモールでもやることは基本的に同じだ。ここで第一の目的は、お知らせサインの付いたビッグより大きいサイズのピンク色のおむつだ。今の俺には履けないが、異世界に行って小さくなった俺ならギリギリ入るはずだ。可愛さが全面に出たピンク色のデザインに、自分では失敗したことを周りに教えることができないことを示すおしっこお知らせサイン。これを履いて、その黄色いラインを青色に染め上げるのが俺の叶わぬ夢だった。  なぜこのショッピングモールを選んだか、それは単純な理由で、ここには食料品売り場と同じフロアに日用品コーナーがあり、会計をセルフレジで行うことが出来るからだ。  まずは薬局と同じように、自然な素振りでおむつコーナーへ入る。いかにも「ただちょっと通路をショートカットしただけですよ」という体を装って。  ここでも目的の物はすぐに見つかった。そのパッケージは数年ごとにリニューアルされるが、今は清潔感のある水色に、可愛らしい女の子が跳ねるデザインだ。ここでも架空の妹の事を思い浮かべ、それをカゴに入れた。これで目的は達成のはずだが、すぐ横にはビッグより大きいサイズにも関わらず、何故かスーパービッグサイズよりも履きやすいことで、その界隈では有名なおむつが売られていた。家にまだ在庫はあるし、なんなら今履いているのもこれだけど、ついでに買っておこう。  不運なことにセルフレジには何人かの列が出来ていた。二つのおむつを持った俺は、ただ早く順番が来ることを祈るように待つしか無かった。  ようやくレジが空き、俺の会計が出来る。ポイントカードも電子マネーも使わず、レジに紙幣を三枚入れ、お釣りの小銭を無造作に上着へしまい込んだ。一刻も早く戦利品を袋の中に入れてしまいたかったからだ。  こうして俺は無事に買い物を済ませ、家へと帰還した。  俺は異世界冒険のための装備を改めて見直した。夜専用おむつに、昔から履きたかったおむつ、それに俺が常用している一番履きやすいおむつ。まだ何か運べそうだ、と俺は思案した。 (そうだ、前に物の弾みで買ったやつも持っていこう)  俺はクローゼットの中から簡単なビニール包装がされたおむつを取り出した。一見したそれは子ども用のようなデザインで大きな動物の絵にお知らせサインがついたデザインだが、サイズが明らかに大きく、どう見ても大人用だ。  これはいわゆる「そういう」趣味性癖を持った人専用のアイテムで、実用性よりも趣味性に重きが置かれている。だから薬局にもスーパーにも売られていないし、そもそもほとんどの人々はその存在すら知らない。ファンタジー的に言えばまるで勇者の剣のようだが、何のことはない、インターネットで探せば誰でも買うことが出来る。この大人用の子ども用風のおむつの特筆すべきはその吸収量で、一般的な子供用ならペットボトル一本分、介護用でもその倍くらいであるところ、実にその五倍は軽く吸収してしまう。ここまでの吸収量だと、もはや吸収量の限界まで使い切ることの方が困難なレベルである。あの世界でここまでの物が必要とされるかは分からないが、無いよりはあった方がいい。  こうして沢山の戦利品もとい装備品を準備した俺は、カーテンを締め切った昼間でも薄暗い部屋の中で深呼吸をした。よし、と覚悟を決め、魔法を詠唱する。 「全知全能の神よ、我を時空を超えた世界へいざなえ、リーンカーネイト!」  魔法陣が現れ、白い光で部屋が満たされる。現世よ、しばしの別れだ。俺は光に包まれ、再び異世界へ飛び込んだ。 ******  目を開けると、そこは異世界だった。俺が元の世界に戻るための魔法を唱えた、あの簡素な寝室だ。窓の隙間から僅かに見える空は、元の世界に戻る時と同じ群青色で、部屋は薄暗い。やはり魔法を唱えた時から時間は経過していないようだ。服装も異世界から元の世界に戻る前そのままだが、身の周りには買い集めてきた様々なおむつ。神様の言葉通り、きちんと持ち込めている。この世界でのダンジョン探検では最強のアイテムになるはずだから、朝になったら二人に話してみよう。その前に、この縮んだ身体で先にやっておきたいことがある。  俺はこの世界に持ち込んだおむつを部屋の片隅に寄せておき、そのうちショッピングモールで最初に手に取った、お知らせサインが付いている方のビッグより大きいサイズのおむつのパッケージを手に取った。 (ついにこれが……履ける……!!)  元はといえばこれがしたくて神社でお祈りをしたのだ。出来ることは出来るうちにやっておかなくては後悔する。  俺はおむつのパッケージの切り取り線を探し、慎重に開封した。切り取り線があるからと言って乱暴に引っ張るとビニールが伸びてパッケージが残念なことになってしまう。  中にはスーパービッグサイズよりもずっと子供っぽい、元の世界の自分には到底履けないであろう小さなサイズのおむつがぎっしりと詰まっており、黄色のお知らせサインが見える。俺はその中から一枚を選び、慎重に取り出した。自らが履いている下着を脱ぎ(よく考えたら今履いているのもおむつだった!)その小さなおむつを引き上げた。  ふんわりとしたギャザーが内ももをくすぐる。恥ずかしくて心地よい瞬間だ。しかし小さくなった身体とはいえ、やはりスルッと履けるほどではない。破いてしまわないよう俺はゆっくりと確実におむつを引き上げる。やがてそのサイズ故にやや頼りなさを感じるもののしかし、厚みがある柔らかな吸収体が俺の大事な部分を包みこんだ。腰回りのゴム紐はピンと張ってはいるが破けることはなかった。 (は……履けた……!ありがとう神様……!)  俺は思わず神様に感謝してしまう。そして履けたら次にすることはもはや一つしか無い。幸いにして、この世界では昨日の夕食後からおしっこはしておらず、今はかなりの尿意を知覚している。俺は迷わず、しかしゆっくりと下腹部の力を抜いた。  力を抜いてからわずかに時間を置き、吸収体に温かい感触が伝わる。 (じゅ……じゅわああ……)  適正体重を大きく超えた使用者から容赦なくおしっこが注がれているにも関わらず、おむつはそれを一滴も漏らすこと無く健気に受け止めた。  溜まったおしっこを全てを出し切った俺は、それが完全に吸収されたことを確認するためぐっしょりと膨らんだ吸収体を手で抑える。黄色いお知らせサインはその役目を全うし、おもらししてしまったことを示す青色へと変化していた。 (はぁ……最っ高……)  ここから先、朝になるまでに俺がナニをしていたか、その多くを語る必要はあるまい。やることをやりきった俺は、襲いかかる睡魔に負け、いつの間にかベッドの上で眠ってしまった。  そして気がつくと、すでに朝になっていた。陽の光が眩しい。  下腹部……というよりもおむつが湿っている。まさか、と焦ったがこれはおねしょではなく、わざとおもらしした後にそのまま眠ってしまっただけどすぐに気づいて安心した。人の家に泊まりに来ていきなりベッドを汚してしまっては、その後相当に気まずくなることは容易に想像できた。  俺は落ち着き払って濡れたおむつを脱ぎ、同じビッグより大きいサイズであるが何故かスーパービッグサイズよりも履きやすい、いつも俺が愛用しているおむつを新しく履いた。お知らせサインは魅力的だが、日常使いにはこちらの方がしっくりくるのだ。本当は身体を拭いてから履きたかったが、この寝室には水道が通っていない。後でお風呂を貸してもらおう。  さて、これからピノとベルの二人にこのダンジョン探検にぴったりなアイテムを上手くアピールせねばならない。どうすれば抵抗なく履いてくれるだろうか? 俺は思案を巡らせた。 *****  「……で、これがあなたが元いた世界から持ってきたものってこと?」  カウンターに頬杖をついたピノが、なんとも渋い表情で俺に言う。  風呂を借りて身体を洗い、三人で朝食を取った後、今俺は神様のお告げを聞いて、その通りに魔法を唱えたら二つの世界を自由に行き来できること、そして俺が元の世界からおむつという便利アイテムをこの世界に持ち込めた事を、リビングのバーカウンターで懇切丁寧に二人に説明していた。カウンターの上には大きな黄色い星のついた夜専用おむつのパッケージと、その中から取り出した一枚のおむつ。 「それよりも、元の世界に戻ることが出来て良かったんじゃない。これで、もうあなたの言う『この世界』には戻ってこなくても良くなったんじゃない?」 「それはそうなんだけど、せっかく俺にとっては新しい世界に来られたからさ……もし出来るのなら、俺もダンジョンの探索とか魔物の討伐とか、やってみたいんだよ! そのためにこれ、役立つと思ってさ」  これ、とはもちろんおむつのことだ。 「それはまあ……あなたがちゃんと戦力になるのなら私は構わないけど……わざわざ危ない事に挑戦したいなんてもの好きね。私が目指しているのは、魔物に襲われなくて済む平和な世界を作ることだから、戦力が増えるのは助かるわ」 「私もエーテルの研究を進めてより良い薬を作ることが目標だから、補佐がいるとありがたいわね。それと、まさか文献に書かれた内容が本当にだったとは驚きよ。これからは異世界についての伝承も研究しようかしら」  俺も頑張って二人の役に立てるようになろうと思う。さもなければ、ただの特殊性癖持ちの居候になってしまう。 「それで、あなたが持ってきたその紙おむつっていうもの? 確かに、話を聞く限りダンジョン探索で使えそうだけど……なんで元いた世界から持ち込んだのがこれなの……?」  ピノの疑問はもっともだ。もちろん理由は俺の性癖ゆえだし、なんならスマホでも持ちこめた方が恐らく有能なのだが、それを説明し始めるとまた日が暮れるまで時間がかかりそうなので止めておくとしよう。 「それよりもこの素材……紙か布か何で出来てるかよく分からないけど、こんな薄いおむつで本当に漏れないの?」  さすがベルは研究者だ。そういう質問を待っていたぞ。 「そう言うと思ってた。ちょっとエーテルをコップ一杯くらい貰ってもいい?」  俺は二人の了承を得て、後ろの棚に置かれている大瓶に入ったエーテルを、ビーカーのようなガラス容器へ移し替えた。目分量だが、五、六百ミリリットル程度は入っただろう。一晩中のおしっこ、子どもの八回分相当だ。  おむつを広げ、その青い液体を一気に流し込んだ。ギャザーにせき止められた液体は、みるみるうちに吸収体へ吸い込まれていき、十秒もしないうちにおむつの表面から液体は見えなくなった。溜まりに溜まった一晩中のおしっこが明け方一気に出ちゃっても、漏れずにしっかり吸収だ。  俺はおむつを持ち上げ、吸収体の部分を軽く握り、液体が全く溢れ落ちてこない様を二人へアピールした。 「どう、布製のおむつと違って全く漏れないでしょ?」 「おお……漏れてないわね……。確かにこの世界の布おむつとは全然違うわ」  今まで渋い表情を浮かべていたピノも、流石にこれには驚いたようだ。 「す、すごい……水分だけじゃなくて、魔力も全く漏れてないわ。確かにこれならダンジョン探索で便利そう!」  ベルは感心しきりだ。食いつきがいい。 「ねえピノ、これ履いていけばあなたもダンジョン探索、出来るんじゃない?」 「え?! いや……うん……確かにそうかもだけど、おむつはちょっと……。赤ちゃんじゃないのよ、私? 柄も可愛すぎる気がするわ」  ピノは沢山のエーテルを吸い込んで膨らんだおむつを、人差し指でぷにぷにとつつきながら指摘する。 「大丈夫よ、ピノならきっと似合うから! それに『そっち』の方は実質赤ちゃんみたいなものでしょ、今更何言ってるの」  何故か俺よりベルの方がノリノリになっている。科学者の性なのだろうか? 「ケン、一応聞いておくけど、これって赤ん坊だけが履くものなの?」  ピノが俺に訊ねる。 「そうだね、もちろん赤ちゃんがメインだけど、大人でも長時間トイレにいけない仕事をしている人は割と履くことがあるかな」  例えば、宇宙飛行士はおむつ着用だから、何も間違っていない。俺の知る限り、世界中の仕事という仕事の中でも最も従事するのが難しい仕事をしている人が常時おむつ着用なのだから、みんなもっと気軽に履けば良いと俺は常々思っていた。 「ほらピノ、ケンもこう言ってるし何も恥ずかしがること無いわよ。とりあえず、お試しだけでもいいから」 「うーん……まぁそこまで言うんだったら、まあ……履くだけ履いてみるわよ……。言っておくけど、間違っても中に出したりしないんだからね! 昨日のは、その……事故よ、事故!」  昨日の件については何も言っていないにも関わらずピノは早口でそう答え、おむつを履くことに渋々同意してくれた。顔が赤くなっている。 「履く時の注意だけど、その吸収してくれるところの横に付いている壁、『ギャザー』っていうんだけど、それはちゃんと立てて履いてね。倒れてると吸収する前に溢れてきちゃうから」 「ばか! 中には出さないっていってるでしょ!ベルがどうしてもっていうから、その、仕方なく履いてあげるだけよ! ほんとはこんなの無くてもおしっこくらい我慢できるんだからね」  ピノはそう言うと、パッケージの中から新たに一枚おむつを取り出し、リビングから出ていった。 「そうだケン、せっかくだからあなたはピノから魔法を教えて貰ったらいいんじゃない?ダンジョンに行きたいのなら魔法を使えるようになる必要もあるし」  一応俺はピノの弟子であるし、確かにそれは合理的だ。とはいえ、自分が杖を振って、火や水を操る魔法を使いこなすイメージはまだ全く湧いてこなかった。  しばらくすると部屋着から冒険用の装束に着替えたピノがリビングに戻ってきた。ベルが訊ねる。 「どう、ちゃんと履けた?履き心地はどう?」 「あーもう! ちゃんと履けたわよ! 履き心地は……そうね……キツくもないし、正直悪くないわね」  そうであろう、そうであろう?最近のおむつの履き心地は本当に素晴らしいのだよ。メーカー担当者でもないのに悦に入ってしまう。そして、やはり大人用の最初サイズではなく、子供用のスーパービッグサイズを買ってきた俺の判断は間違いなかった。柄も可愛いし。 「ふんふん、こんな感じになるのね。まあ、可愛くなっちゃって。ギャザーはちゃんと立てた?」 「ちょっと!」  ベルがピノのスカートをめくり、中を覗き込む。もし俺がやったら即座に火あぶりの刑に処される所業だ。 「それで、今ケンと話していたんだけど、ケンに魔法を教えてあげてよ。あなたの弟子でしょう?」 「それは私も着替えながら考えていたわ」  ピノは俺の正面に立ち、こう宣言した。 「改めてケン、あなたは私の弟子よ。私の戦力になる魔法使いになるまで、みっちりトレーニングするからちゃんとついてきなさい」  おむつを履いた俺の師匠は、高らかにそう宣言した。 ******  俺とピノは街の外れにある広場へやってきている。昨日、街に入るために通った川沿いの門から丘を半周回った場所で、ピノいわくここは魔法の練習を行ってよいと定められた場所とのことだ。サッカーグラウンドほどの大きさの広場には、俺達の他にも数人の魔法使いおぼしき人物がいて、各々杖を振っている。 「これが初心者魔法使いのための杖よ」  ピノはそういうと、指揮棒くらいの長さの細い木の棒を俺に手渡した。柄の部分には小さな青い石が埋め込まれている。 「杖の大きさはその魔法使いの実力を表していると言ってもいいわ。大きな杖には大きな魔石が入れられるから、高威力な魔法が使えるわ。その代わりその制御も格段に難しくなるの」  なるほど、自転車よりも大型トレーラーを運転する方が難しいのと同じだ。 「まずは、火を出す魔法を教えるわ。攻撃だけでなく、光源にもなるし炊事にも使えるから、大抵みんなこれから覚えるのよ」 「分かった」 「まずはどんなものか私が見せるから」  ピノは杖を誰にいない方向へ向けると詠唱を始めた。 「精霊よ、我に炎の力を与え給え、ファイア!」  すると杖の先端から赤い炎の玉が発射された。大きさは小玉の西瓜くらいだろうか。その玉はしばらく直線上に飛んだ後、小さな爆発を起こした。 「これをやってもらいます」  本当に出来るのだろうか?とても信じられない。 「最初は目を閉じて、杖の先から炎の玉が飛び出るイメージをするの。そのイメージを消さないまま呪文を唱えるのよ」  言われた通りに杖の先端から炎が出る様子をイメージする。そして杖を前に構え、唱える。 「精霊よ、我に炎の力を与え給え、ファイア!」  すると杖の先から、ピノのものよりはずっと小さく弱々しいがしかし、確かに炎の玉が飛び出した。その丸く明るい玉は、ふわふわとしばらく浮遊した後、パチンと弾けて消滅した。 「うんうん、初めてにしては上出来よ。こんな感じでイメージして、集中して、唱える。これが魔法を使う基本的な流れね」  その後、俺とピノは同じことを何度も繰り返した。そして俺が十回くらい魔法を唱えた後、急に集中が出来なくなった。詠唱しても火花が飛ぶ程度で玉にはならない。そしてひどく脳が疲れた感じがする。 「それが魔力切れよ。でも、初めての練習でその回数を唱えられたのは、なかなか優秀と言ってもいいわ。はい、これ」  手渡されたのは、エーテルの入った二本の小瓶。今のところ、利尿作用が極めて強い魔力回復薬という知識しかない。この青みがかった液体は、一体どんな味がするのだろう。  俺は渡された小瓶を開け匂いを嗅ぐと、ミントのような清涼感のある香りがした。  恐る恐る瓶に口をつける。口に流れ込んできた少し青い液体は、すこしひんやりしていて、ほのかに甘かった。 「おいしい……」  俺は思わずそう呟いた。 「でしょう?ダンジョンの中でたくさん飲むものだから、味も大事な要素なのよ」  そして同時に、これがそんなに強い利尿作用を持つとはとても思えなかった。もっとこう、コーヒーのように苦かったり、アルコールのように辛いものを想像していたから、なんだか拍子抜けだった。  ピノも俺と同じようにエーテルを飲みながら言う。 「今日の練習はここまで。これを飲み終わったら帰るわよ。あ、あと帰りがけに魔法道具屋さんに寄っていくから付き合ってね」  さて、今しがた飲み終えたエーテルは、一体どれほどの早さで尿意へ変換されるのだろう。 ******  結論から言うと、やはりこの世界におむつを持ってきたのは正しい選択だったと、今なら自信を持って言える。  エーテルを飲み終えた瞬間、ほんの少し胃が熱くなり、その後すぐに集中力、つまり魔力が回復するのが感じられが、それ以外に特に変わった感覚は無かった。  明確に尿意の高まりを感じたのは、家へ帰る途中にピノとともに立ち寄った魔法道具店の中であった。昨日通った大通りで見かけたその道具店の中は、表から見た印象と違わず今の俺には読めない言葉で書かれた書物や、謎の草花や、魔石のような何かが雑多に置かれており、ピノは楽しそうにそれらを手に取っている。一方、俺はといえば、先程は少しトイレに行きたいかな、という程度の尿意が一分ごとにどんどん強まって来ており、すでに危険水位に達していた。ピノの方をちらと見たが、まだ買い物が終わる気配はない。 (まずいな……これは……)  このあとどうすべきを考えねばならない、と言っても選択肢は二つしかない。漏らすか我慢するかだ。少し考え、いや正直に言えばほとんど考えず、俺は漏らす方を選択した。脳内に天使と悪魔が出てきて脳内で会議することも無い。だっておむつを履いてるし、我慢のしすぎは身体に悪いので天使も悪魔も漏らす方に賛成なのだ。こういう時のおむつの安心感はすごい。  俺はゆっくりと下腹部の力を少しずつ抜いた。たっぷり溜まったおしっこが一気におむつの中へ流れ込み、股の下が温かくなる。大丈夫、この勢いならおむつの吸収速度を超えることはない。俺は長年の経験から、どの程度のおしっこの勢いならおむつの吸収速度を超えないか、正確に把握していた。力を抜けるようになるまでは大変だったが、慣れれば簡単なものだ。  それにしてもピノは、昨日見せたような明らかに我慢しているような仕草も見せていない。まさかピノの膀胱よりも俺の膀胱の方が弱いとは思っていなかったし、改めてエーテルの利尿作用の強さには驚くしかない。そしてピノよりも我慢できないということは、俺はこの世界において相当お下が弱いということだ。念の為に持ってきた、吸収力に極振りしたおむつを装備する必要もあるのかもしれない。 「ケン、行くわよ」  ピノが俺を呼んだ。どうやら目当ての物がなかったらしく、何も買っていないようだ。俺がたった今、おむつをぐっしょりと濡らしていることにも気づいていない様子だ。やはり、魔力の漏れ出しもしっかりブロックされている。  家に帰ると、ベルが俺達の事を待っていた。 「どうピノ、弟子の才能は?」 「私が思っていたより優秀よ、ちょっと訓練すれば戦力になると思う」 「へー、良かったじゃない、ケン。頑張りなさいよ、私の研究のためにも」  これは素直にちょっと嬉しい。 「で、どう? そっちの、『履き心地』は? 漏れてない?」  相変わらず、何故か俺よりもおむつへの食いつきがいいベルだ。正直助かる。 「はあ?! 漏らしてるわけ無いでしょ! 履くだけって言ったじゃない!」 「やっぱりね。でも、ダンジョンに入ったらトイレは無いのよ? 出せるようにする練習も必要なんじゃない?」 「それは確かにそうだけど……」 「そろそろ、溜まってきてるでしょう。私、あなたと組んでもう長いから大体分かってるわよ」 「う……」  ベルはピノの下腹部を指差す。どうやら図星のようだ。昨日程ではないにしても、ピノの膀胱の水位もかなり上がってきているようだ。 「あー!分かったわよ!漏らせばいいんでしょ、漏らせば! さすがに見られてると恥ずかしいから一人にさせて!」  先に折れたのはピノの方だった。ピノは万が一おしっこがおむつから溢れだしても大丈夫なように、風呂場へ向かった。  それからおよそ十分後、ピノが戻ってきた。 「ごめん、わざと出すのはどう頑張っても無理……力が抜けないわ」  予想はしていたが、やはりそうだったか。そう、経験者なら分かるはずだし俺も御多分に漏れずそうだったのだが、皆幼い頃から(おしっこはトイレ以外でしちゃダメ!)と徹底的にトイレトレーニングをされているため、大抵の場合いざおむつを履いて出そうとしても、力を抜けないのだ。特にピノは、それに加え過去のトラウマもあるため、何がなんでも漏らしちゃダメ、という心の呪縛が何重にもかかっていることは想像に難くなかった。しかし、決壊するまで我慢してから出してしまうと、おしっこの勢いが強すぎて、吸収が追いつかない可能性が高い。  つまりピノがダンジョンを探索できるようになるためには、まずはおむつの中におもらし出来るように「逆」トイレトレーニングを行わなければならないということだ。  ならば、ベルにも協力してもらいつつ、俺がその師匠になれば良い。  俺が魔法のトレーニングをするように、ピノは逆トイレトレーニングをすればよいのだ。 (第四話へ続く)


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