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池野くるめ
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【小説】異世界最強の魔法使いエルフは紙おむつが手放せません!? 第五話 いいですか、落ち着いて聞いてください。あなたはおねしょをしてしまったのです。

 俺は革製の大きなバックパックを背負い、それとは対照的に身軽な服装のピノとベルと一緒に、街の門を通り抜けた。ピノはいつもと同じように、丈夫そうなローブと、大きな杖を身に着けており、ベルはシンプルだが機能的そうな服を着ており、腰にはナイフと、片手で持てるサイズの杖を持っている。これまで部屋着か実験用の白衣を着ている姿しか見たことが無かったから、彼女の旅装束は新鮮に映った。  俺が背負うバックパックの中には三人が一週間分で飲むであろう大量のエーテルやポーションの小瓶だけでなく、野営のための道具や着替え、それにおむつも入っている。簡単に言えば、俺は荷物運びの役目を負っていた。  ちなみに重量の関係からテントは一張り、おむつの枚数は、スーパービッグの物が九枚である。二人曰く、冒険中は輸送と安全の事を考え、男女混合のパーティであってもテント一つで寝ることはそれほど珍しくないらしい。またダンジョンの外にも魔物はいるが、一本道でもない限り排泄物は穴を掘って地面に埋めておけば問題ないらしい。要するに包囲されたり退路を断たれなければ良いということだ。ダンジョンに入る時間、荷物の大きさも考え、おむつは一人三枚とした。三枚あればエーテルの利尿作用があっても、十八時間は持つと俺は判断していた。夜用の吸収力は侮れないのだ。  川の上流の方へと向かう道の片側には、背の高い木が立ち並んでおり、柔らかな朝の日差しが差し込んでいる。葉の間を通り抜ける風が心地よく、木々のさざめきが優しく響いた。道端には青々とした植物や、色とりどりの花が咲いており、その中には元の世界では見たことのないような形のものも混じっている。 「この花、見たことないな」  俺は紫色の花びらが特徴的な花に目を留めた。 「それは『三日月の花』ね。夜になると光る変わった花で、研究に使ったこともあるわ。香りはいいけど魔力回復には使えないみたい」  歩きながらもベルが丁寧に説明してくれた。この口ぶりだと、辺りに生えている草花の大半は実験に使ったことがあるのだろう。  やがて道は川から反れ、低木が生え、岩が多く転がっている丘へと続いた。地面は所々白く輝いており、小さな洞窟や裂け目が見える。俺は足元に注意しながら歩き続けた。何しろここで荷物を落とすと体力と魔力の回復薬のほとんどを失うのだ。ベルによると、この辺りは岩が多い地形で、洞窟や地下河川が多く、今向かっている洞窟もそういったものの一つがダンジョンと化したものらしい。  何度か休憩を入れながら昼過ぎまで歩き続けると、広い草原に出た。一面に黄金色の草が風に揺れ、遠くには目指す山の輪郭が見え、青空に映えている。  俺は深呼吸した。この世界に来た時も今と似たような感じではあったが、あの時は状況を把握するのが精一杯で、景色を楽しむ余裕などなかったのだ。  夕方になると、空はオレンジ色に染まり、太陽が沈むにつれて薄暗くなっていった。俺たちは草原に点在する森の中に入り、野営できる場所を探した。森の中は静寂が広がり、幻想的な雰囲気を醸し出していた。  野営地を定めた後、集めてきた枝にベルが魔法で火をおこした。本当は肉か魚でも焼ければ良いのだが、ダンジョンに潜る時の食事は、昼も夜もポーションのみである。ポーションの入った瓶を少し眺めてから開け、数秒で飲み干す。腹は膨れるが、やはり物足りない。 「ま、あとは寝るだけだし……」 「油断は禁物よ。この辺りでも夜は強い魔物が出ることがあるから、寝る前にはベルに結界を張ってもらいましょう」  俺はぼそっと呟いたが、ピノは警戒を緩めていなかった。それとも、初めての本格的な冒険で気が張っているのだろうか?  その時、静寂を破る奇妙な音が森の中に響いた。音のする方を見つめるが、目には何も写らない。 「今の……何の音?」  俺は二人に聞いた。ピノとベルは杖を握りしめ、周囲を見回した。ピノが答える。 「魔物かもしれないわ。気を付けて」  その時、木々の間から大きな影が飛び出してきた。焚き火に照らされた姿は狼のようで、俺の身体の何倍も大きな銀色の毛並みは不気味に輝き、大きく開けた口から見える牙は鋭く、目は血のように赤く光っている。唸り声が響き渡った。 「あれは……銀白色の狼! 魔物よ!」  ピノが緊張した声で言った。心の準備をする間もなく、魔物は俺たちの方へ向かって飛びかかってきた。 「ケン!」  ピノが叫ぶ。俺は杖の先に意識を集中し、唱えた。 「精霊よ、我に炎の力を与え給え、ファイア!」  勢い良く杖を振ったが、飛び出した炎の玉は、わずかに魔物の動きを止めただけだ。魔物の注意が俺に向き、目が合う。 「ケン、良い攻撃よ!」  視界の外からベルが呼びかける。今のどこが良い攻撃だと言うのだろう、全く効いていないではないか! 俺の使える魔法は今の一種類だけだから、万事休すだ。走れば数歩の位置に鋭い牙が光る。  その時、聞いたことのない詠唱が聞こえてきた。 「大気に潜みし炎の精霊よ、我に集え……。悪鬼を一閃せよ! サギッタフラメアム!」  その瞬間、青白い閃光が魔物の脇腹を貫通した。魔物は目を見開いたまま硬直し、直後に灰色の塵となり消滅した。  森に静寂が戻る。 「上手く急所に当てたわ。どう? 『経験値』貯まったでしょ?」 「うん……それはまあ、確かに……」  魔物に食い殺される恐怖を感じたのは初めてだった。今更のように、息が上がり、手が震える。 「正直、めちゃくちゃ怖かった……。それと今の魔法、すごかったな……」 「あれは、高温の炎の矢で相手を焼き切る魔法よ。ケンが相手の注意を引いてくれたし、私レベルになればアレくらいの魔物は楽勝ね」  なるほど、強力な魔法の詠唱には少し時間がかかるから、俺が魔物の注意を引き付けたのが良かったのか。確かに効率的ではあるが……。 「俺……オトリだったの?!」 「そこは作戦と言ってほしいわね。それに、本当にマズかったらベルが防御魔法をかけてくれるわよ」 「最初からそうしてくれれば良かったのに……」 「それじゃ経験にならないじゃない! この世界におけるダンジョン探索っていうのは、命がけのものなのよ。そのことは覚えておいて」  ピノの言うことは間違ってはいない。事実、このような経験は命のかかった実戦でしか得られないものだ。俺が引き付けてピノが撃つ、まずはこの作戦に慣れることに集中しよう。  しばらくすると、全力で魔法を使ったせいか、ひどく魔力を消耗した感覚がしてきた。 「はい、エーテル飲んで。ピノもね」  そう言いながら、ベルが俺とピノにエーテルを差し出した。俺はそれをありがたく受け取り、一口で飲み干した。ここまでの行軍に加え、魔物との戦闘を乗りきったことで緊張の糸が切れたからか、飲み干した途端俺は睡魔に襲われた。 ******

 目が覚めたのは、まだ辺りが暗い時間だった。本当はまだ睡っていたいのだが、エーテルによる尿意が身体を強制的に覚醒させる。  家ならばちょっと起きてトイレに行けば良い。しかし今は冒険中で、迂闊に外に出るのは危険だ。テントを設営する時に「ベルが結界を張ってくれる」と言ってはいたが、それがテントの周りだけなのか、それとも焚き火をしていた辺りまでなのかは、俺が二人より先に眠ってしまったため分からない。右を見ると、ピノもベルも寝息を立てており、起きる気配はない。  朝まで我慢することも考えたが、エーテルの利尿作用を考えるとそれは難しいし、今の尿意ではすでに再度寝付くこともできそうにない。  元の世界に戻っておむつを調達することを思いたが、転生魔法を小声で唱えても何も起こらなかった。もしかすると、この魔法はダンジョン内や魔物との戦闘中だけでなく、自分以外の人がいるところでは発動しないのかもしれない。いつぞやのあの神様からのお告げは大層適当なものであったし、いくつか設定を言い忘れていてもおかしくはないのだ。  自然、俺の視線は背負ってきた荷物へ向けられた。あの革袋の中には一晩中のおしっこをしっかり吸収してくれる素晴らしいアイテムが入っているのだ。だが、あれはあくまでダンジョン攻略用に持ってきたもの。ダンジョンに入る前、それも冒険初日の夜に一枚とは言え使ってしまうのはいかがなものかと悩んだ末、念の為履いて、本当に無理そうだったら頼ることにしようと結論付けた。  眠っている二人を起こさぬよう荷物の中からおむつを出す。慎重にズボンと下着を脱ぎ、おむつを引き上げる。腰まで引き上げ、ギャザーを立てるとその部分の感触だけは俺が元いた世界のものだった。内ももで、おむつの吸収体の辺りをくしゅくしゅと撫でるように擦ると、安心するような少し恥ずかしくなるような不思議な感覚になる。できるだけ朝まで我慢しようと決めた俺だったが、この世界では味わえないふかふかとした感触は、即座に俺の決意を揺らしにかかった。まるでおむつの方から(ほら、出しちゃっていいよ)と誘惑されているように。数分の間、おもらししてしまうことをなんとか堪えていたが、エーテルから来る徐々に強まる尿意に抗うことはできず、我慢を解放してしまった。  たっぷりと溜まったおしっこが、まるで騎馬隊が突撃するかのような勢いで、一気におむつの中へ解き放たれる。しかし、何人たりとも通さない堅牢な要塞のように高いギャザーがそれをせき止め勢いを削ぐとともに、白い地面はそれを吸収し、薄黄色の湿地へと変わっていった。夜専用に設計されたおむつは、俺から放たれた容赦ないおもらしの一撃にも全く動じず、おむつの外には一滴のおしっこさえ漏れていない。  全てを解放すると、また眠気が襲ってきた。やはり夜専用パンツ、一晩中のおしっこもしっかり吸収、安心なのだ。 「ごめんなピノ……一枚使っちゃって……」  俺は薄れる意識の中で呟き、そのまま再び眠りの世界へと落ちていった。  次に目を覚ましたのは、朝日が木々の間から俺を照らした時だった。しっとりとしたおむつに包まれ、寝覚めは悪くないが、なんだかおむつの外側まで湿っている感覚があり、途端に冷や汗が吹き出る。 (やば……もしかして、二回目……っ?!)  そう思ったが少し様子がおかしい。濡れている範囲が俺の身体の下ではなく、右側なのだ。これは、もしかして……。  俺のすぐ右で眠っているピノをゆさゆさと揺すって起こす。 「ん〜〜。なぁに〜〜〜?」  まだ寝ぼけているようだ。 「ピノ、ピノ!」  俺は続けた。ピノが目を覚ます。数秒経ち、彼女は自身の状況を把握したのか、寝ぼけた顔が急に引きつっていく。 「え……ちょっと待って……」  ピノはまだ現実を受け入れられないようだ。俺はピノが動揺しないよう、冷静に、かつ、適切に事実を伝えようと試みた。 「いいですか、落ち着いて聞いてください。あなたはおねしょをしてしまったのです」  いよいよ言い逃れの出来ない事実を突きつけられたピノの顔は真っ赤になった。そしてそのまま涙目になった。無理もない。俺も夜中に目覚めていなければそうなっていた可能性が高いのだ。夜専用のおむつに感謝するとともに、それを俺一人が勝手に使ってしまったことへ対する罪悪感を感じ、またそこにまでわずかに至れなかったピノのことを少しかわいそうに思った。子どもの自尊心を傷つけないよう、おねしょしても過度に叱らないようにしましょう。おむつのホームページに書かれた文章が脳裏をよぎる。 「え!? そ、そ、そんなはずないわよ! 家でだって夜はおもらししたりしたことないし……っ! そんな……私、赤ちゃんじゃないのに……」  ピノは恥ずかしさと情けなさから、ぐずぐずと泣きべそをかいている。前にも似たようなことがあった気がするが、魔物を一閃する超高温の炎の矢を放った頼もしい魔法使いはどこへ行ってしまったのだろう。今の彼女は、例えるなら日曜日の朝に放送される魔法少女が活躍するアニメに登場するものを模した、誤って口に入れても刺さらないよう角が丸くなった、光る魔法のステッキのおもちゃを振るまだ幼い子どものようであった。  そして同時に、今日の最初の仕事が決まった。彼女の機嫌を直し、そしてピノのおねしょで濡れてしまった服とテントを洗って乾かすのだ。


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