ソルジャーメイド
Added 2018-12-15 12:20:35 +0000 UTC俺は気がつくと見知らぬ部屋の天井を見ていた。 「ここはどこだ?」 なんてベタなセリフも、人間本当に驚いた時には出てきやしないものだ。先ほどまで自分が何をしていたのか、どうしてこんなところにいるのか、何度記憶を探っても何一つ思いつくことがない。名前や仕事は思い出せる。俺は高岡雄二、28歳の会社員。家の住所も大丈夫だ。生まれた街も覚えているから記憶喪失ではないと信じたい。とりあえず起き上がって誰かいないか探そうとして初めて気がついた。俺は服を着ていない。上着どころかパンツまで。思わず足の先から手の指の先までマジマジと見つめてしまったけれど、俺は一糸纏わぬ全裸であった。 「なんで…?」 これにはさすがに俺の口は黙っていられなかったようだ。記憶をなくすくらいに酒でも飲んで、どこぞの女とでもよろしくなって、そのままシッポリ楽しんだとでも言うのなら男としての糧にもできる話だっただろうが、この部屋には何もない。ベッドも、テーブルも、そして俺が着ていたはずの服も。あまりにも不自然なことの連続では、そんな甘く安い展開は望めそうにはない。 裸のままで起き上がる。誰が見ているでもないのに、なんだか小っ恥ずかしい気分だ。歳相応の陰茎がブラブラと揺れている。例えばここが自分の部屋で起床したところだったとか、先ほど思い描いたような情事の後でもあったなら何故だか恥ずかしくもないのだが、ガキだった頃は気にもならなかったことが大人になると気にかかるものだ。お前もそう思わないか?誰も見当たらないので、とりあえず長い付き合いの自身のムスコに心の中で問いかけてみる。昔は引っ込み思案で少しの刺激にも驚いて、慌ただしくデカくなったり小さくなっていたそいつは、こんなことどうってことねぇよ、とでも言いたげに太々しく浅黒くなって錘のようになった亀頭を垂らして微動だにしなかった。 部屋の探索は5分もかからなかった。まずドアが一つだけ。どう頑張っても開きそうにない頑丈な鍵が外からかけられているようで、肩で体当たりしても、足蹴にしても、少しの隙間もなかったようで遊びがなくビクともしなかった。あとはひたすら白い床、白い壁、そして同じく白い天井。広さは4畳半ほどだろうか。どこかに隙間もなく、窓ももちろんない。ドアには通気孔のようなものがあったので酸欠などの心配はなさそうだが。試しにその穴から大声で呼びかけても何の反応もかえっては来なかった。 これは一大事である。俺は多分、監禁されている。しかも金品どころかパンツまで毟り取られての状態で、である。そのうえここに至るまでの記憶もないときた。俺は一体どうしたというのだろうか。本来であればここで大半の人間はパニックになることだろう。だが俺は不思議と落ち着いていた。少し頭に靄がかかったような気がしているのが気にかかるが、落ち着いていた。それがおかしなことだということに気がつけるような注意力がなかった時点で、俺はもう俺ではなかったのだろう。 昨日はいつのまにか眠ってしまっていたようだ。時計がないので「昨日」という表現が適切かはわからないが、一度眠って起きたのであれば多分そこそこの時間は経っているのだと思われる。ドアの前には白飯と味噌汁と野菜炒めのようなものがトレイに乗せて置かれていた。俺を監禁した人物は、飢え死にさせるつもりはないらしい。変なものでも入ってるんじゃないかと思うところがないわけではなかったが、こんな状態で他に口にできるものもない。深く考えていたら生き残ることはできないだろう。俺は用意された食事を食べることにした。 ドアの側のトレイを取ろうと立ち上がると自分のムスコが全力で起床していることに気がついた。最近仕事も忙しくて、なんだ勃ちが悪い気がしはじめていた30手前だったのが嘘のようで、高校生の頃を思い出す。デコピンの要領で指で弾いてやると、ビヨンビヨンと大きく揺れて思わず吹き出してしまった。いい歳をした大人がこんな真似をしているのを人に見られたら笑い事か通報もののどちらかだろうが、吹っ切れたのか俺はそのままあぐらをかいて床に置かれたトレイの前に座って用意された飯に手をつけた。その間も上を見続けるムスコが飯のおこぼれをねだっているかのようだったが、俺はそれを横目にわざと美味そうに飯を食ってやった。ここに来るまでの記憶はないが、少なくとも覚えている限り俺は全裸で勃起したままあぐらをかいた大股開きで飯を搔っ食らうなんてことはしたことがなかったと思う。別に自分の生き方に殊更不満があったわけではないが、自分がこれまでのちっぽけな自分ではなくなったような気がして、なんだか爽快な気分を覚えた。 いつしか俺はその部屋での生活に馴染み初めてしまっていた。突然にこんなところで目が覚めて、自分をこんな状態にした人間との接触も一度もなく、それなのに慣れるだなんておかしなことのようだとも思ったが、生きるためには思考を止めることも必要だと考えるようになっていた。何より、どうしてなのかわからないが、そのようなことを深く考え始めると何故だか眠くなって、またドアのところに飯が置かれていると言う状況の繰り返しであった。なので俺は深く考えることをやめた。かといってこんな狭い空間でずっと寝ているのもアホみたいだと思ったので、可能な限りは体を動かし鍛えることで気を散らしていた。汗が滴るほどに自分が強くなっていく気がして喜びを覚えた。こんな閉鎖された空間で強くなることに意義があるとも思えないが、そんなことを考えると不思議とまた眠りについてしまうので、俺は理由を考えることをやめた。 一度だけ、困ったことがあった。それは生理現象である。排泄だとか、鼻水だとか、そんなものをどう処理すればいいのか。最初は途方に暮れてしまった。鼻水は手でかんで吹き飛ばせばいいと瞬時に思いついたので手鼻で事なきをえた。今までの人生でそんなことはしたことがなかったのだが、片方の鼻を抑えて、フンっと鼻息を吐けば、汚い水が体から飛び出していった。小便はどうしてそう思ったのかわからないが、飲むことにした。飯を食った後は空の皿が俺が寝るまでずっと部屋の中に置かれていることになるので、茶碗に小便をし、運動した後の体が水分を欲した時はそれを飲み干した。しょっぱいような気がしたが、何も飲まずにいることはできないと思ったので、これは仕方ないのだと言い聞かせていくうちに何も感じなくなった。そのうち、絶妙なタイミングで俺が運動に勤しむ間にスポーツ飲料がいつしかドアの前に出現するようになったが、俺はそれと並行して小便も飲み続けた。この差し入れがいつ無くなるともわからない状態では、最悪の状況を想定して生き残るためにいつでも水分を補給することができるように、自身の小便だろうと躊躇なく飲めるようになっていなければならないと思ったから。大便に関してだけは困った。しかしドアは開くこともない。仕方ないと言い聞かせて、出来るだけ部屋の隅の方で屈んで俺は用を足した。出した後はブツが残ってしまうが仕方がない。衛生的にもいい状況とは言えなかったが、匂いは不思議と特別篭ることもなかったのが救いであった。もしかしたら嗅覚が麻痺していたのかもしれない。何回か排便すると、また目が覚めた時にそんな痕跡などなかったかのように綺麗になっているのはありがたかった。 いつしか俺は相当野性味溢れる男になっていたと思う。髭も髪も伸び放題で、しかし体だけは鍛えられてシャープで獣のような体になっていた。ここに来た時は少し弛み気味だった腹や胸が、今ではシックスパックに割れて、汗をかけば絶妙に艶がでて逞しさを際立たせていた。いつしか俺はどうしてこんなところにいるかを考えることもなくなり、ひたすら体を鍛え、まるでジャングルで暮らしているかのような原始的な生活スタイルで食欲や排泄をみたし、そこに疑問も覚えることが全くなくなった。もう何度眠って朝が来たかもわからない。髭の伸び具合から数ヶ月、半年近くここにいるような気がしないでもない。しかし、深くは考えない。それは必要のないことだと俺は確信していた。理由?そんなことを聞かれても困る。そんなものは意味のないものだ。 ある日、突然ドアが開いた。あまりにも驚きすぎて、俺は茫然としてしまった。監禁されてはんとしちかくも経過していて、初めて外部との接触だと言うのに、俺は何も感じず、逃げようなんてことも全く思いつかなかった。 入って来たのは緑色の髪で緑の眼をした筋骨隆々の男であった。 「デロ。」 片言なのに鋭く聞こえる言葉を言い放ち顎で外をしゃくる。反射で俺は立ち上がり、背筋をまっすぐに伸ばしたままドアの外に出た。 男の後をついていくと少し広い部屋に通された。そこには俺と同じように、髪も髭もボーボーになり、しかし体だけは誰も皆鍛え上げられた男たちが列になって並んでいた。 「タカオカユウジ、オマエハココニナラベ。」 緑頭緑目坊主の逞しい男が再び指示を飛ばす。俺はまたしても反射的に言われた通りに男たちの列に加わった。 男たちは順番に頭はバリカンで、髭はカミソリで剃りあげられていた。バリカンやカミソリを操るのも全て緑の頭に緑の目をした男ばかりであった。1人、また1人と先ほどまでのむさ苦しさと決別してゆく。驚いたのは剃られた後にやっと見えた男たちの目がみな緑色をしていたことだ。そして刈り上げられた頭もどことなく緑っぽさが漂っていた。俺の番が来てバリカンが勢いよく俺の頭を刈り上げていく。バサバサと落ちる髪の毛が半分くらいは黒いのに、途中から白髪になるかのように緑色になっていたのに気づいて驚いた。しかし息つく暇もなく流れ作業のように次は仰向けに寝かされ、緑の髪に緑の目をした男たちの手で髭を丁寧に剃られていく。 「イケ。」 俺の髭を剃りあげた男がやはり片言の指示を飛ばす。行けと言われてもどこに行けばいいかわからないので 「ドコニイケバイイ?」 と尋ねた自身の言葉に驚いた。久し振りに話したからか、俺も彼らと同様になんだかおかしな抑揚で喋るようになっていた。 「アソコダ。」 髭を剃った男が指差した先にドアがあった。 「ワカッタ。」 俺はまた片言で返事を返す。無駄な言葉を発することはない。どこか鋭さを伴って指示だけをする会話は、経験はないがどこかの軍隊を彷彿とさせた。 ドアの向こうに何があるかなどと考える必要はない。俺は指示に従うのだ。生きるためにこれは必要なことだ。そんなことを一瞬考えて、ドアノブに手をかけた頃には俺はそんな考えを持ったことすら忘れて、次に待ち受ける工程へと足を踏み出していた。 高岡雄二という男の失踪届を受理した翌日、俺は電車事故に巻き込まれた。跳ね飛ばされた体が宙を舞いながら「今絶対誰か背中押したよな。社会のためとか言ってオマワリやっててこれで終わりかよ。ザマァねえや。」なんてことを思っていた。そこで一旦記憶は途切れる。 目が覚めたら病院のベッドだった。 「あれ…?生きてる…?」 「まあ、オマワリやってて体だけは鍛えてたからじゃないか?不幸中の幸いってやつだ。」 なんだか懐かしい声がして顔を向けると、そこには去年暴力団の抗争に巻き込まれて殉職した尊敬していた先輩がいた。 「長瀬さん!」 「久しぶりだな。三河巡査。」 ニヤリと笑ってハードボイルドぶってるのか、わざと階級をつけて俺の名前を呼ぶ先輩。この人はあの世に行って心機一転したのだろうか。真面目そうにいつも刈り上げられていた黒髪が緑色に染められている。眼の色まで緑だ。カラコンでもしているのだろうか? 「長瀬さん雰囲気変わりましたね。死んで心機一転したんですか?」 「お前今自分が何言ってるかわかってるか?」 「はい。長瀬さんは去年抗争に巻き込まれて亡くなった。でもここにいる。俺は電車に吹っ飛ばされた記憶がある。つまりここはあの世ってことですよね?」 「残念ながら全部ハズレだ。ここは東京のとある場所だよ。あの世でもなんでもねぇ。」 「じゃあなんでそんな髪にしたんですか?しかも眼まで。長瀬さん似合ってないっす。黒髪の方が男って感じでかっこよかったっすよ。」 「これは別に俺の趣味じゃねぇんだよ。生きるためには仕方なかったの。っていうか、お前もこうなるんだからな?」 「なんないっすよ。俺敏感肌なんで髪なんか染めれないっすもん。」 「だーかーらーっ!もういいっ!お前ちょっとついてこい!」 そう言って長瀬さんは俺の手を掴んでベッドから引きずり出した。記憶によると電車に吹っ飛ばされたはずなのにどこも痛くない。俺って結構頑丈だったのだろうか。 病院だと思ってたけれど、どうやら違ったようだ。病院のようなスペースは一角だけで、途中からは官公庁のような雰囲気にかわったり、研究所のような冷たい雰囲気が漂うひたすら巨大な施設だった。 「なんなんすか?ここ?」 「簡単に言えば軍事基地だ。」 「なんで俺そんなとこに?」 「…お前が死んだからだよ。」 「さっき死んでないって言ったじゃないですか。」 「社会的にはってことだ。見てみろ。」 そう言って長瀬さんは俺にスマホを手渡してくる。見慣れたニュースサイトが映っていて、そこには「20歳巡査 快速電車に跳ねられ死亡 事故か」との見出しが躍っていた。 「結構順位低いんすね…俺死んじゃったのに…。」 「そこかよ。」 「っていうか、死んでるじゃないですか。」 「死んだことにしただけだ。死亡届なんかは出して、お前の親族にも通達がいっている。」 「えー!俺ここにいるのに!」 「お前は今日から巡査の三河成治じゃない。ソルジャー計画の一員として、ここで暮らしていくんだ。」 「なんすか。ドッキリっすか?」 「ちげーよ。いいや。今度はこっち来い。」 そう言ってさっき通った研究のようなスペースまで連れて行かれる。 「ええと、、確かこの辺…あった!おい、これみろ!」 「…タカオカユウジ?あれ、なんか聞き覚えが。」 「お前昨日こいつの失踪届もらっただろ?偶然に。」 「ああ!えっ、なんでここに名札あるんすか?」 「そいつは今ここにいるんだよ。」 「誘拐ですか?」 「まあそうなる。」 「犯罪じゃないですか。」 「高岡は選ばれたんだ。だからこれは犯罪じゃない。」 「選ばれた?」 「身体能力や経歴、脳の特徴や体の相性なんかからソルジャー計画に必要な人材はここに連れて来ていいことになってるんだ。しかし、そんなこと大っぴらにはできない。だから表向きは失踪だとか死亡ってことにするんだよ。お前の死体の代わりにどっかの誰かの肉が使われて、偽造工作も完璧だ。」 「怖いでしょう…。」 「そうかもな。でももうこれは止まるもんじゃない。ソルジャーでいるためには思考を止めることも必要だぜ。お前は警察学校でそこそこそれが身についてると思われたから、こうして記憶調整なんかも受けないで自由にいられるんだ。高岡みたいな一般人だったら半年近くかけて洗脳しなきゃならねえからな。手間もかかるし、その割に思考が全くできねえから単なる戦闘員にしかなれない素体が多い。お前は幹部候補ってことだぜ?まぁ、お前が事故で死んだことにできるからってここに流されて来た時に俺が推薦したってのもあるけどな。」 「ヤバイんじゃないっすか…?それ?」 「ここまで言えば気づけ。これは国家、いや世界的なプロジェクトだ。法に引っかかることはない。本当はこんなことやってないんだからな、表向きは。けれど現実問題として戦争は終わらない。だが先進国は高齢化してゆくばかりだ。不死身の肉体と、忠実な性格を持ったソルジャーが必要な時代になっちまったんだよ。」 「…理解できません。」 「おいおいでいいよ。まずは俺の下についてもらう。着床は済んでるからな。もうお前銃で撃たれても死なないぜ。」 「!そんなことあるわ」 バギューンッッッと凄まじい音がしたと思うと、俺の胸に直径10cmほどの穴が開いていた。 「俺の部下に命じて撃たせた。200m先にいるんだがな、なかなか優秀なやつだろ?」 「そんな距離飛ぶって、もはやただの銃じゃ…ガハッ!」 死ぬ。電車事故から逃れられたはずなのに、今度こそ。しかし嘔吐したものを見て俺は驚愕した。緑色のスライムのような物体が手のひらに大量に乗ってプルプルと揺れていた。風穴が開けられた場所からも緑の泡が立ち上り、あっという間に肉と肉を繋いで修復してしまった。 「だろ?」 そう言ってニカッと笑う長瀬さんの眼が緑色でギラギラして見えた。