好きの居場所話
Added 2018-10-07 06:22:11 +0000 UTCゴー!シュラバリオン!(挨拶) 少し落ち着きました。ニリツです。 9月末、月末は仕事が重なりつつラノベも一冊あってこちらに手が出せませんでした。なんか大体月末〆が多いんですよね、なんででしょうか。 さて、先日ツイッターで疑問を掲げたこちら。 「@Ann_NH 9月23日 この手の「好きな事をしているならばお金は払われなくていい」的な理論てのは何が元なんだろう? 好きな事をするというのと、お金を払わない事にどういった繋がりがあるのかが割と不明というか、労働の結果に対して報酬支払われるはずなんだけど、やってる人間の感情になんでお金が左右されるの?」 と 「@Ann_NH 9月23日 あと「狩りが好きでやってる」というのは一体どこ情報なのか。もしかして楽しいからやっているという想像?」 について。 発端は北海道の熊出現に際して猟友会への報奨金が支払われなくなった件に関して、とある方が「ハンターは狩りが好きでやっているのだから、大手を振って街中で発砲できて、住民から感謝されることが報酬になるでしょう?猟友会っていうのも既得権益団体ですね。廃止は妥当と思います。」 といった発言をされた事です。 この件に関しては自分的に問題が二点あります。ツイートの通り一つは「好きでやっている事に関しては報酬は要らない問題」ともう一つは「〇〇をやっている人は好きでやっている問題」です。 まず一つ目の「好きでやっている事に関しては報酬は要らない問題」です。こちらよく話題に挙がりますし、恐らく世の中にそう思っている方も相当数居るのではないかと思われます。世の中には「仕事とは他人がやらない苦しく辛い事をしてお金をもらう」という教育を親などから受けた人も居るんじゃないでしょうか。私個人としては、それは半分正解といった印象です。自分は、楽に生きる事が出来るのであれば誰であれ極力楽に楽しく生きるべきだと思います。イラストの仕事を例にとっても、依頼される場所、案件、自分の立ち位置によって、全く同じ一枚のイラストを描いても得られる報酬には物凄い差が出ます。私でも一枚で最大100倍以上の報酬の差を経験しています。誇張でもなんでもなく、ほんとにこのくらいの差が産まれる事が現実です。この場合、自分から敢えて安い仕事を選び苦労する利点は特にありません。可能であればその報酬100倍の仕事を多く受けられるよう努力します。 但し、結果的に報酬100倍の仕事を得るためには自分の画力を人並み以上の練習を積んでアップさせたり制作物のクオリティをアップさせたり、自分の立ち位置、知名度を上げたり、きちんと交渉して権利を得たりといった努力が求められます。その努力やそれに伴う苦労は確かに誰にでも出来る事ではなく、正しく「仕事とは他人がやらない苦しく辛い事をしてお金をもらう」という事になるのだと思います。 そしてフリーランスになってそろそろ10年近い身の上なのでそれなりに痛感しておりますが、金銭をきちんと稼げないと絵描きを続ける事はできません。稼ぎが少なくなる度に絵描きを辞める事が頭をよぎります。単純に家賃を稼いでご飯が食べられない仕事は仕事として成り立っておらず、死んじゃうのでそこから手を引くしか無いのです。尚且つここはイラストレーター、更に自分の事に例を限りますが、上記の「人並み以上の練習」のためには兼業でこれを成立させる時間を捻出する事は難しく、労働生活の全てを絵につぎ込まなければ他の絵描きに置いて行かれます。よって絵を描く仕事をし、それによって生活を成り立たせなくてはなりません。ですので例え好きな事だろうがなんだろうが、報酬を得られない事は仕事として続けられません。辞めて他の仕事によって生きなければいけません、少なくとも私は。 技術職、どころか仕事というのは全て「他人が出来ない、やらない事をして報酬をもらう」以上そういう物だと思うんですけどね、正直。そこに好きとか嫌いとかって、判断基準にならないと思っています。 そして「〇〇をやっている人は好きでやっている問題」です。これはもうなんていうか、単純に誤解ですといった感じです。もちろん好きでやっている人も居ますが、絵描きやマンガ家、小説家、そして今回の猟友会の方々等、物を作ったり、趣味の延長に見える事を仕事にしている人、これらと好きじゃないけどやっているというのは矛盾しません。 例えば、あまり好きな言葉じゃありませんが、もし漫画家の才能を産まれながらに持っていて、努力もせずに大ヒット作が描け、何十億ものお金を稼げる人が居たら、その人は漫画を描く事が大嫌いでも漫画家として生きる可能性があります。また、とにかく労働が嫌いで何をするのも億劫で、どんな仕事もやりたくない、絵を描くのも嫌いだけど、今更他にできる仕事もないししょうがなくやっている、そんな人も居ます。というか、物を作り出す行為って快感もありますが、基本苦痛が伴うので100%好きだけというのは逆に珍しいんじゃないかと思うんですよね。私自身、絵を描く行為には大きな苦痛を感じていて、辛いなぁと思いながら日々描いています。それでも、その苦痛を仕事にする理由、せざるを得ない理由がありイラストレーターとして生きています。 世の中、様々な理由でその仕事に就いている人が居ます。理由は千差万別で、他人がこうだと言い切れる物ではないです。逆に、例えどんな仕事を目指すにしても、好きじゃないとやれない、やってはいけないという考えは捨てて欲しいと、学生を見ていて思います。クラスメイトと自分の「好き」を比較して負けた、自分は向いてない、目指すべきじゃないと心折れる子を結構見ますし、自分自身学生時代にそういった経験をしました。 どうも世間的に「好きは強い」という物語が多すぎる気がしています。成功の方法論として、理由付けとして解りやすいのだとは思うのですが、小学校中学校等で行われる美術教育における「好きな物を描くのが正しい」論というのがどうもネックな気がしています。好きというのは要素の一つに過ぎません、大切な事ですが決して最強ではないと、この仕事を続けていて感じます。好きというのは大切な武器の一つですが、武器に縛られる必要はありません、武器は利用してなんぼでございます。 ともあれ、上記つらつら書いてきた内容ですが、普通に仕事をして生きて経験値を積んでいる方であれば、正直当たり前に認識している事ではないかと。もし仕事をしていて、猟友会の件のように「ずるい」といった感情を向けられる事があったら、相手はその程度の事も解らない方の可能性が高いので、悩む事なく無視するのがよいのではないかなーと思います。とか言いつつツイッターで自分はつっこんでしまってるんで、何言ってんだって感じですけどね。好きでやってるんだから安くーとか、割と死活問題なんで発言は予防線みたいな所あります。こっちは仕事でやってんだよー、といった所です。 もしもイラストレーターやマンガ家、小説家、もちろん他のあらゆる仕事なんでも、他人に「たのしそうでいいねー」と妬まれたら、どうぞどうぞ、たのしいので是非あなたもやってみると良いですよと、予防線を張るといいんじゃないでしょうか。 色々調整を試みてみたんですが、始まりが異論なだけあって文句というかあまり気分の良い文章になりませんですねやっぱり。申し訳ないです。ここらへん上手にコントロールして書けるようになるのは素敵なので、練習を重ねて技術を磨けたらいいですね、頑張ります。 それでは、また次の話で。 ニリツでした。