マッスルハッスル(挨拶 職場に柱を立てた。ニリツです。 仕事が立て込むとボルダリングに行く時間がなかなか取れなくて、そうすると身体がゆるんで腰痛が起きるので、事務所内に立てました。これにぶら下ったり懸垂したりするのです。今は石が一個だけど、もう少し増やしたい。もちろん皆様にご支援いただいた分を使いつつ設置いたしました、ありがとうございます。これでさらに腰痛さようなら仕事頑張るな感じです。 さて、前述の通り少々立て込んでおります。技法書の最後に書いてあった通り、近日私の初画集が出ます、その作業に追われておりました。ある程度落ち着いたのですが、今度はそれのしわ寄せを解消するべくぽちぽちやっている感じです。 余談、というわけでもないのですが、技法書が発売して以来、色々な感想をツイッターなどでも目にしております。そこでの印象として、3Dモデルの使用や模写の肯定に驚かれた方が多いようです。 友人知人の絵描きと話をしたのですが別に当然だよね、という感じで、改めて世の中の絵描きに対するイメージのようなもの、その歪みというか、誤解のような物を感じた次第です。 一ユーザーというか、絵を楽しむ側の方にはそれでいいと思うのですが、絵描きを志したり、これからこの業界に入ろうとしている人がそういったイメージを持っている状態というのは、なかなかに根深いものがあるなと痛感しております。そしてそれらの根幹に「好きでやっている」という前提が巨大な峰のごとく横たわっていることを常々感じております。 ツイッターその他でもよく目にします 「だって好きでやってんでしょ」と。 しかし、そんな事、ないです。世に在る音楽家、絵描き、役者、その他こと表現といったものを仕事にしている人に対して、そういった誤解というか、神話のような物の存在を強く感じます。世の中には色々な人がいて、その仕事をしている理由も千差万別のはずです、誰もかれもが好きでやっているというのは、視野が狭いと思います。物を作る人間がみんな好きでやっているのだとしたら、大工さんは?町工場の職人さんは?では野菜を作っている農家さんは?その違いは生きるのに必要か否か、というのはありますが、突き詰めれば曖昧になってくると思います。 繰り返しになりますが、一ユーザーであればまだしも、自分が生産者になりたいと思うのであれば、この誤解を早めに解いておければいいのに、と思います。それこそ今回何度か目にしましたが「呪い」の類だと思います。3Dを使っちゃだめとか、練習でもトレースはダメとか。便利な物を使っちゃダメ、的な。 もちろん絵を描くのが大好きなイラストレーターも沢山居ますが、私は絵を描く行為は大変だし、しんどいと思いながらやっています。中には絵を描くのが嫌いな絵描きも居ると、正直思います。 もし絵を描くのが、物を作るのがそんなに好きじゃないから、目指すべきじゃないと思っている人が居たら、そんな事はないよとお伝えしたい次第でございます。 んで。職場に柱を立てて筋トレに励もうと思っている私ですが、筋トレは痛いし辛いです。が、登れた時の嬉しさや、一緒に登ってる伍長さんに負けたくないーとか、身体が少し引き締まったのを感じたりとか、そういうのが欲しいのでトレーニングしようかなーと思ってるわけでございます。そんな感じで「絵描き」の内側を一括りにせず、細かく見て、自分はどうなのかを考えるのが、結構役に立つんじゃないかなーと、思うわけでございます。 画集のお知らせとかもまとまったらまた報告しますね。 それではまた、ニリツでした。