「空の青さを知る人よ」を観て思ったこと
Added 2019-10-11 13:50:58 +0000 UTC小学校の時の友人がバンドをしています。頑張っていますが、メジャーデビューはまだです。
やっぱり世の中は夢を追うよりは家業を継いだり就職するのが普通です。だけど彼のように、七夕の短冊に書いた夢をずっと追いかけてる人がいるのです。小学生の頃から頑張っている彼を見ていると、報われて欲しいという気持ちはあるわけですが、ある種の希望のように見ている自分がいます。だって、夢が叶う世の中ってすてきだと思いませんか。ミュージシャンを目指した友達が、ミュージシャンになれる世界であって欲しいじゃないですか。で、自分もモブでいいからそういう世界に生きたいんです。こんなことを考えたことも彼に言ったこともありませんが、何気なしに彼のTwitterやYouTubeを見てしまうのはそういう理由もあるのかなと思ったりしました。
自分の夢が叶う場所はどこにあるだろう、自分は何がしたいのだろう、みたいなことを高校生は考えさせられます。普通、高校2年生で将来何がしたいかなんて分かるわけないじゃないですか。自分は何ができるかもわからないのに。でも、進路希望調査は書かなきゃいけない。だから必死に自分が何がしたいかを見つめて絞り出す。それが高校2~3年生っていう時期なのかなって思います。
絞り出せた奴も絞り出せない奴も、まぁまぁ似たような進路になって、ミュージシャンになりたいなんて奴は学年に数人いるかいないかみたいなレベルです。
ただ、そういう、ミュージシャンに成りたい奴を素直に応援できるような人間でありたい。モブ側の自分はそんなことを思いました。
さて、私は長井監督のことがめちゃめちゃ好きで、今回も公開初日に観てきたわけですが、期待以上のできでした。で、何本かみて長井監督の凄さがちょっとわかりました。
長井監督は取捨選択が抜群に上手くて、いい意味で我を出し過ぎません。この映画には主人公のライブシーンがありません。主人公の葛藤が解決したら、映画は終わってしまいます。そんな切り方できるでしょうか。あれだけライブに向けての練習を描いたのに。
演歌が映えないからという可能性もありますが、演歌じゃなくてもライブシーンはなかったんじゃないかなぁと思います。それだけ監督にとって四人のドラマが、あおいの葛藤が大事なのであり、その問題が解決した後にライブを行うことは冗長であるという判断なのでしょうか。
総じて、恋愛映画をベースにしつつも、映画として普遍的なテーマも描いており、見ごたえある映画でした。文章のリハビリにと思って書き始めましたが全然書けないもんですね。
10年後、高2の自分に、お前のような大人になりたいって言われるようになりたいものです。