SamSuka
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Vsingerという可能性

 こんにちは。最近Vtuberはこのままどうなるんだろうかと考える一般消費者です。今回はVsingerについて考えたので書きます。

 

・Vsingerとは 

 ここでいうVsingerとは主に花譜、YuNi、富士葵等々の歌メインのVtuberを言います。にじさんじやホロライブのライバーも歌ってみたを投稿して入ればVsingerの側面を持っています。


・Vsingerの可能性

 Vsingerの可能性、強みとは歌い手のバックグラウンドを自由に作れることです。自由に作れるということは、作らないという選択肢も持ちます。

 歌というものは創作表現の一種ですから、感情や思想がこもっているものです。森進一の代表曲におふくろさんという曲があります。これは作詞作曲は森進一ではありません。森進一は演奏家に過ぎず、歌詞、曲に込められた感情を表現するのが仕事です。ただ、その表現をする過程で、森進一の人生、思想といったフィルターを通して私たちはおふくろさんを聞きます。そしてその歌は森進一が年を重ねるほど厚みを増し、より良いものになっていきます。

 つまり、歌というものには歌い手の人となりも乗るということです。当然、現実の歌手は自身の人生が歌に乗っていて、そこに感動が生まれます。ミュージシャンがどんなことを考え、伝えたいのか、それを観衆は聞いているのです。

 じゃぁ、そのバックグラウンドを全部自由にコントロールできたら、ものすごく自由な表現ができるのではないでしょうか。それがVsingerだと私は思います。これは現実の歌手にはない強みです。

 例えば富士葵。彼女にはバックグラウンドとなる人生がありません。キャラクターの設定が全てで変わることはありません。ですが、我々は富士葵の歌に感動します。それは富士葵というキャラクターの設定から出てきたものに感動しているのです。中の人などいない論とは少し違います。声優はいても、それは富士葵ではありませんから、関係ないのです。ですが、声優が変わったらそれはもう同じ富士葵ではありません。必要不可欠ではあってもそのものではないのです。

 長々書いてきましたが、アニメと同じ原理ですね。ただ、アニメと違い彼らの人生は描かれませんし、


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