SS かぐや様 藤原萌葉、千花 選挙戦
藤原萌葉の恋愛観は歪んでいる。人の男を、誰かが想いを寄せている男にだけ恋焦がれて奪ってしまいたい衝動でいっぱいになってしまう。そして奪い去ると途端に興味を喪失する。男を手放してしまうが、元鞘に収まることはない。人間関係が壊れるだけ。
だから萌葉は一部の生徒の間では恋愛クラッシャーとして認識されて恐れられている。萌葉もそのことはよく知っている。けれど、ちょっかい出されて壊れるぐらいなら本当の恋愛ではないと開き直っている。それで一部の生徒からは非常に煙たがられていた。
そんな萌葉が今目を付けているのが、同じ生徒会所属で友人である白銀圭の兄夫である白銀御行だった。血は繋がっていないとはいえ、兄妹婚を果たした白銀夫婦に対してかつてない程に強い執着心を沸かせていた。圭には当然の如く、夫に色目を使うことに嫌がられている。けれど、萌葉は止めない。圭からの反発でむしろ燃え上がっていた。
「今度の中学生徒会長選挙を通じて、私の方が圭よりも優れていることを証明して御行さまを奪い取ってみせるんだからっ!」
次期生徒会長を決める選挙期間に突入した春のある日の夜、萌葉は姉と共に入浴しながら息巻いていた。
生徒会長選挙で圭に勝利し、自分の方が圭よりも人気、人望があることを証明する。そして、圭と御行を離婚させて、自分が御行の後妻に収まる。それが萌葉のプラン、いや、野望だった。
「そう上手く行きますかねえ~」
姉である千花は朗らかな笑みを浮かべているが、安易な同意はしなかった。
「性格に難があり過ぎな萌葉が、美人を煮詰めた良い子の圭ちゃんに比べて人気があるとはとても思えませんねえ」
朗らかな表情のままの姉の評価は辛辣だった。けれど、その評価は萌葉が同級生たちから言われてきた評価でもあった。そして、そんな評価を受けても尚、萌葉には自信があった。
「私たちが戦うのはアイドルの人気投票じゃない。生徒会長選挙なの。それも、秀知院学園という伝統だの各式だの親の地位だの財産だの何だのとびっきり面倒臭い学校の」
「なるほど」
千花は特に表情を変えないまま頷いてみせた。
「圭は中学からの途中入学者。本院じゃない。お父さまは職業不詳。経済的にも非常に貧しい状況。おまけに既婚者。しかも相手はお兄さま。秀知院学園の生徒の代表となるにはおよそ相応しくない要素に溢れているわ」
大臣経験者を持つ政治家一家の直系、金持ち、純院。有利な要素が並んでいる萌葉は胸を張ってみせた。
「圭ちゃんと全く同じ不利な要素を会長、御行くんも持っています。ですが、高校生徒会長の座を御行くんから本気で奪い取れるなんて思っている生徒は高等部の中にほぼいないと思いますよ。生徒会長の座はそれだけ重く、そしてそれをこなすのが大変であることをみんな知っているんです」
千花は口調こそ穏やかだったが、萌葉が述べた要素だけで生徒会長になれるわけではないと断言してみせた。けれど、萌葉は退かなかった。
「確かに圭に不利な要素があるからと、それが私の得票に繋がるか分からないのは事実。でも、大丈夫。選挙は藤原家の十八番。私の脳内には選挙に勝つ為に必要な方法が太い回路として埋め込まれているもの」
選挙のことなら圭よりも遥かに知り尽くしている。それこそが萌葉にとって最大の強みだった。だが、その点こそが姉にとっては気掛かりな部分だった。
「圭ちゃん陣営には御行くんが付いていますよ」
「御行さまといえども、藤原家が明治のころから受け継いできた選挙戦の知略には敵わないってば」
「萌葉は自分が立候補したり、選挙参謀になって選挙戦を戦ったことはないですよね」
知識は持っていても、それを実践のレベルまで落とし込めるかはまた別物。千花は自身の経験から妹の経験不足がネックだと考えていた。そして、もっと気がかりなことがあった。
「会長の選挙戦の時には私やかぐやさんが参謀として付いたんです……」
御行が得た参謀は千花の懸念の中核だった。
千花は御行に選挙戦の心得をよく説いていた。学年首席の御行が藤原家の選挙戦術を理解していない訳がない。それに何より厄介なのがかぐやの存在だった。
藤原家の選挙戦は、如何に得票を増やすかという足し算が基本になっていた。後になって藤原家の地位を長きに渡って貶めかねないネガティブキャンペーンにはあまり手を染めない。少なくとも直接関与しないことが次世代まで政治家一族を続ける為に必要だった。
だが、かぐやは違う。相手の得票を減らす引き算が基本。任期期間中の安泰さえ図れればそれで良い。だからネガティブキャンペーンを張ることに躊躇がない。そして、もっと恐ろしいことに立候補者に出馬辞退を誘導する非合法な脅しを最も得意としていた。その為に有力候補者が投票日まで残っていること自体が稀有だった。
御行が萌葉の弱みを握って出馬辞退を迫ってくるとは千花も考えていない。そういうことは四宮家の財力と権力があればこそのこと。だが、自信家で隙の多い萌葉のこと。ちょっとした誘導で自滅への道を突き進んでいく可能性は十二分にあった。むしろ、その可能性しか見えなかった。
「選挙戦が終わったら。圭ちゃんにごめんなさいしてちゃんと仲直りしてくださいね」
姉として妹にアドバイスできることはこれぐらいだった。
「何を言ってるの? 選挙に大勝して私は御行さまの下に嫁ぐんだから♪」
萌葉は自信を崩さない。
「……これは、駄目そうですね」
調子に乗って失敗することで生徒会内では有名な姉は、妹の負けを確信せずにはいられなかったのだった。