SS かぐや様 白銀圭長編7 藤原萌葉、千花、白銀圭 和解
「選挙は辞退となって大恥掻いちゃったし……ほんと、憂鬱……」
藤原萌葉は姉の千花と一緒に入浴しながら全身から憂鬱なオーラを放っていた。
絶対の自信を持っていた秀知院学園中等部生徒会選挙。劣勢に陥っていた白銀圭にとどめを刺すべくバニーガール姿で校内行脚。その様子を教員に見られてしまい職員室に呼ばれて大問題化。生徒会長選挙を自ら辞退せざるを得なくなってしまった。
ライバルがいなくなった圭はぶっちぎりで当選を果たした。勝機を自ら手放してしまった萌葉には後悔と気まずさだけが残る結果となってしまった。
「だから言ったんですよ、選挙について分かっているつもりになって調子に乗っては駄目だって」
千花は微笑みながら妹を諭していた。
姉には妹が負ける予感がハッキリとあった。圭陣営には自分が選挙の何たるかを授けた白銀御行がいる。仮に自分の教えがなかったとしても、萌葉の性格を知っている御行ならば、慢心が酷い妹の自滅を誘う手を打って来るに違いないと。
御行の策は功を奏し、姉の助言を聞き入れなかった妹は選挙に勝てなかった。けれど、千花はこれで良かったと思っていた。仮に妹が選挙に勝っていれば増長が進んだに違いなく、そこで今回の様に調子に乗って進退窮まれば、その時に失う信用や被る被害は今回の比ではなかっただろうから。今の内に負けを知っておくのは良いことだと考えていた。
そんな姉は傷心の妹に再びアドバイスを行うことにした。
「まあ、何はともあれ選挙も終わったんですから圭ちゃんと仲直りしてください」
姉の助言に対して妹はあからさまに不服そうな表情を浮かべた。
「簡単に言ってくれるけど、そんな単純なモノじゃないのよぉ……」
「思春期真っただ中ですからねえ」
千花は天井を見上げながら大きく頷いて見せた。
小学生の様に喧嘩してもすぐに仲直りとはいかない。大人の様に対面と打算で割り切って握手できる訳でもない。一番難しい年頃を妹とその友達は迎えていた。
「まあ、心配いりませんよ」
「何が心配いらないの?」
「萌葉が素直にごめんなさいすれば。圭ちゃんは萌葉を副会長に。これまでの生徒会メンバーを留任させるって手筈を御行くんと整えてますから」
「いつの間にそんな密約をっ!?」
萌葉は心底驚いた表情を浮かべていた。
「直接言葉に出して約束を交わした訳じゃありません。でも、御行くんならそう考えて、圭ちゃんを説得している筈ですから」
姉は御行の心を読んで断言してみせた。
秀知院学園高等部生徒会の中で最も気配りしているのは、言い換えれば普段から他人の心を気に掛けているのは千花だった。
今回の生徒会選挙は御行にとっても頭の痛い問題に違いなかった。だからこそ解決策を、落としどころを模索しているに違いなかった。その落としどころが、御行と縁が深い千花には言葉にされずとも見えていた。
「そんな、直感だけを頼りに言われても……」
謝っても元鞘に戻れなかったら。萌葉の心配は深く姉の言葉を簡単には信じられない。けれど、姉は自信を持って主張を繰り返してみせた。
「何にせよこのままって訳にはいかないんですから。さっさと謝れば、全部解決ですよ♪」
「……まあ、考えて、みます……」
萌葉は肯定も否定もしなくなって黙ってみせたのだった。
***
翌朝、白銀圭は緊張しながら教室へと入って行った。
兄夫である御行からは大丈夫だと太鼓判を押されている。けれど、その兄は千花と連絡を取り合ったわけではない。和解する意思があるのか萌葉に直接確かめたわけでもない。全ては御行の頭の中の想像。しかもその兄は友達が少ないことには定評がある。圭としては不安にならざるを得なかった。
心臓をドキドキさせながら周囲を見渡す。萌葉のサイドツインテールが教室の端で目に入った。その際に偶然こちらを振り向いた彼女と目が合ってしまった。
「「あっ」」
両者は同時に声を上げて慌てて目を逸らした。
時期尚早。圭は今のハプニングをそう心の中で唱えて萌葉に接近するのは止めた。
だが、朝のハプニング以降、2人が顔を合わせるタイミングはなかなか訪れないまま放課後を迎えてしまった。
「……そろそろ、生徒会のメンバーを決めないといけないのにぃ……」
結局、萌葉とコンタクトができていない圭は焦っていた。
生徒会のメンバーを定めて新生徒会を組織する様に教師からはせっつかれている。
けれど、前生徒会役員なしに組閣すれば業務は滞り、無理に仕事を任せれば圭の人間関係も崩壊しかねない。問題解決には兄の言う通りに、萌葉ごと、前役員たちを丸ごと抱え込むことが最良だった。
だが、お年頃な彼女は大人な妥協を進んで許すこともできない。八方塞がり。かと思われた時だった。
「おにぃからだ……」
兄夫からメールが届いた。
そのメールには一言だけ添えられていた。
がんばれ
本当に一言だけだった。けれど、圭は兄には全てを見透かされていると思わざるを得なかった。
「…………こういう時だけ、勘が鋭いんだから」
表情が僅かに緩んだ圭はスマホをしまい、萌葉が座っている筈の席の方へと目を向けた。
萌葉はスマホを眺めていた。そして不意に圭へと振り返ってみせた。
「「あっ」」
再び目が合い、声が揃った。ここまでは朝と同じ。
けれど、ここから先が違った。
圭は兄に『がんばれ』とメッセージを渡されていた。
だから、頑張らないわけにはいかなかった。
嫌な気分は晴れない。けれど、立ち上がって萌葉の元へと歩みを進めた。
そして、萌葉もまた圭へと近付いてきた。
2人は互いの席の中間地点で最接近してみせた。
「あっ、あのさ……」
声を掛けたのは圭の方だった。けれど、この先、何と続ければ良いのか分からなかった。
そして訪れてしまった沈黙に対してリアクションを起こしたのは萌葉の方だった。
「…………生徒会長当選、おめでとう、だわ……」
普段の彼女からは考えられない小声で、しかも途切れ途切れな喋り方だった。顔は俯いていた。
「あっ、ありがとう……」
萌葉から当選を祝う言葉が口から出るのは圭にとって予想外だった。
何とか感謝の言葉を紡ぎ出すのが精いっぱいだった。
それからまた沈黙が訪れた。それをしばらくの時を置いて打ち破ったのはまた萌葉の方だった。
「…………どうせ、生徒会役員の編成に苦しんでるんでしょ。私が副会長をやってあげるわよ」
萌葉の言葉は世間一般で言うところの謝罪とはかけ離れたものだった。上から目線が残っていた。
それでも、萌葉が圭の下で生徒会役員として頑張ることを認めたことは間違いなかった。圭にもそれはよく分かっていた。素直になれない少女の精いっぱいの歩み寄りであると。
「…………じゃあ、今日から早速動くから。他の役員たちに生徒会室に集まるように召集を掛けておいて」
圭は改めて謝罪を求めたりしなかった。代わりに萌葉に味方した前生徒会役員たちも丸抱えすることを間接的に述べたのだった。
「分かった。集めておくわ」
萌葉は短い言葉で頷いてみせた。
それ以上の説明は求めず、2人の間にもう会話はなかった。
2人の仲に特に興味のないクラスメイトたちには、何でもない会話に聞こえていたに違いない。
けれど、生徒会選挙を通じてギスギスしていた2人にしてみれば歴史的な和解の瞬間だった。
「おにぃ~♪ 上手くいったよ~♪」
生徒会長としての初仕事を終え、遅くなってから帰ってきた圭。彼女は夕食の準備をしていた御行に満面の笑みで戦果を報告してみせた。
「それは良かったな。よし、夕飯に……」
「その前に……えっち、しよっ♡」
圭は手早く衣服を全て脱ぎ捨てていた。
「いや、まずは食事を……」
「今、すっごくえっちがしたいの~♪」
圭は裸のまま御行に抱き着いてそのまま押し倒した。
2人が夕飯を共にしたのはそれから2時間以上後のことだった。