SS 俺いも 五更瑠璃 邪気眼と花火
「…………邪気眼が収まらなくなってしまったわね」
妹の宿題をやり遂げ、台風がさしたる被害もなく通過してみせた9月初めの夕方のこと。学校から帰宅して家事に励んでいた高坂瑠璃は自分の視界が赤く点滅していることに気が付いた。その症状に心当たりがあった。
「最近は魔力を全く使って来なかったから。身体から、というか目から溢れて来てしまったのね」
大きなため息を吐きながら洗い物をしていた手を止める。
瑠璃は非常に強力な魔力を有する魔法使い、桐乃の言葉を借りれば邪気眼使いだった。
強力な魔力を体内に内包しているからこそ、サザエさん時空に巻き込まれていることを正確に認識することができた。
だが、魔力を適度に放出しないと体内に溜まり過ぎてしまう。今回の様に瞳が真っ赤に染まってしかも発光してしまう事態が起きる。瑠璃にとっては慣れた事態ではあったが、回復にはそれなりに手間が掛かってしまうのが難点だった。
「日向がいれば、魔力のぶつけ合いをして放出してすぐに治すことも可能なのだけど。松戸から呼び出すわけにもいかないわね」
最も手っ取り早い魔力の大量放出方法は使えない。しかし、魔力を打ち消してくれる対象もなく大きな魔力を放つのは危険。けれど、ロウソクに火を点ける様な小さな魔力の発動では赤く光った目を抑える為には何度発動する羽目になるか分からない。
「…………せっかくだから京介に手伝ってもらおうかしら」
瑠璃はとりあえず、料理を作る過程で包丁を振るったり鍋を煮立たせるのに魔力を使いながらこれ以上勝手に溢れるのを防ぎに掛かったのだった。
***
夕飯が済んで瑠璃は一人入浴した。
バスルームから出た彼女は室内着ではなく紫色の浴衣を身に纏った。
「京介、神社に向かいましょう」
「おうよ」
瑠璃は夫と共に近所のあまり人が寄らない神社へ向かうことにした。だが、玄関を出ようとしたところで、地面が赤く点滅していることに気が付いた。
「夜道を歩くだけで通報とかされては面倒だわ」
瑠璃は同人制作の資料として購入した狐面を被って目を隠した。
「視界が悪いわ。京介、エスコートして頂戴」
瑠璃は夫に向かって手を差し出した。
「へいへい。仰せのままに、お姫さま」
京介は愛する妻の手をしっかりと握ると神社に向かってゆっくりと歩き始めたのだった。
ゆっくりと10分程歩いて2人は人気も明かりもない神社の境内へと到着した。夜間に参拝客が訪れることを想定しておらず、拝殿には厳重に鍵が掛けられている。中央部には砂利が敷き詰められた境内には高坂夫婦の他には誰もいなかった。
「やっと到着したわね」
瑠璃は狐面を外して赤く光って、発光が止まらない瞳を晒した。
魔力が溢れている彼女が神社まで来た理由。それは、ここが霊的に神聖な場所だから、ではない。それなりの広さがあって誰もおらず、暗い。その条件が整っていたからだった。
「魔力の放出の為に、周囲に迷惑が掛かり難い神社の境内を選んだのは分かるんだが。瑠璃が浴衣を着てくる必要はあったのか?」
「気分の問題よ。これから行うショーを考えれば浴衣コーデが相応しいのよ」
瑠璃は入口付近で拾った2本の木の枝の内の1本を京介に渡し、もう1本を自分で持った。
「じゃあ、始めるわね」
瑠璃が木の枝を軽く振ってみせるとその先端から赤と黄色の火花が噴き出した。
「花火と何ら遜色がない。見事なもんだな、邪気眼の力ってもんは」
疑似花火を見ながら京介は感心していた。前の時間軸の記憶があるので京介は瑠璃の邪気眼についてよく知っていた。
「精巧に、そして派手に花火を形作ることで魔力を多く消費することができる。複数の花火を操れば尚更ね」
瑠璃がウィンクしてみせると、京介が持っている木の枝の先端からも青白い火花が噴き出た。
「おおおっ♪ こっちも本物の花火にしか見えないぞ」
京介が体を回転させながら木の枝を振ってみせる。瑠璃は赤く染まった瞳を通じて京介の動きを精緻に解析し、その動作に合わせて魔法の火花を調整しながら吹き出させた。京介がはしゃいで不規則で派手な動きをしてみせるので、魔力を多く消費することができた。
「だいぶ魔力を消費してはいるけれど、まだ足りないわね。少し派手に行こうかしら」
瑠璃の言葉と共に砂利から魔法の火柱が何本も伸びた。柱は京介よりも背が高い2m以上の高さで統一されていた。
「いや、ほんと、大したもんだ」
「そろそろ仕上げといくわよ」
炎を噴き出している幻の火の柱の頂部から噴水の様にして炎が吹き上げ、それから下って流れ始めた。五か所を同時に制御する魔法の噴水は魔力をより多く消費させた。
「…………そろそろ、大丈夫そうね」
魔法の噴水を始めておよそ5分。十分な量の魔力を消費したと判断した瑠璃は魔力の放出を止めた。魔力で創り出された炎や火花は一瞬にしてその姿を消してみせた。
瑠璃の魔力の放出は終わった。けれど、瑠璃の両目が再び赤く光るということはなかった。
「とりあえず、魔力が溢れているという状況は解消できたわけだけど。少し寂しいわね」
魔力の放出を止めたことによる花火の終焉は呆気なさ過ぎて。主催者である瑠璃自身が少し物足りない気分になっていた。
「そう言うと思って……じゃ~ん♪」
京介は懐から線香花火とライターを取り出してみせた。
「これだったら持ち運びも後片付けも楽だし。イベントの締めにはピッタリだろう♪」
「京介にしては、気が利くじゃない♪」
瑠璃は京介から線香花火を受け取ると早速火を点けてみせた。
ぱちぱちと音を立てながら火花が小さく飛び散るのを見て瑠璃は頬を緩ませた。
「魔力による花火も悪くないけれど。こうして、本物の花火も悪くないわね♪」
「だろ♪」
若夫婦はしばらくの間、線香花火の幻想的な火花に酔い痴れたのだった。